【インプレッション・リポート】
トヨタ「ヴィッツ」

Text by 岡本幸一郎


 革新的だった初代。それを縮尺拡大した2代目。そして3代目を迎えるヴィッツが、はたしてどんなクルマになるのか、とても興味深かった。モデル末期でも月販1万台を頻繁に超えていた人気車であり、これまでの路線がちゃんと受けていたのだから、3代目はキープコンセプトで問題なかったはず。ところが、3代目ヴィッツのTVCMあるいは実車を見ると、とにかく男性ユーザーに振り向いてもらいたかったという作り手の意図がヒシヒシと伝わってくる。

 さらにはホイールベース~全長の拡大も3代目の大きなポイントだ。見れば見るほど、少し前に発売されコンポーネンツの多くを共用するラクティスとの棲み分けが気になるところだが、ヴィッツの路線変更、その心は、ようするに「打倒フィット!」にある。

より幅広い層を狙った新型ヴィッツ
 フィットは老若男女を問わずまんべんなく売れて、あの数を出している。対してヴィッツは、これまでもっぱら女性がメイン。トヨタにはラクティスもパッソもあるわけだし、ヴィッツはこれまでどおりでもよかったのではと思うところだが、開発陣はそうは考えなかった模様。既存のお客さんに加え、もっと男性ユーザーを味方につけることができれば、王者であるフィットの牙城を崩せるのでは?……そして、こうしたユニセックスなデザインに生まれ変わった。現状、消費者サイドからは賛否両論の声があるようだが、発売直後の販売の数字を見た限りでは、開発陣の狙ったとおりの反響がちゃんと得られているようには見える。

 いざ3代目ヴィッツを目の前にすると、まずは旧型で痛感させられた内外装の安っぽさが、だいぶ薄れたように見える。そして、グレード間の差別化がより強調された。そういえばライバルであるフィットも、2010年秋のマイナーチェンジの際に、ハイブリッドの追加とともに、上級グレードはより上級になり、スポーティグレードはよりスポーティ度を高めるなどしたわけだが、ヴィッツにも明確な4つの個性が与えられた。

 標準系が「F」、女性向けの演出を施した「ジュエラ」、上級の「U」、そしてスポーティな「RS」である。そして、全17色という前代未聞のカラーバリエーションにも驚かされるが、インテリアの仕様も、4つの個性それぞれに対して細かく差別化されている。このクラスながらソフトパッド表皮まで用意したほどだ。

スポーティグレードの「RS」
女性を意識した新グレードの「ジュエラ」

 また、これまで2世代にわたりヴィッツの個性として知られていたセンターメーターが、一般的な乗用車を愛用してきたユーザーが乗り換えても戸惑わないようにとの意図により、ついに廃された。一方で、フロントのサイドウインドーについて、紫外線を約99%カットするUVカットガラスが採用された。フロントウインドーについては、これまでもフィルムを挟み込むことでUVの100%カットを実現しており、サイドウインドーについても9割程度はカットできていたと言う。しかし、男性ユーザーの多くには、あまり気にならないかもしれないが、残りの1割もUVカットされるかどうかというのは、女性ユーザーにとっては重要な話。今回、晴れてそれが実現したことは朗報と言えるだろう。

 パッケージングは、ホイールベースが50mm、全長が100mm延長されているが、865mmという前後タンデムディスタンスは旧型から不変。ただし、フロントシートの背面の形状を工夫したおかげで、リアシートのニースペースは35mm大きくなっている。リアの頭上空間は、余裕十分とはいえないが、大柄な人でなければ、それほど窮屈な思いはせずにすむだろう。

 ボディーの延長分は概ねラゲッジスペースの拡大に充てられており、奥行きが145mmも大きくなったのは大きなポイントだ。これにより使い勝手が大きく向上したことは間違いない。

質感の向上した内装。写真はジュエラだが、グレードに合わせて上品な内装やスポーティな内装が用意される
前席シートバックの形状の見直しにより、後席のニースぺースも拡大ボディーの延長により荷室スペースの奥行きが増えた

個性が明確になった3種類のエンジンラインアップ
 エンジンは都合3種類、そして足まわりもグレードに合わせて3通りの設定がある。1リッターの3気筒と、1.3リッターと1.5リッターの4気筒というラインアップ自体は従来と同じだが、1.3リッターにはラクティスより導入された新開発ユニットがヴィッツにも与えられた。

 おそらくヴィッツの位置づけやキャラクターからすると、総合的には1リッター車の販売比率が高くなるはずだが、まずはその1.3リッター車についてお伝えすると、これがとても好印象。もっとも振動が小さく、回転感がスムーズで、静粛性にも優れる。旧世代の1.5リッターのほうが、200cc分トルクが大きく、とくにフル乗車に近い状態となると、1.3リッター車との力の差を感じさせるものの、いささかノイジーだ。

 3気筒である1リッター車は、音質が軽自動車っぽいのは仕方がないとしても、先代では振動や音が容赦なく侵入する印象があったのだが、そのあたりにも注力したとのことで、安っぽさはずいぶん薄れたように感じられた。

 CVTについては、モノとしては従来からのキャリーオーバーながら、相当に改良を重ねており、機能的には新規に近くなっているとのこと。そして、狙いはとにかく燃費につきると言う。

 先代でも、燃費はかなり意識していたはずで、動力性能については、先代では、3種類のどのエンジンに乗っても、性能としては大差ない印象で、1.5リッター車は、燃費のためか抑えすぎ、1リッター車は、質感の問題はさておき、性能としては、排気量のわりにはよく走るという印象だった。それが現行モデルでは、全体的に回転数は抑えられているが、力は排気量相応に出ている、という感じとなった。

 実燃費について、そのうちコミュニティ系のWebサイトなどで明らかになっていくと思うが、おそらく旧型よりもだいぶよくなっているはず。興味を持ってチェックしたいと思う。

RSやUの一部グレードに搭載される1.5リッターエンジンRS以外のグレードで用意される1.3リッターエンジン。写真はFにのみ用意されるアイドリングストップ仕様Fとジュエラに用意される1リッターエンジン

RSの足まわりが洗練され上質に
 フットワークについては、スプリングやダンパーの設定が3種類ある。いずれも前後ともスタビライザーを備え、リアはビームに鉄板を曲げて内蔵させたタイプとなる。タイヤはサイズが3通りの設定があり、すべて銘柄はブリヂストンのECOPIA EP25となっている。

 セッティングの方向性は、もちろんRSがスポーティで、F系およびジュエラが標準的。そして上級のUでは、RSほどではないが、F系やジュエラが街乗りでの快適性を重視した乗り味とし、取り回し性の向上のためステアリングまで少し軽めの設定としているのに対し、高速走行も視野に入れ、しっかり感を与えた味付けとしたと言う。

 共通していえるのは、いずれもけっこうスタビリティ重視だったことだ。乗り心地を重視したという標準系でも、比較的フラット感が高く、ロールは抑えられている。ただし、試乗時点ではまだ慣らしが十分でなかったせいか、ややフリクション感が強く、つっぱった印象があった。もう少し距離を走ると、述べられているとおりの味になるものと思われる。

 試乗時点で印象がとてもよかったのは、スポーティグレードであるRSだ。旧型はかなり固めの足で、跳ね気味だったことだし、おそらく今度もその延長上の乗り味だろうと予想していたのだが、スポーティテイストを備えているだけでなく、とても上質になったのだ。サスペンションがスムーズによく動いて、タイヤが路面にしなやかに追従し、跳ねる感じもなく、微振動が小さい。欧州ホットハッチ的な上質感を手に入れていたのである。

 ブレーキのフィーリングもよい。足まわりだけでこんなに変わるものかと思ったら、実はRSにはブレースなど補強パーツも入っているらしい。それもけっこう効いているようだ。結果的に、スポーティでありつつ、RSのほうが乗り心地までベストだったという印象。この乗り味を全グレードに与えて欲しいと思ったほどだ。

RSの乗り味は、先代ではかなり硬めの味付けだったが、今回は丁度よい具合に引き締められている。これぐらいの乗り心地であれば、ほかのグレードも共通でよいと感じるほどだ

常時噛み合い式スターターで積極的にアイドリングストップ
 そして、アイドリングストップシステムについて。もっと幅広いグレードで設定されると思ったら、実は現状ではFの一部のみというのが残念だと乗る前から感じていた。そして実際に乗ってみると、その出来が非常によかったので、ますます残念に思った次第である。

 同システムは、飛び込み式のギアを用いた通常のスターターと異なり、常時噛み合い式のスターターを採用したのが特徴……と、言葉で述べてもニュアンスをイメージしにくいところだが、動作としては、停車すればすぐにエンジンが止まり、ブレーキから足を離すと0.35秒で即座に再始動するのが特徴。しかもクランキング時の振動も音も小さい、と認識いただければと思う。

 また、たとえば赤信号で止まろうとした瞬間に信号が青に変わり、ドライバーも止まるのをやめて進むことにした、といったときにも、アクセルを踏めばもたつくことなくすぐに加速に移ることができる。

 通常の飛び込み式の場合、エンジンが完全に停止した状態でないと、スターターギアを噛み合わせることができない。しかし実はエンジンは止めようとしても、しばらく惰性で回転してしまうのだ。つまり一度アイドリングストップしようとすると、再始動するには、エンジンが完全に停止し、飛び込み式のギアが噛めるようになるのを待たなければならなくなる。

 つまり、一時停止でアイドリングストップしてしまうと、次の発進でもたつくことになる。だから、従来のアイドリングストップ車は、ちょっとクルマが止まったくらいではアイドリングストップしないように制御されていた。その点、常時噛み合い式の場合、エンジンが完全停止するのを待つことなく始動操作に入れるので、より積極的にアイドリングストップすることができるようになる。

 ちなみに、ライバル車のようにステアリング操作がトリガーとなって再始動するというロジックは、違和感があるとの開発陣の判断から組み込まれていない。価格的には、坂道でのずり下がりを抑えるためのVSCとセットで6万円のプラスとなる。VSCとセットと考えると、それほど高くはないと思う。

アイドリングストップ機構を持ったFのSMART STOPパッケージ。より積極的にアイドリングストップするが、ちょっとした一時停止の後の再発進にももたつくことはなかったアイドリングストップ中にはメーター内にランプが点灯する
クランクシャフトとリングギアの間にワンウェイ機構を持たせたことで、スターターモーターとリングギアを常時噛み合わせておくことができる通常は飛び出すことでリングギアと噛み合うが、常時噛み合い用のスターターモーターにはギアが飛び出す機構がない

 総じて、価格はそれほど変わらなかったわりに、バリュー感は全体的にかなり上がっていると思う。発売直後の2011年2月の登録車販売では、1月に2位に甘んじたプリウスが首位にもどり、1月首位だったフィットが2位となり、そして3位に392台差でヴィッツが続いた。筆者の記憶では、ヴィッツが世に出て以来、販売トップに立ったことも、さらには2000年にフィットが登場してからというもの、ヴィッツがフィットの販売を上回ったことも、数えるほどしかはなかったはず。

 ところが今度のヴィッツには、ひさびさにヴィッツが月販ナンバーワンの座に返り咲く日が来るかもしれない、いつそうなってもおかしくないと感じさせるインパクトがあった。


インプレッション・リポート バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/

2011年 4月 8日