【インプレッション・リポート】 スバル「インプレッサWRX STI」 |
3年前に登場した現行インプレッサが、当初、ハッチバックのみとされた主な理由は、このクルマを世界のCセグメント車のど真ん中で戦えるようにとスバル首脳陣が考えたことと、WRCをはじめラリーでの戦闘力を考えてのことだった。また、個人的には、スバルの限られた車種ラインアップの中で、先代までのインプレッサはいささか当時のレガシィと似すぎているような気もしていたので、インプレッサがこれまでと違った路線を歩むことは、名残惜しい半面、それもアリ! という気持ちもあった。いずれにしてもこれからのインプレッサは、ハッチバック主体の路線でいくんだろうなと認識していた。
ところが、インプレッサのセダンを求める声は、日本よりもむしろ北米で無視できないほど大きかった。それに応えるがために、セダンボディーのインプレッサがほどなく北米市場で追加販売され、少し遅れて日本でも「アネシス」として市販されたのはご存知のとおり。ただし、そこに「WRX STI」や「GT」の名の付くモデルがなかったので、ガッカリした人も少なくなかったのは事実である。
その後2009年いっぱいでスバルはWRCから撤退したため、WRC参戦車両のベースとしてのハッチバックボディーという理由付けは必要なくなった。さらには、2009年5月にモデルチェンジしたレガシィがここまで大きくなったことも、インプレッサWRX STIのセダン復活と関連がなきにしもあらず、なのかもしれない。
今のレガシィB4では大きすぎる、つまり従来のレガシィB4に近いサイズ感の高性能セダンを好むユーザー層に向けて、インプレッサのセダンSTIがあってしかるべきという判断が、スバル側にもあったのではないかと思う。
とにかく現行インプレッサが登場してわずか3年の間に、取り巻く状況は刻々と変わった。その背景にはセダンのWRX STIを求める声が絶えず少なからずあった。かくしてインプレッサWRX STIがセダンボディーで復活するに足る十分な理由がそろったわけだ。そして2010年6月、ついにその時がきた。
見た目の第一印象としては、素直にカッコイイ! と感じた。アネシスとはぜんぜん雰囲気が違って、アネシスはスポーティなコンパクトセダンと言いつつも、たとえばティーダでいうラティオ、ヴィッツに対するベルタのような、大人しいというか年寄りくさいというか、そういった印象は拭えなかったと思う。ところがどうだ。セダンのWRX STIは迫力満点で、ハッチバックも悪くないが、セダンのほうがむしろ塊感があり、獰猛そうなイメージが増したように目に映る。個人的にもかなり“刺さる”スタイリングだ。
そして今回、セダンの復活ばかりに興味心を奪われがちなインプレッサWRX STIのマイナーチェンジだが、WRX STIはドライブフィールの部分でも、期待に応える“復活”を遂げていた。
インプレッサWRX STIの5ドアハッチバックモデルも走りをブラッシュアップ |
現行GRB型のハッチバックのWRX STIに初めて乗った第一印象は、高性能であることはよくわかったのだが、面白味という意味では少々薄れたように感じられた。半面、安定性や快適性は極めて高かった。これがこれからの時代のハイパフォーマンスカーのあり方なんだろうなと納得したものの、「WRX STI」としてはどうなのか? という気もしなくはなかった。
ところが、今回の乗り味の変化は、マイナーチェンジでここまでやるか!? と言えるほど濃いものだった。パワートレインに変更はなく、シャシーの変更がメイン。ざっとお伝えすると、フロントのアルミ製ロアアームを新たに設計し、リア側のブッシュをピロボール化。リアではサブフレームのブッシュを変更し、快適性とアライメント剛性の両立を図った。車高は5mm下げられており、その分重心も下がっている。
念のためお伝えしておくと、今回ハッチバックのWRX STIにも同様のマイナーチェンジが施され、また、これまで足まわりのセッティングの共通だったA-Lineとも若干味付けに差がつけられた。ちなみに、セダンとハッチバックでは、前軸重は同じで、後軸重は10kgだけ差があるが、セッティングは共通となっている。
ステアリングを切った瞬間から違いを実感できる |
走り出すと、最初にステアリングを切った瞬間からすでに反応の違いに驚かされる。従来もクイックではあったが、1枚何か挟んでいるような若干の応答遅れがあったが、それがなくなっている。フロントだけではなく、リアのついてくる感覚もまるで違って、ステアリング操作に遅れることなくリアも応答し、前後が一体となってクルマの向きを変える。クルマの運動神経が一段上がったような印象で、ドライブしていてとても気持ちがよい。いろいろな部分にちょっとずつ存在した隙間を丁寧に詰めていった結果、とてもシャープな走りになったという印象だ。
また、OEM装着タイヤ銘柄は従来と同じだが、まるでタイヤをもっとハイグリップなものに換えたのではないかと思うほどグリップ感が高くなっていた。そのため、これまで調節してもあまり違いを体感できないという声も少なくなかったDCCDについても(たしかに筆者も一般走行では感じ取りにくいかなと思っていたが……)、新しいWRX STIでは、高速道路でレーンチェンジしただけでも体感できるほどになっていた。
一般道のちょっとしたワインディングでこれほど従来との走りの違いを体感できたのだから、おそらくこのクルマがより本領を発揮するであろうクローズドコースを走ると、もっと明確に違い感じ取ることができるはず。その機会を楽しみにして待ちたいと思う。
ワインディングを走っただけでもその差は明瞭 |
ちなみに開発陣によると、従来よりもヨー共振周波数(=ヨーイングを素早く発生させ、安定させる性能)については大きく高めているが、ステアリングのゲイン(=入力には対する出力の大きさ)はむしろ低めたという。
ようするに従来の味付けは、切ったらパッと曲がる感覚こそあるものの、いわば小手先で回頭性のよさを演出していたというべきものだった。クルマ自体のヨー応答には前記のような遅れがある上、さらに横Gが発生するまでタイムラグがあったため、いわゆる「一体感」という意味では、あまり高くなかったわけだ。そのあたり今回のマイナーチェンジで一体感が大幅に向上し、切ったら、切ったとおりに、切った分だけ曲がり、そのままキレイに狙ったラインをトレースしていく印象になった。
直進時の印象について、これまでも直進性自体はそこそこ高く保たれていたが、そこにある「質」が違う。これまでは中立付近をゆるく、つまりシビアではなくすることで、帳尻が合って直進している印象だったが、新しいWRX STIはそのアソビがなく、クルマ自体が持つ素性として、ビシッとまっすぐ走るという感じの走りになった。
この走りを実現したことのトレードオフとして、路面の小段差や継ぎ目を越えたときなどにゴンと来るハーシュネス(=路面からの前後力の入力による衝撃音をともなった振動)については、やや増しているが、とは言ってもそれほど不快というほどでもなかった。というか、WRX STIに乗ろうというのに、多少のハーシュネスには目を瞑ってよいと思う。むしろハンドリングの劇的な変化を喜ぶべきだろう。
直進安定性も向上していた | ハーシュネスは若干大きくなっているものの、スポーツカーとしては許容範囲 |
WRX STIには2.0リッターのターボエンジンが搭載される |
今回、パワートレーンに変更はないが、印象的な速さは相変わらず。WRX STIと名の付くモデルは、海外向けは2.5リッターのシングルスクロールターボが主体で、日本仕様だけに、2リッターのツインスクロールターボエンジンが搭載されているが、スペックはダントツで上。乗ると、あえてこのエンジンが積まれていることに、あらためて感謝したくなる。過給が十分でない状況ではトルクの薄さを感じることもあるが、踏み込んだときの、強烈に盛り上がるエキサイティングな加速フィールはたまらない。
このような感じで、セダンのWRX STIの追加を心から歓迎したく、また期待を超えるマイナーチェンジでもあった。大げさではなく本当に、マイナーチェンジでここまでやるか!? と感じたというのが本心である。「走り」に対する昔ながらの価値観を持ち込んだかもしれないが、WRX STIはこれでよいと思う。おそらく今回のマイナーチェンジで、もっとも従来と変わったのは、技術の進化などハード面ではなく、WRX STIかくあるべしという開発陣の「割り切り」といったソフト面だったのではないかと思う。
さらに、A-Lineと味付けが差別化されたことで、MTのWRX STIは、よりピュアに走行性能に特化することができたのではないかと思う。そのA-Lineも、想定されるユーザー層にとって、より好ましい方向にアレンジされていたことを、次の機会にお伝えしたいと思う。
2010年 8月 6日