【インプレッション・リポート】
ベントレー「コンチネンタル GTC」

Text by 武田公実


 

 2011年末、日本に導入されることが正式にアナウンスされたベントレーの新型「コンチネンタル GTC」。そのテストドライブの拠点として設定された熱海のリゾートホテル「ヴィラ・デル・ソル」は、もともと19世紀末に、東京・麻布に建設された紀州徳川家の別邸を移築したものとのこと。スペイン語で「太陽の館」を意味する名称に違わず、まるで地中海に面した南欧リゾートのような雰囲気を漂わせる。

 そして、このクラシカルなホテルの前で待ち受けていたコンチネンタル GTCを初めて目にした瞬間、筆者の脳裏には「コンチネンタル・ツーリング」という、今や死語にも等しい単語が浮かんでしまったのである。

自動車趣味人の最高の伴侶
 いわゆる“ヴィンテージ”期を迎えて自動車のテクノロジーが格段に進化する一方、ヨーロッパ大陸の道路網も急速に発展し始めていた1920~50年代。イギリス人富裕層を中心とする進歩的なモータリストの間では、ヨーロッパ大陸を愛車で旅するコンチネンタル・ツーリングが1つの流行になっていたという。

 コンチネンタルとは「大陸の」という意味の英語。海峡を挟んだ隣国フランスはもちろん、スペインやイタリアなどの地中海諸国、さらに時間と体力、あるいは財力にも余裕のあるものはボヘミアや東欧にも訪れるなど、ヨーロッパ大陸各地の土地の文化や風土、あるいはグルメなどを存分に体験したとのことなのだ。

 したがって、ロンドンを出発してその日の夕食にドーバー海峡付近の名物である舌平目を味わう。あるいは南仏マルセイユに“ちょっとだけ”足を延ばして、ブイヤベースに舌つづみ(地中海側だから実際にはかなり遠い)……などという贅沢も、当時のコンチネンタル・ツアー愛好家たちの間では、よくあるスノッブな自慢話だったらしい。

 

ベントレー Rタイプ

 そして、そんなゴージャスな自動車趣味人たちにとって最高の伴侶とされていたのが、「サイレントスポーツカー」を自ら標榜していた時代のベントレー。その中でも、ドイツのアウトバーンやフランスのオートルートなどの高速道路網が整備された第2次大戦後に登場した「Rタイプ・コンチネンタル」は、そのネーミングからしてコンチネンタル・ツーリングが由来になったとも言われるもので、自家用ジェット機で世界を飛び回る“ジェットセッター”が台頭する以前の富裕層にとっては、まさに最高の憧れの1台となっていたのである。

重量増を感じさせないパワーフィール
 ベントレー史上屈指の名作、Rタイプ・コンチネンタルのスタイリングと精神を21世紀の現代に再現したコンチネンタルGTシリーズも2世代目を迎え、さらなる洗練が加えられることになったが、そのソフィスティケートを極めたキャラクターは、オープン版たる新型コンチネンタル GTCの登場で、いっそう強く印象づけられることになったようだ。

 新型GTCのボディはベントレー自慢のスーパーフォーミング工法で製作され、グラマラスかつスタイリッシュな雰囲気を格段に強めた。とはいえ、グラスエリアを除いてしまえば、既にリリース済みのコンチネンタル GTクーペと変わらないはずなのだが、ルーフの無い分だけ視覚的に軽くなるせいか、格段にスポーツカー然と見えてしまう。

 特にフラットな形状となったトランクリッドがリア・フェンダー周辺の豊満なラインを強調していることから、高い視線から見下ろすと、実はセクシーなコークボトルラインを形成していることがよく分かるのだ。

 そしてスーパーカーとしては重要な走りのファクターでも、新型コンチネンタル GTCは外見から受ける第一印象をまったく裏切らない。さらに言うなら、期待をさらに上回るスポーティなものだった。

 車両重量は初代コンチネンタル GTCから20kgの軽量化が施されたというが、依然として2495kg(メーカー公表値)という超ヘビー級で、新型コンチネンタル GTクーペとの重量差は実に175kgにも及ぶ。とはいえ、もとより最高出力575PS、最大トルク700Nmという怪物的パフォーマンスを発生するW型12気筒ツインターボエンジンは、その程度のウェイト差などまるで感じさせないだけの、迫力満点のパワーフィールを見せてくれる。

 実際のところ、日本国内で良識の許すスピード域で走っている限りでは、GTクーペとのパワー差はまったくと言ってよいほど感じられなかったのだ。スペックシートによると、最高速は314km/h、0-100km/h加速は4.8秒という超高性能車だが、たとえ一般道でのドライブでも、少なくともその片鱗だけは感じることができた。

 また新型GTクーペでは先代以来のハスキーな重低音に加えて、いかにも12気筒らしい朗々としたエキゾーストノートでドライバーの耳を楽しませてくれる“サプライズ”があったのだが、さらにGTCではルーフのない分、音楽的な咆哮がよりダイレクトに耳に飛び込んでくる。もちろん絶対的な音量は大きくないのだが、自動ブリッピング機能付きの「クイックシフト」6速ATで、シフトダウン時の「ファーン」というサウンドを轟かせつつ走るのは、スーパースポーツカーを操る者の特権的な快感と言えるだろう。

 ワインディングにおけるハンドリングについても、試乗前にスペックをおさらいした段階での予想を、よい意味で裏切るものとなっていた。初代のコンチネンタルGT系モデルは、クーペ/GTCともに高速ツアラーとしての本分に従って、スタビリティ重視のシャシーチューニングが施されてきたが、昨年デビューした新型では前後駆動配分40:60の4WDシステムを採用するおかげで、フットワークについても明らかにスポーツ志向を増していたことは、以前お届けした新型GTクーペのインプレッションにも記したとおり。

 しかし、コンチネンタルGTクーペと比較すれば175kgも重いはずのGTCは、件の新型GTクーペと同等、あるいはそれ以上にスポーツカー的なドライブ感覚を感じさせてくれたのだ。

最上級のコンチネンタル・ツアラー
 絶対的なウェイトがGTクーペよりも大幅に重くなっていることは、例えば4段階の可変ダンパーを最もハードなポジションに設定しても、あくまでシットリした乗り心地で路面のバンプをいなしてしまうことからも、一目瞭然である。しかし、GTCはその重さをまるで苦にすることなく、コーナーでは優れた回頭性を見せてくれる。得意の高速コーナーはもちろんのこと、どう考えても苦手分野であるはずのタイトコーナーでも、嬉々としてノーズの向きを変えるのである。

 この、意外なほどに(?)シャープなハンドリングなハンドリングについて、試乗後にベントレー モーターズ ジャパンに尋ねてみたところ、実に興味深い返答があった。テール側に重量のかさむソフトトップとその開閉機構を持つGTCでは、結果として前後の重量バランスがかなり改善される。それがGTクーペにもまして気持ちのよいハンドリング特性をもたらしているのでは? とのことなのだ。

 たしかに、それは動体力学的な理論としては納得できる。しかし、やはり2.5tにも達する巨体が、これほどクイックなハンドリングを実現していることには驚きを禁じ得ない。巨大なオープンボディを振り回すようにワインディングを駆けまわるというのも、かなり前時代的、あるいは背徳的な愉悦と言われてしまうかもしれないが、楽しいものは楽しいと表現するほかないのである。

 高速道路ではクローズドのまま、GTクーペと同様のゴージャス極まるインテリアに包まれるようなハイスピードツーリングを堪能し、目的地付近のワインディングではソフトトップを降ろして、ちょっとワインディングを攻めてみる……この車に最も似つかわしいのは、おそらくそんな使い方だろう。

 島国である日本はさすがに「コンチネンタル」と呼ぶわけにはいかないが、世界のどこにも負けない、美しい風土と文化を誇る国だと思う。そして新型コンチネンタル GTCは、この車でわが国の至るところを旅してみたいなどという願望を呼び起こさせてしまう、素晴らしいコンチネンタル・ツアラーとなっていたのである。


インプレッション・リポート バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/

2012年 2月 29日