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日本一速い男と世界一売れているPCメーカーが組むとどうなる?

レノボが「チーム インパル」でのコンピュータ利用事例を紹介

レノボのPCを持つチーム インパル所属の松田次生選手。今シーズン、レノボはチーム インパルのスーパーフォーミュラ活動のメインスポンサーとなっている。Lenovoのロゴはサイドポンツーンと、フロントノーズに入る

 Lenovo(レノボ)は、今年の半ばにHPを抜き、世界のPC市場でシェア1位になるなど成長を続けるIT機器ベンダだ。その日本法人であるレノボ・ジャパンは、今年スーパーフォーミュラ、SUPER GTに参戦するレーシングチームであるチーム インパルのスポンサーを務めており、特にスーパーフォーミュラではメインスポンサーを務めるなど、積極的なバックアップを行っている(スポンサーを務めることになった経緯などは別記事[http://car.watch.impress.co.jp/docs/special/20130531_601220.html]を参照)。

 今回の契約は、いわゆるファイナンシャルスポンサー契約(参戦資金を提供しロゴをマシンに貼ってもらう形の契約)だけでなく、テクニカルパートナー契約(資金の代わりに自社の製品などを納入する形の契約)も含まれており、同社のPC製品であるThinkPadシリーズの各種製品が、チーム インパル(会社組織としては有限会社ホシノレーシング)のオフィスや、レースの現場で利用されている。

チーム インパルのスーパーフォーミュラマシン
レノボはチーム インパルのSUPER GT活動についてもサポートしている

 今回レノボ・ジャパンはIT系のメディアを集めてチーム インパルのオフィスで記者説明会を開催し、同社のThinkPadシリーズなどがどのようにチーム インパルで利用されており、どのようにレースシーンで活用されているのかなどについて、同チーム所属のレーシングドライバーである松田次生選手と、同チームのオーナーであり、元祖日本一速い男として知られる伝説のレーシングドライバー星野一義監督自らが説明を行った。

2つの日本一が異色のコラボレーション、レノボ・ジャパンと伝説のレーサーがタッグを組む

 今年からチーム インパルのスーパーフォーミュラ(19号車、20号車)とSUPER GT(12号車)をスポンサードしているレノボ・ジャパンは、グローバルにPC、タブレット、スマートフォンなどのIT機器を販売する中国のLenovoの日本法人。日本では、ビジネスユーザー向けのPCとなるThinkシリーズ、コンシューマユーザー向けのPCとなるIdeaシリーズなどのPCを販売しており、現在同じグループに属するNECパーソナルコンピュータと合わせて、日本のPC市場でもシェア1位となっている。

 そうしたレノボ・ジャパンのスポンサードを受けるチーム インパルは、元レーシングドライバーの星野一義氏が作ったレーシングチームだ。星野氏は、現役時代には“日本一速い男”の異名をとった国内最強のレーシングドライバーで、1996年に日本のトップフォーミュラ(全日本F3000選手権やフォーミュラ・ニッポンなど)から引退するまでにチャンピオンになること6回、その他にもJSPC(プロトタイプスポーツカーによる選手権)で1991年と1992年のチャンピオン、さらに1985年のWEC(世界耐久選手権)の富士ラウンド(WEC in Japan)において日本人として初優勝するなど輝かしい戦績を治めている。

 冒頭で説明に立った星野氏は「我々が現役だった頃と違い、今のレーシングシーンではコンピュータを活用できない者は勝つことができない。すでにレースにコンピュータは欠かせない存在になっている」と述べ、チームオーナーとしての観点からコンピュータを活用することがレースの勝利への近道になると説明した。その上で「コンピュータメーカーのレノボと契約できたことを喜んでいる。ぜひこのパートナーシップを今後も続けてもらい、20年ぐらいは続けて欲しいと思っている(笑)」とジョークを交えながら、レノボとの契約が単なるスポンサー契約ではなく、レースに不可欠のツールとなったコンピュータの供給を含む契約であることを評価しているとした。

元祖日本一速い男である星野一義総監督もレノボのPCを活用中

 次いで、チーム インパルからスーパーフォーミュラ(20号車)とSUPER GT(12号車)に参戦している松田次生選手(2007年、2008年のフォーミュラ・ニッポン[現スーパーフォーミュラ]王者)が、ドライバーの視点でコンピュータがどのようにレースに活用されているのかを説明した。松田選手によれば「スーパーフォーミュラのレースカーには、車体側で20~30、エンジンも含めれば100近いセンサーが搭載されている。それらの数字はすべて走行後にPCにダウンロードして確認することができる。そうしたデータを元に自分の走りが、チームメイトと比べてどこが速くて、どこが遅いのかを比較することができ、次の走りに生かすことができる」とのことで、コンピュータを利用して走行時の様々なデータを数値化して解析することが可能になると説明した。

レノボ・ジャパン ThinkClientブランドマネージャ 土居憲太郎氏(左)と、なにやら話をしている松田次生選手。松田選手は高いITスキルを持つレーシングドライバーで、趣味の鉄道模型の造詣も深い。本誌に連載を持つ小倉茂徳氏と「松田次生と小倉茂徳のモーターホームレディオ」(http://www.radi-con.com/program/136)の配信も行っている
御殿場市内にあるチーム インパル(法人としては有限会社ホシノレーシング)のガレージ
チームのガレージの入り口に飾られている全日本F3000の車両。星野一義氏が現役時代にこれで実際に戦っていた車両だ。CABINカラーで、1というカーナンバーから推測するに、1987年にチャンピオンを獲得した翌年の1998年にカーナンバー1で走ったローラT88/50・無限だと推定される
チームのオフィスに飾られている様々なトロフィーなど、チーム インパルの栄光の歴史を物語る
JSPC(全日本スポーツプロトタイプカー選手権)で、星野一義氏がシリーズタイトルを獲得したときのトロフィー。オールドファンには涙モノだ。
松田次生選手のSUPER GT100回出走を祝うボード
今回の記者説明会に参加したチーム インパルの面々。左からドライバーの松田次生選手、星野一義総監督、工場長 高橋紳一郎氏、データエンジニア高久浩一氏
スーパーフォーミュラ車両(SF13)のステアリングの構造を説明する松田次生選手。松田次生選手は、2000年にフォーミュラ・ニッポン(現スーパーフォーミュラ)にステップアップした年にいきなり優勝を記録し、2007年と2008年にチーム インパルでフォーミュラ・ニッポンのチャンピオンを獲得した、日本のトップドライバー。現在同チームからスーパーフォーミュラとSUPER GTに参戦している

車両に搭載されたセンサーを利用してレース中のクルマの動きを数値化して確認する用途にPCを利用

 松田選手などが利用しているデータは、車体のどの部分をモニタリングしているのかで、システムが違うのだという。

 ホシノレーシング データ・エンジニア 高久浩一氏によれば、車体データのモニタリングには、現在はコスワース(Cosworth)の一部となっているPiリサーチ製のPiシステムというソフトウェアが利用されている。このPiシステムでは、スロットル(アクセル)の開度、ブレーキの踏力、ダンパーのストローク、タイムなどがすべて記録される。こうしたデータがすべてグラフで表示されている。

 ユニークなのは、コース図が表示されており、それを元にコーナーのどこのタイミングでどのような状態だったのかということがすべて分かってしまうのだという。なお、コース図は、ソフトウェアが車体のデータを元に自動的に作成する仕組みになっており、どんな新しいサーキットにいっても利用することが可能なのだそうだ。このほか、エンジン用にはコスワース製のシステム、ギアボックスにはザイテック製のシステムが利用されており、いずれもエンジンメーカーのトヨタが管理。チーム側では主にPiシステムでデータを管理していると高久氏は説明した。

 データはすべて走行終了後にPCにダウンロードする形になっている。F1などでは無線を利用してデータをリアルタイムに送るシステムが採用されているが、コストが多大になってしまうため、国内のレースでは禁止されている。現在のシステムでは、専用のケーブルを利用し、イーサネット経由でPCにダウンロードする。

 データだが、どの間隔で記録するのかはセンサーによって異なっており、水温のように高い頻度で取得する必要がないものに関しては1秒に1回程度だが、1秒に500回と非常に細かく記録する項目もあるという。なお、データ量に関してはだいたい1レースで50MB~60MB程度になる。記録しているデータが単に数値であると考えれば、かなりのデータ量だ。レース中はもちろんだが、レース終了後には高久氏のようなデータエンジニアが詳細な解析を行い、松田選手のように自分のPCに必要なデータをダウンロードしてレースの復習に活用したりするそうだ。

 高久氏によれば「現在のシステムはかなり昔から使っているソフトウェアで、最新のOSなどには対応していない。このため、OSにはやや古いバージョンWindowsを利用している」とのことだった。レノボのビジネス向けのPCであるThinkPadシリーズは、最新の製品であってもWindows XPやWindows Vistaといった古いOSの稼働確認が続けられている製品が多く、そうしたこともThinkPadシリーズを利用できるメリットだと高久氏は説明した。

データエンジニアの高久氏が右手で握っているのがデータケーブル。これを車両に差し込むことで、データをPCに取り込むことができる
PC側のインターフェースはUSBではなく、イーサネットになる。ただし、データはIP(インターネットプロトコル)形式で転送されているのではなく、Piシステム独自の形式で転送される仕組みだという
車両にはさまざまなセンサーが用意されている。これは車高のセンサーで、地面に赤い点が照射されている。こうしたレーザーにより距離を測るのだという
ダンパーが取り外されているが、写真はサスペンション部分のセンサー。ここでダンパーのストロークを計測している
データをダウンロードしているところ。高久氏はThinkPad X230を利用していた
データ転送を行うケーブルとコネクタの車両側。PC側はイーサネットでRJ-45形状

手荒に扱っても大丈夫という堅牢性を評価しているチーム インパル

 ホシノレーシング工場長 高橋紳一郎氏によれば、現在チーム インパルで利用されているレノボ製品は、ThinkPad Helix(タブレットに分離するノートPC)、ThinkPad Tablet2(Windowsタブレット)、ThinkPad X230(モバイルノートPC)、ThinkPad T530(フルサイズノートPC)、ThinkVision L2321x(23型液晶)などであるという。

 このうち、ガレージやレースの現場などではThinkPad Helix、ThinkPad Tablet 2、ThinkPad X230のようなタブレットやモバイルノートPCが主に使われている。実際に利用している高久氏によれば「サーキットやガレージは、塵や埃なども多く、時には雨という悪天候でも利用される。以前使っていたPCでは、そのあたりの取り扱いに注意しなければいけないと言われていたので、カバーを掛けたりしていたのだが、ThinkPadにしてからはレノボさんから大丈夫と言われているので、結構雑に扱っていて、それでも故障せずに使えているので助かっている」とのことで、多少手荒に扱っても壊れないという堅牢性を評価しているとのことだった。

 ドライバーである松田次生選手は「今はThinkPad Helixというタブレットに分離する2-in-1のノートPCを個人的にも利用していて、分離したタブレットをピットインしてコックピットの中でデータを見るのに活用している。コックピットは非常に狭いので、こうしたコンパクトな製品で確認出来るのは大変ありがたい」とのことだった。すでに述べた通り、チーム インパルが利用しているデータ解析のソフトウェアPiシステムは、Windowsアプリケーションになっており、一般的なタブレット(AppleのiPadやGoogleのAndroidなど)では動作させることができない。しかし、ThinkPad HelixのようにWindowsが動作しているタブレットであれば、そのまま動かすことができるので、ノートPCで使っているようなアプリケーションがそのままタブレットでも利用することができるのだ。

 また、松田選手は車両に取り付けられたカメラを利用して撮影された動画を再生する用途にも、ThinkPad Helixを利用しているという。スーパーフォーミュラ、SUPER GT共に、チーム独自に録画可能なカメラを搭載することが非公開(テレビ放送の権利処理の問題が発生するため)を前提にして認められており、ドライバーが自分の走行を分析することなどに利用できる。チーム インパルでもこの制度を利用して、小型のカメラをスーパーフォーミュラ、SUPER GTで搭載しており、走行中の様子を録画できる。松田選手はレースの毎セッション終了後にそのデータをThinkPad Helixにダウンロードして、自分の走りを分析しているのだという。

 このようにレースにPCなどをうまく活用しているチーム インパルの今シーズンは絶好調だ。スーパーフォーミュラこそ優勝はないものの、松田選手もチームメイトのジョアオ・パオロ・オリベイラ選手も表彰台を獲得しており、現在もランキング上位でチャンピオンを争っている。SUPER GTに関しては第3戦のセパンで見事優勝を飾っており、第6戦終了時点で首位と同点2位の堂々のポイントリーダーだ。今後、スーパーフォーミュラは9月28日~29日に宮城県のスポーツランド菅生で第6戦が、そして11月9日~10日には鈴鹿サーキットにおいて最終戦が開催される。それらの結果次第では松田選手にも、オリベイラ選手にもチャンピオンの可能性が残されており、健闘に期待したいところだ。

Piシステムのデータ。このデータは7月に行われた富士戦での実際のデータだという。どのコーナーで、アクセル開度、ブレーキの踏力、ステアリングの角度などがすべて数字で分かる。松田選手曰く「頑張っていないとすぐエンジニアにバレる」とのこと……
分離型ノートPCであるThinkPad Helixのタブレット部分を利用してPiシステムのデータを確認している松田選手。実際にサーキットではこうして確認するという。松田選手によれば狭いコックピットではタブレットのようなコンパクトな製品が助かるという。
ThinkPad X230は最近のノートPCとしては珍しく180度液晶が開くのでこんな使い方も可能
こちらは別のタブレット製品ThinkPad Tablet 2にグリフィン サバイバー・ケースというミリタリースペックの専用ケースを取り付けたモノを利用しているところ。サーキットでは雨や、埃など劣悪な環境で使われる場合があるので、その場合にはこちらが活躍するという
チームのガレージでもThinkPadが利用されており、こちらはダンパーのセッティングを出す計測機器としても利用されている
SUPER GTに参戦しているカルソニックインパルGT-R(12号車)に関する説明も行われた
カルソニックインパルGT-Rでは、Lenovoのロゴはリアウインドーに
チームのオフィスでもThinkPadやThinkVision(モニター)などのレノボ製品が活用されている
チームのトランポーター内に用意されるドライバーのプライベートスペース(レース前にリラックスするためのスペース)で、ThinkPad Helixを使うシーンを再現してくれている松田選手。ちなみ、松田選手はレーサーの中ではITに造形が深いことでも知られており、ほかのドライバーにアドバイスしたりするモータースポーツ界のオピニオンリーダーでもある
チームのトランスポーター。サーキットまでクルマを運んでいく役目を果たすほか、サーキットでは臨時のオフィスとしても利用できる

(笠原一輝/Photo:高橋 学)