【インプレッション・リポート】
ボルボ「XC60 T-5」

Text by 武田公実


ダウンサイジング時代のT5
 2009年から日本上陸を果たしていたボルボXC60に、実に興味をそそられるニューカマーが追加された。

 これまでのXC60は、直列6気筒DOHC 3リッター+ターボエンジンで、6速トルコン式ATを介して4輪を駆動する「T6 SE AWD」と、同モデルのスポーティ・ドレスアップ版である「T6 R-DESIGN」がラインアップされていたが、このたびベーシックグレードに当たる「XC60 T5 SE」が誕生したのだ。

 「T5」と言えば、初代「V70」以来の5気筒ターボモデルに付けられてきた、高性能ボルボ独自のネーミング。そして今回のXC60 T5 SEには、ボルボのガソリンエンジンの主力として、長く親しまれた2.5リッター直列5気筒の後継にあたる新型エンジンが搭載されているのだが、それは5気筒ではなく、新しい直噴2リッター直列4気筒ガソリンターボ「GDTi」エンジンなのだ。これまでの命名法ではターボの「T」に気筒数を組み合わせていたが、今後のボルボは気筒数にはこだわらず、あくまでパフォーマンスの指標として命名されることになったという。

 この「GDTi」エンジンは、フォード・モンデオなどに搭載される「エコブースト」ユニットと基本設計を一にするもの。現代のダウンサイジングトレンドに合わせて、排気量はこれまでの常識からすれば比較的小さめな2リッターとされるが、世界初の鋼板製タービンハウジング一体型マニホールドを採用したターボチャージャーによって、最大出力149kW(203PS)/6000rpm、最大トルク300Nm(30.6kgm)/1750-4000rpm(オーバーブーストモードでは、さらに32.6kgmまで高められる)というパフォーマンスと、ボッシュ製直噴インジェクションによって、優秀な走行性能を獲得している。

 また1790kgというヘビー級のウェイトながら、XC60シリーズでは初採用となる6速デュアルクラッチATの「パワーシフト」に、標準装着のブレーキエネルギー回生システムの効果も相まって、10・15モード燃費で10.2km/L、JC08モード燃費では10km/Lを実現。平成22年度燃費基準+15%を達成しているとのことである。

優れた実用SUV
 意外に感じられるかもしれないが、実はボルボXC60シリーズは、ヨーロッパをはじめとする世界市場における現行ボルボのベストセラーとのこと。日本市場でも「V50」「S40」に次ぐ、第3位にランクされるという。

 XC60は2009年夏に発売されたクロスオーバーSUV。クーペとSUVのスタイルを融合した4625×1890×1715mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2775mmのボディーに、横置きエンジンによるAWDシステムを搭載。フルサイズSUVの「XC90」、および「V70」のクロスカントリー版「XC70」に次ぐ、現行ボルボXCシリーズのロワーモデルではあるが、絶対的には決して安価なモデルではない。しかも、これまでわが国では600万円クラスに属する3リッター直6ターボという高価格モデルしかラインアップされていなかったことを考慮すれば、この人気ぶりは充分驚きに値すると言えるだろう。

 そしてこのたび、XC60シリーズに加わったT5 SEは、499万円という、かなり戦略的なプライスタグが提げられている。このリーズナブルな価格を可能としたのは、T5 SEが、XC60シリーズでは初の試みとなるFWD車であることだろう。これは、プジョー「3008」やBMW「X1 s-Drive18i」など、SUVでありながらもオフロード走行をあまり意識しない2輪駆動という昨今のトレンドに従ったものだが、それでも現代のトラクションコントロール技術をもってすれば、例えば雪道走行などでもスタビリティ不足を感じることはほとんどないだろう。また、200mmというクラス随一のロードクリアランスの効用で、ちょっとした段差など造作も無く乗り越えられる。

 これだけ重心高が高く、しかも1790kgという堂々たる体躯を誇る割には、ハンドリングも実にリーズナブル。もちろん強めのアンダーは出るのだが、ロールの出方がスムーズで、コーナーをちょっと速めのペースでドライブさせても、怖さを感じさせないのだ。これは、「850」以来高い評価を得てきたボルボ製FWDの美風を、そのまま継承しているように思える。

 また、SUVでハンドリングを両立させようとすると、ともすればスプリングやダンパーのセッティングを硬めにしがちな傾向があるのだが、この車では充分にソフトで重厚な乗り味を示しているのも特徴と言えるだろう。標準指定されるタイヤが、ピレリPゼロ・ロッソという完全なロード用夏タイヤということもあって、ロードノイズも少なく、乗り心地は静粛かつ重厚なものとなっている。

タイヤは235/60 R18のピレリPゼロ・ロッソ4気筒直噴ターボエンジン

 

 最新の実用車としての優れた資質は、パワーユニットについても感じられた。同じXC60でも、T6 SEの横置き直列6気筒ツインターボユニットは、いかにもストレート6らしい快音とともにスムーズに吹け上がり、スポーティな官能性をアピールしてくる。また、従来ボルボの主力だった5気筒ユニットも、実に個性的なフィールとサウンドで楽しませてくれたのだが、こちらの直列4気筒直噴ターボユニットは、あくまで実直な印象に終始するのだ。

 吹け上がりはスムーズだが、もとよりスポーティな快感を意識したものではない。低回転域から骨太なトルクを、回転の上昇に従ってキッチリと上乗せしていくタイプのエンジンと言えるだろう。エキゾーストサウンドも特に言うべきものでもないが、遮音性が高いので不快な騒音の侵入は最小限に抑えられる。また、最新の過給機付実用ユニットの例にもれず、ターボラグを体感することもほとんど無い。

 このエンジンは、税制区分が排気量2リッターを境に分かれる日本などに先行投入。その後、世界各国で発売される計画とのことだが、できばえを見れば、近い将来これがボルボの主力ユニットとなることは容易に想像される。

 一方、XC60 T5 SEのもう1つの新機軸、 6速デュアルクラッチATの「パワーシフト」は、V50/S40/C30などですでに充分な実績があるユニット。通常走行時のシフトアップ/ダウンはまるでトルコン式ATのようにスムーズだが、その一方でレスポンスについては、アップ/ダウンともにかなり控えめな印象。例えばVW/アウディのDSGのごとく、電光石火の変速スピードにこだわるよりは、むしろトルコンATの代替えとなるような、スムーズな変速マナーを最重要視しているかに感じられる。

 また急勾配の坂道発進や、微速での前進・後退を繰り返すという、ちょっと意地悪な実験もさせていただいたのだが、試乗期間中に不具合を感じることは最後まで無かった。

 このパワーシフトは、独ゲトラグとの共同開発によるもので、開発段階からトルコンATから乗り換えても違和感のない自然な感触を目指したというが、それでも従来の6速ATを流用するのでなく、手の込んだDCTをわざわざ採用してきたのは、やはり現代のトレンドたる燃費向上のためだろう。

ボルボ特有の幸福感を継承
 プレミアム・コンパクトSUVのマーケットでは必然的にライバルとなるBMW「X3」やアウディ「Q5」が、明確なスポーツ性を打ち出してきているのに対して、XC60、特に今回のT5 SEは、実用車としての本分、さらに言ってしまえばボルボとしての本分を忠実に守っている。ボディーデザインこそ流麗でスポーティなクーペスタイルを選んでいるものの、これはいかにもボルボらしい、実に真っ当な実用SUVなのである。

 また、ベーシックグレードでありながらもシートは本革が贅沢に奢られるほか、そのほかの快適装備も上級の6気筒モデルに対してほとんど遜色がない。中でも、市街地や渋滞中の低速追突を低減できる自動ブレーキシステム「シティ・セーフティ」や車線からの逸脱を警告する「レーン・デパーチャー・ワーニング」などの安全装備についてまったく手を抜かれていないのも、実にボルボ的と言えるだろう。

 1990年代後半の日本では、ボルボ850/V70エステートワゴンと、ゴールデンレトリーバー犬の組み合わせが、裕福で幸福なファミリーのシンボルのように受け止められていたことをご記憶の向きも多いだろう。時代は違えども、ボルボの本分を最も魅力的な形で体現しているT5の追加によって、XC60はボルボ持ち前の幸福なイメージを、いま1度再燃させるような気がしているのだ。


2010年 9月 21日