【インプレッション・リポート】 メルセデス・ベンツの最新シミュレーターや試作車に独本国で試乗 |
メルセデス・ベンツというブランドが、来年創立125周年を迎える。日本のイメージからすると、そんな”125”という数字は何となく半端な印象が伴うもの。が、クォーター(1/4)を一区切りとするのが一般的な欧米だけに、恐らくこのブランドは来年、大々的な催しを企てるだろう。
いずれにしても、日本のあらゆるメーカーを大きく凌ぐ歴史と伝統が、このブランドをこれまで育て、そして今もその布石になっていることは間違いない。125年というのは、それだけの重みを持つ時間なのだ。
■メルセデス・ベンツの最新技術を知る「テック・デイ」
実際、そうした“一世紀+四半期”という時が経過をする間に、「自動車を発明した」と自負するこのブランドはおよそ8万件に及ぶパテントを申請をしてきたと言う。無論、新技術の開発に対する意欲的な姿勢は昨今になっても決して緩むことはなく、例えばそんなパテント申請の勢いは2009年だけでも、実に2000件を超えるに至っていると言う。
そうして開発されたテクノロジーを、現実のモノとなった段階で披露するパターンで開催されることが多かったのが、これまでこのブランドが不定期で開催して来た「テック・デイ」という技術イベント。
が、今回のこのイベントで取り上げられたネタというのは、もう少し近未来を見据えたものだった。その内容の骨子はというと……
- ジュネーブショーで披露されたコンセプトカー「F800」の詳細披露
- 次期Bクラスに採用予定の「レーダーコントロール式ブレーキアシストシステム」及び、次期Sクラスに採用予定のカメラを用いたサスペンション制御メカ「マジック・ボディ・コントロールシステム」の技術発表
- 工場が位置するジンデルフィンゲン地区にある技術センターの、大規模拡張プロジェクトの一端としての、5つのシミュレーターを一堂に会したシミュレーション・センターの披露
……などなど、といったもの。
コンセプトカー「F800」 |
■Sクラスハイブリッドをはじめ、次世代技術が続々
F800は今年のジュネーブ・ショーに出展されたコンセプトカーで、300HPを発する3.5リッター・エンジンを搭載するプラグイン・ハイブリッド式と、136HPを発する燃料電池を搭載するハイブリッド式の2タイプを提唱している。
今回、同乗試乗に供されたのは前者のモデル。現在のメルセデス・ベンツ車が搭載をするマルチメディア・コントローラー「COMANDO」システムを発展させた、手の動きが透けて見え、表示メニューを指が遮ることのないユニークな「Cam-Touch-Pad」(カム・タッチパッド)などが実際に機能することを確認できた。
F800にはプラグインハイブリッドと燃料電池があるが、試乗できたのは前者 | ||
Cam-Touch-Padはセンターコンソールのパッド上の手の動きをカメラで撮影し、上部のディスプレイにその動きをリアルタイムで表示するインターフェイス。通常のタッチパッド付きディスプレイのように、手がディスプレイを覆い隠すことがない |
そんなF800は前述のように同乗試乗に留まったが、これと同様のパワーパックを搭載したSクラスのハイブリッド車を実際にドライブすることができた。
このモデルの動力性能は、「EVモード」時の静かで滑らかな加速感に加え、そこにエンジンパワーが上乗せされた「フル加速モード」の逞しさが印象に残るもの。「1モーター方式で構造がシンプルなため、コスト的にも有利」という同乗エンジニア氏のコメントとともに、欧州のハイブリッド・モデルが決して“走り”のポテンシャルは犠牲にしないという強い信念を持っているのを、改めて教えられることにもなった。
Sクラス プラグインハイブリッド |
また、このモデルとは別に、次期Sクラスに搭載予定という「トラフィックジャム・アシスト」なる名称を与えられた、低速域での前車追従モード付きのクルーズコントロール装着試験車もテストドライブ。
これは、前車の動きに合わせて加速/減速をコントロールするのみならず、進行方向を判断してステアリング操作もサポートするというのが大きな特徴。現状では、オリジナル・システムの油圧式をオーバーライドする形で補助する電動パワーステアリングのフィーリングにまだ課題を残していたが、このあたりをどう克服するかも含めて、注目に値するテクノロジーという印象だ。
停車中に後方から急接近をするクルマの動きを捉え、追突される寸前にブレーキ圧を高めて前方への2次衝突を回避するレーダーコントロール式のブレーキ・アシストと、前方を注視するカメラで微細な路面凹凸を捉え、その情報によって事前にアクティブ・サスペンションを制御する「マジック・ボディ・コントロールシステム」も、いずれも次期Sクラスでの採用が予想されるテクノロジー。今回は技術発表に留まってその体験はならなかったが、これらもリアルワールドでの効用が大いに期待できるアイテムと言える。
■技術開発に貢献するシミュレーター
これらの“試乗ネタ”とはまた別に、今回大いに興味をそそられたのが、「総工費1億6000万ユーロに達する、現在進行中の5年計画の技術センター拡張事業の中で中核を成す、新しいドライビング・シミュレーターの完成」というニュース。
なぜならば、このブランドではすでに今を遡ること25年も前に、「自動車メーカーとしてはほかに例を見ない大規模なドライヒング・シミュレーターを自社開発」と伝え聞いていた。それをこの期に及んでリニューアルしたからには、それ相応の理由があるはずだからだ。
本拠地シュツットガルトから遠く離れたベルリンの、ダイムラー・ベンツ(当時)研究センター。この地で1985年から稼動してきたのが、前述の第1世代のドライビング・シミュレーター。シミュレーターとは言っても、それは自動車教習所や免許試験場に置かれているような“子供騙し”のものとはワケが違う。何しろ、そのドーム内には実際のメルセデス・ベンツ車がそっくり丸ごと入ってしまうのだ。今から25年も前の設備としては、それはやはり画期的なものだったに違いない。
6本の油圧制御式の脚で支えられ、館内に映し出される映像に合わせて現実のシーンを模した動きが再現されるこの設備を用いて、このメーカーは「特定のシーンで人間(ドライバー)はどのように行動するのか」を徹底的に調べ上げたと言う。
例えば、その結果から実車採用に至ったと説明される代表的なアイテムが、緊急時に不足したブレーキペダル踏力をサポートする「BAS」(ブレーキ・アシスト)。同シミュレーターを用いての検証の結果、「多くの人は、フルブレーキが必要なシーンになっても十分なペダル踏力を発生させることができない」ことが判明。BASは、そうした“現実”から採用が決定された安全装備であるというわけだ。
■実車同様の移動感
かくして、これらの技術開発に大きく貢献した初代のシミュレーターに比べると、新型で大きくアップデートされた部分というのは、そのドーム内に映し出される映像の鮮明さと、動きのリアリティの高さに代表をされるようだ。
残念ながら、従来型シミュレーターを体験した経験はないものの、今回新型を“試乗”してみると、ドーム内に持ち込まれたCクラスのドライバーズ・シートから目にする周囲360度に映し出される映像というのが、(写真で目にした経験のある)従来型シミュレーターでの映像とは比べ物にならない解像度であることを実感した。
と同時に、アウトバーンの走行シミュレーション中にステアリングを操作すると、まさに実車同様の挙動による横移動感が得られることにも感心した。
高速走行中のそんな動きを再現するためには、瞬間的に非常に大きなパワーが必要であるに違いない。「動力源にはICE(ドイツの新幹線)2編成分のパワーを持つリニアモーターを採用」という解説のフレーズも、なるほどと説得力を持つものだ。
今回は70km/h、120km/h、170km/hと3つの速度レンジでのアウトバーン上でのレーンチェンジを体験したが、驚かされたのは、このシミュレーター上で足回り開発初期のモデルと、後期のモデルを比較検討することも可能という点。すなわち、「車両操安性のそのものの開発にもシミュレーターが使用できる」というのは、恐らくは従来型では成し得なかった事柄であろう。このあたりも、最新機器ゆえの高度な機能ということであるはずだ。
■日独のシミュレーターの違い
実は、日本のトップメーカーであるトヨタ自動車も、同社の東富士試験場内にやはり実車をそのままドーム内に固定してテストを行える大型シミュレーターを、2007年から稼動させている。
球状ドームの直径が、メルセデスの7.5mに対して7.1m。映像を投影するスクリーンは双方360度。ドームを動揺させるための油圧シリンダーは共に6軸と、このあたりまでは似通ったスペックながらも、車両を載せたターンテーブルの回転角はメルセデスの90度に対してトヨタが330度、最大加速度は10m/sec2に対して4.9m/sec2。水平方向への最高速度は10m/secに対して6.1m/secと差がある点が見逃せない。
また、水平移動は1方向のみに可能で、それを横方向に用いることで主にコーナリング時の挙動の再現性に重きを置くメルセデスに対して、縦横自由に動けるトヨタのシミュレーターは加減速挙動も重視していることが伺える。
すなわち、全般に「アウトバーンをはじめとした高速走行中の挙動再現性に重きを置いたメルセデスに対し、街中での右左折や加減速挙動の再現性に重きを置いたトヨタ」と読み取ることもできそう。やはりこれは、お国柄の違いということであろうか?
もう1点、エアバッグの誤作動をチェックするための段差落下のテスト走行などを、ロボットを用いた自動運転で肩代わりさせる方針をすでに打ち出しているメルセデスでは、このシミュレーターを「テストドライバーを危険な実走行から遠ざける」という目的で用いることも検討しているようだ。
実際、今回体験した170km/hでの激しいレーンチェンジなどは、熟練したテストドライバーでも相応のリスクを伴うもの。シミュレーターは、もはや車両開発に密接に影響をする“最新兵器”の1つというわけなのだ。
かつて提唱をしていた「最善か無か」というキャッチコピーを再び前面に打ち出し始めたメルセデス・ベンツ。どうやら、そうした自信の背景には、こうして着々と進められる研究・開発への投資という裏打ちもあるようだ。
2010年 12月 6日