【インプレッション・リポート】
BMW「5シリーズ(535i)」



 現行のBMWラインナップ上でも最も長い歴史を誇るアッパーミドル・サルーン、5シリーズが2009年に6代目に進化。この4月から、日本でも正式に発売された。

 BMWの生産モデルは、初代5シリーズ以来「E」で始まるコードナンバーを持つのが伝統となってきたが、今回からは現行7シリーズ(標準型F01およびロング版F02)、5シリーズ・グランツーリスモ(F07)に続いて、「F」で始まる「F10」を名乗ることになった。

新局面を迎えた6代目5シリーズ
 まずボディーについては、先代のデザイン担当責任者、クリス・バングル氏の指揮のもとに構築された5代目のスポーティで先鋭的なスタイリングから大きく方針転換し、現在のホーイドンク体制のBMWスタイルを示すような、保守的とも言えるエレガンス重視のキャラクターになった。

 ボディーサイズについても、今回からプラットフォームを新型7シリーズや5シリーズ・グランツーリスモと共有していることもあって、先々代(E38時代)の7シリーズにも匹敵するほどの堂々たる体躯とされている。

 パワーユニットは、3リッター直列6気筒の「528i」、直噴3リッター直列6気筒ツインスクロールターボの「535i」、そして4.4リッターV型8気筒ツインターボの「550i」が用意され、全モデルともに独ZF製のマニュアルモード付8速ATが組み合わされる。

 また、電子制御システムの進化ぶりも凄まじいもので、ステアリングやダンパー、パワートレーンの設定を「SPORTS+」「SPORT」「NORMAL」に切り替えられる「ダイナミック・ドライビング・コントロール」が全車に標準装備されるほか、今回の試乗車には、オプションの「アダプティブ・ドライブ」も搭載されている。

 このシステムは、電子制御ダンパー「ダイナミック・ダンピング・コントロール」に電子制御スタビライザー「ダイナミック・ドライブ」を組み合わせたもので、起伏のある路面やコーナーでの乗り心地を改善するとのこと。アダプティブ・ドライブを装備すると、前述のダイナミック・ドライビンク・コントロールに「CONFORT」の設定が追加される。

 歴代の5シリーズ、とりわけ先代E60がスタイリング・走りともに非常にスポーティなキャラクターを与えられていたこともあり、今回のF10の方向性がどのようなものなのか興味津々だったのだが、果たしてBMWが自信を込めてデビューさせた新世代の5シリーズは、実際にドライブさせてみても実に興味深い車であった。

 

高級サルーンにシフト
 今回のインプレッションで試乗したのは、BMW伝統の6気筒ユニット搭載車で最上級バージョンとなる「535i」。「535」を名乗ってはいるものの、近年のBMWの通例に従って、排気量がそのまま3.5リッターであることを示しているわけではなく、直噴3リッター+ターボチャージャーのエンジンを搭載する。

 この直6エンジンは、スペック上では225kW(306PS)/400Nm(40.8kgm)という大パワー/トルクを発揮することになっているが、たしかに素晴らしくパワフルで、いかなる状況でも交通の流れを完全にリードできる。

 535iでこれなら、300kW(407PS)の「550i」はどれほど速いのだろうか? さらに、X5M/X6Mと同じようにV8ツインターボ化される、とも噂されている次期「M5」は、きっと想像するだに恐ろしい速さに違いない。

 一方、パワーステアリングは現代のトレンドとなっている感のある電動式だが、試乗後にカタログで確認するまでは分からなかったほどにナチュラルで、ハンドリングも現代の高級サルーンとしては過不足の無いものとなっている。


 しかし正直な心境を言ってしまうと、今回のF10型535iは、少なくともダイナミック・ドライビング・コントロールをデフォルトである「NORMAL」に設定している限りでは、先代のスポーティさとはうって変わり、フラットでソフトな乗り心地も相まって、格段に大型化したサイズとキャラクターを感じずには居られなかった。

 実際、スロットルからステアリングに至るまで、あらゆる操作に対し“ひと呼吸”ならぬ“半呼吸”ほどのタイムラグが生じてしまうのだが、それはドライバーの操作に対する車両の挙動やレスポンスが過敏にならないようにという、高級サルーンとしては至極真っ当な考え方と言うべきだろう。メルセデスに代表されるEセグメントのライバルたちも、そういった選択をしている例が多い。

 特に、中国などのBMWにとって重要な市場となってきた新興国では、車格の面でも7シリーズに近づけることを要求されているのも無視できないことで、それがこの重厚感のある走りに繋がっているのでは? とも推測するに至ったのである。

Two Cars in One
 とはいえ、それでもファンがBMWに求めるのは、もっとファン・トゥ・ドライブを重点に置いた走りっぷり、とする考え方も尊重されて然るべきだろう。たとえ時代錯誤と言われようが、筆者自身もそんなBMWを敬愛してきた1人である。ところがこの535iは、単にエレガントで重厚な高級サルーンというわけではなかった。あるシステムを起動させることによって、もう一つの側面をも兼ね備えていることが判明したのだ。

 そのシステムとは、前述した「ダイナミック・ドライビング・コントロール」。現代のプレミアムカーでは、比較的ポピュラーなものとなっている、車両全体を統合してコントロールする電制システムである。そして、シフトレバー右側にある「SPORTS」モードのスイッチをさしたる大きな期待もないままに押してみたら、大人しいとばかり思っていた535iは、まさに“劇的な”メタモルフォーゼを遂げることになったのである。

ダイナミック・ドライビング・コントロールのスイッチ(写真右)はシフトレバー右側、iDriveのコントローラーは左側に置かれる

 SPORTSモードにシフトした535iの変貌ぶりは目覚ましいものであった。まずはスロットルレスポンスが格段に向上。アクセルを踏み込んだ瞬間からワイルドな咆哮とともに、過給器付エンジンとは思えないような鋭い加速の立ち上がりを体感させる。エンジン回転の乗りがよいということは、ターボ過給の立ち上がりもよくなることを示し、トルクも低・中速から実に気持ちよくついてくる。

 そして、ここで生きてくるのが、BMWのBMWたる所以でもある“シルキー6”エンジンの魅力。SPORTSモードでは、徹底的にスムーズかつトルクフルな回転フィールと、いかにもストレート6らしい官能的なサウンドが存分に楽しめるのだ。

 メルセデスなど世界中のライバルがV型6気筒に転換した今でも、BMWが軽量化のためマグネシウム合金製ブロックを採用してまでも直列6気筒にこだわる理由が、ハッキリと体感できる瞬間である。

 もちろん、ハンドリングも然り。ステアリング操作にレスポンシブに対応し、長いノーズがスッと入ってくれるフィーリングは、ボディーサイズを数段小さく感じさせてくれる。この仕上がりを見れば、あるいは、SPORTSモード時のセッティングが標準であってもよいのでは? とさえ思えてしまう。これなら、オプションリストからパドルシフトを選択して、積極的にスポーティなドライビングを愉しみたくなってしまうのだ。

 まさに「Two Cars in One」。つまり、2台の車が1台に集約されているかのような変幻自在ぶりが、電子制御デバイスで巧みに仕立てられているでき映えを体感するにつけ、BMWを筆頭とする、現代ドイツ製プレミアムカーの電制テクノロジーには、ただただ驚くほかないのである。

 一方、走りの部分以外でも電制システムは大いに進化を遂げている。例えば、先代7シリーズで初めて採用され、今やBMW各モデルはもちろんのこと、同グループのロールス・ロイスにも採用されているiDriveは、今や操作性も格段に向上。筆者のようなエレクトロニクス音痴でも、まったく問題なく使いこなせるようになってきた。

 また、同じくiDriveで操作するカーナビも非常に使いやすく、さらにヘッドアップディスプレイで交差点名と進行方向を示す矢印が表示されるあたりは、「痒いところに手の届く」、かつての日本車のお株を奪うような心づかいさえ感じられるのだ。

 Xシリーズや、同じ5シリーズでもグランツーリスモのようなクロスオーバー的なモデルが続々と追加される現在でも、本流ともいうべきサルーンがこれだけ魅力的なのは、今なおBMWが「5シリーズ」というブランドをとても大切にしている証と思われる。

 宿敵メルセデスはもちろん、今なお右肩上がりの勢いで人気上昇中のアウディなど、ドイツ国内だけを見渡しても今や夥しい数のライバルたちが“BMW包囲網”を形成する昨今なのだが、やはりBMWはBMW。F10型535iは、そう思わせてくれる車となっていたのである。

(武田公実)
2010年 6月 11日