インプレッション

ポルシェ「911 R」

全世界991台限定

 現行911シリーズ中で最軽量を謳うボディに、最高500PSを発する高回転型の自然吸気エンジンとMTの組み合わせ――スポーツカー・フリークであれば、もうこれだけでも心躍らせそうなスペックを並べる最新のモデルが「911 R」だ。

 1960年代にわずか数十台という規模で生産された、かつての同名モデル。それは、コンペティション向けのホモロゲーションを獲得するために開発されたもの。一方で、その名を現代に蘇らせた最新の911 Rは、意外なことに”戦うこと”は想定していないという。

 昨今の多くのポルシェ車が、こぞってそのデータに執心するニュルブルクリンク旧コースでのラップタイム。しかし、このブランド発のモデルにとって重要な指針であるはずのその値を、「このモデルでは計測していない」というのだ。

 まさに、そうしたシチュエーションでの絶対的速さこそを売り物とする「GT3 RS」をハードウェアのベースとしながらも、一方で、サーキットでのラップタイムを気に掛けないというのが何とも意味深。実は、GT3 RSから譲り受けた「半ばコストは二の次」のさまざまな戦うためのハイテクノロジーは、911 Rではそのすべてを「比類なきドライビング・プレジャー獲得のために採用した」と説明される。

 かくして、言うなれば911シリーズ中でも“もっとも贅沢”なモデルが、かつてのモデルから半世紀近い時間を経て蘇った最新の911 Rと表現してよいのかも知れない。現行モデルの開発コードナンバーにちなんで、わずかに世界で991台のみが極めて高額で用意されるという点からも、このモデルはシリーズ中の異端児であることは間違いないのである。

 世の高性能車に共通するアイコンである大開口のインテーク類。さらには、強烈なパワーを路面に伝えるためのファットなシューズなど、このモデルが際立つ走りのポテンシャルを備えることは、見る人が見れば一目瞭然であるはずだ。一方で、そんな911 Rがなるほど「コンペティションの世界からは一線を画したキャラクター」の持ち主であることは、昨今、サーキット走行を念頭に開発されたモデルであれば半ば常識の、派手な空力付加物の類を装着しない点からも明らかだ。

 911 Rのボディ後端には、GT3系では見た目上の重要なアイコンでもある巨大なリアスポイラーが見当たらない。このモデルには、そもそも911が誕生以来、連綿と受け継ぐ猫背型の歴史的プロポーションと、高速走行時の揚力発生を抑制する機能とを両立させる、カレラ系同様のリトラクタブル式のリアスポイラーが採用されているのである。

3月のジュネーブモーターショーで公開された911 Rは、世界限定991台で販売。日本での価格は2629万円で、ステアリング位置は左右から選択できる
エクステリアではボンネットやフェンダーをカーボン、ルーフをマグネシウム、リアウィンドウとリアサイドウィンドウは軽量プラスチックで構成。足下はマットアルミニウム仕上げの軽量20インチホイールとミシュラン「パイロット スポーツ カップ 2」(フロント245/35 ZR20、リア305/30 ZR20)の組み合わせ。リアまわりではカレラと同じリトラクタブル式のリアスポイラーを採用する
パワートレーンは水平対向6気筒4.0リッター自然吸気エンジンと6速MTの組み合わせで、最高出力は500PS/8250rpm、最大トルクは460Nm/6250rpmを発生。0-100km/h加速は3.8秒、最高速は323km/hに達する

 リアシートを廃し、エアコンやインフォテイメント・システムも標準装備リストから除外。CFRP(炭素繊維強化プラスチック)製のフロントフード/フェンダーや、プラスチック(ポリカーボネート)製のリア/リアサイド・ウィンドウを用い、防音/遮音材も省略するなど、GT3 RSに採用されたテクノロジーをベースに徹底した軽量化を敢行。

 その一方で、「システム重量は7kgほど」と結構な重さにも関わらず、GT3系が採用の先駆けとなったリアのアクティブステアリングは、敢えてそのまま継続採用しているのは興味深い点。ハードウェア部分はそのままに、独自のチューニングを用いることで「このモデル独自の俊敏なハンドリング感覚を実現することが可能になる」というのがその理由であるという。すなわち、究極のドライビング・プレジャーを獲得するためにウェイトハンデを承知の上で採用したのがこのメカニズム。911 Rならではの走りのテイスト実現への思いは、かくも徹底しているのである。

インテリアではリアシートやインシュレーター類を排除し、エアコンをオプション化。これらによりGT3 RS比で車両重量を50kg軽量化したという

これぞ“究極のドライビング・プレジャー”

 シュトゥットガルト本社で借り出した911 Rには、エアコンやナビゲーションを含むインフォテイメント・システムなど、初夏の不慣れな道でのテストドライブにはありがたいアイテム類とともに、ご覧のように派手なグリーンのツインストライプがオプション装着されていた。

 しかし、基本的なルックスはプレーンな“911シルエット”そのもの。大型リアスポイラーの有無により、GT3系との見た目の印象差はやはり思いのほか大きい。

「サーキット走行は意識していない」とはいえ、2シーター化された上でやはりオプションアイテムであるフルバケット・シートを採用したインテリアは、コンペティティブなムードが強く漂うもの。コンソール上に軽く腕を伸ばすと、絶妙な位置にGT3系とは異なるデザインのシフトノブがレイアウトされている。

 そう、このモデルにはやはり「ドライバーのドライビング・プレジャーをより高めるため」という名目で、現行のGT3系からは廃されたMTが採用されているのだ。しかも、それはこのモデルのために開発された特製の6速アイテムで、PDK(DCT)をベースに開発されたカレラ系の7速MTとはまったく異なるという。

「ドライバーを愉しませるため」にさまざまなハイテクノロジーが惜しげもなく投入された、かくもビスポークなクルマづくりが行なわれているとなれば、2629万円という911シリーズ中にあって際立つ高価格も、「なるほど納得」と思えてくる。

 エンジンに火を入れると、GT3 RS由来の4.0リッター・フラット6ユニットが即座に雄叫びをあげる。と同時に、ちょっと怯むこととなったのはキャビン内に充満する、盛大な”ガラガラ音”。実はテスト車には軽量化&さらなるエンジンレスポンス向上を目的に、やはりオプション装備であるシングルマス・フライホイールを採用。これが、まるで生粋のレーシングカーもかくやと思える前出ノイズの発生に大きく関わっていたと考えられるわけだ。

 高回転型エンジンとはいえ、主に低回転域を多用する街乗りのシーンでも、気難しさを示したりすることがないのはすでにGT3 RSでも確認ができていた。ちなみに、クラッチペダルの踏力も思いのほか軽く、エンゲージのポイントも分かりやすいから、日常シーンでもごく扱いやすい。

 加えれば、ドライグリップを重視したファットなシューズを履くゆえ、路面凹凸に対する当たりの感覚はさすがに少々硬いものの、サスペンションはスムーズに動いてくれるので、そんな街乗りシーンでの乗り味はしなやかさすら感じられる。いかにも“尖ったモデル”と受け取られそうなこのモデルは、日常ユースに対するハードルもごく低いということ。そんな点でも、やはりGT3系モデルとは大きくキャラクターが異なっているのだ。

 一方で、ワインディングロードへと乗り込み、アクセルペダルを深く踏み込むと、911 Rはその本領をいよいよ明瞭に発揮する。

 5000rpm付近から上でレスポンスが一層シャープになり、恐怖心すらを覚えるほどにパワフルな心臓を、ゴキゲンな操作感を味わわせてくれるMTで駆使する感覚は、まさに「ドライバー冥利に尽きる」もの。とことんシャープな回頭感と機敏な動きを実現させつつ、安定性に不安がないのは、やはりリアのアクティブステアリング・システムの貢献度が大きいに違いない。

 アイドリング時には盛大だったノイズも、クルージングシーンでは“サウンド”と好意的に受け取れるもの。長距離・長時間ドライブに向けてのGTカーとしての適性も高いのが、この911 Rというモデルであるということだ。

 こうして、なるほど“究極のドライビング・プレジャー”を味わわせてくれる911は、世界でわずかに991台。そんなこのモデルのオーナーが、心底羨ましい!

河村康彦

自動車専門誌編集部員を“中退”後、1985年からフリーランス活動をスタート。面白そうな自動車ネタを追っ掛けて東奔西走の日々は、ブログにて(気が向いたときに)随時公開中。現在の愛車は2013年8月末納車の981型ケイマンSに、2002年式のオリジナル型が“旧車増税”に至ったのを機に入れ替えを決断した、2009年式中古スマート……。

http://blog.livedoor.jp/karmin2/