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IEEEプレスセミナー、世界最小となる月面探査ローバーの先端技術を紹介

民間による月面探査賞金レースに参加する「HAKUTO」

2015年10月6日開催

 IEEEは「新型・宇宙ロボットが実現するニュースペースビジネス」と題したプレスセミナーを10月6日に大手町ファーストスクエアで開催した。IEEEメンバーである東北大学の吉田和哉教授と、IEEEメンバーで民間月面探査チーム「HAKUTO(ハクト)」チームリーダーの袴田武史氏が、日本初の民間月面探査チーム「HAKUTO」の月面探査ローバーにおける先端技術を紹介した。

 IEEEは、世界160以上の国々にいる電気/コンピュータサイエンスを主としたエンジニアや科学者などの専門家がメンバーとなり、世界を変える技術に関する情報を互いに共有する場を提供している学術コミュニティー。情報の範囲はコンピュータはもちろん持続可能なエネルギーシステムから航空宇宙、コミュニケーション、ロボット工学、ヘルスケアまで多岐に渡り、日常から利用している無線LANの通信規格などもIEEEが策定したものである。

最先端の宇宙開発技術で、経済圏、生活圏を宇宙に拡げる

ロボットをカテゴライズして解説した東北大学の吉田和哉教授

 最初にスピーカーを務めたのは吉田教授。吉田教授は「極限ロボティクス国際研究センター」のセンター長も務めているが、IEEE Robotics and Automation SocietyのTC on Space Robotics(委員会)の日本人4人の中の1人でもある。

 まず、吉田教授は「ロボットとは知能的な作業機械である」と語り、日本が世界でNo.1の領域となる産業用ロボットについて、医療や福祉、介護の場で働く「人と触れ合う/共同作業するロボット」と、災害や宇宙など「人が行くことができない世界で働くロボット」に分類。さらに宇宙ロボットを有人作業の補助や軌道上衛星への補給サービスなどを行う「軌道上ロボット」と、太陽系の解明の科学探査のために人に代わって月・惑星を探査する「惑星探査ロボット」に分けて解説した。

 また、月惑星探査も(1)近傍通過、(2)衝突、(3)周回探査、(4)軟着陸、そして採取などを行って戻ってくる(5)サンプルリターンの5つの段階に分けて説明。加えて宇宙ロボットの歴史として成功例について話した後、日本の技術試験衛星VII型「おりひめ・ひこぼし」が有するロボット技術によるランデブー/ドッキング、ロボットアームによる軌道上作業の実証、国際宇宙ステーションへの補給機「こうのとり」のランデブーと捕獲について触れ、小惑星探査機「はやぶさ」では自律航法制御を備えていることなどを紹介。

宇宙ロボットの歴史について解説
日本の宇宙ロボットである技術試験衛星VII型「おりひめ・ひこぼし」が有する技術
日本の宇宙ロボットである技術試験衛星VII型「おりひめ・ひこぼし」が有する技術
地球から距離が離れれば当然のようにレスポンスは遅くなるので「はやぶさ」は自律航法制御を備えている

 吉田教授は月惑星探査ロボットに必要な技術として、熱、真空、振動、放射線などへの耐宇宙環境技術と高信頼性、そして「不整地走行技術」「未知環境認識」「遠隔操縦/自律制御」などを挙げつつ、宇宙開発は従来、国家プロジェクトとして「国の威信」や「人類のための科学探査」のためのものだったが、民間ベースの小型プロジェクトが増えることにより、経済圏、生活圏を宇宙に拡げることができると説いた。

 さらに、宇宙開発における2つのトレンドとして「小型・低コスト化」と「IT系民間ベンチャー企業の参入」を挙げ、その1つが「Google LUNAR X PRIZE」という無人月面探査ロボットを開発する賞金レースとなる。そこにチャレンジしている、吉田教授が開発リーダーを務める民間月面探査プロジェクト「HAKUTO」の紹介に繋いだ。

月惑星探査ロボットに必要な技術は、まさに自動車の自動運転と同じ
不整地走行技術は宇宙での移動には欠くことのできないもの
高度なトラクションコントロールを備え、砂地の登坂でも埋没せず走破できるビデオ
伝送にはイトカワの場合、約34分かかる。信号は光の速度を超えることはできないのだから自律航行は必須
小型・低コスト化が求められている宇宙開発事業
宇宙開発の新しい形が、経済圏、生活圏を宇宙に拡げることになると語った

民間資本で月面を500m移動できるロボットを製作する賞金レース

HAKUTOチームリーダーの袴田武史氏。日本が得意な小型化技術をフル活用し、低コストでの実現を目指している

「Google LUNAR X PRIZE」は、GoogleがスポンサーとなりX PRIZE財団によって運営されている、国家ではなく民間組織による月面ロボット探査を競う国際賞金レース。民間資本のみで、2017年末までに「月面で500m移動」し、その移動した「月面のHD映像を地球に送信」することを、誰が一番最初に成し遂げるかを競うレースである。地球への映像送信を最初に達成したチームには2000万ドル(約23億円)の賞金が与えられる。このレースに日本から挑んでいるのが民間月面探査チーム「HAKUTO」。

 ispace代表取締役でHAKUTOチームリーダーの袴田武史氏がスピーカーとして登場し、賞金レースによるイノベーションの加速やTeam HAKUTOについて語った。

 袴田氏は「リンドバーグが賞金レースにより大西洋横断飛行成功したことで航空産業が発展したことに着想を得て、X PRIZE財団が産業革新を起こす試みを行っているのがGoogle LUNAR X PRIZE。1996年にスタートした、民間有人宇宙飛行をゴールとした Ansari X Prize が2004年に成功したことで、宇宙旅行ビジネスもスタートした」と解説。

 また、「Google LUNAR X PRIZEがスタートして、当初は32チームがエントリーしていたが現在は16チーム。1月にはGoogle LUNAR X PRIZEのモビリティ サブシステム中間賞を受賞して、我々はよい位置にいる」とも語った。

 この中間賞と言うのは、Google LUNAR X PRIZEのミッションで発生する様々な環境を再現した実地試験と分析により、宇宙空間でも問題なく性能を発揮できると証明されたハードウェアとソフトウェアを表彰する賞。月面での撮影能力を評価する「イメージング」、月面ローバーの性能を評価する「モビリティ」、そして月面に着陸するための飛行と飛行制御能力を評価する「ランダーシステム」の3部門があり、HAKUTOは2014年11月~12月にかけて実施された振動試験、熱真空試験、フィールド走行試験などの宇宙環境試験で、月面におけるミッションを達成できることを証明したことでモビリティ サブシステム中間賞を受賞した。

 HAKUTOが開発を進めているのは世界最小の惑星探査ローバー。その重量はわずか4kgを目標としている。袴田氏は「日本が得意な小型化技術をフルに活用することで、民間でも可能になる数億円レベルの低コストでの実現を目指している」との考えを示した。

 他国のローバーは数十kgから重いものは1t近いのだから、どれだけ軽量であるか想像してみてほしい。

Google創業者 ラリー・ペイジ氏。「月に行くことは人類の発展に非常に重要なこと」とコメント
Ansari X Prizeの成功により宇宙旅行ビジネスもスタートしたと解説された
「その他の賞金レース」として紹介された例。DARPAの自動運転に関するレースのことにも触れていた
Google LUNAR X PRIZEのモビリティサブシステム中間賞を受賞、HAKUTOはよい位置にいる

HAKUTOの最終目的は、賞金レースのみならず月面に垂直に開いた穴の探査

 Google LUNAR X PRIZEで最初に月面を撮影することも、日本の技術力を世界に訴えることも大切だが、HAKUTOの最終目的は、月の「Lacus Mortis」付近に存在する「縦孔」を探査すること。この縦孔が月の誕生を理解する鍵になったり、将来人類が長期滞在する基地を設営するための有力な候補地でもあるとのことだが、月の内部を撮影することで、長期滞在するための資源の存在を探るという点では大きな期待が持たれている。

 袴田氏は「米国IT長者を中心に、旧来の宇宙産業以外から民間資金や人材が流入している。宇宙に投資できるようになったのは、そのリターンが見込めるようになったということなのだから、宇宙開発の商業化の幕開けでもある」と解説した。

資源の可能性を探るのがHAKUTOの最終目的。4輪タイプと縦孔に降りる2輪タイプを組み合わせた「デュアルローバー」で探査を予定
HAKUTOのパートナー企業。IHIをはじめ、IT関連ではJIG-SAW、三越日本橋本店や丸紅情報システムズも名を連ねる
HAKUTOの考え方は、大きな1台ではなく「Swarm」、つまり群れ。小型ロボットを数多く送り出して探査スピードも上げようとしている

 また、月面探査ローバーの実走デモンストレーションも行われた。会場に持ち込まれたのは全長50cmくらいの後1輪のタイプ。デモ用にスマートフォンで遠隔操作できる状態で目の前を走行するローバーを見ると、どこかしら期待が高まってくる。Google LUNAR X PRIZEでトップになることと併せ、まだまだ解明がされていない宇宙の謎を解く技術開発を行ってほしいと筆者も願っている。

実際にセミナー会場内を走り回ったローバー。ボディーにはパートナー企業であるIHIのロゴも冠されていた

(酒井 利)