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降雪量日本一の青森空港で、“冬のはたらくクルマ”JALのディアイシングカーを見る
飛ぶために必要なディアイス作業とアンチアイス作業
(2015/2/4 00:00)
ウインターシーズン真っ盛り。雪国に住んでいる人はもちろん、雪国以外の人でも仕事やレジャーで雪国へ行く機会は多くなっているのではないだろうか。航空機で雪国の空港に降り立った際に気が付くのは、いつもとは違う“はたらくクルマ”が作業していること。翼の上をなんだか掃除しているように見えるクルマだ。本記事では、JAL(日本航空)が行う冬の作業と、その作業に使われているディアイシングカーを紹介する。
ところで、日本で一番降雪量の多い空港はどこだかご存じだろうか? 新千歳空港、函館空港など北海道の空港を思い浮かべがちだが、正解は青森空港になる。2012年度の累計降雪量は、青森空港が1029cm、稚内空港が727cm、以下、秋田空港(651cm)、丘珠空港(637cm)、大館能代空港(589cm)と続く。筆者自身、てっきり新千歳空港だと思っていただけに、青森空港が一番とは意外な気がした。そこで、今回は降雪量日本一の青森空港で活躍する“冬のはたらくクルマ”の作業を紹介していく。
取材対応していただいたのは、JALの青森空港事務所に所属する、JALエンジニアリング 中村英夫氏、佐藤守氏、藤田勝義氏の3人。通常は2人体制の2交代制となるが、この日は3人体制となっていた。佐藤氏、藤田氏(この日の現場責任者)は、航空機対応の作業がメインとなっていたため、お話は主に中村氏からうかがっている。
雪国空港で必要なディアイス作業とアンチアイス作業
航空機がクルマと大きく違うのは空を飛べることだ。その空を飛ぶために必要なアイテムが翼となる。航空機の翼が空気中を高速で移動することによって上向きの力が発生しており、この上向きの力を利用して航空機は空を飛んでいる。F1マシンなどでは、車体の形状や翼の形状を工夫することで下向きの力を発生しており、高速に走れば走るほどタイヤのグリップ力が上がっていくのと同じ原理となる。詳しく知りたい方は、JALのサイトを参照していただきたい。
JAL - 旅コラム(JAL旅プラスなび)
http://tabi.jal.co.jp/tabicolumn/2013/11/post-555.html
その大切な翼に雪が積もったり、氷が張ったりすると、本来の設計どおりの上向きの力が発生しなくなり、航空機が飛べなくなる。最悪、離陸滑走を開始後に飛べないことになったら、それは航空事故につながってしまう。実際、かつてそのような航空事故があり、その後「クリーンエアクラフトコンセプト(The Clean Aircraft Concept)」として、着雪・着氷したものを取り除く作業「ディアイス」と、雪氷が着かないようにする作業「アンチアイス」を国際的に規定。JALにもこの国際的なクリーンエアクラフトコンセプトに則った作業マニュアルがあり、ディアイス作業・アンチアイス作業が規定されているとのことだ。
ICAO(International Civil Aviation Organization、国際民間航空機関) Aircraft Ground De-Icing/Anti-Icing Operations
http://www.icao.int/safety/airnavigation/OPS/Pages/Aircraft-Ground-De-IcingAnti-Icing-Operations.aspx
JALは青森空港において、ディアイス作業・アンチアイス作業を行うディアイシングカーを2台装備している。1台は、「エレファントベータ(ELEPHANT-BETA 976S)」と呼ばれるボルボのトラックをベースにしたもの、もう1台は「534S」と呼ばれるいすゞのトラックをベースにしたものだ。エレファントベータ、534Sともディアイス作業に用いるTYPE-1というグルコール系の液体と、アンチアイス作業に用いる同じくグルコール系のTYPE-4という液体を搭載でき、圧縮空気で雪を吹き飛ばすブロアーを装備している。とくに、534Sのブロアー用空気は、かつてDC-9に搭載されていた小型ジェットエンジンのAPU(補助動力装置)で作られており、このAPUを2基搭載しているとのことだ。
エレファントベータ
具体的なディアイス作業・アンチアイス作業の説明は、作業内容を紹介しながら進めていく。ディアイス作業・アンチアイス作業は、左主翼から始まり、左尾翼、右尾翼、右主翼という順に進めていく。左主翼から始めるのは、通常機長はコクピットの左側に座ることが多く、ディアイス作業・アンチアイス作業の始まりが機長に分かるようにするため。雪が多く降っていれば、誰もがディアイス作業・アンチアイス作業が必要と分かるが、取材当日のように雪が降ったり晴れたりという天気などは作業を行うかどうかの判断が必要になる。
運航の基本的な判断は機長に集約されており、JALエンジニアリングのスタッフは作業に対するアドバイスを担うとのこと。つまりJALエンジニアリングのスタッフは「この天気なら作業をしたほうがよいですよ」というようなアドバイスを行い、機長が「じゃあ、作業をしよう」となるわけだ。ただ、青森空港では天気が急変しやすいこともあって、念のためにディアイス作業・アンチアイス作業を行うことが多いとのことだ。実際、取材中にも晴れたり曇ったり雪が降ってきたりということが5回くらい繰り返され、10分後の天気はまったく分からない状態だった。
ディアイス作業・アンチアイス作業を見ていると、翼の外側から作業を始め、胴体側まで液体を強く放出しているのが分かる。これは、ディアイス作業に用いるTYPE-1の液体で雪や氷を吹き飛ばすため、強い流れが必要となるからだ。内側まで行くと、次はスプレー状にして外側へと液体を放出。これはアンチアイス作業に用いるTYPE-4をまんべんなく吹き付けるためとのこと。このようにディアイス作業・アンチアイス作業は一体となっており、作業の途中で吹き出す液体の切り替えを行っている。
また、JAL独自の工夫として、大雪の時などはプッシュバック後(トーイングカーで押した後)のタキシング路で作業をすることなどもあるとのこと。これは、アンチアイス作業に用いるTYPE-4の防雪・防氷効果持続時間の関係や、なるべく飛ぶ直前まで、翼をきれいな状態に保っておきたいためだ。
ちなみにTYPE-4はぬるぬるした液体となっており、一定時間翼の上に留まり雪を溶かし込んでいく。離陸時にはTYPE-4の液体が翼が発生する揚力のじゃまになるように思えるが、「TYPE-4は剪断力に対して弱く、航空機が離陸滑走中にTYPE-4の液体は翼から落ちてしまいます」という。
実際に2機の航空機のディアイス作業・アンチアイス作業を見学したが、非常にてきぱきと作業をこなしているのが印象的だった。作業のポイントは「チームワークです」とのことで、青森空港のスタッフは空港がコンパクトなこともあってチーム連携が密に取れているとのこと。例えば無線についても、全員が同じ無線を聞いており、まわりで何が起きているのか状況が把握でき、別のスタッフの作業を手伝うこともできる。実際、今回見学したディアイス作業・アンチアイス作業についても、小さい航空機の作業が終わったディアイシングカーが、大きい航空機の右主翼のディアイス作業・アンチアイス作業を実施。単純計算で、3/4の時間で作業を終えたことになる。
このように各種作業が短い時間ですめば、それだけ定時発着には有利になり、雪の空港でも定時性が向上する。利用者からするとありがたい点だろう。青森空港の冬シーズンは、11月1日~4月30日とのことで、雪に備える作業は1年の約半分にもなる。雪国の空港でディアイシングカーやスタッフを見かけたら、「雪国で飛ぶために必要な作業を行っているんだな」と思っていただきたい。ちなみに「仕事をしていてうれしいことは?」と聞いたところ、「お客さまが窓から手を振ってくれること」と答えてくれた。航空機の窓側に座り、スタッフの作業を見かける機会があったら、ぜひ手を振って作業に応えていただければと思う。