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インテル、「ムーアの法則」論文の50周年記念会見

1965年にクルマの自動運転を予見。夏休み期間中に東京 科学技術館で記念展示

2015年4月21日開催

 半導体メーカーIntelの日本法人となるインテルは4月21日、東京都千代田区北の丸公園にある科学技術館において記者会見を開催し、同社の共同創始者であるゴードン・ムーア名誉会長が1965年に提唱した「ムーアの法則」が50周年を迎えたことを祝った。

Intel 共同創始者で名誉会長のゴードン・ムーア氏

 半導体業界で最も有名な法則と言えるムーアの法則は、半導体に集積できるトランジスタ(半導体の最小単位でスイッチのこと。このトランジスタの数が多ければ多いほど高性能な半導体が構成できる)の数が2年で倍になるという“一種の予言”で、実際にその後半導体の進化が2年で倍のペースで進化していったため、それが“法則”として半導体業界の急速な進化を示す言葉としてよく使われるようになっている。

 今回の会見では、インテル 取締役 兼 副社長執行役員 技術開発・製造技術本部本部長 阿部剛士氏、インテル 執行役員 技術本部 本部長 土岐英秋氏が登壇し、それぞれムーアの法則にちなんだプレゼンテーションを行った。

少なくとも10年間は2年で半導体の性能が倍になると予想したムーアの法則が50年間も継続

 現在、PC/タブレット/スマートフォンといったコンピューティングデバイスに限らず、テレビやHDDレコーダなどのAV機器、果ては炊飯器や冷蔵庫といったいわゆる白物家電や自動車にさえ、半導体と呼ばれる電気により各種の演算やデータの記録などを行う装置が内蔵されている。

 この半導体の中には、トランジスタと呼ばれる一種のスイッチが入っており、そのスイッチがオンとオフを超高速に繰り返すことで、データを記録したり、各種演算を行ったりすることが可能になっている。さらに半導体の性能を向上させると、より高速に演算をできるようになったり、より多くのデータを記録したりすることが可能になる。このため、半導体メーカーは1つの半導体の中に、できるだけ多くのトランジスタを詰め込んでいくように日々技術の改良を行っている。

 その半導体製造の技術は、製造プロセスルールと呼ばれる決まりに基づいて製造されている。32nm、22nm、14nm……という数字で表される名前がそれで、その数字はトランジスタの大きさ差を示している(厳密に言うと、ゲート長と呼ばれるトランジスタの一部分の長さなのだが、トランジスタの大きさと考えても概ね間違いではない)。つまり、32nmプロセスルールではトランジスタ1つの長さが32nmで、22nmプロセスルールではトランジスタ1つの長さが22nmということになる。トランジスタ1つのサイズが小さくなると、同じ面積の半導体を製造しても、詰め込めるトランジスタの数が増えることになる(これを半導体の世界の用語で“微細化”と呼ぶ)。トランジスタの数が増える=性能なので、より微細化された製造プロセスルールへと移行すると、同じサイズの半導体を製造しても、同じ製造コストで半導体の性能が上がる、これが現在の半導体製造の基本的な考え方だ。

半導体はこのようにウェハーと呼ばれる板状のシリコンを加工して製造されていく。加工後ダイヤモンドカッターを利用して1つ1つに分離されていく
22nmプロセスルールで製造されたウェハー。この22nmプロセスルールは、最先端の14nmプロセスルールの1つ前の世代
32nmプロセスルールで製造されたウェハー。32nmは22nmの前の世代
45nmプロセスルールで製造されたウェハー。45nmは32nmの前の世代

 その製造プロセスルールは、多くのメーカーで、2年に一度新しいプロセスルールへの移行が行われる。そうすると、集積されるトランジスタの数が倍になるという現象が起こることになる。これは、技術的な理由でそうなっているというよりは、技術開発にかかる時間や、新しいプロセスルールを導入する際の投資対効果などの経済性などが複雑に絡み合って、半導体メーカーにとって合理的な選択した結果としてそうなっているのだ。

 こうした2年に一度半導体に集積されるトランジスタが倍になるという“傾向”を発見し、それを業界紙(Electronics Magazine誌)に論文として発表したのが、Intelの共同創始者で、現在も名誉会長を務めているゴードン・ムーア氏だ(ちなみに、その論文が載ったElectronics Magazineは1965年4月19日=米国時間に発売されており、それ故2015年4月19日がムーアの法則50周年なのだ)。ムーア氏は、ロバート・ノイス氏(故人)と共同でIntelを1968年に創業する前は、Fairchild Semiconductor社でエンジニアを務めており、それまでにも半導体業界で長い間経験を積んだスターエンジニアだった。そのムーア氏は、半導体メーカーの製造プロセスルールの進化を注意深く検証した結果、18カ月から24カ月で半導体に集積されるトランジスタが倍になっている傾向を発見し、今後少なくとも10年はそれが続いていくという論文を発表したのだった。

 その後、より分かりやすく表現するために、トランジスタ数の増加を性能と言い換えて(すでに説明した通り、トランジスタ数が増えることは性能向上とほぼ同じ意味なので…)、半導体の性能が2年で倍になることをムーアの法則と呼ぶようになった(ちなみに、その論文の中でムーア氏がこの傾向をムーアの法則と呼んでいたのではなく、後にこの時の論文をムーアの法則と呼ぶようになった)。

 結果的にそのムーア氏が予見した“ムーアの法則”は10年どころではなく50年も続くことになり、今現在も半導体業界はムーアの法則通りの進化を続けているのだ。

1965年の段階で半導体を利用した自動運転を予測していたゴードン・ムーア氏

インテル株式会社 取締役 兼 副社長執行役員 技術開発・製造技術本部本部長 阿部剛士氏

 インテルの阿部氏はそうしたムーアの法則が、Intelや半導体メーカーにとってどのような意味があるのかを具体例を持って説明。阿部氏はムーアの法則には経済、社会、技術の3つの重要領域があるとし、それぞれの領域で具体的な数値などを持ってムーアの法則の意義についての説明を行った。

 1つめの「経済」という観点ではムーアの法則が、コスト削減の観点でどのような意味があるのかを具体的に説明した。阿部氏によれば「1972年にIntelがリリースした最初のマイクロプロセッサ『i4004』と、現行製品となる第5世代『Core i5』プロセッサと比較すると、性能は3500倍、電力効率は9万倍以上、コスト単価は6万分の1に縮少した」と述べ、ムーアの法則により半導体の開発が続けられたことにより、半導体の性能は大きく向上し、その反対にコスト単価は6万分の1になったとした。

 その上で阿部氏は「そのままだとよく分からないので、“もし~だったら”の仮定で考えてみたい。たとえば自動車技術がムーアの法則で進化していたとすれば、1971年のVWビートルが2015年には速度が3500倍の48万km/hに、エネルギー効率が9万倍の85万km/Lに、エンジンコストが6万分の1の約4円になる」と述べ、実際にはあり得ないことだが、仮に1971年の自動車がムーアの法則と同じ勢いで進化していたら、現在の自動車からは想像できないような勢いで技術革新が進んでいただろうとのこと。つまり、それぐらいの勢いで半導体業界は進化している。

 さらに阿部氏は「ムーアの法則を指摘した論文の中で、ゴードン・ムーアは集積回路により、家庭用のコンピュータ、自動車の自動制御、個人用の携帯通信機器などを予想していたが、既に現実になっている。また、世界のトップブランドの多くが、そうした半導体に基づいて行われているビジネスを展開している」と述べ、PCやスマートフォン、さらには電子制御の自動車など多数の製品がムーアの法則により作り出された半導体で進化してきた結果であることを指摘した。

インテルのミッションステートメント(社是)。2014年の10月に“ムーアの法則がもたらすパワーを活用し”という前半部分が追加された
ムーアの法則が影響を与えた3つの重要領域、経済、社会、技術
ムーアの法則は、経済的側面が強い。コスト優位性があるので、半導体メーカーは新しいテクノロジーに投資し、2年で性能が倍になるということを実現している
ムーアの法則の進化を数字で比較。1971年のi4004と2015年の第5世代Coreプロセッサを比較すると、性能は3500倍、電力効率は9万倍以上、コスト単価は6万分の1に縮少した
1971年のVWビートルがムーアの法則で進化したとすると、2015年には速度が3500倍の48万km/hに、エネルギー効率が9万倍の85万km/Lに、エンジンコストが6万分の1の約4円になる
ムーアの法則の論文が掲載された1965年のElectronics Magazineの挿絵。未来の予想として、ハンディコンピュータが描かれている。
ムーアの法則の論文の予測では、既に半導体による自動車の自動運転なども予測されていた
ムーアの法則によりトランジスタ単価が低下し、消費電力が低下している
世界のトップブランドには半導体を利用してビジネスしている企業が多数上位に来ている。トップ5をみてもApple、Google、IBM、Microsoftの4社がそれに該当する

ムーアの法則を維持できているのは、半導体メーカーの新技術開発の賜物でもある

 2つめの「社会への貢献」という意味では、そうした半導体の浸透により、PCやスマートフォンなどのIT機器だけでなく、自動車や白物家電といった従来はコンピューティング機能を持っていなかった機器にも入りつつあり、2020年にはこのような機器が500億台になる予測であるとし、今後もIT技術の様々な応用が考えられる。

 3つめの「技術への影響」ではそうしたムーアの法則が、単にムーア氏が予測した通りになったということだけでなく、半導体メーカーが多数の努力を積み重ねてきた結果だということが説明された。すでに説明した通り、半導体の進化というのは、微細化されたプロセスルールを2年に一度導入することで実現されてきたのだが、1990年代までは単に微細化することで簡単にその効果を引き出すことができた。しかし2000年代に入ってからはそれが難しくなった。そこで「歪みシリコン」や「High-Kメタルゲート」「3Dトランジスタ」などの新しい技術を導入することで、そのペースを維持することができた。単にトランジスタのサイズを小さくするだけでなく、同時に新しい素材などの新技術を投入が必要不可欠だったと阿部氏は説明した。

 例えば、Intelの最新の製造プロセスルールである14nmでは、3Dトランジスタという一世代前の22nmで導入された技術が導入されている。3Dトランジスタとは、トランジスタの形状を3D形状にしたもので、従来の2D形状に比べてトランジスタの性能そのものが向上しているのだ。そうした新技術を世代ごとに導入することで、ムーアの法則が維持されているというのが今の現状だと阿部氏は説明。それにより「微細化が進めば進むほど性能が向上し、消費電力が低減され、トランジスターあたりの単価が低下している」と述べ、依然としてムーアの法則が半導体メーカーにとっても、そしてその顧客にとっても多大なメリットをもたらしていると強調した。

 なお、既に述べた通り、現在のIntelの最先端の製造プロセスルールは14nmだが、現在10nmが開発中で、その後の7nm、5nmに関しても研究が進められているという。阿部氏は「今後もムーアの法則を実現していくために、Intelは多くの研究開発を続けていく予定だ」と述べ、今後も最先端のプロセスルールを実現するための研究開発を続けていくというIntelの方針に関して説明した。

ムーアの法則により半導体の性能が向上することで、様々な製品に使われるようになっている。近年では自動車もその仲間入りをしている
最近ではIoT(Internet of Things)という言葉でよばれる事が多いが、それまではインターネットにアクセスする機能が無かったような機器にも、ネットに接続する機能が内蔵され始めている。2020年にはPCやスマートフォンなどを含めてインターネットに接続されるデバイスは500億台になるという予想
ドローンや自動運転、医療など様々な用途にIT技術が活用されつつある
ムーア氏が提唱したムーアの法則だが、それを実現できた影には、半導体メーカーの製造技術の革新があった
このように過去50年に渡りトランジスタ単価は下落を続けている
最先端のプロセスルールによりサーバーからスマートフォンまでカバーできるようになっている
現在は14nmプロセスルールまで商用化されており、10nmが開発中、そして7nm、5nmは研究中という段階になる

ムーアの法則を縁の下で支えてきた各種のパッケージ

 インテルの土岐氏は、そうしたムーアの法則により作り出されてきた半導体が、どのような形で顧客であるOEMメーカーなどに提供されてきたかを説明した。一般的に半導体工場で製造された半導体は、パッケージと呼ばれる入れ物に格納され、ピンと呼ばれる信号線を介してプリント基板(PCB)に実装される形となっている。

 土岐氏は「プロセスルールが微細化されるにつれてこうしたパッケージも進化している。DIPから、PGA、BGA、LGAなどと進化してきた」と述べ、過去にIntelが販売してきたマイクロプロセッサのパッケージについて振り返った。今回の記者会見では、そうしたIntelが過去に販売してきたマイクロプロセッサがボード型式で展示されており、その中でも特に土岐氏が思い入れのあるパッケージとして「MMX Pentiumのモバイル版で導入したTCP」という超薄型のパッケージが紹介された。

一番の思い出だというTCP(Tape Carrier Package)を手に持つインテル 執行役員 技術本部 本部長 土岐英秋氏。パッケージに書かれているシルクが上下逆になっているのはご愛敬だ
PentiumとMMX Pentiumの2種類があったTCP(Tape Carrier Package)。これはPentium版のようだ

 このほか、Intelのマイクロプロセッサと周辺部分のチップ(チップセット)を接続するバスの名前として、FSB(Front Side Bus)が採用された経緯についても言及があった。土岐氏によれば「当初、インテルのマイクロプロセッサパッケージの内部にキャッシュを接続する内部バスがありそれをBSB(Back Side Bus)と呼んでいたので、それに対して外側のバスをFSBと呼んでいた。しかし、その後キャッシュがダイに統合されたため、プロセッサバスと名前を変えたのだが、結局定着しなくてFSBという呼び方がそのまま残っている」などと紹介し、詰めかけたPC系関連の報道陣には懐かしい話題で盛り上げた。

 なお、インテルによれば、今年の夏期休暇期間(時期未定)に2週間の予定で、今回の記者会見が行われた科学技術館においてムーアの法則 50周年記念展示を行う予定だという。展示ではムーアの法則にちなんだショーケース、各種ビデオ、担当者による説明コーナーなどが用意される予定で、夏休みの親子で半導体技術に想いをはせてみるのも一興ではないだろうか。具体的な日程などはインテルのWebサイト(http://www.intel.co.jp/)で公開される予定だ。

パーソナルコンピューティングの進化
元々IntelはDRAMの会社としてスタートしたが、日本の半導体メーカーとの競争に敗れ、マイクロプロセッサに注力してそれが大成功した。その後日本の半導体メーカーがことごとくDRAMから撤退していったことを考えれば、その判断が正しかったことは歴史が証明している
現在のIntelは半導体だけでなく、その上で動くソフトウェアやサービスをセットにして提供している
さらにユーザーインターフェイスの改良をすべく、Intel RealSenseなどの新しい形のUIなども提案している
阿部氏の講演の最後で紹介された、SNS(おそらくFacebook?)上でのムーアの法則50周年を祝うページに、ムーア氏の後任としてIntelのCEOになったアンディ・グローブ氏(Intelの現在の発展の礎を築いたのはグローブ氏と言ってよい)のメッセージが「インテルの従業員の皆さんおめでとう。さて、もう仕事に戻る時間だよ」(Congrats, Intel employees! Now get back to work.)というメッセージが“猛烈経営者”としてよく知られたグローブ氏らしい……
夏休みに科学技術館においてムーアの法則50周年記念展示が行われる予定。詳細は今後インテルのWebサイト(http://www.intel.co.jp/)などで公開される予定だ
記者会見の会場に飾られたムーアの法則50周年を祝うボード
PCユーザーには懐かしいプロセッサだらけだ
i4004。世界初のマイクロプロセッサとして知られる製品。このパッケージは後期型
こちらがi4004の初期型のパッケージ
1978年に投入されたi8086は、初代IBM PCに採用されたマイクロプロセッサ。現在のWindows PCは、このIBM PCの子孫ということになる。Intelが大きく成功を収めたのも、このi8086がIBMに採用されたからこそ
1982年に発表されたi80286は8086の上位互換のプロセッサで、メモリ空間などが拡張されるなど処理能力が向上したバージョン
1985年に発表されたIntel386は、8086の命令セットとの互換性を維持しながら、32bit命令(IA32)を実装した最初のプロセッサ。この個体は386DX-16MHz
1989年にリリースされたIntel486は、Intel386のIA32命令に、以前は別チップとして提供されていた浮動小数点演算器とキャッシュメモリを1つのチップにしたバージョンとなる
1993年にリリースされたPentiumは、Intel486の後継として投入された製品で、スーパースケーラと呼ばれる命令実行方式が採用され、効率が改善された。大ヒット製品となったが、1994年には浮動小数点演算命令にバグがあることが判明し、全数リコールされるという騒ぎにもなったが、そのリコールにより逆に信頼できる半導体メーカーとしてIntelの名が世の中に認識される端緒となった
1995年にリリースされたPentium Proは、Pentiumの後継としてL2キャッシュがプロセッサの内部に実装された最初の製品。といっても、半導体としては別々で、パッケージの中で1つのチップとして実装されていた。そのパッケージの中で、L2キャッシュとプロセッサをつないでいたバスのことをBSBと呼んでいた
1997年にリリースされたPentium IIは、Pentium Proの後継となる。Pentium ProがL2キャッシュを小型パッケージの中で1つのチップとしていたのは性能的には有利だったが、コストがかかっていたので、それをビデオゲームのカートリッジ風のパッケージ(SECCなどと呼ばれていた)に封入した製品。CPUとマザーボードを接続するコネクタのことはSlot1などと呼ばれていた
1999年にリリースされたPentium IIIは、Pentium IIの改良版で、新命令セットのSSEが追加されたバージョンになる。当初はPentium IIと同じようなSECC2のカートリッジ形状になっていたが、後にソケットに入るようなPGAパッケージも追加された
2000年に発表されたPentium 4。NetBurstアーキテクチャというより効率よく高いクロックで動作する仕組みが採用された。確かにクロックは上がったのだが、消費電力が増えすぎてしまい、PC用として不適当になってしまい、その後モバイル向けのアーキテクチャにとって変わられることになった
2006年に発表されたCore 2 Duoプロセッサ。モバイルから来たアーキテクチャがデスクトップにも拡張された最初の製品
現在のIntelの主力製品であるCore i7プロセッサ。最初の世代は2008年に発表され、現在の製品は第5世代となっている
Intelの現行製品となる第5世代Coreプロセッサ、現在は薄型ノートPC向けの製品が出荷されている

(笠原一輝)