【インプレッション・リポート】
アバルト「プント エヴォ」&「500」

Text by 武田公実


 

 2007年に奇跡の復活を遂げ、世界のエンスージアストを驚喜させたアバルト。2009年春には日本でもディーラーネットワークが開設され、もとよりファンの多いわが国でも着実な成功を収めてきているのはご存知のとおりである。

 そんなアバルトが、昨年後半から今年春にかけて発表してきた2台のニューカマーが、このほど同時に日本上陸を果たすことになった。アバルト「プント エヴォ」と、アバルト「500C」である。


アバルト プント エヴォ

あらゆる点でグレードアップしたプント エヴォ
 アバルト プント エヴォは、先代アバルト グランデプントのベースとなっていたフィアット「グランデプント」が「プント エヴォ」に大規模な進化を遂げたことに伴って誕生したモデル。フィアット グランデプントが“エヴォ化”したことで長足の進化を遂げたのと同じく、アバルト プント エヴォも単なるマイナーチェンジの領域を超えたエヴォリューションぶりを見せてくれることになった。

 アバルト プントのエヴォ化に於ける最大のトピックは、なんと言ってもパワーユニット。アバルト グランデプント用DOHC16Vターボと排気量こそ同じ1368ccだが、新プント エヴォではフィアット パワートレーン テクノロジー(FPT)自慢の新型エンジン、「マルチエア」1.4リッターターボユニットを搭載する。

 今年の「エンジン・オブ・イヤー」に輝いたこのエンジンは、現在の小排気量高性能ユニットとしてはまさに出色の出来。スペック上のパワーアップは、155PSのアバルト グランデプント用からわずか8PSアップに留まるが、実質的には格段にパワフルかつトルクフルに感じられる。

マルチエアエンジンは、吸気バルブをカムではなく油圧でコントロールする。バルブタイミングやリフト量を自在にコントロールすることができる

 このパワー感は、グランデプント時代に設定されていた180PSの「エッセエッセ」仕様にも近いと言ってよいだろう。そして、スムーズな吹け上がりからレスポンスやピックアップに至るまで、個人的にはこのクラスの世界的リーダーとして認知されているフォルクスワーゲンの1.4TSIにも勝ると感じられたのだ。

 この日は、同じマルチエア1.4ターボを搭載するアルファロメオ「ミトTCT」にもまったく同条件で乗ることができたのだが、両車にはハッキリとしたキャラクターの違いを感じさせた。135PSに抑えられたミトTCT用マルチエアは、DCTとの組み合わせを意識してか、かなり低・中速域を重視した仕立てとなっているのに対して、163PSに仕立てられたアバルト プント エヴォ用マルチエアは、あくまで低回転域のトルクを犠牲にすることなく、よりパワフルな走りを実現していたのである。

 加えて、サウンドについてもミトとは異なるキャラクターを体現。ミトの澄んだエキゾーストノートに対し、ちょっとだけ濁音の混ざった、いわゆる“ドスの効いた”咆哮を聴かせてくる。

 実を言うと、このサウンドの対比は1960年代のアルファロメオとフィアット・アバルト各モデルとの間でも見られたことであり、約半世紀を経た現代のプント エヴォも、アバルトというブランドの遺産のなんたるかを本当に知っている人間がチューニングしたことを伺わせる。これもまた、現代アバルトが掲げる「本物志向」を物語る魅力的な一例と思えるのだ。

 エンジン以外のパートで、従来のアバルト グランデプントと比べて最も進化したと思わせるのは、内外装のクォリティであろう。フィアット500がプレミアムコンパクト的なクォリティを獲得したことで、先にデビューしていた上級車フィアット グランデプントに質感では勝ってしまっていたのだが、結果的にその歪みはアバルトでも継承されていた。しかし、今回の“エヴォ化”によって、アバルト プント エヴォではアバルト500系と同等の質感とクォリティを獲得したと言えるのだ。そして、内装材からの擦れ音などがまったく気にならなくなったことで、ボディー剛性そのものも上がったようにも感じられてしまうのである。

 加えて、サスペンションのチューニングもグランデプント時代から見直されたようで、足まわりの印象はエンジンの質感向上に相応しい、よりソフィスティケートされたものとなった。2510mmと長めに取られたホイールベースによって良好なスタビリティを確保した上で、しなやかさを増したサスペンションの効力で、ロードホールディング、ハンドリングともに格段に向上していると感じられたのである。

 従来型アバルト グランデプントに対し、アバルト プント エヴォはあらゆる点で進化し、持ち前の質感の高い走りにはさらなる洗練が施された。ソフィスティケートの度合いが比較にならないほど高いが、1.4リッター+ターボのホットハッチと言えば、かつてフィアットが製作したターボ付きホットハッチ「ウーノ・ターボ」を思い出させる。たしかに、元気のよいキャラクターは継承しているとも言えるだろう。しかし、このクォリティ感溢れる走りには、かつてのアバルト技術陣が手掛けたとされている傑作車、ランチア「デルタHFインテグラーレ」の正統な後継車であるとさえ感じるのである。

 ただ、少なくとも現時点では左ハンドル仕様に限定されるのは、いま1度再検討を期待したいところ。もちろんペダルスペースやブレーキフィールの自然さを追求すれば左ハンドル、という見方も否定しないが、現代のプント エヴォでは右ハンドルの弱点はほぼ克服できていること、そして左側通行でのアドバンテージを考えれば、やはり右ハンドルに軍配を上げたくなってしまうのだ。

 アバルトにとって日本は最重視される輸出マーケットとのこと。わが国に於けるメジャーブランドを目指すならば、500に比べて圧倒的に少数派であるプント エヴォではあるが、是非右ハンドル仕様車の導入にも積極的に取り組んでほしいと思うのである。

アバルト 500C

ユニークなライトウェイトスポーツ、500C
 リアウインドーまでほぼ完全に畳むことのできるフォールディングトップを持つフィアット「500C」がデビューして以来、そのアバルト版が登場することは、半ば時間の問題とも言われてきた。そして今年3月、満を持して誕生したのがこのアバルト500Cである。

 パワーユニットは、標準型アバルト500と共通の「T-Jet」ターボこと、直列4気筒1.4リッターDOHC 16バルブ ターボだが、500Cでは135PSから140PSにパワーアップした専用チューニングが与えられる。最大トルクは18.4kgm/4500rpmで不変だが、2000rpmから発生するという低速トルク重視のセッティングに変更された。さらに「SPORTS」スイッチを押せば、最大トルクは21kgmまでアップするという。

 今回の試乗で最大の関心事だったのは、トランスミッション。アバルト500ではコンベンショナルな5速MTだが、アバルト500CはATモード付きの5速シーケンシャルトランスミッション「アバルトコンペティツィオーネ」を採用しているのだ。

 昨年発表されたアバルト695トリブート フェラーリとともに発表され、この500Cで先行導入されることになったアバルトコンペティツィオーネは、フィアット500系に搭載される「デュアロジック」を改良したもの。アルファロメオ ミトに搭載されているデュアルクラッチAT「TCT」と比べてしまうと、シフトアップ時に一旦スロットルを戻す必要があるうえに、絶対的な変速スピードやスムーズな変速マナーでは一歩劣るが、シングルクラッチ独特のダイレクトなフィールは依然として魅力的だ。フェラーリなどのスーパーカーばりにシフトレバーを潔く廃し、“コンペティツィオーネ”(=レーシングカー)を標榜するならば、このセッティングは充分アリと思うのである。

 ワインディング、特に長尾峠のようなツィスティなコースに持ち込むと、アバルト500Cは俄然精彩を放ってくる。もちろんベース車であるフィアット500Cからしてそうだったのだが、アバルト500Cになっても、ボディー剛性はオープンモデルとしては充分に高いと言えるレベル。クローズドのアバルト500には若干劣るとはいえ、140PSのターボパワーとSPORTSモードのトルクを最大限に生かしてコーナーを攻めるような走り方をしても、ボディー側が音を上げてしまうような醜態をさらすことは皆無である。

 そして、かなり安定志向のセッティングとされているものの、2300mmというホイールベースを生かしてフットワークは非常に軽い。サスペンションのセッティングが変更されたという発表はされていないが、体感的にはクローズドのアバルト500に比べて若干ソフトにも感じられる。195/45 R16というロープロフィールのタイヤを履くが、サスペンションの入力が柔らかいせいか、不快なハーシュネスはまったく感じられない。特にSPORTSモードでは、ピックアップが高まったエンジンにシュア感を増したステアリングも相まって、ワインディングを走るのが本当に楽しい。とりわけ、ワインディングを“流す”ようなペースで走ると、思わず快哉を叫びたくなってしまうのである。

 オープントップをすべて開け放ち、青天井のルーフから巻き込む風を感じつつ走ると、聴こえてくるのは小排気量ターボエンジンの弾けるようなエキゾーストノート。これを快感と言わずして何と言おうか。時代がどう変わろうとも内燃機関を持つスポーツモデル、しかもこれほど悦楽的な車には、今なお抗しがたい魅力を感じてしまう。

 アバルト500Cは柄こそ小さいものの独特のプレミアム性も備え、「MINIコンバーチブル」がそうであるように、日本で言うところの“セレブ”ではなく本物の“セレブレティ”にも愛顧されるような、ミニ・スーパーカー的な存在感を放っている。この独特の華やかさは、アバルトというブランドネームの持つ伝説性や記号性も相まって、「MINI」やアウディ「A1」などのライバルにも勝っていると断じてしまいたい。

 しかし同時にこの車には、お気楽な中にも極上のドライビングプレジャーを与えてくれる、近年のフィアット系で言えば「バルケッタ」を思わせるような、ライトウェイトスポーツ感も横溢しているのだ。

本気のホットハッチ or 気楽なライトウェイトスポーツ
 今回テストドライブの機会に恵まれた2台のアバルト、プント エヴォと500C。どこまでもクールでスタイリッシュなプント エヴォに対して、クラシカルでキュートな500Cと、スタイリングから受ける印象こそ大きく異なるものの、同じ1.4リッターのターボ車ということもあって、そのドライビングキャラクターに大きな違いは無いと思われがちである。

 実際、ステアリングを握る前までは筆者もそんな予想をしていた。ところが、今回箱根で両車を同じ条件で走らせたことで、まったく別のタイプのドライビングプレジャーを提供してくれることがよく分かったのだ。

 まなじりを決してスポーツドライビングに臨むような、“本気モード”のスポーツハッチであるプント エヴォは、インターコンチネンタル・ラリー・チャレンジ(IRC)に参戦するワークスラリーカーのベース車両。対して、スモールプレミアムのファッション性と旧きよきライトウェイトスポーツ的な楽しみを兼ね備えた500Cは、素晴らしく享楽的なドライビングプレジャーをもたらす1台。いずれを選んでも、アバルト独自の世界観は存分に満喫することができると太鼓判を押してしまいたいのである。

 イタリア本国をはじめ、世界的に大きな成功を収めているアバルト。上陸当初、巷では苦戦が予想されていた日本市場でも、かなりの成功を収めている。そして今回のプント エヴォと500Cの登場で、アバルトにはさらなる飛躍も充分に期待できるようだ。

 もともとはMINIが開拓したとされる、「プレミアムコンパクト」というニッチなマーケットに於ける存在感も格別のもの。このカテゴリーは、今後アウディA1の参入によって、さらなる激戦区となるだろうが、プント エヴォと500Cを加えたアバルトは持ち前のマニアックなキャラクターと本物志向を生かし、身内のライバルたるアルファロメオ ミトとともに強力な包囲網を築くことになるに違いない。


インプレッション・リポート バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/

2010年 12月 24日