【インプレッション・リポート】
BMW「MINI E」

Text by 日下部保雄


 6月半ばに開催された「BMW Mobility of the Future - Innovation Days in Japan 2010」というシンポジウムに続いて、7シーリズのハイブリットカー「アクティブハイブリッド7」とMINI Eの報道関係者向け試乗会が設定されていた。

 BMWは「駆け抜ける歓び」を開発フィロソフィーにして、これまでのクルマ作りをしてきた。環境問題、CO2削減への圧力に対してBMWのアイデンティティを継承しながら、彼らの存在意義を明確に示すのが今回のシンポジウムで、BMWのパワートレイン戦略の近未来についてプレゼンテーションと質疑応答があった。

 戦略について言えば、既存ガソリンエンジンの改良、そして新規ハイブリットの投入、将来の電気自動車(EV)についてフォーカスが当てられ、いずれも興味深いものだった。


BMW Mobility of the Futureの会場Mobility of the Futureには独BMW AGの役員と、コンセプトカー「ビジョン・エフィシエント・ダイナミクス」が来日したアクティブハイブリッド7

 

手に触れることができるBMWのEVの将来像
 試乗には近々デビューする「アクティブハイブリット7」と、すでに実証実験が世界で始まっている「MINI E」が供されており、ここでは日本で急速に脚光を浴びているピュアEVであるMINI Eに焦点を当ててみた。

 EVはBMWが長期的に目指すゼロエミッションに、水素燃料技術とともに欠かせない存在であり、BMWはすでに40年の永きに渡ってEVの研究を続けていた。有名なのは1991年に紹介されたプロトタイプ「E1」だ。当時のバッテリー技術を補うためにアルミ押し出し成型と言うNSXのような材料置換による軽量化をはかり、200kmの航続距離と120km/hの最高速度の性能を公表していた。そしてMINI Eは、実際のEVが動き出した時に何が問題になるかを検証するためのパイロットモデルだ。

 MINI EはMINIの車体を利用して、後席にバッテリーを積んだ2人乗りのEVで、ドイツ、英国、そして米国でリース販売され、ユーザーの声を広く拾うものだ。リース販売と言うことからも分かるようにBMW側からピックアップしたユーザーではなく、一般から公募し、かつお金を払ってくれるユーザーであり、それだけにEV使用上のシビアな意見が集められるメリットがある。リース販売は北米が多いが、600台のMINI Eが走っている。

 この実証実験は来年、日本でも開始される予定で、MINI Eで得られた貴重なデータはBMW 1シリーズクーペをベースにした「コンセプト・アクティブE」に受けつがれ、さらに将来、カーボンファイバーを多用して軽量化した本格的なEVであるメガシティ・ビークルに活かされることになる。言ってみればMINI Eは、BMWが将来に描くEVで、我々が身近に手に触れることができる第1歩なのだ。

1991年に発表されたBMWのプロトタイプEV「E1」。アルミ押し出し成形材で軽量化された
MINI Eの構造。後席にバッテリーを積むコンセプト・アクティブE

 

フロントのエンジンベイ。四角い大きな箱がコントロールユニットで、その下にモーターが横置きされている

巨大なバッテリーが後席を占領
 MINI Eについてもう少し詳しく述べよう。MINI Eは現行のMINIをベースとしてEVにコンバートした車両で、フロントにモーターとコントロールユニットを置き、リアにバッテリーを搭載して、通常のMINIのように前輪を駆動する。

 もともとMINIのラゲッジルームは限られているので、燃料タンクがあったスペースとラゲッジルームだけでは大きなバッテリーを搭載しきれず、リアシートを全部取り払い、そこにリチウムイオンバッテリーを搭載する。

 バッテリーはパソコンや携帯電話で使われているリチウムイオンバッテリーをEV用に改良したもので、信頼性の高いものを選定している。最大蓄電容量は35kWhで通常では28kWhを供給する能力がある。またバッテリーは5088個のセルを48のモジュールにまとめ、さらに3つのバッテリーエレメントとしてリアシートに置かれたボックスに収納される。

 ちなみに現状のEVが全てそうであるように、バッテリーは自然冷却の方法を採っている。バッテリーの温度はかなり性能に影響するので、今後冷却方法もさまざまなトライがされるだろう。ちなみにBMWの次のEV、1シリーズクーペベースの車両は液冷と明言している。

 注目の充電方式だが、BMWではEVに急速充電のインフラは必要ないという結論を得たようだ。EVはその特性を活かして、中近距離に特化した乗り物と考えている。MINI Eの航続距離は240kmで、i-MiEVの実力から推し量って実質的な行動半径は約90kmと思われるが、通勤や近距離の買い物を想定すると、BMWではこの航続距離は十分であるとの見解だ。

 すなわち殆どのMINI Eユーザーは夜間、家庭で普通充電によってフル充電して、翌日そのクルマを使う、すなわち毎日満タン状態でEVを使っており、欧米での実証実験では、いわゆるガソリンスタンド的な急速充電器は不要と考えていると言う。家族で複数所有のケースが多いと思われるので、これが駐車場事情の悪い日本に当てはまるわけではないが、日産リーフやi-MiEVを迎えるに当たって参考になるデータだ。

後席はなく、バッテリーが積まれるMINI Eの充電プラグ

 

EVの魅力をアピールするようなチューニング
 試乗コースは東京ビッグサイト内の慣熟用の特設コースと一般公道であり、左ハンドルだが、もちろんナンバーは取れている。

 一見してもボディーに大書きされたMINI Eと言う文字以外でEVと分かるものは少ない。インテリアもメーターがパワーとバッテリーのインジケーターに変っているくらいで、ほかを見なければ普通のMINIだ。後席のある位置に置かれたバッテリーボックスは小さなMINIとしては大きく、フロントシートはリクライニングできるスペースはない。バッテリーボックスの上にバッグなどを置ける柵があるといいと思ったが、それはMINI Eの本質とは離れる。

 モーターは150kWh(約200PS)を出すが、モーターの立ち上がりトルクは強烈で、普通にスタートしてもハンドルにトルクの反力を感じる。これには電動パワーステアリング(EPS)のチューニングが未成熟であることも関係しているが、「ハンドルはしっかり握って」という懐かしいドライビングの教科書を思い出した。ちなみに、フルにアクセルペダルを踏み込むと暴れそうになるフロントタイヤを押さえ込むにちょっとコツが必要だった。クルマの進みたい方向を見定めながら、ハンドルを修正していかないとアクセルを不本意ながら戻すことになる。

 これはEPSのチューニングと、前輪荷重が相対的に小さいことも関係ありそうだ。MINI Eは約260㎏のバッテリーを後席に積んでおり、そのためにFFでありながら前後重量配分が50:50となっている。あくまでも50:50にこだわるBMWの姿勢には感心するとともに、微笑ましくもある。約1460㎏のEVの半分が195/55 R16タイヤに掛かるのだから、強大なトルクと合わせてフロントタイヤはかなりの仕事をしなければならない。

 では発進加速力はといえば、これは全てのEVがそうであるように、圧倒的に速い。EVの動力性能は底知れずで、アッという間に制限速度を超えそうになる。悪魔的な加速力で、MINI Eはその特性を決して隠そうとはしない。これもEVの魅力であることをアピールするようなチューニングである。

MINI Eのコックピット当然エグゾーストパイプはないが、大きなエアアウトレットをリアに備える

ブレーキもEVドライビングの魅力
 EVやハイブリットは回生エネルギーの利用も大きな魅力のひとつだが、MINI Eでは強烈な回生ブレーキを積極的に使っている。その制動力はアクセルを全閉にすると0.3Gの制動力が出るといわれる。通常フルブレーキで1Gなので、かなりの制動力であることが分かるだろう。日常的な使い方なら、フットブレーキを使わなくても停止できるだけの制動力がアクセル操作だけでできるのは新鮮だ。BMWが「ブレーキを使う場面の75%は回生ブレーキだけで事足りる」としているのは、あながち誇張でもなさそうだ。

 この回生ブレーキ、使いにくいかと言えばそんなことはまったくなく、ちょっと走れば誰でも馴れるものだ。減速を自在にアクセルだけでコントロールできるのはとっても面白く、加速力とともにこれもEVの魅力のひとつだ。アクセル加減速時の過渡領域でもレスポンスは速く、それがまた気持ちがいい。EVの魅力は電気モーターの加速力とともに、減速時の回生ブレーキの面白さにもあったのは意外だ。

 ちなみにEVスポーツカーのテスラ・ロードスターもMINI E同様の強力な回生ブレーキを使っており、アクセルのコントロールひとつで車両の前後荷重を変えられるスポーツカーらしい面白さを持っていた。

 ドライブフィールを普通のクルマに極力近づけた日産リーフでは回生ブレーキは目立たないようにしている。

 ハンドリング性能は確認するまでには至らなかったが、日常走行ではMINIらしくキビキビしたものだが、高速で回りこんでいくような大きな横Gが掛かるようなコーナーではタイヤが負けそうになり、強いトルクステア(ハンドルへの反力)とともにちょっとしたコツが必要そうだ。

 MINI EはEVコンバートカーとは言え、ドライブ・バイ・ワイヤなど駆使して最新のEV技術の結晶といえるものだ。ちなみにダイナミックスタビリティーコントロール(DSC)も標準装着され、安全面にはかなり気を配っている。

 日本でもリースによる実証実験が来年から始まるが、MINI Eは未成熟な部分があっても楽しい乗り物であることは間違いない。

2010年 7月 2日