ナビタイムの大西社長に聞く
通信カーナビ「CAR NAVITIME」誕生の裏側


CAR NAVITIME
ナビタイムジャパンの大西氏

 ケータイ、スマートフォン、PCの経路検索サイト「ナビタイム」を提供するナビタイムジャパンから、ナビタイムの検索エンジンを使ったカーナビ「CAR NAVITIME(カーナビタイム)」が登場した。一見、流行のPND(Personal/Portable Navigation Device)のように見える外観だが、au携帯電話のネットワークを使って地図情報をはじめ、ナビタイムの情報やサービスにアクセスでき、ナビタイムジャパンではWND(Wireless Navigation Device)と呼んでいる。

 ナビタイムジャパン代表取締役社長の大西啓介氏に、「CAR NAVITIME」登場のきっかけや、ナビタイム初となる“ハードウェア”を登場させるにあたってのこだわりなどを聞いた。

使い勝手のよい専用デバイスは生き残る
──「CAR NAVITIME」の登場のきっかけはなんでしょうか?

 今から2年半くらい前に、「今後WiMAXやLTEなどが出てきて、通信回線が太くなるので、月々の定額料金が数百円くらいになってくるかもしれない」という話がでてきました。そこからスタートしています。

 その上で、ユーザーにとってよいサービスが提供できるなら、専用のデバイスもありではないかと意見がまとまりました。家電店に行けば、現在の携帯電話に入っているはずのデジタルカメラやポータブルオーディオが専用デバイスとして売られています。それぞれに特化した使い勝手のよいものは残るのではないかと思ったのです。

 カーナビに関して言えば、「現在地」ボタンがあり、加速度センサーやいろいろなものが入って携帯電話向けサービスよりも使い勝手がよくなる。そういったものは今後も残り続けると判断しました。

 もうひとつ、携帯電話では道路交通法上、ドライバー向けのサービスができなかった。ドライバー向けのサービスを提供するには、こういった専用デバイスを出すしかなかったという理由もあります。

──作るにあたって、どんなカーナビにしたいと思っていましたか?

 我々にはナビタイムを提供する中で、ユーザーの声がメールで入ってくるので、カーナビにどういったものが望まれるのか、不満があるのかは、だいたい予想ができました。

 我々の調査では、ナビタイムやEZ助手席ナビのユーザーは、カーナビがあっても、ケータイで検索していることが多い。具体的にどう使っているかというと、ケータイのほうが情報鮮度が高くて情報が多いのは分かっていて、まずケータイで調べて、カーナビに設定というパターン。駐車場の情報も、ナビタイムで空車を確認してから行く、という行動をとっています。それなら、カーナビの中に全部入っているほうが使いやすいだろうと思ったわけです。

 実際、完成した「CAR NAVITIME」を使ってみると、私自身も楽しいです。テレビで紹介されたスポットが出たり、ランキングが出たり、押したくなるボタンがいっぱいあります。

 既存のカーナビはというと、どんなに高い機種を買っても、新しい地図が自動で更新されたり、新しい地点情報が自動で更新されたりといったような、ケータイで月額315円で実現できていることができていない。そういったことを専用デバイスで実現したかったからです。


CAR NAVITIMEの地図画面。白を基調としたはっきりとした地図、交差点拡大、走行ルート表示、地図上の渋滞表示ともに見やすい走行中の画面。周囲の駐車場の満空情報や道路の渋滞情報が表示されている。近所であれば意味はないが到着地の天候も表示されている。ヘディングアップ表示の場合、自車位置が地図画面中心ではなく、進行方向側の地図表示が広くなっている目的地は<G>の旗が立つ。周囲の主要店舗のアイコンも表示される
目的地の検索履歴はケータイで検索したものがCAR NAVITIMEでも表示される。CAR NAVITIMEから呼び出すには通信回線を使ってサーバー経由で情報表示するため、表示まで数秒待つ必要があるメニューボタンを押して最初に表示されるメインメニュー履歴から目的地を設定する場合は「登録・履歴・転送」から「地点履歴」を選択する。ケータイから検索した履歴なども共通で残っている

──2年半前(2008年はじめ)といえば、PNDの流行の兆しが見え始めたころですが、開発開始と関係はありますか?

 PNDは、当時すでに海外で注目されていたデバイスだったので、当然国内にも波及すると思っていました。クルマのオーディオスペースに据え付けるタイプを作るのはたいへんですが、ダッシュボードに置くPNDタイプなら比較的簡単に作れると思いました。

──ハードウェアが作りやすい環境だったということでしょうか?

 カーナビに関しては、中国や台湾で作ったものにブランドを付けてPNDに仕立てるという流れがあり、2008年9月に開発発表を行ったのは、多くの企業からコンタクトがあるだろうという狙いがあったからです。

 その結果、多くの生産メーカーやデバイスメーカーから提案があって、我々のビジネスに共感していただき、きちんとした生産ラインのあるところと組むことができました。

──今年は、高速道路の無料化実験、首都圏では首都高大橋ジャンクションの開通など、地図更新という意味で通信ナビが有利な状況ですが、今年の発売は狙ったものでしょうか?

 それは運ですよ(笑)。

何もしなくても情報がケータイと連携できているのがCAR NAVITIME

大西氏「CAR NAVITIMEはストレスなく利用できる」

──実際に完成したCAR NAVITIMEを使ってみてどうでしたか?

 今までのカーナビと違うと思うことは、ケータイで行き先などを調べていて、次の日にカーナビを見たら、何もしなくても履歴に出ていることです。実際に使ってみると、ケータイで操作したことがなんで表示されるの? くらいの驚きなんですね。こういう機能が、今後の使い方を変えていくと思っています。

 履歴から意図的にルートを転送するという機能もありますが、勝手に連携しているのが、ストレスなく利用できるポイントだと思っています。

──ネットワークで渋滞情報が入ってくるのは便利ですね。

 FM-VICSだとFM波の電波状態によっては情報が取得できないこともある。ビーコンはその場所に行かなければなりません。

 CAR NAVITIMEではリアルタイムの渋滞情報と、1時間ごとに更新される予測渋滞情報が見られます。ちょうど先日のお盆休みでは、私も渋滞解消を1時間ごとに確認しながら出かけるといったことができました。

──他社でも通信環境があれば同じようなサービスができそうですか?

 通信がついたら何ができるかと思っても、コンテンツを持っていなければ何もできません。我々がナビタイムのコンテンツを持っているのは大きな差別化です。

──携帯電話では実現できないサービスだったんでしょうか?

 運転中にキーを触ってはいけないという制約があります。でも、案内の音声を聞いている分にはOKです。そこで、それは「EZ助手席ナビ」として実現しました。それでも130万人が使っているサービスまで発展しました。この利用者数はPNDの市場よりも大きいです。

 ドライバーが使えないのにそれだけ増えているサービスなら、ドライバーが使えるもっとよいサービスを作ったら、それなりに売れるだろう。というビジネスの判断という背景がありました。


目的地検索はさまざまなジャンルから選択できる。ガソリンスタンド検索などもあるメインメニューから「ドライブ情報」を選ぶと渋滞予測やマイカーマネージャーといった機能を呼び出せる渋滞予測は地図上のほか、任意の道路を選んで表示することができる。ドライブの計画をたてるときなどに便利
おすすめ情報が得られるのも、通信ナビならでは目的地のランキングも一覧できる。今人気のスポットがすぐに分かるガソリンスタンドは近隣や住所入力で検索できる。料金情報がある店舗では料金まで表示されるので便利だ

月額定額525円は、助手席ナビの通信実績に基づいた通信料金
──通信料金の月額525円は、最初から決まっていたものでしょうか?

 最初は、通信を意識させないということから始まりました。ユーザーにとっては、通信があるかどうかは関係ない。“詳しいことは分からないけど、常にこのカーナビは最新の地図と情報が表示され、正確にナビしてくれる”と思ってもらえればよいということが原点です。

 それを実現するために、端末価格に通信料コミコミで例えば6万4800円という案もありました。通信料込みはユーザーにとって分かりやすいからです。

 しかし、各通信事業者さんにとっては初めてのケースでどれほどの通信料が発生するか心配されていました。検討を進める中で、KDDIさんが「Link→au」というアライアンス事業を始めるところとタイミングが合った。KDDIさんとは「EZ助手席ナビ」でパケット通信量が分かっていたので話し合いを何回も重ねた結果、専用の「WNDプラン」は525円で、となりました。

──他の通信事業者の回線でもサービスは提供できるのでしょうか?

 KDDIさんより安く、安定しているサービスが提供されるのであれば、可能性がありますが、なかなか難しいかもしれませんね。「EZ助手席ナビ」の実績があるので戦略的な料金が出てきたと思っています。実績がなければ2段階定額などになってしまい、月額1000円以上になってしまうと、ユーザーとしては使いたくなくなるので、難しいのではないでしょうか。

まずは30~40代男性に人気、実物を触る機会が少ない割りによい売れ行き
──登場前から注目されていましたが、現時点での人気はいかがでしょう?

 具体的な数値は出せませんが、初回ロットは1週間くらいで予約完売しました。通販のみで、実機に触っていただける状況があまりない割には、よく売れているというのが感想です。現時点では、ご注文をいただければほとんどお待ちいだたくことはなくなりました。

──ユーザー層などはどうでしょうか?

 40代男性が圧倒的に多いですね。当初、30~40代が多いと予想していましたが、その通りになりました。エリアは人口が多い東名阪が多く、それ以外では西側の地域が少ない傾向です。


駐車場検索にはこれだけの条件をつけて検索できるお知らせやニュースも本体で表示できるお知らせを表示するなど、サーバーと通信が発生するときなると、通信中の表示が下に出る
「マイカーマネージャー」では給油や消耗品管理などが行える車種登録すれば、燃費を比べることもできる簡単なクルマのトラブルに対する案内も確認できる
ユーザーでできるトラブル対応策が表示される本体のソフトウェアなどのバージョン確認も通信を使って随時可能だ地図データなどのバージョンも確認できる

普通に使って使いやすい、という単純だが困難な設計目標を実現
──ハードウエアを開発するにあたってこだわった点などはありますか?

 まず、押してすぐ動く、そういう感覚を大事にしました。普通に使って使いやすいっていうのはけっこう難しいんですよね。「なんか遅い」「なんか軽い」という印象は、違和感になってしまいます。

 たとえば本体についているボタン。まん中を押さないといけないボタンとか、端を押すとカチカチいうボタンがあって、どこを押しても同じように反応させることは難しいんです。メーカーには無理と言われましたが、我々はユーザーの感覚で「押しにくい」「音がうるさい」「カチカチはいやだ」と要望を出し続けました。

 タッチパネルも、同じメーカーの同じパネルでもチューニング次第でぜんぜん違うものになってしまいます。ドライバソフトのチューニングなどが関係するのですが、ボタン同様「こういう感覚で押せるようにして欲しい」って再三要望をぶつけて作ってもらいました。同じ物でもチューニングでこんなに違うということがよく分かりました。

 細かいところでは、取り付けの吸盤の仕様も工夫しました。どんなエンボス加工のダッシュボードでも使えるものにしているつもりです。最初の試作機は、山を走っていたらナビが落っこちてしまったのです。

 本体の開発と並行して吸盤だけでも1年半くらい試行錯誤を続け、私自身も副社長もずっと試作品をクルマに付けて使い続けました。製品版では、誰のクルマにつけても山道でも落ちない自信があります。


PNDタイプではよくある本体と吸盤式の取り付けスタンドという組み合わせワンセグの受信ができるため、上部にはアンテナがあり、伸ばすことができるGPSアンテナを外部に接続することが可能だ。推奨品が用意されている
吸盤式のスタンドは、吸盤をダッシュボード上に置いて、中央のダイヤルを回転させることで、吸盤が密着する仕組みだ。本体の角度調整もできる吸盤で付きにくい場所は、付属のシートを両面テープで貼り付け、その場所に吸盤で貼り付けることで使用できる

──特徴的な透明のフチや、外観、カラーはどうやって決まりましたか?

 社内コンペで勝ち残ったものが製品版のデザインです。社内にはWebやケータイ関連のデザイナーしかいないんですが、今までケータイ向けにサービスを提供してきた中で、ハードウェアとして出た場合に、どんな形ならみんなが使いたくなるのか、先進性を感じてもらえるのかなどを重視して決めました。

 透明感や先進性だけでなく、女性でも使ってみたくなることも意識しています。初期のユーザーは30~40代男性でも、普及させるためには20代女性が使いたくなるようなデザインでないといけません。少し洗練された優しい感じを出したかったのです。

 透明の縁取りに浮いて光るLEDもアクセントです。LEDの光り方、輝度や色も何回も議論を重ねました。ボタンの明るさ、色も、私や副社長が外に連れ出されて検証しました。夜に眩しくなく、昼に暗くないもので、白か青がいいのか、グレーがいいのか。さんざん検討を重ねて現在の色と明るさに落ち着きました。

──ナビ機能のほかにワンセグだけ入れる、というスペックはどうやって決定しましたか?

 私はワンセグを使わないのですが……、でも入れました。

 なぜなら、ハードウェアなので、他社製品とどっちを買うか比較になります。ワンセグ受信の有無が購入判断に影響するのが調査で分かったので、載せようということになりました。ワンセグ以外はナビの機能に集中させています。

──他にもメモリーオーディオ、ビデオ再生など、付加機能を搭載する選択肢もありますが。

 まず価格の問題があります。PND上位機種の6万円前後の製品に対抗するためには、販売価格は4万円強くらいにしておかないといけません。CAR NAVITIMEでは通信費がかかりますので、4~5年使って同じくらいにしなければと思いました。

 もうひとつの理由としては、初めてのコンセプトの製品は使ってみないとよい物かどうか分からないので、ある程度普及しやすい価格帯にしないといけない。いろいろな機能を載せて本体が6万円、さらに通信料がプラスされると購買意欲に結びつかないと思い、機能面で切れるものは切りました。


吸盤つきのスタンドと、本体の間にはクレイドルを介するクレイドルにアダプターで電源を供給する仕組みだ本体左側面には電源ボタンとバージョンアップにも使うSDカードスロットがある。電源ボタンは通常は押さなくてもクルマの電源の有無で自動でオン/オフする
本体右側面にも電源入力がある。ワンセグなどで利用できるヘッドホン端子とUSB端子がある外見上のアクセント、透明のフチに浮かんだLED。動作や電源状態を示す。青色だが輝度を抑えてあり、目障りにならない本体背面には「NAVITIME」のロゴが大書きされている。中央の蓋の中にはリチウムイオンバッテリーが入っており、交換もできる

自転車、バイク、法人向けが今後の展開

今後は自転車やバイクにも
将来的にはカー用品店にも販路を拡大

──例えば自転車用ですとか、他のハードウェアは検討していますか?

 自転車は道交法上、ケータイを取り付けるのは難しいので、専用のがっちりしたものを作るつもりです。まずはバイク向けと自転車向けですね。実現するためには走行に危険がないユーザーインターフェースが重要で、他社でも自転車のナビが出ていますし、ぜひ作りたいと思っています。

──法人用途での引き合いはありますか?

 結構な件数の問い合わせをいただいています。法人用途ならばサーバー一体のソリューション提供になると思いますね。例えば動態監視とか。サービスカーの配置を本部で把握し、「次はここに行ってください」という指示を出すみたいな機能が分かりやすいと思います。

 現時点でさまざまな要望がありますが、ほとんどはサーバ-側でシステムを作れますので、いろいろなサービスを提供できるのかな、と思っています。

──CAR NAVITIMEを既存のナビメーカーや自動車メーカーに提供することはありますか?

 中身のサーバーや、エンジンを提供することは十分あり得ることです。中身や端末のエンジンを含め、自動車メーカーやカーナビメーカーが使いたいということなら、ぜひ使っていただきたいと思っています。

 実は我々の基本は“ナビゲーションエンジン”なんです。実際にはナビゲーションエンジンを作っている会社なんですよね。それをいろんなカーナビのメーカーにライセンスしているのが古くからあるビジネスで、あるとき、自社でサービスを立ちあげたものが「ナビタイム」です。今はナビタイムが目立っていますが、実際に我々が開発したエンジンを使っている会社は日本で何百社ありますです。

──通信ナビでは、位置情報に応じた広告を検討している会社もあります。例えば広告付きだと月額525円の通信料がタダになるなどの方策は検討していますか?

 あり得る方法ですが、あまりやりたくないですね。純粋にユーザーが使いたいものを、使いやすく便利に作って、それに合った対価をいただく、という基本スタイルを目指しています。広告が入るとどうしても広告主の意向が反映されてしまいますから。

 でも、それはそれでもよいという方もいますし、そういうモデルが出てきてもよいとは思っていますが、我々がやるつもりはありません。あくまでユーザー目線で、ユーザーが欲しいものをきちんと提供していくことに専念します。

──カー用品店での展開はしないのでしょうか?

 将来的には売る予定です。販路はどんどん増やしていく。現状はナビタイムのWebサイトでしか売っていませんから(編集部注:2010年9月3日からはau取扱店およびau Online Shopでも販売される)。

 でも、特にPNDタイプのカーナビを買うために、カー用品店へ行くという機会は少なくなりましたね。自分で簡単に取り付けられるという理由があるからかもしれませんが。

──当面の課題は何かありますか?

 まずはさきほど申し上げたバイク用、自転車用を作り、法人向けにも普及活動を進めていきたいですね。現在のCAR NAVITIMEでは、ケータイサイトでできていることすべてができるわけではありません。テレビスポット検索は、バージョンアップで対応したいと思っています。

――本日はありがとうございました。

(正田拓也)
2010年 9月 3日