F1再参戦を果たした、ピレリのタイヤ戦略について聞く
モータースポーツ部長 ポール・ヘンベリー氏インタビュー


ピレリのF1参戦を統括する、モータースポーツ部長 ポール・ヘンベリー氏

 昨年の最終戦をもって、ブリヂストンがF1から撤退した後を受け、今年の開幕戦からF1にタイヤを供給しているのが、イタリアのタイヤメーカーであるピレリだ。ピレリは、昨年までWRCへのワンメイクタイヤの供給を担当するなど非常にモータースポーツに熱心なタイヤーメーカーとしても知られており、1991年末のF1撤退から約20年振りにF1へ再参入を果たしたことになる。

 そうしたピレリのモータースポーツ戦略を統括しているのが、ピレリ モータースポーツ部長のポール・ヘンベリー氏。F1復帰を決めてからわずか6カ月でF1用のタイヤを作り上げるなど、非常にタイトなスケジュールでの参戦になったピレリだが、今年のF1シーンでは、タイヤが結果を左右することも多く、結果的にその再参入は大成功を収めたと言ってもよいだろう。

 ヘンベリー氏は、今週末に開催されるF1日本グランプリと、ピレリから新たに発売されるハイパフォーマンスタイヤ「P ZERO シルバー」の発表会にあわせて来日。P ZERO シルバーの発表会においては、「バーニー・エクレストン氏(筆者注:F1の商業面での最高責任者)に今年の勝者はピレリだねと言ってもらえた」との発言もあり、F1での成功がピレリ自身のブランドイメージの向上にも大きくつながっているのだ。


2012年春に発売されるハイパフォーマンスタイヤ「P ZERO シルバー」。F1用タイヤと同様の開発プロセスが用いられているP ZERO シルバー発表会で上映された、F1用タイヤとの違いを示す映像

 そうした成功裏に終わったF1再参入をリードしたヘンベリー氏に、ピレリのF1再参入、ピレリが提案している予選用タイヤの復活、タイヤの使い方が上手いドライバーなどなど、さまざまな質問をぶつけてみた。

 なお、このピレリタイヤを含め、DRS(Drag Reduction System:ドラッグ抑制システム)やKERS(Kinetic Energy Recovery System:運動エネルギー回生システム )など、今年のF1のルール改正やF1日本グランプリまでの流れは小倉茂徳氏の連載「オグたん式『F1の読み方』」(http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/f1_ogutan/)を、参考にしていただきたい。


ピレリがF1用に用意するドライ4種類、ウエット2種類、計6種類のタイヤ。観戦時にタイヤの違いが分かりやすいよう、ロゴの色が異なっている

ウエットタイヤを含め、6種類のF1タイヤを6カ月で開発
──昨年の夏頃にF1への再参入を決めてから、実に6カ月程度でF1タイヤを作り上げるという、まさにギリギリのスケジュールでの復帰になりました。かなり大変なプロジェクトだったのではないですか?
ヘンベリー氏:おっしゃるとおり、かなり大変な仕事だったことは間違いありません。ただ、幸いなことに私のチームは非常によく働いてくれました。本当にハードワーク続きの毎日でしたが、非常によい仕事をしてくれたと思います。

──その6カ月で用意したのは、4種類のスリックタイヤだけでなく、2種類のウエットタイヤも含まれますか?
ヘンベリー氏:はい、特にウエットタイヤの開発は、大変の一言に尽きました。なぜならば、雨のコンディションは望んで実現できるものではないからです。TMG(筆者注:Toyota Motorsport Gmbh、トヨタ自動車のドイツ子会社で、トヨタのF1プロジェクトを担当、ピレリのタイヤテストにはトヨタF1の2009年モデルであるTF109が利用された)の協力で行ったテストでは、散水してウエット状況を作り出すテストはできましたが、実際のウエットコンディションとは異なっています。実際のレースのウエットコンディションでウエットタイヤをドライバーに使ってもらうことで、さらにフィードバックを得ることができました。そうした厳しい状況の中でも、問題のないタイヤを供給できたことを、我々は誇っていいと思っています。

──F1タイヤの製造はトルコで行っていると聞いています。開発はどこで行っているのですか?
ヘンベリー氏:研究開発はイタリアのミラノで、ロジスティックス(遠隔地への配送など)はイギリスのディドコットにある倉庫から行っています。我々はインターナショナルなチームとして、このF1プロジェクトに取り組んでいます。具体的な例で言えば、我々のチームには30~40の言語を話す多種多様な国籍のメンバーが在籍しています。ただ、残念ながら、今のところ日本語を話すメンバーはいないようです(筆者注:ヘンベリー氏自身はイギリス人で、イタリア人ではない)。


予選用タイヤ採用の働きかけはF1を面白くするため、以前の予選用タイヤとは考え方が違う
──予選専用タイヤをFIAに提案されたとのことですが、それはなぜなのでしょうか? 2012年は無理だが、2013年のルールとして採用されるように働きかけていきたいと言われていましたが?
ヘンベリー氏:みなさんもご覧のように、現在の予選のシステムでは非常に不思議な状況(筆者注:決勝で使えるタイヤを選べるように予選第3ステージ[Q3]などに参加しないドライバーがいることなどを指していると思われる)が生じています。そして、その予選で発生した状況により、レースの結果が左右されたりしています(筆者注:予選第1ステージで敗退したドライバーが、ソフトタイヤを多数残しているため、決勝で上位に来たりすることを意味しているのだと思われる)。

 もう1つ重要なこととしては、予選はもっとおもしろくなるべきだということを指摘したいです。ドライバーと話をしましたが、もし予選タイヤが復活すれば、より集中力を高めて一発のラップを完璧にこなすという新しいチャレンジができることに彼らも同意してくれました。

 こうした新しいアイデアはF1をより面白くしてくれると我々は考えていますし、我々もそれに貢献したいのです。

──しかし、過去には予選用タイヤはコストの問題と、1時間の予選を行っているのに最後の10分だけにしか走らないなどの問題がありました。せっかくの予選に最後の10分しか、マシンが出てこないのでは、観客や視聴者にとっては退屈な予選となる可能性はありませんか?
ヘンベリー氏:過去にそうした問題があったことは事実ですが、我々には別のアイデア、つまりこれまでとは違うルールに関するアイデアがあります。それを採用していただければ、そうした問題は起きないと考えています。

タイヤの使い方がうまいドライバー
──答えにくい質問かもしれませんが、今年最もうまくタイヤを使いこなせているドライバーは誰でしょうか?
ヘンベリー氏:それは簡単にお答することができますよ。セバスチャン・ベッテルです(笑)

──それはおっしゃるとおりです(笑)。しかし、それぞれ車も違いますし……
ヘンベリー氏:私は結果こそがドライバーの優劣の証明だと思っています。特に今年はタイヤが大きく変わりましたので、多くのドライバーがドライビングスタイルを変更しなければなりませんでした。ご存じのとおり、レーシングシーンでは自分の持っているパッケージを最大化することこそが重要になります。チャンピオンシップの(ランキング)テーブルを見ていただければ、誰が最もよくタイヤを使えているのかは明らかだと思います。

──小林可夢偉選手についてはどう思われますか?
ヘンベリー氏:彼は今年も非常によいシーズンを送っていると思います。彼は首尾一貫してよいパフォーマンスを発揮していますし、彼の将来は上向きだと思っています。ザウバーも戦闘力を上げるべく努力を続けていますし。

──小林可夢偉選手はあなたとタイヤの使い方を議論したりするのですか?
ヘンベリー氏:私とではないですが、我々のエンジニアとはよくしていると思います。我々は各チームに1人、専任のエンジニアを用意していて、それぞれタイヤの使い方、戦略などについてチームのエンジニアとよく話し合っています。

P ZERO シルバーの発表会にゲストとして登場した安藤美姫選手と。ヘンベリー氏は、「世界チャンピオンである安藤選手は日本人の誇りだ」と言い、どんな分野においても1番になることが大切と説く

日本市場ではプレミアムタイヤブランドとしての認知度向上を目指す
──ピレリのアジア市場への取り組みはいかがでしょうか? また、日本市場ではいかがでしょうか?
ヘンベリー氏:我々は非常に大きな工場を中国に所有しております。アジアにおけるマーケットシェアを向上させることを我々は重視しています。

 一方、日本は非常にタフなマーケットです。想像していただければ分かるとおり、日本市場には多くの競合メーカーがあり、特にナショナルブランドのメーカーは非常に強力です。このため、我々はスポーツカーやラグジュアリーカーなどの標準タイヤとなるような、プレミアムブランドになることを目指しています。

 日本市場は非常にハイエンドな市場であり、そうした市場へのアピールを行う場としてF1は素晴らしい舞台です。それにより、日本の自動車業界に対しても我々の技術をアピールする場として活用できればと考えております。

──日本のモータースポーツは独自の発展を遂げています。フォーミュラ・ニッポンやSUPER GTなどは、その代表的なものと言えますが、それらのモータースポーツに興味がありますか?
ヘンベリー氏:個人的には大変興味がありますよ。例えばSUPER GTですが、ユニークでエキサイティングなカテゴリーであるとヨーロッパにも情報は伝わってきています。ですが、ご存じのとおり、我々はヨーロッパベースのメーカーであり、日本に人を派遣してチャンピオンシップを戦うとなると非常に大きなコストがかかりますし、リソースも足りなくなってしまうため、短期的には難しい面もあります。

 それでも、我々は常に日本のレースシーンをチェックし続けており、チャンスがあればSUPER GTには挑戦してみたいとは思っていますが、今のところはF1に集中しなければなりません。ただ、将来に絶対という言葉はありません(笑)。非常に素晴らしい選手権ですので、いつの日か参戦したいです。

──最後の質問ですが、来年投入する新モデルにP ZERO シルバーというF1のハードタイヤと同じ名前を付けられました。F1では、ソフトコンパウンドのイエロー、スーパーソフトコンパウンドのレッドなどのタイヤを展開されていますが、将来的に市販製品で、「P ZERO レッド」とか、「P ZERO イエロー」など、F1タイヤに由来するシリーズ展開は行うのでしょうか?
ヘンベリー氏:ぜひ私たちのマーケティング担当者に聞いてみてください(笑)。十分あり得るでしょうね(笑)。我々はレーシングタイヤと市販用のタイヤの関連を深めることを望んでいますので。

発表会場で流された、鈴鹿サーキットのF1走行シミュレーション映像

(笠原一輝)
2011年 10月 7日