【インプレッション・リポート】
シトロエン「DS3」「C3」

Text by 武田公実


 昨年秋のフランクフルト・モーターショーにて同時発表された、シトロエンの新型「C3」と、まったくのブランニュー・モデルたる「DS3」。

 C3は、シトロエンのBセグメントを担当する5ドアハッチで、今回で2世代目になる。一方のDS3は、シトロエンが「新たに立ち上げた別レーベル」と自称するDSシリーズトップバッターとして誕生したモデル。日本には今なお数多く存在すると言われる潜在的シトロエンファンにとっては、非常に気になるに違いない、この2モデルの国内正規輸入が、いよいよスタートすることになった。

 エンジンはC3、C3プレミアム、そしてDS3の基本モデルたる「Chic」(シック)ともに1.6リッター直列4気筒DOHC自然吸気ユニットを搭載。最新のプジョーや、さらにはBMWミニとも基本を一にする88kw(120PS)のエンジンには、コンベンショナルなトルクコンバーター式4速ATが組み合わせられる。

 またDS3には、115kw(156PS)を発生する直噴ツインスクロールターボエンジンに6速MTが組み合わせられる「Sport Chic」(スポーツシック)が、あくまで受注生産モデルではあるが用意されることになっている。

 発表直後から既にこのC3/DS3は、EU圏内はもちろん日本国内でも大きな反響を得ているとのことだが、現代シトロエンの趨勢を占う意味でも、この2モデルのデキは注目に値すると言えるだろう。

癒し系の真骨頂
 まずは、この2モデルの基本とも言うべきC3から、リポートさせていただくこととしよう。

 新型C3最大の特徴は、ドライバーとパッセンジャーの頭上まで届くフロントウインドー。「ビジオドライブ」なるコンセプトに基づき、フロントウインドーと一体化したグラスルーフ「ゼニス フロントウインドー」を採用している。

 C4ピカソで初めて導入されたこのグラスルーフは、新型C3ではルーフの後半部までカバー。室内はさらなる開放感と明るさを獲得した。またC4ピカソと同様に、前端に小型の可動式サンバイザーが組み込まれた大型サンシェードを持つのだが、このサンシェードを引き出せば、普通のウインドースクリーンを持つクルマとまったく変わらないインテリアとなる。

ゼニス フロントウインドーサンシェードを引き出せば(右)、普通のクルマのウインドーと同じになる

 そしてシトロエンと言えば、古来より必ずと言ってよいほど引き合いに出されるシートについても言及しておこう。一見したところ座面およびシートバックもともに平板で、クッションも薄く感じられるのだが、実際に座ってみると実に快適。クッションは当たりが柔らかいがしっかりとコシがあり、これなら長時間のドライブでも4人の乗員が等しく快適に過ごせるものと思われる。このあたりは、シトロエンが長らく築いてきたよき伝統を受け継いでいると言えるだろう。

C3の前席(左)と後席

 

 そしてその印象は、エンジンを始動し、スタートさせても変わることはなかった。初代C3に比べると、外観から受ける印象では、プレミアム感とは引き換えに“癒し系”ぶりをいささか抑え気味にしたかのようにも感じられたのだが、実際にドライブさせてみると先代以上に癒し系、あるいは“シトロエン的”とも言うべき車に仕上がっていたのだ。

 同じPSAグループに属するプジョー各モデルやBMWミニにも搭載される1.6リッターユニットは、実用エンジンとしてキッチリと作られた感が強く、トルクフルでスムーズ。回転の上昇に従って、ノイズが過大になることなども無いものの、例えばサウンドやレスポンスなどでドライバーを鼓舞するタイプのユニットではないようだ。ただし、これはエンジンの存在感をことさらに強調して来なかった、歴代シトロエンの伝統に相応しいという好意的な見方もできる。

 また、トルコン式ATでも多段化が進行する現在のトレンドから見れば、いささか前時代的とも見られがちな4速ATについては、シフトタイミングが巧妙でシフトアップ&ダウンともにスムーズ。しかも、低・中速トルクの豊かなエンジン特性との組み合わせで、街中でのドライブで痛痒を感じることなどなかった。むしろ、せわしなく変速することのない分、ゆったりしたドライブマナーが味わえるのも事実。一部のCVTにあるようなベルトの作動音が聞こえることも無い。ただし、高速道路ではどうしても高回転を多用しがちなことから、燃費の点では若干ながらでも不利になる可能性も否定できまい。

 そしてシャシーの仕立てに関しても、新型C3はシトロエンに求められる資質を充分にこなしているように感じられた。先代のC3は、長閑なアピアランスから想像するよりは、かなり硬めの乗り味を示す車だったのだが、基本的には同じフロアパンを継承しているにもかかわらず、新型C3は格段にソフトな乗り味を取り戻していたのだ。また、ホイールベースが短いにもかかわらず、ピッチングを感じるようなことはほとんどなく、サスペンションやダンパーが上手くチューニングされていることをうかがわせる。

 走り出してしばらくの間は、なんでもない車かと思ってしまうのだが、乗っているうちに、そのよさが「染みいる」ように分かってくる。同じシトロエンでも、歴代のハイドロ・ニューマティック採用モデルのごとく、一瞬にして魔法に掛けられてしまうような分かりやすい魅力ではなく、日常の中でジックリと付き合っていくことによって次第によきパートナーとなってゆく。自動車の世界にも“癒し系”を自認するモデルは非常に多いのだが、シトロエンC3は伝統に裏付けられた、ホンモノの“癒し系”のようである。

新生DSレーベルの先駆けを試す
 続いて、DS3 シックにも乗ってみることにしたい。

 このシリーズの精神的オリジンとなったシトロエン「DS」とは、1955年の「DS19」に端を発し、1975年の「DS23」まで20年もの長きにわたって生産された車。「当時としては」というエクスキューズではなく、現代の目で見ても驚くべきハイドロ・ニューマティック技術を満載。しかも、彫刻などの造形美術の世界でも名を馳せたフラミニオ・ベルトーニがデザインしたボディーデザインの魅力も相まって、自動車史に燦然と輝くビッグネームとなっている。

 元より昨今のシトロエンは、レトロ調デザインを最も巧みに生かしてきたメーカーの一つである。例えば現行のフラッグシップ「C6」は1975年デビューの「CX」を現代に翻訳したようなスタイリングを与えられているし、先代C3では、そのアーチ状のルーフラインのモチーフを同社の歴史的アイコン「2CV」に求めていたことを明確に示してもいた。

 ところがDS3は、いわゆるオマージュ的レトロ車とは一線を画し、「アンチレトロ」という挑戦的なスローガンを声高に叫んでいる。とはいえ、これはあくまでエクステリア&インテリアのデザインモチーフの安直な流用を避けていることを意味しているようだ。かつてのDS シリーズほどではないにせよ、DS3のスタイリングは、Bセグメントのハッチバックとしては、かなりアヴァンギャルドなもの。つまり、DS生来のスピリットは、DS3にも確実に継承されているように感じられるのだ。

 メーカー側のコメントでは、DS3の外観上に於ける最大のハイライトとされる「フローティングルーフ」のみが、唯一、かつてのDSのモチーフが引用されていた項目であると説明されている。しかし、現車を前にフロントマスクを見てみると、C3と共通のはずのヘッドライトが、どことなくかつての後期型DS/IDシリーズに採用されていた4灯式(いわゆる“ネコ目”スタイルのもの)を思わせるものとなっていることが分かる。

 またDS3は、「ビークルパーソナリゼーション」なるフルチョイスシステムを採用し、ボディーカラーおよびルーフ&ドアミラーカラーなどで異なる2トーンカラーを組み合わせ、自分だけのDS3を創り上げるシステムを採用しているのだが、その仕立ての中にはかなりアヴァンギャルドなものも含まれている。この前衛性もまた、DSの名が生来持つスピリットと感じられるのだ。

 走り出してまず感じるのは、C3に比べて格段に静かなこと。フロント側のスカットル周辺やフロアの遮音が念入りにされているのか、アクセルをかなり深めに踏み込んでも、エンジンノイズの侵入はかなり抑えられている。これは新生DSシリーズのプレミアム性を俄然高めてくれる長所と断じてよいだろう。

 C3譲りの優しい乗り味や、同じくエンジンやドライブトレーンに依存しないことなどには、シトロエン的なフィロソフィーが今なお息づいていると思われる。しかし、古いタイプの車好きである筆者は、自動車の評価軸にどうしてもスポーティさを求めてしまうのだが、このシトロエンDS3は、車という乗り物の魅力がそれだけではないことを教えてくれるのだ。

 しかし、もう1台のDS3、スポーツシックは、そんなアナクロな筆者も充分以上に満足させてくれる車となっていた。

黒でスポーティーにまとめられたDS3の室内「シック」のトランスミッションは4速AT

 

過激なアヴァンギャルド
 近年のフランスでは、家庭用ゲームなどの影響もあってWRC(世界ラリー選手権)が高い人気を博しているという。中でもシトロエンは、セバスチャン・ロウブとのコンビでWRCに於ける最強のコンテンダーとして君臨している。そして、シトロエンDS3でもターボモデルであるスポーツシックに乗ると、WRC参戦の経験が生かされていると思われるのだ。

 1.6リッター+ターボで165PSと言えば、パワーウォーズ真っ只中の現代ではさほど驚くべきパワーではないのだが、スムーズな回転フィールとトルクフルなエンジン特性のため、実質的なスピード感は充分以上と言えるレベルに達しており、コクコクッと決まる6速MTと相まって、非常にリズミカルなスポーツドライブが楽しめる。

 ハンドリングはクイックで乗り味も若干ハードなのだが、やはりそこはシトロエン。サスペンションのストローク感も豊富な上に、ダンパーの効きもしっかりしたものゆえに、ボディー剛性の高さも相まって、不快なハーシュネスを感じさせられるような状況は、少なくともアスファルト上を走っている限りは皆無であった。

 ライバルと目されるミニ・クーパー/クーパーSや、アルファロメオ ミト、そしてアバルト・プント/500あたりと同じ俎上に乗せても、走りの実力やドライビングプレジャーでは決して負けていないと思われる。

 ただライバルたちのごとく、往時の栄光を偲ばせるレトロ調のスタイルや分かりやすい記号性は無いことから、少しでも早く新生DSシリーズのブランドイメージを確立する必要があるのは自明の理。それはシトロエン自身が最もよく理解しているようで、来る2011年シーズンからはWRCの新レギュレーションのもと、1.6リッターターボエンジンを搭載するDS3のワークスエントリーが既に決定しており、この車のみならずDSレーベル全体のイメージリーダーとなるのは間違いないと言えよう。

2010年 8月 27日