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インディカー・シリーズで日本人初優勝を遂げた佐藤琢磨選手が凱旋記者会見
「今回一勝できたからこそ、次のレースが大事」
(2013/4/27 00:00)
4月21日(現地時間)に、アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス郊外のロングビーチ特設公道コースにおいて行われたインディカー・シリーズ第3戦「Toyota Grand Prix of Long Beach」において、日本人選手として初めて優勝した佐藤琢磨選手(AJ・フォイト・エンタープライゼス)が、来週末にブラジル サンパウロで予定されている第4戦までの短いインターバルを利用して帰国。4月26日に初優勝を報告する記者会見をHondaウエルカムプラザ(東京都港区青山)で開催した。
Hondaウエルカムプラザは、佐藤選手を長くサポートし、佐藤選手の所属するチームにエンジンを供給する本田技研工業の本社にある。佐藤選手は「お待たせしました、ロングビーチという歴史のあるレースで勝てたことは嬉しい」と述べ、初優勝を実現した喜びを語った。
記者会見は、司会および報道陣からの質問に佐藤選手が答える形で進行した。その模様を以下にお届けする。
お待たせしましたの一言に尽きる、ファンに報告するために急遽帰国
──それでは冒頭に佐藤選手から、ご報告をお願いします。
佐藤選手:お待たせしました、その一言に尽きます。これまで3シーズンにわたってインディカー・シリーズを戦ってきましたが、何度か優勝に手が届きそうで届かないというシーズンが続いていましたが、4年目となる今年にようやく表彰台の中央に立つことができました。国際的なレースという意味では、2001年のマカオGP以来の優勝ということになりますが、ロングビーチという歴史のあるコース、レースで勝てたことを嬉しく思っています。来週末のブラジル以降、インディ500など5週連続でレースウィークエンドになりますので、その前に皆様にご報告しようと思い、急遽帰国しました。
──インディカーの初優勝を遂げられましたが、これまでの52戦を振り返っていかがですか?
佐藤選手:もちろんすぐに勝てるような甘いシリーズではないとは思っていましたが、自分自身としてもヨーロッパで経験を積み、ある程度のことはできるという自信はありました。とはいえ、インディカーシリーズは、オーバル、ロードコース、ストリートとサーキットもバラエティに富んでおり、30台近い台数のエントリーがある非常に競争が激しいシリーズで簡単ではないだろうとは思っていましたが、マシンを速く運転することは世界共通で、これまでの経験は十分役に立ってきました。
1年目と2年目のKVレーシングテクノロジーでは、予選でフロントローを獲得したりしましたが、残念ながらそれが最終的な結果に結び尽きませんでした。昨年、レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングへ移籍したときには、インディ500の最終ラップまで優勝を争うなどして、勝負をすることができたのが嬉しかったです。そして、そのインディ500でのドライビングを見て、インディ500で4勝を挙げるなど世界的に見ても伝説的なドライバーとも言えるA.J.フォイト氏が声をかけてくれて、今年は彼のチームで戦うことになりました。これまで52戦を戦ってきましたが、その1戦、1戦にドラマがありましたが、4年目にしてようやく勝つことができ、(AJフォイトエンタープライゼスを選んだことは)正しい選択だったと思います。
──今シーズンは非常に好調ですが、去年までとの違いはなんですか?
佐藤選手:これまでインディカーを戦ってくる中で、シーズンを通してどのように戦ってゆくべきかが分かってきました。僕は常々モータースポーツは、チームスポーツだし、科学だと思っています。その中で、チームワークも、ピットワークも、ドライバーも、皆がミスをしないことが大事で、すべてのピースがうまくはまらないと勝つことは難しい。
昨年このチームは目を見張るようなスピードはないけど着実な結果を出していて、地力があるチームだと思っていました。そこに僕が入ってみて分かったことは、ナイフエッジの車ではないけど、安定した車があることが分かって、冬のテストでそこそこの結果を出すことができました。そこで、そこにさらにスピードを追加するにはどうしたらいいかをエンジニアと話し合って車を作ってきて、第1戦、第2戦でも予選で上位6台に入れる車を一緒に作ってきたのです。そして、第3戦で、チームも僕もすべてノーミスで、不運に遭遇することもなくレースをすることができたのです。
──今シーズンのホンダエンジンをどのように評価していますか?
佐藤選手:シリーズにとっていいことですが、昨年からエンジンがマルチメイクになって面白くなりました。ホンダもそれまでのワンメイクから、ライバルメーカーが参入してきたことで、修正しないといけないところがあることも徐々に浮き彫りになってきました。特に昨年はホンダはシングルタービンのターボを選択したことで、ライバルのツインターボに比べてドライバビリティなどにつらい部分がありました。正直、開幕戦の予選では、僕以外のホンダユーザーはなかなか上位に来るのが難しいという状況もあったのですが、ホンダの皆さんも頑張ってくれて第2戦では、ドライバビリティも、燃費も、ピークパワーも改善されました。そのあたりの改善が、第3戦での表彰台独占につながっています。
ホワイトフラッグを見るまではリラックスして走ることができた
──最終ラップに入るまで、見ているこちらもドキドキしましたが、ご本人はどうだったのですか?
佐藤選手:最終ラップにはさすがにドキドキしました。でも、それまではレースを楽しめて、もう1スティントあってもよいのになーと思っているぐらいでした。(インディカーでは規定で2種類のタイヤ=ハード、ソフトを必ず使わないといけないのだが)ハードタイヤ、ソフトタイヤ、どちらのタイヤでも僕がイメージする走りができる車になっていて、プッシュするときはプッシュし、燃料をセーブするときにはセーブするというレースができていました。最後のスティントでは、2位を走るドライバー(筆者注:グラハム・レイホール)が迫ってきましたが、僕の方はタイヤ管理が万全でしたので、リラックスして走ることができました。むしろチームの方が緊張しているぐらいでしたよ。さすがにホワイトフラッグ(筆者注:インディカー・シリーズではファイナルラップを走るトップの車に白い旗を振る)を見たときには緊張感がでてきて、いつもならタイヤを乗せて走る縁石とかでも乗せないようにしたりしていましたね。トップでチェッカーを受けるのは本当に久しぶりだったので、それを味わうような気持ちでゴールしました。
──次の次のレースはいよいよインディ500ですが、それに向けて秘策があれば教えてください。
佐藤選手:昨年はワンメイクのシャシーが新しくなって最初の年だったので、どのチームもデータ取りを入念に行っていました。今年はすでにデータがある中で2年目の勝負ということになるので、よりハイレベルにならざるを得ないと思います。去年僕は最終ラップまでトップを争うというエキサイティングなレースをお見せすることができましたが、正直それを繰り返すのは簡単なことではありませんが、レースに出る以上はそれをお見せしたい。今年のチームであるAJ・フォイト・エンタープライゼスは、今まで所属したチームにはない結束力を持っていると感じているので、そのチームで戦うのは楽しみではあります。
まずは昨年戦った、レイホールのチームと、今のAJのチームで何が違うかを冷静に見極めるところから始めないといけない。昨年のレイホールの車は非常にナイフエッジな車で、速いけどちょっとしたことでバランスを崩してしまう車だったんです。例えば、僕は昨年のインディ500で、最終ラップで白線に乗ってしまってクラッシュしてしまったのですが、その時のアクセルの開度はわずか7%だったのです。それぐらいギリギリな車でした。まずはきっちり車を仕上げて、あとはスタートして実際のレースで何が起こるかですね、またファイナルラップで勝負するような状況なら勝負しに行きたい。
──チームオーナーのAJ・フォイト氏は手術の準備のためにロングビーチのレースは欠席されたそうですが、その後お話しはされたんですか?
佐藤選手:はい、ウイニングパレードをして帰って来てから、チームマネージャのラリー(筆者注:ラリー・フォイト、AJ・フォイトの子息で、現在チームを仕切っている)から電話を渡されて、一番最初に話をしました。AJは「すべてテレビで見てたぞ、お前を誇りに思うよ」と言ってくれました。それに対して僕は「AJ、素晴らしい機会を与えてくれてありがとう」と返事をしましたが、セレモニーなどもあったので、話したのはほんの数十秒でした。ただ、AJのチームでこれは一勝目なので、これからも頑張って次ぎを彼に見せたいですね。
──現地での記者会見などでも、マカオGPなどの時の公道コースの経験が役立ったとおっしゃってましたが?
佐藤選手:公道コースと言っても、実はコースごとに特性がかなり違うので、必ずしもそれが必要という訳ではありません。しかし、ロングビーチのコースは長いストレートがあって、ヘビーブレーキングで入っていくという第1コーナーがあります。そうした意味では、やはり長いストレートがあってマンダリンコーナーという90度コーナーがあるマカオGPにちょっと似ているかなと感じたのです。
具体的に言えば、どちらのコースでも後ろの車との差が1秒以内になると、スリップストリームを利用したり、プッシュトゥーパス(筆者注:インディカーではエンジンの回転数を一定の期間だけ上げるボタンが用意されており、それを押すことで一時的に車の性能を上げることができる。ただし、使う回数に制限がある)を使ったりすると抜かれてしまいます。このため、1コーナーで抜かれないように、2位との差を1~1.5秒以内に維持することが重要になるのです。その意味で、マカオGPでの経験は役に立ったと思ったのです。
──昨年はフォーミュラ・ニッポンとWECにスポット参戦し、今年はスーパーフォーミュラに参戦するなど、メインのシリーズとは異なる車にも積極的にトライしているように見えますが、それはインディカー・シリーズに影響を与えていますか?
佐藤選手:他のカテゴリーの車に乗るべきかどうかは、ドライバーがキャリアのどの段階にあるかにも影響を受けると思います。自分のように、幼少期にはカートにあまり乗らずキャリアを始めたようなドライバーにとっては、若いときに複数のカテゴリーの車に乗ることはきちっとした評価軸を持つという観点からはあまりいいことだとは思えません。しかし、上のカテゴリーに乗るようになれば、必ずしもそうではありません。例えば、F1では毎戦ごとにアップグレードが入って新しい車になったり、新しいサーキットに行き、そうしたことに素早く順応していくことが重要になります。そうした意味で、今はむしろ他のカテゴリーの車に乗ることも意味があると考えています。
そうした話をチームオーナーのAJに話したところ「そんなのあたり前だ」といって、快く許してくれました。彼自身、オープンホイールだけでなく、NASCARにも乗りましたし、ル・マンにも出ています。そうした経験があるので、そう考えてくれているのだと思います。ただ、現実には、日米を何度も往復しないといけないことは体調面にも影響がありますし、そのあたりの管理は必要です。そうした懸念があるので、昨年のチームは絶対駄目だという状況でした。
スーパーフォーミュラの車というのは非常にデリケートな車なんです。セッティングもそうですし、タイヤの使い方も繊細である必要があるのです。チームのエンジニアリングのレベルも高く、実際にシミュレーション通りに車を走らせるように、車を走らせないといけない。その型にはまると、非常に速く走らせることができるのですが、そこの幅が非常に小さいのです。これが僕のスーパーフォーミュラへの理解です。
そうしたスーパーフォーミュラに対してインディカーはもう少し大味なんです。でもその中でも車をデリケートに扱って走らせるというスーパーフォーミュラで学んだスキルはインディーカーでも役立っていて、そうして自分でも1つ1つ成長していると感じています。鈴鹿でスーパーフォーミュラのレースをした1週間後に、ロングビーチでインディカーを走らせて勝てたのはその証明です。
これからはシーズンを見据えた戦い方もしていきたいが勝ちも狙っていく
──現在シリーズランキングで2位ですが、これからシリーズをどのように戦っていきますか?
佐藤選手:自分でもびっくりしているんです。シーズンが始まる前には佐藤が2位にいるなんて誰も思っていなかったでしょうし。ただ、僕自身はどのレースでも完走を目指しているのですが、勝ちたいという気持ちが強すぎたのか、これまではうまく結果が出ないことがありました。ただ、これまで積んできた経験が生きてきて、無理しないときには無理しないということができるようになってきたと自分で思っています。インディカーシリーズは、どのチームもドライバーもアップダウンが激しいので、優勝を目指すのはもちろんですが、シーズンを見据えた戦いもしていきたいです。
──モータースポーツの世界では20代のドライバーが増えてきており、30代の佐藤選手が戦うのも大変でしょうが、いかがですか?
佐藤選手:もちろんフィジカルでは20代のアスリートには敵わないのは事実でしょう。しかし、モータースポーツは複雑なスポーツで、フィジカルだけではなく、メンタルや車との一体感を持つかということが重要になります。そうした要素が今自分の中では理想に近づきつつあると感じています。例えば、今は専属のフィジオ(フィジカルを管理するトレーナーのこと)についてもらって、トレーニングするときにも怪我しないようになどに注意しながらやっています。
僕も13年間勝ちたい、勝ちたいと思いながらやってきましたが、本当今回勝ったのはある意味あっけなかったです。すべてのピースがそろうと、間違ったボタンを押しちゃうこともないし、不運がふってくることもなくなるんです。逆に不運が近づいてきても、それを避ける余裕がでてくるぐらいです。今回も第2スティントの最初にリスタートするときに、僕と2位に間に入っていた選手が、ラップダウンを回復するために無理して1コーナーに入ろうとして、クラッシュしました。その時も、僕にして見たら「周回遅れなんだから空気読めよ」とも思いましたが、彼が無理しているのを見て自然に引いていたため、巻き込まれずにすみました。
──チェッカーを受けた時の感想を教えてください。
佐藤選手:チェッカーを受け時には喜び爆発でした。でも、どこかでやっとだという安堵感もありました。もっと早く勝っておかしくなかったのにと言ってくれながらずっとサポートしてきてくれた、ファン、スポンサー、チームのみんなに感謝したい瞬間でした。本当、レースって楽しいなぁと思っていました。ただ、日本時間では朝非常に早かったので、ファンのみんなが見てくれているかがちょっと心配でしたね。
もう1つ思い出したのは、震災のことでした。あの当時はレース続けていいのかなと思い、自分にできることがあるならと震災をサポートするキャンペーンをやってきましたが、正直どの程度貢献できたのか、自分でも測りかねているところがありました。でも、自分にできることはレースをすることで、そのレースで結果を出すことが、皆さんに貢献できると考えて頑張ってきましたので、ようやくいいニュースを日本に持ち帰ることができて本当に嬉しいです。また、自分以外のアスリートも同じように頑張っていて、その頑張りに支えられたという面もあると思います。
──今後の目標は?
佐藤選手:もちろん、連戦連勝を狙っていきたいです。今回一勝できたからこそ、次のレースが大事になります。今回勝ち方も棚ぼたではなく、完全制覇に近いパーフェクトウインをやったので、次のレースがどうかを注目されると思っているので、次戦のサンパウロではポール・トゥー・フィニッシュをやりたいと思っています。ブラジルでは過去にも、勝利に近づいた時もあったし、これまで3戦のうち2戦あったストリートコースで早かったので、同じようなブラジルで遅い理由はないと思います。まずそこで優勝し、そして5月に行われるインディ500でも優勝を目指したいです。
──残念ながら一昨年をもってインディ・ジャパンが終了してしまいましたが、今回の優勝がその復活に貢献するというこはあるとお考えですか?
佐藤選手:ロングビーチでの記者会見でも同じようなことを言いましたが、インディカーシリーズにいる人はみんなインディ・ジャパンが大好きで、復活して欲しいと心から願っています。そして僕が優勝したことで、これでインディ・ジャパンの復活に弾みがついたなと言ってくださる関係者も多いですし、僕個人としてもインディ・ジャパンは毎回楽しみにしていたので、そうなれば嬉しい。もちろん、もちろんそう簡単なことではないことは理解していますが、僕がもっと結果をだして、ファンがさらに増えれば、インディ・ジャパンの復活に向けて弾みがつくのではと思いますので、そうした方向性を目指して頑張っていきたいです。