交通コメンテーター西村直人が見た「人とくるまのテクノロジー展」その2



タイムラグゼロの車両シミュレーター──鷺宮製作所
 仮想車両シミュレーション技術で定評のあるのが鷺宮製作所。今回出展されていたのは、「ダイナミックサーボ次世代試験システム HILS」という、同社が得意とするアクチュエーター技術をふんだんに使用したシミュレーター。CG上の仮想車両モデルを開発者(テスター)がシミュレーター上でドライブすることで、車両運動性能の主観的な評価ができるという。

 また、そのドライビングデータから得られたデータを6軸のアクチュエーター上に載せられたボディにリアルタイムで伝えることで実車テストとほぼ同じ挙動が再現できるため、たとえば足回りの変更による同乗者への身体的な影響も計測可能。

 シミュレートできる範囲も非常に幅広く、ステアリング/ショックアブソーバー/ブレーキなど、「走る、曲がる、止まる」の運転に関する3大要素についてはすべてを網羅。結果、車両の運動性能に関する方向性をプロトタイプを製作する前段階から検証できるため、パーツひとつひとつの完成度を高めることができる。

 とまぁ、ここまでのシステムであれば自動車メーカーにはじまり、各パーツメーカーがすでに採用してきたものと同じ。今回のシステムはどこが違うのか?

 「一概には言えませんが、従来型ではテスト内容によってサーボ能力の限界を超えてしまう状況もあり、真の意味での“リアルタイム”を達成できていないところがありましたが、新システムでは反応速度に対するタイムラグを事実上ゼロに近づけることができました」(鷺宮製作所・試験機営業部 田中氏)と言う。

 実際にデモ機を見てみると、動きは繊細かつ大胆だった。アクセルをゆっくり踏むとテスターが操るCG上の車が静かに走り出すとともに、アクチュエーター上のボディ後端が少しだけ沈み“疑似的な加速G”を再現する。そこからアクセルを踏み足すと、それに比例してボディは深く沈み加速Gが増えたことを表現するのだ。減速時も同じで減速率に応じてボディは前のめりになる。その昔、ゲーセンでこんなのがあったけど、当然ながら、その動きたるや比べものにならい。

 デモ機では架空のテストコースをCG上で作り出していたので、さながらPLAY STATIONの「グランツーリスモ」画面を見ているようだったが、写真のようにステアリング操作をしている横でボディの動きが再現されているので、リアリティも格段に高い。

 中でも、コーナリング時に見せるボディの動きは本物かと見まごうばかり。わずか6軸のアクチュエーターが作り出したVRではあるのだけれど、テスターがゼロカウンターでクリッピングポイントを超えていく様子を表現したZ軸の再現は見事だし、縁石に片輪を乗せた瞬間に縦方向のグリップが瞬間的、かつ断続して失われるさまや、それに伴う挙動の乱れなどを間近で見ていると、テスターの動きに対する反応ではなく、デモそのものが予めプログラムされていたんじゃないかと、失礼ながら疑念を抱くほどだった。

 「HILS」のもうひとつのメリットは、こうした実車に近い挙動をリアルタイムで再現できるだけじゃなく、運転という不確定要素が多い環境の中で、完全に同じ動作を繰り返し行うことができる高いロバスト性を誇ることだ。

 加えて、開発に膨大な時間と費用の掛かるECUとの適合性などを、実車を持たずして検証できるため品質向上にも大いに貢献するという。また、プログラミングにより、テスターなしで24時間耐久テストなどの過酷な状況を安全につ作り出せることも存在意義が大きい。

テストドライバーはロボット──ダイナテック
 リアルタイムをうたう高度なシミュレーター技術でも、入力されたデータやプログラミング以上の検証はむずかしい。実車そのものでしか得られない情報はたくさんあるからだ。

 鷺宮製作所の「HILS」のような仮想車両シミュレーターは、実車を作る前になるべく多くの事象を検証し、開発費用&時間の削減/高いロバスト性による信頼性/VRによる安全性を担保するもの。現実のものとして1台のクルマを世に送り出すまでには、当然ながら実車でのテストが必要になってくる。

 机上での設計からシミュレーターでの検証が終わると、そのデータをもとに、用意されたプロトタイプ車両でのテスト走行がスタートする。そこで活躍するのがテストドライバーと呼ばれる定量評価に優れた人物で、たとえば日産自動車でいえば、「現代の名工」(厚生労働省選出)に選ばれた加藤博義氏が有名だ。たくさんの計測機器を搭載したプロトタイプ車両に乗り込みテストコースを周回し車両の動きをチェックする。ときにはハイスピードでの限界走行、過酷な耐久テストなど危険を伴う試験もこなさなければならない。

 ただ、技術革新によって長足の進歩を遂げるクルマの運動性能に対する評価試験は、生身の人間への身体的な負担を増加させる要因となり、その危険性が問題視されているのも事実。さらに近年は、横滑り防止装置(ESP:Electronic Stability Program)や、衝突被害軽減ブレーキ (AEBS:Advanced Emergency Braking System)といった先進安全装備に対しても実車での検証が必要になってきた。

 いくらテストドライバーといっても同じコーナーでスピン100回とか、障害物にノーブレーキで向かっていくなんて芸当は過酷過ぎ。またこうしたテストの多くは、従来の試験項目に加えて、未完の大器である電子デバイスとテストドライバーが一体となって開発する現場でもある。「正直、天候による悪影響やCPUの熱暴走によるトラブルも多い」と、あるメーカーのテストドライバーはぼやいていた。

 「レーダーやカメラからの情報をもとに車両を制御する安全装備の開発には、予期せぬ出来事を考慮しなければなりません。そのため、テスターに替わって車両そのものを操る“慣性 & GPS測定システムと車両用ロボットシステム”(以下、車両用ロボット)に対する需要が高まってきています」と語るのは、Oxford Technical SolutionsとAnthony Best Dynamicsの製品を取り扱うダイナテック・営業技術部の本多信也氏。車両用ロボットシステムとは、プログラミングされた試験データをもとに、ステアリング/アクセル(Aペダル)/ブレーキ(Bペダル)/クラッチ(Cペダル)/シフトレバーの操作を、人間が行うように操作して車両を運転するロボットのことだ。

 人と同じ動作を行うロボットの分野では、やはり「ASIMO」がヒーローだろう。2011年11月、新型となったASIMOを目の前に「クルマの運転はできるのか?」と、冗談半分でホンダの研究員に聞いてみたら、すっごく悩んだ挙句に「まだ、無理です」と一言。ただ、ASIMOの技術を応用して開発された「作業アームロボット」は、すでに福島第一原発内のシビアコンディション下で活躍(がんばれ!)しているんだから、いずれはクルマの運転くらい……、なんて夢を抱いてしまう。

 さて、ダイナテックが取り扱う車両用ロボットだが、システムは意外にもコンパクト。写真にあるステアリングやA/Bペダルを操作する各種ロボット(Anthony Best Dynamics社製)に加えて、高精度なジャイロセンサーとGPS、航空機用の加速度計を搭載した計測器(Oxford Technical Solutions製)でワンセットとなる。

 一般的に見慣れないものかと思いきや、意外なところで目にしているはず。レクサス「CT200h」のTVCMで「1秒間で100度ステアリングを切る」というナレーションとともに、華麗なステアリングさばきを披露していたシーンがあったのを覚えているだろうか? 実は操作の主こそ、このシステムだったのだ。

 車両用ロボットを導入する自動車メーカーは数多い。ダイムラー、BMW、フォルクスワーゲン、ボルボ、フォードといった欧州メーカーだけでなく、今ではトヨタ、ホンダ、現代自動車などアジア圏の自動車メーカーにも波及している。

 また欧州では、商用車に対する先進安全装備の導入が法整備化されたことを受け需要が急増。2011年11月以降、EU域内で新たに登録するすべての乗用車/商用車に対してESPが義務付けられたことに端を発し、同じく域内で新たに登録する2015年11月以降のすべての商用車にAEBSと、後述のLDWが義務付けられたからだ。

 ところで、先進安全装備といってもさまざまだ。たとえば、ブレーキアシスタンス(BA:Brake Assistance)、アダプティブクルーズコントロール(ACC:Adaptive Cruise Control)、車線逸脱警告(LDW:Lane Departure Warning)、衝突回避・防止システム(CAS:Collision Avoidance System)、前方車両衝突・接近警報システム(FCW :Forward Collision Warning)などはその代表例。

 一般的にこうした先進安全装備の類は、先進運転支援システム(ADAS:Advanced Driver Assistance Systems)と呼ばれていてる。今回紹介しているOxford Technical Solutions製の「RT-Rangeシステム」は、こうしたADASの検証が行えるデバイスのひとつとして、ドイツ自動車連盟ADAC(Allgemeiner Deutscher Automobil-Club)での採用実績もある。

(西村直人:NAC)
2012年 6月 5日