【インプレッション・リポート】
メルセデス・ベンツ「SL 63 AMG」

Text by 河村康彦


 

 そもそもはレーシング・マシンとして開発され、軽さを意識した鋼管スペースフレーム式という特殊なボディー構造を採用の結果に生まれた、高くて幅広のサイドシルをクリアすべく、“苦肉の策”としてガルウイング式デザインのドアを採用――そんな逸話が伝えられる「300SL」が誕生してから、今年でちょうど60年。こうしたタイミングで数えれば第6世代に当たる現行「SL」が初披露されたのは、年頭のデトロイト・モーターショーの舞台だった。


SLクラスのオールアルミボディー

xAMGの代表モデルはあくまでもV8
 従来型のスタイリング・イメージを強く踏襲した新型SLのボディーサイズは、従来型よりもわずかに長く、幅広い。一方で、車両重量は最大で140kgもの大幅減量に成功。これにはもちろん、「メルセデスの量販モデルで初めて」と紹介される、オールアルミ構造によるボディーの採用が大きく寄与をしている。

 使用部位によってチルド鋳造や真空ダイカストなどさまざまな製法を使い分け、押し出しやテーラードブランクなど加工法にも多様なトライを行った結果、ボディーシェル単体でも、およそ110kgの軽量化を実現したという。

 飛び切りラグジュアリーで高価な2シーターのオープンという、メルセデス・ラインナップの中にあっても特にイメージリーダー的要素が強いそんなSLというモデル。その中でも、さらなる頂に立つ存在が、ご存知AMGバージョンだ。

 新型SLに用意されたAMGバージョンは、「SL 63 AMG」と「SL 65 AMG」という2タイプ。車名上はさしたる違いはなさそう(?)に思えても、前者が8気筒で後者は12気筒と、搭載エンジンが大違い。共にターボチャージングが図られた結果による最高出力には、「63」が537PSで「65」が630PSと、およそ100PSもの大差がある。最大トルクは、「63」が800Nmであるのに対して「65」では1000Nmと、こちらは12気筒モデルのみが「4桁の大台」に乗せて格の違いを見せ付ける。

 こうして、ことスペック上では「65こそが最強版」という事になる新型SLのAMGバージョン。が、そこはそもそもレーシング・フィールドで数々の栄光を残した歴史を振り返っても、「8気筒エンジンこそが本流」というのがこのブランド。すなわち、12気筒や1000Nmというスペックは、ある意味“最強であることをアピールする記号”に過ぎないとも受け取れる。あくまでもAMGの代表モデルはSL 63 AMGであるということだ。

 

ルーフは20秒で開閉
 というわけで、実は日本向けに設定されるのも国際試乗会に準備があったのも、SL 63 AMGの方のみ。そんなこのモデルのテストドライブの舞台は、南仏は地中海に面した小さな港町であるサン・トロペ周辺に設定されていた。

 天気は快晴で最高気温も20度ほど――そんな絶好のコンディションの下でテストドライブとなったSL 63 AMG。「弟分の『SLK』にちょっと似過ぎているかな……」という見た目の印象をそこに感じつつも、ドライバーズ・シートへと乗り込むと、いかにも贅を尽くした各部の仕上げは何ともゴージャスかつ上質で、そこではSLKとはやはり別世界の、いかにもフラッグシップ・モデルらしいラグジュアリーな雰囲気がいっぱいだ。

 T字型をモチーフとした左右対称形のダッシュボードに、クラスター内にさらに独立したバイザーを備えた2眼式メーターをレイアウト。そこには力強い書体で数字と目盛りが刻まれ、少々クラシカルながらもシンプルで機能性に富んだイメージが漂う。ナビゲーション・モニターが“一等地”である高い位置に置かれ、前出メーター間にもカラーディスプレイが配されて、さまざまな情報を映し出すあたりは、さすがは最新のモデルならではのデザインだ。

 「ところで、『バリオルーフ』を操作するスイッチが見当たらないな……」と気付いて周囲を探してみると、ATレバー脇のコンソールの小さな独立リッドの中に、それが収まっているのを発見。ちなみに、そこにはシート後方から音もなく立ち上がり、オープン走行時の後方からの不快な風の巻き込みを防ぐ、電動式の「ドラフトストップ」の操作スイッチも内蔵される。

 実はメッシュ式のそれには、大きな効果を発揮する一方でルームミラー越しの後方視界の“透明度”を損ねてしまうというマイナス面もある。それゆえ、こうしてスイッチひとつでその収納が可能というのは、快適性と安全性を巧みに両立できるという点で想像以上に有り難いものだ。

バリオルーフとドラフトストップの操作スイッチドラフトストップ

 ルーフが“変身作業”のために要する時間は、開閉方向共におよそ20秒ほど。スイッチひとつで全てが完結する全自動方式ではあるものの、残念ながら走行中は低速時でも動作をしない。オープン走行中に急な雨に降られたような場合でも、まずは安全な路肩を探して一旦停車の必要がある。

 いくつかのライバル車では実現済みの走行中の動作がNGなのは、機構上の問題というよりは「動作途中でリアのナンバープレートが外部から確認できなくなる瞬間がある」という点に理由があるようだ。

 

SLS AMGよりもラグジュアリーで上品
 実は、今回の国際試乗会でテストドライブしたSL 63 AMGは、オプションの「パフォーマンス・パッケージ」付きモデルだった。エンジンは専用制御により、標準仕様に対して最高出力が27PS、最大トルクが100Nm上乗せされ、リアアクスルにLSDを内蔵した専用チューニングが施されるサスペンションには、リアのみが標準仕様よりも1インチ大径化された前後異径のシューズを履く。

 さらに、やはり専用デザインのステアリング・ホイールやカーボンファイバー製のエンジンカバー、同じくトランクリッド・スポイラーリップなどのドレスアップ・アイテムも採用。最後に、スピードリミッターの設定が250km/hから300km/h(!)へと変更されるというこれら“一式”で、195万円という価格が設定されている。

 ルーフオープン状態で準備されたそんなSL 63 AMGの、いかにもゴージャスなデザインのドライバーズシートへと乗り込んで、早速V8ユニットへと火を入れる。と、そこでは周囲に放たれる排気サウンドが、予想よりも少々控えめであることに気が付いた。

 むろん、“調音”の行き届いたV8エンジンならではの迫力あるサウンドが響きはする。しかしそのボリュームは、同エンジンを搭載するE 63 AMGのそれよりも、明確に小さいというのも事実だ。

 実はAMGにとって、SL 63 AMGというモデルのキャラクターは「E 63 AMGよりもスポーティ度が下」であるという。純粋なスポーツモデルとして「SLS AMG」がリリースされた現在では、同じ2シーターでもこちらのモデルは、よりラグジュアリーで“上品”なキャラクターの持ち主という位置づけなのだ。

 とは言え、そんなSL 63 AMGのスピード性能自体は、やはりとんでもない高みにある。アクセルペダルの踏み込み量がごく浅い間は、そんな本来の能力はぶ厚いオブラートの下に隠したまま、8気筒エンジンならではのスムーズさのみを前面に打ち出して、ごく静々と、滑らかな加速感を味わわせてくれるに過ぎない。けれども、少しでも深くアクセルペダルを踏み込むと、そんな状況は一変! そこでは、まさに「シートバックに背中が貼り付けられるような加速力」が、惜しげもなく披露される。

 加えれば、そんなシーンでモノは試しとATセレクター手前に用意された4段階にセレクト可能なドライブモード・ダイヤルで「スポーツプラス」もしくは「マニュアル」のポジションを選択すると、先に紹介した“静かな排気サウンド”はアップシフトのたびにまるでアフターバーンのような破裂音を発するワイルドなものへと豹変。さらに、その他のポジションでは決して姿を現すことのなかったシフトショックを許容しながら、最速加速を演じようとする。

 ちなみに、そんなこのモデルが発表する0-100km/h加速タイムは、わずかに4.1秒という値。これは、トラクション能力で勝る4WDのスーパースポーツ・モデルを除外すると、実質上は史上最速レベルのデータと言ってよいものだ。

トルコンATとDCTの“よいとこ採り”
 ところで、かくもアクセルワークひとつでまさに“緩急自在”を実現するこのモデルの動力性能が、基本的にはいかにもフラッグシップ・モデルに相応しい「上質なもの」である点は特筆に値する。

 その立役者のひとつと推測できるのが、トルクコンバーターの代わりに湿式多板クラッチを用いた7速ATである「AMGスピードシフトMCT」の搭載。日常のスタートシーンでは文句ナシのスムーズさを提供してくれるうえで、スポーティな走りのシーンではタイトな繋がり感を実現。それは、まさに「トルコンATとDCTの“よいとこ採り”」をしたかのようなフィーリングを、このトランスミッションはタップリと味わわせてくれるのだ。

 ただし、シフトパドルを操作してから実際に変速動作が行われるまでには、わずかなタイムラグを感じさせられるというのはAMG車(というよりもメルセデス全車)に共通するウイークポイント。

 試乗会現場にそんなパワートレーン担当者の姿を見つけたので早速質問を寄せてみると、「実は現在のメルセデス車の制御ロジックでは、ある安全性優先の思想から“トランスミッションに信号が届くまでの間に、タイムラグが生じている”」との回答が得られた。なるほどこれでは、トランスミッション本体の応答性をいくら高めても、ドライバーが感じるラグは解消をされない理屈。が、一方で「技術者がその現象を確認しているということはいずれ対策が行われるはず」と、ここは早期のリファインを期待したいところでもある。

 

飛び切り速くて快適性な“クーペカブリオレ”
 イザというシーンでは圧倒的にパワフルな加速力を見せ付ける、そんなSL 63 AMGのフットワーク。それは、500PSを大幅に超えるパワーをしっかりと御するポテンシャルを確保したうえで、「基本的には路面の変化やルーフの開閉を問わないあらゆるシーンでの快適性確保を念頭に置いた仕上がり」という印象が基本になる。

 前述怒涛のパワーやトルクを“不特定多数”のドライバーが不安なく扱えるようにするために、トラクション・コントロールやスタビリティ・コントロールなどさまざまな電子制御が必要不可欠であるのは確かなこと。が、だからといってこのモデルのフットワークは、日常シーンでそれらに頼っているというわけでは決してない。

 オープン・ボディーでありながら、路面凹凸を乗り越えてもルームミラーが身震いのひとつもしない点には、例のフルアルミ・ボディーが比類なき高剛性を達成していることが象徴されているし、そうした骨格の堅牢さこそが、このモデルの基本的に信頼感に富んだ走りのテイストの、全ての源となっていることもまた確かであるはずだ。

 速度が増すに連れて路面への“吸い付き感が増す”印象や、どんな速度からでも安心して踏めるブレーキのパフォーマンスも、いかにもAMGの作品らしい。その上で、例え可変減衰力ダンパーのセッティングをハード側にしても、なおしなやかさに富んだ乗り味を提供してくれる点には、このモデルが「飛び切り速く、あらゆる面で贅を尽くした、とことん快適性に富んだ“クーペカブリオレ”を狙った」という印象を、改めて実感させられもするのである。

 ところで、カリカリに尖ったスポーツ性よりも、まずは比類なきラグジュアリーさを演じるこのモデルのドライブ・フィールで、最後までひとつ気になったのはそのステアリングの感触だった。

 連続するコーナーを、ホイホイホイ……と片手で操作できる“軽さ”については、これまで述べて来たようなこのモデルの狙いどころからしても、個人的にはむしろ好印象を受けたと報告したい。

 けれども、そうした“軽さ”が必ずしも「ハンドリングの軽快さ」には繋がらず、時に路面とのコンタクト感が不足がちであったり、アシスト感の変化がやや不自然に感じられた点は、フラッグシップ・モデルとしてはちょっと物足りなくも思えたのだ。

 厳しいと言えば厳しい見方かも知れないが、そこはメルセデス・ラインナップ中のフラッグシッグシップ・モデルであるSLの、さらにAMGバージョンであるからこそ見過ごしたくないとも思える部分。

 ここがクリアされると、このモデルの「狙いどころ」と実際の走りのテイストとは、まさにパーフェクトと言えることになりそうだ!

 

SL 63 AMG(欧州仕様)
全長×全幅×全高[mm]4633×1877×1300
ホイールベース[mm]2585
重量[kg]1845
エンジンV型8気筒DOHC 直噴
5.5リッター
ツインターボ
最高出力[kW(PS)/rpm]395(537)/5500
最大トルク[Nm(kgm)/rpm]800(81.6)/200-4500
トランスミッション7速MCT
駆動方式2WD(FR)
ステアリング位置
前/後タイヤ255/35 R19 / 285/30 R19
前/後ブレーキベンチレーテッドディスク
定員[名]2
荷室容量[L]364~504

インプレッション・リポート バックナンバー
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2012年 7月 23日