【インプレッション・リポート】
ジャガー「XJ」



 

 2009年夏に7年ぶりにフルモデルチェンジされ、革新的かつアグレッシブなスタイリングで世界的な話題を提供した新世代ジャガーのフラッグシップ・サルーン「XJ」シリーズが、今年6月からわが国でも正式にデリバリーされることになった。

 ジャガーが自信を込めて「New XJ」と呼ぶ新型XJは、前作と同様に総アルミニウム製ボディーを採用しているのが大きな特徴。高いボディー剛性と、同じLセグメントのライバルたちと比べると150kg以上も軽いウェイトを両立していると言う。

 シャシーはエアサスペンションのほか、連続可変ショックアブソーバーや電子制御デファレンシャル、クイックレシオ・パワーステアリングといった、XFRやXKRにも採用された先進のシャシー技術を贅沢に投入。この結果、レスポンスに優れたダイナミックなハンドリングと洗練された乗り心地を実現したとのことである。

 またパワーユニットは、ジャガーではXKおよびXF、さらにランド・ローバーにも採用されて高い評価を得ている5リッターの新型直噴V型8気筒エンジンを、XJとしては初めて搭載。自然吸気版でも385PS、スーパーチャージャーのローブースト版では470PS、そしてハイブースト版では510PSという素晴らしいパワーと、このクラスとしては高い燃費性能もマークしていると言う。

 そんなジャガーの自信作New XJを、ようやくドライブするチャンスが訪れた。

XJをデザインしたイアン・カラム氏

新しいジャガーのデザイン言語
 いきなりのデザイン論で恐縮だが、デビュー直後から賛否両論が飛び交うNew XJのボディースタイルについて、クラシック・ジャガーを敬愛し、一昨年まで1992年型のXJS4.0クーペを所有してきた筆者は、全面的に支持していることを前提にお話しさせていただきたい。

 1968年にデビューして以来、末裔たるデイムラー「ダブルシックス」がフェードアウトする1990年代初頭まで、「世界一美しいサルーン」と称されていた初代XJシリーズの影響力は、実に大きなものであった。フルチェンジされた2代目としてモダナイズを図ったXJ40系。XJ40をベースに初代XJ風のスタイルを再現したX300/308系。そして先代のX350系と、「XJ」を名乗るすべてのジャガー・サルーンは、初代のスタイリングをほぼそのままのかたちで踏襲してきたのだ。

 ところが今回のNew XJは、まったく違う方向性を持っている。6ライトスタイルを採用したサイドのウインドーグラフィックに歴代XJの面影を残しつつも、あとは完全にモダンな4ドアクーペスタイルとなったのだが、それが一部のファンの間では、「ジャガーらしくない」などとも受け取られているようなのである。

 しかし、考えても見て欲しい。ジャガーにとっては歴史的アイコンとも言うべきEタイプやマーク2、そしてもちろんXJも、それぞれデビューした1960年代の常識では決してレトロなどではなかった。それどころか、斬新なスタイリングで常に世界を驚かせてきたはずである。

 現代ジャガーのデザインを指揮するイアン・カラム氏は、クラシックカーへの造詣が深いことでも知られる人物で、筆者がイタリアのコンクール・デレガンス「コンコルソ・ヴィラ・デステ」にて会った時にも、自社他社を問わずクラシックカーへの尊敬の念を明らかにしていたことが鮮明に印象に残っている。そしてジャガーのヘリテージを知り尽くしたカラム氏だからこそ、ジャガーのフィロソフィーを明示するにはあえて斬新なスタイルとする必要があったに違いない、と筆者は考えているのだ。

どこまでも艶やかな乗り味
 今回、我々の試乗に供されたNew XJは、自然吸気および標準ホイールベース版としては最上級グレードに相当する「ポートフォリオ」。1320万円のプライスタグがつけられるこのモデルは、内外装がよりゴージャスに仕立てられるほか、アダプティブクルーズコントロールやアドバンスドエマージェンシーブレーキアシストなど、最新のセーフティ装備も標準で装着される。

 まずはコックピットに収まってみよう。XFでもおなじみ、エンジン始動直後にせり出すシフトダイヤルは、もちろんNew XJにも継承。ギミックであるとは承知していても、やはり心躍らされてしまう。ウッドやレザーなどの天然素材を贅沢に使用しつつも、コンテンポラリーな感覚で仕上げているのも、現代のジャガーならではのテイストだろう。また、これもXFで話題となった間接照明が多用され、夜間のコンパートメント内には、いかにもジャガーらしい艶っぽさが横溢するのも魅力である。

 しかし、New XJが本当にジャガーらしい艶っぽさを見せてくれるのはその乗り味。先代のX350系で初めて採用した総アルミ製モノコックボディーは、今回のNew XJでも踏襲されているのだが、これが格段にソフィスティケートされているのだ。

 先代はアウディの初代A8を思わせる、少々ドライに過ぎる感のある乗り味だったが、このNew XJはよくできたスティールボディー車のように、実にしっとりとしている。また、これも先代から踏襲されたと言う電子制御のエアサスは、新型になって格段にチューニングが巧妙になったようで、非常にナチュラルかつしなやかなフィールを実現するに至っている。

 しかも、アルミゆえの絶対的な身の軽さは実に心地よいもので、加速時にもコーナーリング時にも、このクラスのサルーンでは不可避的なはずの重さをまったく感じさせない。標準ホイールベース(3030mm)版でも、スリーサイズは5135×1900×1455mm(全長×全幅×全高)という堂々たるプレステージ・サルーンだが、その気になればスポーツカーのようなフットワークを披露するのは、まさに快感以外のなにものでもあるまい。つまり、筆者が愛してやまない初代XJやXJ-Sのような“ネコ脚”が、ここへきて完全に復活したかのように思えるのだ。

 とはいえ、かつて1960~70年代のジャガーの代名詞とも言われたネコ脚は、剛性の低いボディーに柔らかいブッシュを、絶対的に低い重心とサスペンションチューンでカバーするという、明らかに前時代の未熟なテクノロジーから生まれた、いわゆる「ケガの功名」的なものだったのだが、今回はまったくの別物。恐るべき剛性のアルミボディーと絶妙のサスチューンがもたらした、まさしく現代のネコ脚なのである。

 ただし、先代X350時代に若干のオーバーサイズ感を看過できなかった20インチの大径タイヤは、やはりNew XJでもいささかToo Muchに感じてしまったのが正直なところ。一般道の荒れたアスファルトでは、明らかに轍にハンドルを取られる傾向も感じられるのだが、そのフラストレーションもワインディングでの素晴らしいハンドリングによって帳消しになっていると言ってもよいだろう。

 しかし快適性を最優先するユーザー、特に街乗りを主な使用目的とする向きは、無償オプションで選べる下位グレード(「クラシック」および「プレミアム・クラシック」)用の19インチをあえて選択する、というのもアリかもしれない。

 ところで、今回の試乗車は385PSの自然吸気版に限定されていたが、過給器のないこのバージョンでもパワーとトルクは「充分」と言う以上のもの。XFやXKと同じチューンのはずなのだが、その回転フィールはどことなく柔らかな感じで、サウンドもマイルドだが「コクのある」独特のハミングを聴かせる。これがネコ脚と絶妙のバランスで、さすがジャガーと思わせてくれるのだ。

 一方、トランスミッションは6速ATで、スペック上はBMWやレクサスなどの8速には及ばないものの、トルクフルなエンジンゆえにステップ比が少しばかり大きくとも痛痒はまったく感じさせない。パドル操作によるマニュアルシフトも迅速にレスポンスしてくれるのも、スポーツカー的な走りに非常にマッチしている。

 デザイン、そして乗り味ともに、かつてのジャガーの美点を現代語として見事に翻訳したNew XJ。その魅力は、クラシック・ジャガーへの見果てぬ想いを未だに引きずる筆者の心にも強く訴えるものだった。いわんや現代ジャガーのファンなら、この誘惑から逃れることは難しいに違いない。

(武田公実)
2010年 5月 14日