岡本幸一郎のSTI「R205」インプレッション
どこからでも前に出るエンジン、それを支えられるサスとブレーキ


 STI(スバルテクニカインターナショナル)が1月7日に発売した「R205」。これまで同社では、「S201 STi Version」「S202 STi Version」「S203」「S204」と、その時代のスバル「インプレッサWRX STI」をベースとしたコンプリートモデルをリリースしてきた。そして2007年にインプレッサWRX STIがフルモデルチェンジ。このときから、新型をベースにした「S205」の登場は予想されていたわけだが、いよいよ満を持して登場したのはS205ではなく「R205」だった。あえて“S”ではなく“R”にしたのはなぜか? そして気になるその走りは? モータージャーナリストの岡本幸一郎氏が試乗をし、さらに開発者の辰己英治氏にもインタビューをすることができたので、その模様をお伝えする。

待望のSTIコンプリートモデルが登場
 そろそろ現行GRB型でも出てきてほしいと思っていた、STIが手がけたコンプリートモデルが、ようやく世に送り出された。それも“S”ではなく、“R”を冠して。その理由はのちほどお伝えするとして、こんなご時勢とはいえ、待ち焦がれたファンも少なくないであろうスペシャルモデルの登場を、まずは心より歓迎したい。473万5500円という価格は、筆者の予想よりちょっと低め。400台の限定発売で、受注は4月25日までとなっているが、発売後1週間もしないうちに、すでに約100台のオーダーが入ったらしい。4月といわず売り切れるのは時間の問題だろう。

R205のエクステリア。ぱっと見は控えめだが、フロントグリルをはじめ、随所にR205やSTIのオーナメントが設けられる
STI製フロントアンダースポイラーSTI製大型ルーフスポイラー。ブラックアウトされたスポイラーがR205の特徴ディフューザー形状になったSTI製リアアンダースポイラー
インパネ。ステアリングには赤ステッチが入るメーカーオプションのレカロ製バケットタイプフロントシートリアシート
センターコンソールには専用シリアルナンバープレートサイドシルプレートにもR205のロゴが刻まれる

 詳しい仕様については、過去記事も参考にしていただきたいが、一言でいうと、内外装に“S”ほどの上級装備を与えることはせずに、走りに関する部分を主体に、後からできる限り手を入れたクルマという印象だ。

 S203やS204ではバランス取りが行われたエンジンを搭載したが、R205ではノーマル。しかしエンジン本体以外はほとんどまるごと換えたような体裁で、パワーユニットはターボチャージャーを専用品とし、吸排気系も全面的に変更している。最高出力235kW(320PS)/6400rpm、最大トルク431Nm(44.0kgm)/4000rpmというスペックは、ベース車比で8kW(12PS)、9Nm(1.0kgm)の向上となる。

吸排気系とターボ、ECUの変更で出力を向上専用ボールベアリングツインスクロールターボインテークダクトは赤い専用の強化シリコンゴム製に変更
専用低背圧スポーツマフラー。フロント、センター、リアのエキゾーストパイプも専用品となる軽量化のための小型バッテリーはスペックC譲り
オートスイッチ付インタークーラーウォータースプレーもスペックCと同様だスペアタイヤの代わりにパンク修理キットとなり、そのスペースにインタークーラーウォータースプレー用タンクが収まる

 足まわりでは、スプリングとダンパーについては、STIより単品で販売されているキットを活用。これをより生かすため、すでに他の限定モデルにも採用したフレキシブルタワーバーなどの、フレキシブルシリーズを装着。リアサスは一部リンクでゴムブッシュを廃し、金属のピロボールブッシュを採用して剛性を高めている。

 さらに、新たなアイテムとして「フレキシブルドロースティフナー」を採用。これは、フロントサスペンションのアームの付け根とサブフレームをロッドで連結し、スプリングで引っぱる力をあらかじめかけておくというもの。大舵角時の切れ込みのよさを実現できるとのことだ。

 タイヤは「POTENZA RE070」という銘柄こそ一連のインプレッサの走り系モデルと同じだが、R205専用チューンとなっている。これまでのRE070と言うと、性能こそ高いものの、快適性は犠牲になっている感もあったが、今回は乗り心地にも配慮したチューニングを施したとのこと。ホイールは、現状STIのラインアップ中でもっとも軽量で剛性の高いというエンケイ製の鋳造品で、先代GDB型のRA-Rの色違い版となる。S203やS204ではBBS製鍛造アルミホイールがおごられていたが、この辺りも“S”と“R”の違いなのだろう。

センターにボールジョイントを設けたフレキシブルタワーバー。ストラットタワー部にもシリアルプレートが貼られるトレッドパターンなどは、従来のものと同じだが、構造を専用設計としたホイールはエンケイ製の12本スポーク。軽さと剛性を両立したホイールとして選択されたと言う

 ブレーキは、フロントの6ピストンキャリパーこそ、先代インプレッサの「spec C TYPE RA-R」でも採用されたものだが、リアの4ピストンキャリパー採用は、STIとしても初。ベースモデルに装着される2ピースのブレンボと違い、モノブロックゆえ剛性の高さに期待できる。

フロントにはモノブロック対向6ピストンキャリパーとフローティングタイプのローターがつくリアはモノブロック対向4ピストンキャリパー。歴代インプレッサの中でも初の採用だ

 車両重量は1470kgと、スペックCの18インチ仕様と比べると、装備の追加もあって20kg重くなっているが、標準のWRX STIと比べると10kg軽いところにとどまっている。

サイクルスポーツセンター内のコースで試乗

ワインディングコースでR205を試乗
 そんなR205の走りを試す機会が与えられたのは、静岡県伊豆市の修善寺にあるサイクルスポーツセンターの「5kmサーキット」という、アップダウンに富んだワインディングコース。通常は自転車のサイクリングコースとして使用されている路面のきれいなコースで、けっこう急な上り下りもあれば、大小Rのコーナーが連続するので、クルマで攻めても楽しいし、クルマの素性も掴みやすい。

 まずエンジンの印象からお伝えすると、とにかくパワフルでレスポンスがよい。軸受けにボールベアリングを採用したツインスクロールターボチャージャーというと、昨年出たスペックCのピックアップのよさも印象的だったが、R205ではさらにパワフルになり、より抵抗感のない吹け上がりを示す。そして、上だけでなく、下からちゃんとタイムラグなくレスポンスし、トルク感を得ることができる。2リッターでこれほどパワーを引き出しているわりには低回転域での柔軟性も高いのだ。

 2リッターターボで4WDというと、宿命のライバルである三菱「ランサーエボリューションX」に比べてどうかも気になるところだが、中~高回転域での伸びやかな加速感はR205の圧勝という感じ。半面、低~中回転域でグッと前に押し出す感覚は、エボXのほうが若干上回る印象ではある。それは「SI-DRIVE」で最速の「S#」を選んでも同様。SI-DRIVEを操作するとエンジンフィールを3つのモードから選べるわけだが、このクルマにはSI-DRIVEがなくてもよかったような気もしている。燃費重視の「I」にしていても十分に速いし、「S」と「S#」の差は意図的に差別化したような印象もしてしまう。このクルマに限っては、ベストセットのオンリーワンがあれば、それでよかったのではないかというのが私見ではある。

スペックCと比較してもすぐに感じ取ることのできるパワー感。ピークパワーだけを求めたセッティングではなく、どこからでもトルクが出る扱いやすい味付けだ

 そして、前記のパワーをしっかり受け止めることを念頭に仕上げたというフットワークについて。むしろそちらがこのクルマの本命の部分だろう。試乗は冷たい雨が降り続くコンディションの中で行ったのだが、過酷な条件こそ本当のクルマのよしあしが問われるもの。限界性能に特化したクルマでは、得てしてウェットでは怖い思いをしがち。今回の状況下で、たとえばオーバーステアの強いGDB型のRA-Rに乗ったらそのような不安を感じたはずだ。しかし、このクルマはウェットを攻めても楽しい。剛性の高いボディーに支えられたサスペンションがしなやかに動いて、リアが粘りながら、フロントはステアリングを切ったとおりに反応する。それは昨年の限定モデルであるスペックCとも違う味だ。スペックCは、もっと運動性能に特化した印象で、ちょっと唐突にリアが出るなど動きの速い部分もあり、どうこういってもスパルタンなクルマだと感じていたが、R205にはスパルタンという印象はない。

 また、スバルの多くのクルマの場合、ハンドリングの操縦性の面ではよいのだが、実はステアリングフィールについては中立付近があいまいで、しっかり感に欠けるものが多い。ところがR205はビシッとした直進性があり、直進状態からステアリングを切り始めた、まさにその瞬間から正確に反応する。その感覚は標準モデルからの大きなアドバンテージだ。そして、ドライバーがフロントの荷重さえ意識していれば、深い舵角を与えてもどこまでも曲がっていく。標準モデルではコーナーの途中からアンダーステアに転じやすいのだが、そこも大きな違いである。

ウェットでも安心して走れる懐の深さがR205にはあるステアリングを切り始めた瞬間からクルマが反応する

 さらに、グリップの限界を超えてリアが流れ出しても、ピーキーな挙動は見せずゆっくり流れるから怖くない。これはタイヤがきれいに接地している証拠。アクセルのON/OFFで出る挙動の変化も“ちょうどよい”印象。こういったスポーツ走行を楽しむクルマでは、アクセル操作に対して挙動が変わらなさすぎるのもつまらないし、ある程度は荷重移動のセオリーどおりに反応してほしいところ。とくにウェットだとそう感じるのだが、このクルマはその按配が絶妙だ。ニュルブルクリンクで開発したと言うR205だが、聞けば、厳寒の北海道も走りこんで煮詰めたという。それらの数々の努力が、こうしたドライ以外での悪条件下での走りに反映されているのだろう。

 前後の駆動配分をコントロールできるDCCD(ドライバーズコントロールセンターデフ)を駆使すると、より積極的にハンドリングの変化を楽しむことができる。リア寄りにすると、安定性を高めたFR車のような感じになるし、フロント寄りにすると、前で引っぱっていく印象になって、ウェットもいたって安心して走れるわけだ。

 また、これらのフットワークの洗練には、空力も少なからず貢献しているのではと思われる。試乗コースはMAXで150km/hに達するほどだったが、速度感が希薄になるくらい安定感が高く、100km/h程度の高速域でもタイヤが路面にしっかり接地している感覚が常にあった。

前後荷重のコントロールによる挙動の出方も素直高速域でも接地感が高いのはエアロパーツの恩恵か

 リアサスがよくなった恩恵は、ブレーキチューンにも好影響を与えている。どういうことかと言うと、リアタイヤのグリップをより有効に使えるようになり、ロックの心配がなく、容量の大きなブレーキを使えるようになったということだ。今回リアに4ピストンキャリパーを初採用できたのもこのことに起因する。

 ただでさえキャパシティが大きく、フロント6ピストン、リア4ピストンのモノブロックキャリパーを持つブレーキだから、剛性感が高く、コントロール性に優れる。さらに感心させられたのは前後バランスのよさだ。前後タイヤに荷重が乗って、グリップの限界までを使って、最大の減速Gを発生させられる。しかも荷重は乗るのだが、沈み込みは小さく抑えられていて姿勢変化は小さい。これは、スプリングやダンパーが強化され、ジオメトリーでもアンチダイブの設定になっているのだろう、制動時にフロントがあまり沈み込まず、リアの浮き上がりも抑えられている。むしろ前後一緒に沈み込んでタイヤを路面に押し付けている感覚を得ることができる。

 いかなる状況でも、4輪を使って最大の制動Gを得られるという信頼感があれば、進入でもあまり不安な思いをせず、ギリギリまでアクセルを踏んで攻めていける。WRX STIの標準モデルでもブレンボが装着されているものの、そのサイズは前後ともに1サイズ小さいもので、ブレーキには少なからず不満があった。攻めて走ると、意外と早く熱の影響を受けて、2ピースのキャリパーが開いてしまい、制動力もコントロール性も落ちてしまいがちだと感じていた。その点、R205のブレーキは理想に近い。絶対的な路面μが高くないウェット路面では、ちゃんとコントロールしているつもりでも、不意にVDCが介入しがちなのだが、R205では、VDCが介入すること自体が少ないように感じられた。それだけグリップの限界まで有効に使えているという証拠だ。

モノブロックキャリパーは剛性も十分ブレーキの前後バランスがよく制動時に姿勢が安定している
コントロール性も高く、安心してコーナーに進入していける

 ウェットのみでの限られたシチュエーションでの試乗だったのだが、このクルマのよさ、こだわり深さはよく分かったつもりだ。ただ、そうしたR205の本当の実力は、ある程度の経験がある乗り手でないと十分に伝わらないかもしれないとも感じた。たとえばS203やS204は、乗ってすぐにベース車との“違い”を直感する、張り詰めたような緊張感のあるクルマだったと思う。S203やS204のベースとなったGDB型インプレッサまでは、リアをある程度固めないとよさを引き出せない部分もあったので、そのせいもあるだろう。ところがR205は、絶対的な性能や走りの“質”を、ハイレベルで仕上げながらも、快適性や安心感を高く保っているのだ。この辺りは、ベース車の違いによるのかもしれない。

辰己英治氏に聞くR205の真意
 では、STIが提唱し、R205で目指した「強靭でしなやかな走り」とはどういうものか、さらに気になる“S”と“R”の違いについて、長年、本体である富士重工業で車両開発に携わり、現在はSTI車両実験部部長としてR205の開発を指揮した辰己英治氏に聞いてみた。

STI車両実験部部長辰己英治氏

 「このクルマは、“S”というほど装備がおごられていません。あくまでイメージとしての話ですが、“S”はセダンやワゴンの上級グレードと捉えています。ハッチバックで“S”というのが、我々としては想像しにくい。だとすると、何かハッチバックのクルマに相応しい別の名前はないかと考えたときに、“R”のほうが相応しいと思ったんです。また、STIでは今後もスポーツを標榜していくつもりですが、その中でも“ロードスポーツ”ということで、“R”を与えることにしました。“レーシング”ではなく、“ロード”です。そして、“R”を名乗るクルマは、ハッチバックのほうが相応しいと考えています。今後もセダンやワゴンで“R”というのは、おそらくないでしょうね」

 そして、このように続けた。「今回は走りに特化したスペックCをベースに、さらに走りに特化したクルマをSTIなりにつくったのです。スバルはスペックCをモータースポーツのベース車両として作ったわけですが、モータースポーツというのは、やはり特殊用途なので、我々STIではもっと間口を拡げて、あくまでロードスポーツカーとして、違った表現で仕上げました。というのは、一般ユーザーが一般路を走ったときに、どれだけ気持ちよく走れるかを念頭に開発したのです。ニュルブルクリンクで開発した理由はまさしくそういうところで、限界性能よりも、問われるのはどんな状況でも楽しく安心して走れる性能です。まず、ちゃんとまっすぐ走ること、さらに、ステアリングを切ったとおりクルマが正確に反応することが不可欠なのです。そして、誰が乗っても、どんなウデをもってしても、その性能が発揮されないと、ニュルでは安全に戻ってくることができません。限定された性能を追求するのではなく、どんな状況でも走れること。そのためには、“強靭”であると同時に、“しなやかさ”を持ち合わせていなければなりません。その性能を仕上げる上で、ニュルは最適な場だと考えています。現行のGRB型インプレッサはベースのポテンシャルが高いので、さらに上の境地を目指したときでも、快適性を犠牲にすることなく、走りを高めることができるのです。R205はもちろん現時点でのGRB型インプレッサの集大成であるクルマには違いありません」

ニュルブルクリンク24時間レースに参戦したインプレッサ
このインプレッサにもR205で採用したエアロパーツなどが装着されていた
試乗を終えて満面の笑みでR205から降りる岡本氏

世界で400台だけのコンプリートモデル。プラス105万円はお買い得
 原稿を書いている本人も、お金に余裕があったら手を打っておきたいと思ってしまっているほどだが、S205の473万5500円という価格は、WRX STIとスペックCが、いずれも368万5500円だから、価格差は105万円となる。この差をどう捉えるかは人それぞれだろうが、価値ある装備の数々が加わり、それらをより効果的に使い切るべく、量産車ではありえない開発を経て、丁寧に仕立てられたクルマである。その意味では、単に装着されたパーツ代を車両代に加算しただけでは計れない価値のあるクルマ。それで105万円のプラスに過ぎないというのは、むしろ安いと思えてくる。

 R205は限定400台、S203が555台、S204が600台なので、希少性はさらに高いことになる。時代が時代だけにプレミア相場となる可能性は小さいだろうが、過去の例からしても、R205の中古車相場が極端に値崩れすることはないと見てよいだろう。クルマ自体の仕上がりのよさはもとより、与えられた装備や希少性などを総合的に考えても、105万円よりもずっと高い価値を見出すことのできるクルマだと思うのだ。気になる人は、とにかく急いでアクションを起こしたほうがよいだろう。

(岡本幸一郎 /Photo:大湊博之)
2010年 1月 26日