ダンロップのタイヤ開発の現場見学と、開発中のタイヤを試乗
「50%転がり抵抗低減」達成タイヤや重さ半減のタイヤなど未来のタイヤを体験


環境対応タイヤ技術セミナーでダンロップのテストコースやテクニカルセンターに行ってきた

 2010年、2011年と、低燃費タイヤ2年連続売り上げナンバーワン(全国カー用品量販店上位2社)を獲得。また、2009年に環境大臣より「エコ・ファースト企業」として認定されるなど、ダンロップ(住友ゴム工業)はエコに積極的なタイヤメーカーである。現在でも、「タイヤはどうすればもっと地球環境に貢献できるのか?」を経営の最重要事項としているという。そんなダンロップがメディアやジャーナリスト向けに「環境対応タイヤ技術セミナー」を実施。発売前のタイヤを含め、多くのラインアップに試乗することができた。

 技術セミナーのメインステージとなるのは、1986年に竣工した同社の岡山タイヤテストコース。100万m2という広大な敷地面積を誇り、「一般道には存在しない」との理由からバンクのついたコーナーはあえて設けず、全周を平坦なコースとしているのが特徴だ。

未発表モデルの「AAA-a」タイヤを体験
 まずは、もっとも興味深かった、発売前の「AAA-a」(転がり抵抗係数:AAA、ウェットグリップ性能:a、いずれも最上級)達成タイヤからお伝えしよう。これをすでに発売中の「AAA-c」のエナセーブPREMIUMと、全長3.2kmの周回路とスキッドパッドを走行して比較。スキッドパッドは、ミューが0.3~0.4程度と低い「ドルセット」と呼ばれる路面で、半径は30m。ちなみにAAA-aのタイヤは、トレッドパターンや構造はエナセーブPREMIUMと同じで、ゴムのみが異なるため、ウェットグリップ性能「a」と「c」の違いを容易に比較できる。

発売も近そうなAAA-aグレードのタイヤをAAA-cのエナセーブPREMIUMと比較写真左がすでに発売中のエナセーブPREMIUM、写真右がAAA-aのプロトタイプ。開発用タイヤなのでトレッドパターンなどはエナセーブPREMIUMとまったく同じだ

 まずスキットパッドでの印象から述べると、「a」と「c」でこれほどまでにウェット性能が異なるものかということを痛感させられた。ステアリングを素早く切ったときの反応や、アクセルやブレーキを強めに踏んだときのグリップ感がまったく違う。「c」のエナセーブPREMIUMでは、プリウスの横滑り防止装置が早い段階で作動するため、アクセル全開で踏みっぱなしにしてもあまりスピードが上がらず、結果的に踏みっぱなしで旋回できてしまう。ところがウェットグリップ「a」では逆に、しっかりグリップするため、横滑り防止装置の介入タイミングが遅く、もちろん最終的には介入するが、スピードがどんどん上がっていくので、思わずアクセルを緩めてしまうという感じだった。

ウェットグリップ性能「a」のタイヤでは、蛇角も小さく、車速も速い状態で旋回することができた
こちらはウェットグリップ性能「c」のエナセーブPREMIUM。上の写真と比べると、ステアリング蛇角が大きいことがよく分かる

 また、周回路を走った際、ストレートでは大差ないが、「AAA-a」のタイヤはコーナリング性能もよくなっていることが体感できた。「AAA-c」のエナセーブPREMIUMと比べ、スキール音の鳴り始める速度が上で、腰砕け感も小さい。ゴムだけの違いというが、ウェット性能を上げるとコーナリング性能全般も向上することが分かったのは意外な収穫だった。

周回路でも比較。ドライ路面であってもAAA-aのほうがコーナリング性能が高いことが確認できた
50%軽量化したというタイヤ。この製品だけはトレッドパターンなど、近接撮影が禁止とされた。といっても素人が見て分かるような特徴は見られなかったのだが

タイヤを50%軽量化してみると
 さらに同じ周回路を、50%軽量化したタイヤで走ることもできた。バネ下の軽量化がクルマの走りや燃費を改善する上で効果的であることは周知の事実。すでにホイールをはじめ、サスペンションやブレーキなどで軽量化へのアプローチは見られるが、もちろんタイヤだって軽いにこしたことはない。このタイヤは、それにチャレンジしたものだ。

 走ってみるとたしかに出足が軽やかで、バネ下の軽さがステアリングを通しても伝わってくるし、サスペンションストロークがよりスムーズになり、路面への追従性や乗り心地がよくなったことも体感できる。

 ただし、現状ではケース剛性が低く、コーナリングではやや腰砕け感があり、プリウスではリアが巻き込んでくる印象があった。そのあたりへの手当てが今後の課題といえそう。

 市販化の時期は現時点では未定のようだが、すでにここまでできているのだから、そう遠くない将来に、軽量化を図った商品が何らかの形で世に出てくることには違いないだろう。

「50%転がり抵抗低減」達成タイヤの実力とは?
 未発売モデルの「AAA-a」グレードタイヤや、50%軽量化タイヤの他に、もう1つ用意されたプロトタイプが「50%転がり抵抗低減」達成タイヤだ。このタイヤを「A-c」のエナセーブEC202と比較することができた。転がり抵抗の違いによって惰性走行距離がどのくらい違うかを、自らハンドルを握って体験する。

 ちなみに、ここでいう「50%」とは、エナセーブEC202の前身のEC201に対してであり、EC202もすでにEC201に対して約20%転がり抵抗が低減している。これをラベリング制度に当てはめると、現時点で最高グレードのAAA(RRC[転がり抵抗係数]≦6.5がAAA)の中でも優れた値になるとしている。

 比較方法は、積載車の荷台に斜めに載せられたプリウスに乗り込み、ポジションを「N」にしてブレーキを解除するというシンプルなもの。そこから惰性走行だけでどこまで進むことができるかを計測する。

 まずEC202で試したところ、結果は77.5m。けっこう転がるもんだなと感心しつつ、プロトタイプを装着したほうのプリウスに乗り換えてトライ。

 プロトタイプはやや乗り心地が硬く、音も大きめだが、転がり抵抗は明らかに小さい。EC202では止まった地点をまだまだ余裕という速度でクリア。その先で、もう止まるだろうと感じたところからが本領発揮といった感じで、止まりそうで止まらずに距離を伸ばす。結果はなんと1.8倍近い137.3m。圧倒的な差にスゴイとした言いようがない! 念のため再度挑戦したが、EC202が80.0m、プロトタイプが138.8mという結果だった。

積載車の荷台から惰性だけでどれだけ走るかを比較する写真左が転がり抵抗「A」のエナセーブEC202で、記録は77.5m。対する写真右は「50%転がり抵抗低減」達成タイヤで、記録は137.3m。その差は歴然だ

 1回目よりも2回目の距離が若干伸びたのは、1回目に走ったことで微妙に温度が上がり、タイヤの内圧が上がることで転がり抵抗が小さくなったせいだろうか。なお、「50%転がり抵抗低減」達成タイヤは、2015年の市販化を目標としているとのこと。期待して待つことにしたい。

市販モデルも一気試乗!!
 プロトタイプモデルだけでなく、「エナセーブEC202」「エナセーブPREMIUM」「エナセーブ 97」「エナセーブRV503」「LE MANS 4」という、ダンロップが誇る低燃費タイヤラインアップを装着した車両も一般道で体感試乗できた。

 「エナセーブEC202」は、2008年登場の前身の「エナセーブEC201」のあとを継いで、2010年に登場したモデルで、前述のとおり転がり抵抗を20%低減している。さらに、エナセーブEC202の上位モデルとなるのが「エナセーブPREMIUM」で、エナセーブEC201に対して約39%も転がり抵抗が低減し、低燃費グレード「AAA」を実現している。両モデルを履いたアクアを乗り比べると、やはりPREMIUMのほうが硬さを感じるものの、転がり抵抗はだいぶ小さいように感じられた。

アクアでエナセーブEC202とエナセーブPREMIUMを乗り比べホワイトのアクアがPREMIUM、シルバーがEC202を履く。同じクルマで乗り比べると、転がり抵抗の低さがよく分かる

 「エナセーブ 97」は、名前のとおり、97%石油外天然資源を使用し、転がり抵抗の約35%低減を図ったというモデルだ。ご参考までに、一般的なタイヤでは、石油資源が56%、石油外天然資源が44%というイメージだ。

 ダンロップでは、原材料を石油や石炭に頼らないタイヤの開発に2001年から取り組んでおり、2006年には、石油外資源70%を実現。2008年には、それを97%にまで高めた、こちらのエナセーブ 97を発売した。さらに、2011年の東京モーターショーでは、すでに石油外資源100%のプロトタイプを出展しており、まもなく市販化の見込みという。これは我々が想像する以上にタイヤの世界では快挙と言える話らしい。

 話をもどすと、エナセーブ 97はバイオマス比率57%を達成しており、廃棄する際にも、ライフサイクルアセスメントで導き出した排出量から算出すると、94%ものCO2を削減できると言う。現状ではラインアップされたサイズが非常に少ないのが泣き所だが、将来につながる技術をいちはやく採り入れたタイヤとして注目に値する。

 車両はプリウス。やはり転がり抵抗は小さいものの、ほかのタイヤに比べてやや硬いことと、音が大きめであることが少々気になった。今後はそれらをできるだけ気にならないようにすることや、まだ割高感のある価格をより引き下げること、さらにはサイズのバリエーションを拡大することなどが課題となるのだろう。いずれにしても、この考え方を採り入れたタイヤが普及していくことが、地球環境への負荷を下げることにつながるは確実。今後のさらなる進化と普及に期待したい。

プリウスでエナセーブ 97に試乗。走行時のノイズが少し大きいように感じた

 「エナセーブRV503」は、重心高の高いミニバンの特性に合わせて、ミニバン特有のふらつきや偏磨耗、ノイズの低減を図ったモデル。ラベリングは「A-c」だ。

 装着されたMC前のセレナをドライブしたところ、サイドウォールのたわみが抑えられているおかげで、しっかり感があり、素早く操舵してもクルマがついてくるという印象。ロールも減っているように感じられた。エコだけでなく走りも大事にしたいミニバンユーザーに推奨できるタイヤだ。

重心が高く、ロール量が大きくなりがちなミニバン。その分タイヤ1本あたりにかかる荷重が大きくなり、タイヤにとっては厳しい。ミニバン向けのエナセーブRV503を装着したセレナは、とてもしっかり感が感じられた

 特殊吸音スポンジを採用する「LE MANS 4」では、走り始めた瞬間から静かさを実感する。車両はレガシィとプリウス。「LE MANS 4」は「A-b」(軽自動車専用パターンでは「A-c」)となっているのだが、転がり抵抗もさることながら、ノイズが極めて小さいことと、ほかの低燃費タイヤに比べると乗り心地がよく、快適性が高いのが特徴。とくにレガシィとのマッチングが好印象だった。

LE MANS 4を装着したプリウスとレガシィに試乗。乗り心地や静粛性も含めてよくバランスされたタイヤだと思う

本社のある神戸でテクニカルセンターも見学
 岡山のテストコースでの試乗だけでなく、ダンロップの神戸本社を訪ね、これまでの取り組みから、現在の商品ラインアップ、今後の展開の予定、開発中の技術などのプレゼンテーションを受けることができた。

 現在ダンロップでは、ゴムの開発にあたって、比較的近くに位置するスーパーコンピュータの「京(けい)」や、大型放射光施設「SPring-8(スプリング エイト)」なども活用しているのだと言う。昔は開発者の勘に頼っていた部分を、スーパーコンピュータによるシミュレーションと、SPring-8による実証を組み合わせることによって、低燃費性能や氷上・雪上性能の向上など、従来よりずっと高い精度で理想的な材料を開発できるようになったことも話題に上り、とても興味深かった。

 さらに、普段は関係者以外がなかなか入ることができないテクニカルセンターの内部を見せてもらうことができた。ここでは、磨耗や転がり抵抗、音に関する試験機(試験室)の現物を実際に見せてもらい、開発がどのように行なわれるかを見学した。

 摩耗エネルギー試験機は、実際に4本のタイヤを装着した車両を走行させて磨耗を確認することなく、1本だけで効率的にタイヤの磨耗を確認できるもの。ガラスの上で荷重をかけた状態でタイヤを転がし、その時にタイヤ表面にマーキングした印がどのように動くのかをカメラで捉えることで、そのタイヤにどのような力が働き、どのように減っていくのかを推測する。磨耗の速さ=寿命や偏磨耗の特性などもわかるという。

巨大なガラス板の上でタイヤを転がし、そのときの接地面の動きをカメラで計測するという

 転がり抵抗測定試験機は、路面に見立てた大きなローラーを回転させることで、転がり抵抗の大きさを測定する。現在のラベリング制度の転がり抵抗の値も、この装置で試験される。抵抗値に直結する空気圧の影響のないよう、温度管理もシビアに行なわれているという。

転がり抵抗測定試験機。実は金属のローラーの反対側にも同様の装置があり、同時に2つのタイヤの転がり抵抗を調べることができる

 インサイドドラム試験機は、シャシーダイナモとは逆で、ドラムの内側でタイヤを回転させるのが特徴。ドラムの内側を付け替えることで、さまざまな種類の路面を模した状態にすることが可能。舗装路はもちろん、水を流したり、室内の気温を氷点下まで下げたりもできるので、ハイドロプレーニングや氷上などを再現することも可能。スタッドレスタイヤの開発にも大いに力を発揮する。

巨大なドラムの内側でタイヤを転がすインサイドドラム試験機ドラムの内側にはアスファルトを再現。写真上のほうに見えるノズルから水を出して雨を再現したり、さらにそれを凍らせて氷上を再現することもできる

 大型無響実車試験室は、一般的に外界は70~80dBのところ、同室内は25dB以下に保たれる。壁には吸音材が張り巡らされており、純粋にタイヤが発する車外騒音の音圧や周波数などを測定することができる。縦4×横12本ものマイクは、タイヤのトレッドのどの部分から音が出ているかを測定するためのもので、パターンのチューニングに活かされる。車両ごと室内に入れることも可能。また、LE MANSの吸音スポンジもここでチューニングされた。

壁や天井に吸音処理をした無響音室でタイヤを転がし、ノイズを測定する。より多くのマイクを使って、トレッドのどこから音が発生しているのかなども計測できる

 ちなみにだが、本社のあるこの場所は、英国ダンロップが1909年に日本の地で初めて近代工場を設立した場でもあり、日本の近代ゴム産業発祥の地として記念碑も設けられている。100年以上にわたってここからタイヤの最先端技術が生み出されてきたということだ。

 「タイヤで地球環境に貢献する」というのがどういうことなのか、少々イメージがわきにくかったところだが、こうして開発に向けての思いを聞き、未来の低燃費タイヤに触れ、実際の開発現場を見ることができたおかげで、いくらか認識が深まったように思う。

 同時に、そのアプローチの難しさをあらためて痛感することができた。性能を高めることが正義だった時代を経て、これからは性能を損なうことなく環境への負荷を減らすことが求められ、それは決して簡単なものではないこともよく理解できた。そして、日夜ひたむきに努力しているダンロップの姿勢もヒシヒシと伝わってきた。こうしてタイヤは、より理想的なものに進化していくわけだ。

(岡本幸一郎)
2012年 10月 16日