伊沢拓也選手に聞くフォーミュラ・ニッポン
第7戦オートポリス開催直前インタビュー


 フォーミュラ・ニッポンは、フォーミュラカーで争われる選手権として、日本の最高峰に位置する選手権だ。1986年まで開催されてきた全日本F2選手権、1987~1995年まで開催されてきた全日本F3000選手権を引き継いでおり、F2やF3000の時代を含めた歴代のチャンピオン達は、“日本一速い男”と言われ、名実ともに日本のトップドライバーは誰なのかということを決める選手権として、最高の格式を維持してきた。

 そのフォーミュラ・ニッポンも、今年は変革の年を迎えている。1つには、シャシーが従来利用されていた英国のローラが製造する「B06」から、米国のスィフトが製造する「FN09」へと変更され、各チームがこれまでため込んできたノウハウは一度ご破算になり、勢力図にも大きな変化が現れている。

フォーミュラ・ニッポンドライバーとして活躍する伊沢拓也選手。SUPER GTにも参戦中

 そうした勢力図の大きな変化の中でもっとも注目されているのが、若手ドライバーの台頭だろう。そうした若手ドライバーの1人として注目を浴びているのが、ドコモ ダンディライアン(DOCOMO DANDELION)チームの伊沢拓也選手。若くからカートで頭角を現し、2003年にはヨーロッパで武者修行、2006~2007年には全日本F3を走り、昨年フォーミュラ・ニッポンにデビューした期待のドライバーだ。

 伊沢選手はデビューレースとなった昨年の開幕戦で、いきなり予選2位を獲得し、決勝では残念ながらリタイアに終わったものの、レースファンに“期待の逸材”として鮮烈な印象を与えた。今年の開幕戦も予選2位、決勝でもレースの大半をリードしながら惜しくも2位となり表彰台を獲得するなどの大活躍を続けている。伊沢選手が、本誌編集部を訪問してくれたので、インタビューの模様をお届けしていきたい。

2位はもう必要ない。目指すのは頂点だと感じた今年の開幕戦
──伊沢選手と言えば、昨年のフォーミュラ・ニッポンの開幕戦で、いきなり予選で2位グリッド獲得というセンセーショナルなデビューを飾りましたが、そのときはどんな感じでしたか?
伊沢選手:それまでテストもいい感じで走ってきて自信もありましたが、正直あそこまでとは思っていませんでした。あそこで結構アピールはできたかな、と思っています。

──今年の開幕戦でも優勝が目の前に見えている状況でした
伊沢選手:去年も開幕戦で予選2位、今年も2位という意味では同じだったのですが、もう少しでポールポジションが見えているという意味で去年と今年は大分違っていました。去年の開幕戦ではレースでリタイヤしてしまったので、今年の開幕戦で本当は優勝したかったのですが、表彰台という1つの結果を出せたことで僕としてはほっとしたというのはあります。

──表彰台では悔しそうな顔をされていたのが印象的でした
伊沢選手:そうですね、本当に優勝が目の前にあったので、あの瞬間は自分では半々でした。フォーミュラ・ニッポンでは初表彰台でしたのでうれしかった部分もありましたが、ピットイン前後の何周かでトレルイエ選手に差をつけられてしまったので、その意味では悔しい気持ちがありました。

今年の車はスイートスポットが狭い
──これまでの今シーズンを振り返っていかがでしょうか?
伊沢選手:今年も開幕戦で調子よかったので、当初はいけるシーズンだと思っていました。ですが、その後が続いていない状況であるのも事実です。今年のレギュレーションが変更になって、テストも少ないし、金曜日の走行もない、そうした時間がない中で迷っている部分をうまく解決できていないという状況になっています。

──昨年とはチームが変わっていますが、その影響は?
伊沢選手:その影響はあまりないです。開幕前のテストでも走れましたし、開幕戦でもあれだけの走りができましたので。ただ、今年の車であるFN09に関してはセッティングが決まるスイートスポットが狭いと感じていて、そこに上手く車をあわせ込めていない。去年のローラにもそういう傾向はあったのですが、今年の車になったらその傾向が顕著なのです。また、今年の車は去年の車とは走らせ方がちょっと違うんです。速いコーナーだとダウンフォースが強くて、遅いコーナーだとダウンフォースがいきなりなくなって、乗りにくくなったりします。そういうところのバランスが大事だったりします。

──伊沢選手は昨年フォーミュラ・ニッポンにデビューされた訳ですが、初めてフォーミュラニッポンの車に乗られたときの感想はどんな感じでしたか?
伊沢選手:僕が初めてフォーミュラ・ニッポンの車に乗ったのは一昨年のルーキーテスト(筆者注:シーズン終了後に行われる、翌年以降にデビューさせることを検討している新人を試すテスト走行会)なんですが、これはマジで速いなと最初は驚きました。あまりにも速くて、まだ半分しか開けてないのに全開だと思ったんですよ。それぐらい加速がとにかくすごいと思いました。今になると、FN09もおせーなと思うときがありますけど(笑)。

──それでも外から見ている我々にしてみれば、あのスピードでサーキットで競り合うのはすごいと思いますけど
伊沢選手:僕としては首都高速とかを走るほうが怖いです(笑)。ほかの車もいるし、それぞれの車の速度がまったく違いますよね。サーキットではみんな同じスピードで走っているので、そんなに怖いと感じたことはないです。

──フォーミュラ・ニッポンはエンジンメーカーとして本田技研工業とトヨタ自動車という2つのメーカーが存在しています。その2つのエンジンですが、ドライバーからはその違いはどのように見えていますか?
伊沢選手:もし両方を乗り比べることができれば、それなりの違いはあるとは思います。ただ、タイムで言えば、そんなに大きな違いはないと思います。ドライバー同士でも違いについて話したりするんですが、最近トヨタのドライバーさん達は“ホンダのほうが調子いいんじゃないの?”とおっしゃいますけど、どうなんでしょう(笑)。

NTTドコモのらくらくホンで、ピットと双方向で通信が可能に
──伊沢選手の所属するドコモダンディライアンチームは携帯電話キャリアであるNTTドコモがスポンサーです。ドコモのシステムはどのように利用されていますか?
伊沢選手:NTTドコモの携帯電話システムが車に搭載されています。機種は富士通の「らくらくホン」でそれがハーネスでヘルメットにつながっていてピットとの通信に利用しています。聞いた話によれば、以前服部尚貴さんがダンディライアンに在籍されていた時代には、ヘルメットに携帯を組み込むという実験をしていたらしいです。ドライバーとしては、ヘルメットにあまりモノを組み込まれるのは重くなるのでつらいところなんですけど(笑)。

伊沢選手の駆るマシンには、NTTドコモのほか、NECや富士通、シャープなどの携帯電話メーカーをはじめ、携帯電話用Webブラウザーのアクセス、プロセッサーメーカーのARMなど、IT企業のスポンサーが多い

──携帯電話を利用したシステムと従来の無線システムの違いはなんでしょう?
伊沢選手:従来の無線との大きな違いは、一方通行ではなく双方向で通話できることです。従来の無線では、まずエンジニアなりドライバーなりが話して、それが終わってから別の人が話すという形になるので、同時に話すことはできません。たとえばレース中、緊急ピットインしたい場合に、会話がかぶってうまくコミュニケーションできないことがあるんですが、携帯電話の場合は相互通話ができるので、ほかのチームに比べてアドバンテージがある思います。今年のツインリンクもてぎでの最初のレース(筆者注:第3戦)では、チームメイトのリチャード・ライアンは何度かピットインしていますが、その時にものすごく役に立ったと言ってました。

──後ろにエンジンを抱えている状況ですが、話は聞こえるものなんですか?
伊沢選手:イヤープラグもしていますし、ノイズキャンセリングの機能がかなり充実してきているので、音声はかなりクリアーになってきています。僕も詳しいことは分からないんですが、NTTドコモのエンジニアの方々ががんばってくれて、日々向上していますよ。

──なんでもNTTドコモのエンジニアがかなりピットにいるとか
伊沢選手:そうですね、チームのスタッフよりも多いんじゃないかな(笑)。ドコモのエンジニアの方によれば、あんなに短時間で加減速するものというのはレーシングカーしかないらしくて、研究対象として興味深いと言ってました。

──コーナリング中でも通話できるものなのですか?
伊沢選手:話すときには通話ボタンを押す必要がありますので、コーナリング中に話すのはちょっと難しいですが、エンジニアから話かけられて聞くことは可能ですし、物理的にはこちらから話すことも可能です。予選で集中しているときに話しかけられるとツライものがありますが、決勝とかは結構よく話しかけられます。

──ちなみに携帯電話は何を使われていますか?
伊沢選手:もちろんNTTドコモですよ(笑)。あ、機種ですか?F906iですね。

伊沢選手の携帯電話はもちろんNTTドコモ。現在はF906iを使用中

フォーミュラ・ニッポンの面白さは、ドライバー同士の駆け引き
──フォーミュラ・ニッポンのおもしろさとは、どこにあるとお考えですか?
伊沢選手:フォーミュラ・ニッポンはドライバー同士の戦いで、みんなが感情を剥き出しにして走っています。また、道具も基本的には同じものを使っているので、言い訳もできない。確かに、今のフォーミュラカーはなかなかオーバーテイクは難しいですが、今年はオーバーテイクボタンがついて、それを利用している様子がランプで分かるようになっています。なので、気持ちが外から分かりやすいですし、ドライバー同士の駆け引きみたいなものも伝わるのではないでしょうか。

──ドライバー同士の駆け引きとはどんなものなんですか?
伊沢選手:たとえばオーバーテイクボタンを押すタイミングとか。抜きたいと思ったら、抜こうと思っているコーナーの手前からプレッシャーをかけてミスを誘ったりとか、そういうことをしていますね。あとはピットイン前後のタイミングでタイムを詰めたりとか、そういう部分が本当のレースの面白さなんだと思っています。

──今年は経験豊富なチームメイトなので、チーム内の争いも大変なのでは?
伊沢選手:そうですね。もちろんリチャードは非常に経験も豊富で実際速いので、それに負けちゃいけないなと思っています。でも、彼も経験を踏まえてさまざまなアドバイスをしてくれますし、よい関係が築けています。僕はFNではリチャード、SUPER GTではラルフ・ファーマンと、どちらも外国人ドライバーなので、先輩後輩とかも気にしなくてよくて、楽ですよ(笑)。

──レース業界でも上下関係のようなものはあるのですね?
伊沢選手:そうですね、やっぱり年上の方には気を遣わないといけないですよね(笑)。朝の集合時刻にはちょっと早めに行っておかないととか、そういうことは気にしています(笑)。外国人ドライバーはアバウトなので(笑)。あ、もちろんレース始まってしまえば、そんなの関係ないですけどね。

オートポリスに向けてチームも新しいものを投入していく
──去年、今年と大活躍の伊沢選手ですが、将来の目標を教えてください
伊沢選手:近い将来で言えば、まずはこのカテゴリーでしっかりとした結果を出すことが大事だと考えています。ただ、気持ちとして海外に行きたいというのはあるので、それを実現するためにはここで結果を出さないといけないな、と考えています。あとはやっぱり誰よりも速く走りたいので、予選をもっと改善したいです。課題としては、よいときとわるいときの差が大きいので、わるいときにもそれなりにまとめるようになりたいです。ただ、丸くはなりたくないので、行けるときにはガンガン行きたいなと考えています。

──2003年にはドイツで武者修行されてましたよね?
伊沢選手:はい、ドイツでもオランダに近い所に住んでいて、フォーミュラルノーを戦っていました。そのときの同期は、ルイス・ハミルトン選手ですね、あるレースで彼をぶち抜いて3位になったことがあるんです、それ結構自慢なんですけど(笑)。

──次戦オートポリスはどのようなサーキットでしょうか?
伊沢選手:日本のサーキットというよりは、ヨーロッパのサーキットに近くて、僕の好きなコースの1つです。アップダウンもありますし、見ている方もサーキット全体を見渡せるので、楽しいサーキットだと思います。

──オートポリス戦へ向けた豊富をお願いします
伊沢選手:ここ何戦か少し調子が悪くて、前回のツインリンクもてぎ戦では予選で2台とも後方に沈んでしまいましたが、今回のオートポリスに向けてチームがさまざまな努力をしてくれました。それに対して、しっかりと結果が出せるように、リチャードと力を合わせて僕もがんばっていきたいです。

 非常に率直に今年の自分の置かれている状況などを語ってくれた伊沢選手、若手のホープとして期待される存在なだけに、そのプレッシャーも小さくないと思うが、しっかりと自分の考えを語ってくれたのが印象的だった。

 なお、その伊沢選手も出場する「フォーミュラ・ニッポン第7戦オートポリス」は、大分県日田市にあるオートポリスサーキットにおいて、予選が8月29日、決勝が8月30日の日程で開催される。ぜひ九州地方にお住まいの読者であればサーキットに足を運んで、ドライバー同士の戦いを堪能してほしい。テレビ中継に関しては地上波は来週以降も「激走GT」で放映されるが、CS放送であればJ-Sports 1において8月30日14時~17時の予定で生中継される。遠方で足を運べないファンの方はそれらで楽しむとよいだろう。

(笠原一輝)
2009年 8月 28日