【インプレッション・リポート】
メルセデス・ベンツ「SLS AMG E-CELL」

Text by 河村康彦


 「EV」と聞けば“エコカー”をイメージするのは、日本ではもはや常識だ。けれども、欧米プレミアム・ブランドの間ではどうやら昨今、「EVの、もうひとつのムーブメント」が立ち上がろうとしているようだ。

 アウディが「e-tron」、テスラ・モーターズが「ロードスター」というスーパースポーツEVを、すでにそれぞれ発表済み。さらに最近になってあのポルシェもが、「将来、エレクトリック・スポーツカーを販売する」と正式に発表を行った。

 それらは、今の日本で話題となっている三菱「i-MiEV」や日産「リーフ」といった、実用本位でエコロジー・イメージが強くアピールされるEVとは、明らかに狙いも価値観も異なるもの。確かに、エコロジー・イメージのアップには配慮はするものの、卓越した走行性能を備える高価な高級スポーツカーならではの付加価値を、EV化によってさらに高めようというのが共通する戦略であるようだ。

エコだけどスーパースポーツ
 2009年のフランクフルト・モーターショーで披露され、最近日本へも上陸の報が聞かれたメルセデス・ベンツ「SLS AMG」。ガルウイング式ドアが目を引き、「AMGが初めて企画・開発からをオリジナルで成し遂げた」と謳われる、AMGブランドのイメージ・リーダーカーでもあるこのモデルには、当初から前出モデルたちと同様の狙いを持つ、EVバージョンも加えられることが公にされて来た。

 EVを示す「E-CELL」の文字が、車名最後に付け加えられたここに紹介するモデルこそが、そんな“電動のSLS AMG”だ。ちなみに、この先数年内に発売予定というこのモデルの場合、現時点では走行可能な車両は鮮やかな蛍光イエロー色に彩られたこの1台のみとのこと。そんな貴重なプロトタイプを用いての国際試乗会が、ノルウェーで開催された。

 実はノルウェーというのは、先進諸国の中では唯一、国内電力需要のほぼ100%を水力発電によって賄うというクリーンエネルギー供給国。そんな水力発電をはじめ、風力や太陽光・熱など発電時にCO2を排出しない電力を用いれば、それによって走るEVも名目上はCO2フリーが実現するわけだ。

 そう、大出力を発するモーターを積み込んだEVも、そうした自然エネルギーで起こした電力のみを充電するという前提に基づく限り、いかに大量の電力を消費しようとも「CO2を排出しないエコカー」という金看板を謳うことができる。

 これこそが実用本位のEVとはまた異なる、スーパースポーツEVが注目をされる大きな理由であるはずだ。今の時代、ガソリン・エンジンの500PSカーはアピールしづらくても、電気モーターが発する533PSならば社会は受け入れてくれるはず――このモデルの開発陣にも、そうした打算が全く無かったと言ったら、きっとそれはウソになるだろう。

SLS AMG E-CELLの透視図。モーターを4基積むが、バネ下重量の増加を嫌ってインホイールではなく車体側に搭載。リダクションギアを介して1基が1輪ずつ駆動するベースのSLS AMG(上)との比較。バッテリーはコックピット前後とセンタートンネルに搭載する

 

エンジン車にないシャープさ
 E-CELLのエクステリアはワイド化をされたフロントグリル、空気抵抗の低減を意図してフラッシュサーフェス化をされたホイール、さらにはLEDヘッドライトの採用といった軽い専用ドレスアップが図られている。

 一方、インテリアはガソリン・バージョンからの差別化が多少は濃厚で、TFTディスプレイが採用され、そこにエンジン回転数に代わりモーターへの電力供給/回生状況などを映し出すメーターや、バッテリーへの電力収支の情報などを表示する異型の大型センターディスプレイなどが目を引くことになる。

 ステアリング・ホイールにはガソリン・バージョン同様のシフトパドルが用意されているが、トランスミッションを持たないこのモデルの場合、その役割は「エンジンブレーキ力に相当する回生力の度合いを、任意に選択するスイッチ」というもの。右パドルの操作で回生力が弱くなり、左パドルの操作では回生力が強くなるという、なかなかのアイディアものだ。

 そんなE-CELLのフル加速はさすがに俊敏、かつベース車両のガソリン・バージョンとは大きくフィーリングを違えるものだった。

 アイドリング状態からある程度回転数が高まったところでようやく本領を発揮するガソリン・エンジンとは異なり、電気モーターは実は「回転数が低いほどに発生トルクが大きい」という特性を持つ。トータルで533PSとなる4基のモーターが各輪を駆動する、4WDデザインを備えるE-CELLの発進加速は、前述のようなモーターの特性もあって、スタートの瞬間からすこぶる強力で、しかもガソリン・バージョンのように事前のエンジン音の高まりというものが無いので、ちょっと異次元の感覚を味わわされることになるのだ。

 航続距離の延長を優先させたモードや、出力優先モードなどを選択可能だが、やはり“らしく”走らせることができるのは「0-100km/h加速が約4秒、最高速は250km/hに達する」という後者を選択した場合。発進加速だけではなく、中間加速シーンでもアクセルペダルの、コンマ数mmという動きに即応して現れる感覚の、出力レスポンスのシャープさは、エンジン車では到底考えられないものでもある。

 全くの無音状態からスタートの後も、エンジン音が無いので静粛性の高さは圧倒的! と言いたいのだが、実は速度が高まるに連れて加速度的に大きくなるロードノイズと、風切り音が気になった。ガソリン・バージョンであれば「ダイナミックな排気サウンド」に掻き消されるところかも知れないが、EVで“心地よいスポーツサウンド”を演出するのはなかなか難しそうだ。

課題もあるが、仕上がりに期待できる
 クローズドコースでトライをしたハードなコーナリングで、ロール挙動を殆ど感じなかったかったのは、「リチウムイオン・バッテリーと4基のモーターを可能な限り低い位置に配した」という低重心設計が功を奏している可能性が大。一方で、ガソリン・バージョンより200kgほど増したという重量ゆえ、切り返しの際の身軽さはやや見劣りする印象だ。

 車線の狭い公道上でのテストドライブで終始気になったのは、ステアリングの中立位置がはっきりせず、常に修正舵が必要であった点。もっとも、そんな仕上がりをAMGがよしとしているはずはない。前述サウンドも含め、このあたりは市販化までに大改良が施されるに違いない。

 迫力のエキゾーストサウンドと共に豪快に加速、というのは、もちろんスーパースポーツカーを操る大きな醍醐味だ。しかも、AMGというのは自らの礎とも言えるV型8気筒エンジンに強い拘りを持ち、それが発する独特の排気音をアイデンティティのひとつとしても来たブランドだ。

 だからこそ、そんなブランドが手掛けた“無音のスーパースポーツ”は、なおさらに興味の募る一品。果たして、今回のプロトタイプを叩き台にどのような仕上がりを示すことになるのか、2013年と予告されている市販バージョンの登場がいよいよ楽しみだ。

2010年 9月 24日