マツダ「ロードスター」マイナーチェンジ開発者インタビュー
目指したのは、車両制御に頼らない扱いやすさ


マイナーチェンジをしたロードスターと開発主査の山本修弘氏

 マツダは、7月5日にロードスターの一部改良を行った。2005年にフルモデルチェンジした現行型ロードスターがマイナーチェンジを受けるのは2008年以来の2回目だ。今回ロードスターの主査である山本修弘氏と、操安性能開発の梅津大輔氏にインタビューすることができたので、その模様をお伝えする。


 初代(NA型)が9年、2代目(NB型)が7年というモデルサイクルを考えると、今年で7年目となる3代目(現行モデル)もそろそろフルモデルチェンジしておかしくないタイミングと言える。その時期にあって、なぜ今マイナーチェンジなのだろうか?

 この疑問に対する答えは明確だった。山本氏によれば、今年9月以降に生産するクルマは、継続生産車も含め全車歩行者保護に対応しなければならなくなったとのこと。マツダ社内では「歩行者保護は日本と欧州のみだから、北米だけの販売にしよう」という話もあった(実際それが理由でRX-8は生産中止になっている)というが「やめることは考えられなかった。ロードスターだけは投資をしてもやる。コストもあがるし台数も少ないが値段は据え置きの233万から」(山本氏)というのがマツダの出した答えだった。

マイナーチェンジしたロードスターRSのソフトトップ。ボディカラーはクリスタルホワイトパールマイカ
ロードスターVSのRHT(リトラクタブルハードトップ)。ボディカラーは新色のドルフィングレーマイカ
マツダ 商品本部 主査の山本 修弘氏

ロードスターが採用する世界一軽いアクティブボンネット
 「一貫して守っていることは、人馬一体の走る悦び」だと山本氏。そのためには歩行者保護にも徹底したこだわりがある。

 歩行者保護対策として採用したのは、歩行者を跳ねた際に、瞬時にボンネットの後端を持ち上げ、歩行者頭部への衝撃を緩和するアクティブボンネットだ。これはボンネットの低いスポーツカーにおいて有用な方法だが、200万円台のクルマで採用しているのはロードスターが初だろうとのこと。

 さらに、衝撃を検知するセンサーや、制御のためのコンピューター、ボンネットを跳ね上げるためのアクチュエーターなどは、通常いくつものサプライヤーがパッケージとして用意しているが、「(センサーなど)すべてサプライヤーが違う。我々が組み合わせて世界一部品点数が少なく重量も小さいものを作った」と山本氏。

低いボンネットのまま歩行者保護をクリアするためにはアクティブボンネットが必要だったMC後のボンネットヒンジ部(写真左)にはアクティブボンネット作動時に伸びる構造が追加される
MC前(写真右)にはなかったアクチュエーターが追加された。エアバッグと同様で火薬により瞬時に作動する

 歩行者保護という観点からもう一点改良が加えられたのがフロントバンパーだ。人と接触した際に、下に巻き込まないため、足払いというアンダー部が張り出した形状にしている。と、ここまでは歩行者保護という観点での改良だが、もちろんそれだけでは終わらない。

マツダ 車両開発本部 操安性能開発部 操安性能開発グループの梅津大輔氏

フロントのダウンフォースを向上し前後をバランス
 梅津氏によれば歩行者保護以外での改良点は3つだと言う。その1つが空力だ。簡単に言ってしまえば今回はフロントフェイスの変更にともない、フロントの空力特性を変更し、ダウンフォースを効きやすくしている。

 「クルマは高速で走るほどリフトしますが、重要なのはバランスです。フロントがリフトすれば安定方向になりますから、一般的にはその方向ですが、今回はそれを若干変更しました」(梅津氏)。

 マイナーチェンジ前まではリアのダウンフォースが強い安定方向だったが、フロントを強めることでニュートラルな特性を目指したと言う。「ロードスターはアライメントの調整幅が国産ではトップクラスです。とくにフロントキャスターも調整できますから、基本はニュートラルで作って後は好みでアライメントで調整してもらえば」と梅津氏。

新しい意匠になったフロントバンパーMC前(写真右)と比べると下部がせり出したようなデザイン。歩行者保護に加え、ダウンフォースを強めている

 今回のマイナーチェンジでは、これら歩行者保護のための改良の他、大きな点としてアクセルとブレーキの味付けを変更している。「ドライバーとクルマがより人馬一体の感覚を深められるよう、アクセルのリニアリティ、ブレーキの戻し側に注目してチューニングしました」と山本氏。

スカイアクティブの技術が実現したリニアなスロットル
 具体的にはアクセル操作に対するスロットル開度の開き方をよりリニアにしている。これは、これまで低回転でトルク感を演出するために、少しだけ過剰な味付けにしていたものを、リニアな動きになるようセッティング変更したもの。

 その一方でアクセルペダルの踏み込み速度によってスロットル開度を変えるようにした。つまり素早くペダルを踏み込む状況では、ドライバーがよりトルクを要求していると判断し、スロットル開度を多く開く。ゆっくりと踏み込んだ時にはペダル操作にリニアに、素早く踏み込んだ時には多少過剰にスロットルを開くというロジックだ。これはスカイアクティブからフィードバックされた技術だという。

 「ゲインの高さとレスポンスのよさは別です。ゲインが大きいということは、ちょっと踏んだだけで全開になってしまう。我々が目指しているのは、ちょっと踏んだら即反応するけど、トルクの出かたは踏む量に応じたものです。今回はアクセル開度とスロットル開度を均等割り付けにできました。単純にそうしてしまうとだるく感じてしまいますが、スカイアクティブで培ったペダルスピード制御によってきびきびした部分を確保できました」と梅津氏。

エンジン自体に変更は加えられないが、電子スロットルの制御を変更し、基本的にはアクセルペダル開度とスロットル開度がリニアになるセッティングとした

 「とにかくお客さんに使いやすくするのが第一の価値」だと言う梅津氏は「最近のクルマは、それがスポーツカーであっても、さまざまな電子車両制御によってドライバーに依存しないところでクルマがポテンシャルを発揮します。それもクルマの進化の形として1つの方向ですが、僕らはそこをとにかくドライバーに依存させたい。50:50の前後重量配分、空力もニュートラル、あとはドライバーがそこをどれだけ思いどおりに動かせられるのかが課題です。例えばスポーツドライビングはタイヤの荷重コントロールそのものです。タイヤにどうやったら仕事をしてもらえるのか、ドライバーが感じ取り、コントロールをするのです。ハンドルを切るだけではクルマは曲がってくれません。進入でブレーキングすることで前荷重がかかり、ステアリング操作でロールし、立ち上がりのアクセルワークで荷重が後ろに移る。そういった一連の流れをドライバーが難しいことを考えることなく、自然と感じられる。それこそが人馬一体なんです」と語る。

 実際、テストコースでマイナーチェンジ前後の乗り比べをしたところ、テストドライバーよりも一般の社員のほうが大きくタイムアップしたのだとか。つまり熟練のドライバーであれば自らの技量で調整してしまうようなわずかな変更だが、素人でもしっかりと違いの出せる的を射た改良と言えるのだろう。

ブレーキの効きではなく戻しにこだわる
 ブレーキの改良についてもこだわりは同様だ。「例えばリアエンジンのポルシェは、ブレーキで前荷重にしなければならないから世界一のブレーキが必要なんです。ロードスターの場合は(前後重量配分が)ニュートラルですからコントロール性が大切です。山本主査がそのことを理解してくれたから、改善することができました」と梅津氏。

 具体的な変更点はというと、ブレーキの倍力装置であるマスターバックのインナーパーツを変更し、しゅう動抵抗を減らした。こうすることでブレーキペダルを戻したときのブレーキの追従性が改善するのだと言う。

 スポーツドライビングの際には、コーナーの進入でブレーキを踏んだら、ブレーキをゆっくり戻しつつステアリングを切り足していく。一気にブレーキを離さずにゆっくり残すことで前荷重を維持しフロントタイヤのグリップを引き出すためだ。梅津氏によれば、この戻しの部分でこれまで引っかかるような印象があり、この改良に至ったのだと言う。

ブレーキのマスターバック内のパーツを変更し抵抗を減らすことで、ブレーキの戻し側をリニアにしたブレーキキャリパーやローターは従来のまま。なお、RHTでは新デザインのホイールを採用する

 「他社を見るとポルシェやBMWはそこがよくできているのは分かりました。しかしなぜ引っかかりがおこるのか、最初はブレーキのサプライヤーに聞いても、そもそも戻し側の基準がなく分からなかった」と梅津氏。

 トライ&エラーの末、どうやらマスターバックの中のインナーパーツがフリクションの寄与率が高いことが分かった。しかしどのサプライヤーに聞いてもそのようなインターパーツは1種類しか作っていないという答え。そのためロードスターのためだけに特性の違うパーツを開発したのだと言う。決してスペックには出てこない名もないパーツであるが、そこにそこまでこだわるという点こそ、マツダのロードスターと走りに対する信念の表れなのかもしれない。

 梅津氏によれば、すでにCX-5でも同様の改良を行っているというが、最初に着目したのは今回のロードスターの開発からだそうだ。梅津氏は現在すべてのマツダ車の操安性能開発に携わっているが「すべてのクルマを見ているが基本にあるのはロードスターです。全体が上手く調和されることが大切だと思いますし、それの頂点がスポーツカーです。マツダのスタッフはみんなそこを見ているので、マツダのクルマが目指す方向はみんな一緒なのです。たとえばスポーティと言われるプレマシーやCX-5も、実はロール角自体は大きいんです。でもロールスピードは遅い、それがロールを少ないように感じさせているんです。それがマツダのダイナミクスです。クルマは人間がコントロールするもの。ズームズームを体現するモデルとしてマツダはロードスターを持っているんです」と梅津氏は締めくくった。

(瀬戸 学)
2012年 9月 11日