東海大学、アジアン ル・マン参戦車「TOP03」を公開
アジアン ル・マン向けに改良、目標は表彰台

2009年10月19日発表



 東海大学は10月19日、「東海大学ル・マンプロジェクト チーム TOKAI UNIV. YGK POWER」がアジアン ル マン・シリーズに参戦すると発表。神奈川県の同大学構内で参戦体制と車両を公開した。

 アジアン ル・マン・シリーズは、ル・マン24時間レースの主催者であるフランス西部自動車クラブ(ACO)が、10月31日、11月1日に岡山県の岡山国際サーキットで初開催するスポーツカーレース。10月31日と11月1日に最長3時間または500kmのレースを1回ずつ行う。プロトタイプカーの「LM P1」「LM P2」、スポーツカーの「LM GT1」「LM GT2」の4クラスで競う。

 当初は上海、日本の2戦が開催される予定だったが、岡山の1戦のみとなった。なお岡山ではWTCC(世界ツーリングカー選手権)との併催となる。

アジアン・ル・マン向けにマシンを改良
 東海大学では、総合科学技術研究所の林義正研究室を中心とする「東海大学ル・マンプロジェクト チーム TOKAI UNIV. YGK POWER」が独自開発したマシン「TOP03」で2008年のル・マン24時間レースに参戦。結果は17時間38分(186周目)に駆動系のトラブルでリタイアとなった。2009年の24時間レースには資金不足で参戦できなかったが、マシンの改良は継続し、日本で開催されるアジアン・ル・マンシリーズに参戦することになった。

 参戦マシン「TOP03」は、ル・マンシリーズの「LMP1」クラスに準拠したオープン2シーター・プロトタイプスポーツカー。クラージュ・オレカの市販シャシーに、独自開発の4リッターV型8気筒ツインターボエンジン「YR40T」を搭載する。シャシーは24時間レースで使用したものを直して使う。

TOP03。「03」は「夢と挑戦と感動」(林教授)を意味する
ウィングはレギュレーション変更により小型化されたホイールも軽量化に一役かった
ステアリングホイールに貼ってあるコース図はテストを行った富士スピードウェイのもの。9月にテストしたほか、10月20日にも公開走行を行う
TOP03のスペックとレイアウト

 YR40Tは、林義正研究室とYGKが共同開発したエンジン。同研究室を率いる林教授は日産自動車でスポーツプロトタイプカーのエンジンを開発したことで知られるが、その思想とノウハウが詰め込まれたYR40Tのアジアン ル・マン仕様は、93×73.6mmのボア×ストロークと2つのギャレット TR30ターボチャージャーにより、エアリストリクター(吸気量を制限し、出力を抑えるパーツ)を着けた状態で432kW(587PS)/6000rpm、720Nm(73.5kgm)/5200rpmを発生する。

 24時間レースよりも走行距離が短いアジアン・ル・マン向けに、車体、電装系、エンジン、ホイールなどが見直され、その結果約35kg軽量になり、空力特性も改善された。エンジンは出力がアップ。ターボチャージャーを小さいものに換え、レスポンスが改善された。

林義正教授TOP03の改良ポイント

 フリクションロスの低減や点火時期の最適化により、燃費も約10%改善され、最大トルクでの最小燃費率(1時間あたり1kw発生させるのに必要な燃料の量)は237g/kW・h/5200rpmになった。林教授はこれを「恐るべき値」と言い、市販車なら280~300g/kW・hだとした。「レーシングエンジンの燃費が悪いというのは迷信。レーシングカーは高速で走行するが、走行抵抗が速度の2乗に比例して増大するから燃費が悪くなるだけ」と、まさに自身の研究テーマである「高出力・低燃費エンジン」を実現したものとした。

 また林教授によれば「17時間38分走ったエンジンのシリンダーヘッドをはぐってみたら完璧な状態だった。シリンダーもグラインダーの目が残った状態だった。学生が作ったシャシーも完璧だった。残念だったのはトランスアクスル」。

 24時間レースでリタイアのもととなったのはベベルギア(トランスミッションからの出力の方向を90度変え、タイヤに伝えるギア)の焼き付き。原因を解析したところ、ギアオイルの温度が急激に上がったためにオイルが硬くなり、支持部のベアリングを潤滑できなくなって破損したことを突き止め、対策を施した。

YR40Tエンジン
YR40Tのスペック24時間レースをリタイアした原因はベベルギアの焼き付き。急激に油温が上昇し、硬度が上がって潤滑しなくなった

 

TOP03のエンジン音
 

 

左から学生リーダーの見戸氏、東海大学総合科学技術研究所の鶴岡次長、林教授、密山選手、脇阪選手

目標は表彰台
 東海大学ル・マンプロジェクト チーム TOKAI UNIV. YGK POWERは、林教授を監督とし、ドライバーこそ脇阪薫一選手と密山祥吾選手の両プロレーサーを起用するものの、マネージャー、エンジニア、メカニックは20名の学生が務める。同大学の工学部長でもある松前義昭副学長は「工学研究科の大学院生、工学部動力機械工学科の大学生を中心に、2001年からのべ170名の学生がこのプロジェクトに携わった」としている。

 ル・マン24時間レースに大学による学生チームが参戦したのは、東海大学が史上初めて。総合科学研究所の鶴岡靖彦次長はその目的を「林教授の研究テーマである低燃費・高出力エンジンの開発成果と、技術開発についての評価を得るため」と説明する。

 林教授によれば「専門家と、それを横につなげる“システム家”の2つの学生さんを育ててきた。エンジンやシャシー、電装といったことを専門とする学生さんたちが自分たちの研究成果を持ち寄って、作り上げたのがTOP03」と言う。

プロジェクトのこれまでと、アジアン ル・マンまでのスケジュール参戦体制

 今回のドライバーを務める密山選手も東海大OBで、プロジェクトの設立当初から関わってきた。それだけに密山選手には「思い入れの強いレース」。

 密山選手に誘われてドライバーとなった脇阪選手はその理由を「魅力的なカテゴリーだったこと、学生のモチベーションが高かったこと」と言う。「大学生クラスがあるわけでなく、世界中でレースをやっている百戦錬磨のチームやドライバーが相手」とアジアン・ル・マン・シリーズの厳しさを語るが「サッカーで言う“ビッグ・キリング”(格上の相手を倒すこと)を起こせば、モータースポーツ業界、ひいては若者の車離れが叫ばれている自動車業界にも大きな一石を投じることになる」と意気込みを見せた。

見戸克徳氏

 チームのまとめ役であるマネージャー(学生リーダー)の見戸克徳氏は、チームの実力について「カーボン製作などはプロにも負けない」と自負する。

 見戸氏がチーム作りの上で心がけたのは「技術的な話は、先輩後輩関係なく意見を交換できるようにすること」。チームの20名は毎年半数が入れ替わる。今年は24時間レース経験者10名と、新たに参加した10名で構成されるが「新しく参加した学生は、24時間レース経験者に遠慮してしまいがち。これを取り払うよう話し合い、しっかりコミュニケーションを取れるチームにした。おかげで9月に富士スピードウェイで行ったテストでも、水漏れやオイル漏れのようなヒューマントラブルは一切起きなかった」と言う。

 24時間レースの目標は完走だったが、アジアン・ル・マンの目標はずばり「表彰台」。表彰台に上がれば、林教授がチームのメンバー全員に高級ホテルでのディナーをごちそうする約束もあるとのことだ。

(編集部:田中真一郎)
2009年 10月 20日