【インプレッション・リポート】
STI「S206 NBR CHALLENGE PACKAGE」

Text by 岡本幸一郎


 2011年11月24日に計300台の限定で発売されたSTI(スバルテクニカインターナショナル)のコンプリートカー「S206」だが、発売の時点で、すでにカーボンルーフなどの付く限定100台の「S206 NBR CHALLENGE PACKAGE(以下NBR)」は完売という異例の事態になったのはご存じのとおり。

 さらに、2011年末に開催されたメディア向け試乗会の最中には通常版のS206も完売となり、S206を手に入れるには中古車を探すしかないのが現状だ。おそらくSTIの関係者の多くが、限定300台といわず、もっと数を作る計画を立てておけばよかったと後悔しているに違いないが、訊けば、STI史上最高価格となる同モデルが、それほど売れるとは考えにくかったため台数を絞ったほうがよいと判断したと言う(ちなみに、前回のコンプリートカーである「R205」は限定400台で、完売までそこそこ時間を要した)。

 ところが、1年前に「tS」を購入せず、スキップしてSシリーズの登場を待っていた人が少なくなかったこと、あるいは限定発売台数を減らしたことなどの理由により、こうして早々に売り切れたと思われると関係者は述べている。

 それにしても、実車どころかカタログすらなく、試乗記すら掲載されていない段階で、300台もの600万円近い高価なクルマが完売となったというのは、いかにSTIのSシリーズが高く信頼されているかを物語るエピソードといえるだろう。ちなみにS206はインプレッサのセダンがベースとしては6年ぶりのSシリーズになり、STIの辰己英治氏が1台を手がけた最後のモデルとなる。

 試乗モデルは、S206と同じく2011年11月に発売されたインプレッサ WRX STI A-Lineの特別仕様車「タイプS」と、S206のNBR。ちなみにNBRの「チャレンジパッケージ」というネーミングは、2011年のニュル24時間レースの優勝をアピールするのではなく、あくまで今後もチャレンジャーでありたいという思いを込めてのものだと言い、2012年も連覇を果たした。

 まずはA-Line タイプSで軽く肩慣らし……といきたいところだが、写真のとおり路面はヘビーウエットで非常に滑りやすかった。しかし、このクルマはいたって安定した中で、13.0:1という非常にクイックなステアリングレシオによる俊敏なハンドリングを楽しめる。そして、2.5リッターターボエンジンと5速ATという組み合わせによる、豊かな低速トルクとATにより、イージードライブで高性能を存分に味わえるのがポイントだ。

雨の中での試乗となった

 そしてS206。A-LineタイプSも、見た目の迫力はかなりあるほうだと思うが、19インチタイヤ&ホイールを履き、フェンダーにはアウトレットが付き、NBRではカーボンルーフやドライカーボン製リアスポイラーが与えられるS206は、さらに迫力が増大している。エアアウトレットはダミーではなくエンジンルームやブレーキの熱気が効率よく抜けるよう綿密に設計されたものであり、あとで加工するのではなく、生産ライン上で穴を開けるので、塗装性能も市販車と同等という。

 ドアを開けると、まず赤いサイドシルプレート(NBR専用)が目に入り、コクピットをのぞくと、シートベルトも赤く彩られているのが分かる。これを締めると公道では対向車からも一目瞭然だろう。専用のレカロ製バケットタイプシートに収まり、ステアリングホイールを握ると、なんとなく触り心地がしっくりくるなと思ったら、実は革の質まで標準車から変えているらしい。

カーボンルーフや専用ドライカーボン製リアスポイラーなどを追加装備した「NBR CHALLENGE PACKAGE」
NBR S206はブラックの専用BBS製19インチ×8 1/2J鍛造アルミホイール。タイヤは、245/35 ZR19 93Yのミシュラン パイロットスーパースポーツパワーユニットは、専用ボールベアリングターボ、専用チューニングのECUなどにより、最高出力235kW(320PS)、最大トルク431Nm(44kgm)を発生
こちらは通常タイプのS206。カーボンルーフや専用ドライカーボン製リアスポイラーなどを装備しないホイールはシルバーに

 R205もかなり速かった記憶があるが、S206をドライブしたところ、さらに上を行っているというのが第一印象だ。ムービングパーツのバランス取りをし、ボールベアリングターボチャージャーについても、spec Cに対して、R205ではタービン側のみだったところ、S206ではコンプレッサー側も変更し、より効率を高めたとのこと。これにより回転フィールがよりスムーズになったうえ、最大トルクの発生領域が高回転域まで広がり、出力についても低回転および高回転域での厚みを持たせることができたと言う。

触り心地も変更されたレカロ製バケットタイプシート各部にSTIのロゴが見えるインテリア。レッドゾーンは8000rpmから
専用パーツを各種装備

 走り出すと、レッドの8000rpmまで、まだまだ回りそうな余力を残したまま一瞬で吹け切ってしまう。とにかく圧倒されるほどパワフルだ。ハーフスロットル領域でのレスポンスも素晴らしく、これほどハイパワーながらとても扱いやすい。ショートストロークのシフトのガシッとしたフィーリングも頼もしく好印象だ。

 足まわりの仕上がりも素晴らしい。S206ではSTIとして初めて19インチ仕様としたのも特徴。タイヤ銘柄は、現時点でもっともクセがなくオールラウンドに使え、ウェット性能にも優れるという点で、これ以上のものはないことから選んだというミシュランのパイロット スーパー スポーツ(Pilot Super Sport)を履く。

 ステアリングレシオは15.0:1とクイックで、そのステアリング操作に対して遅れることなくヨーが立ち上がり、リアも遅れることなくついてくる。いわゆるオツリが出ることもなく、すべてが一体となって応答する、この感覚はこのクルマならでは。カーボンルーフが与えられたNBRでは、運動性能に影響する車両の高い位置のイナーシャがより小さくなるので、なおのことだろう。

 これほどヘビーウエット路面となると、DCCDをいじったときの変化がより分かりやすい。フロントよりにしたほうが安心して走れるし、リアよりにしてテールを振りながら走ることもできる。このような状況でも「AUTO」にしておけば、もっともクセがなく、そして速く安定してドライビングプレジャーを感じながら走ることができる。専用設定のVSCもやや攻めた設定になっていて、ドライビングを妨げることはない。

 エンジン出力もさることながら、タイヤの高いグリップ性能や、DCCDによるトラクション性能とあいまって、こんなウェット路面でも、アクセルを踏んだ瞬間にドンと前に出る感覚があるあたりも、このクルマなればこそだ。クルマというのは、どこかの要素を引き上げると、それに合わせてあらゆる部分のバランスを取らないとトータルでの完成度は上がらないものだが、それがS206は、これ以上はなかなかないと思えるほど煮詰められている。だから、このような走りができるのだ。

 ビッグパワーを受け止めるブレーキもバツグンだ。剛性感が高く、速さに対する担保として十分すぎるキャパシティと、まるで右足先の動きとダイレクトにリンクした制動感を得ることのできるコントロール性のよさも光る。速くても、その速さを何も心配することなく楽しめる。さらにブレーキは、音の発生を抑えるため、従来のグルービングからドリルドに変更されている。

 フルブレーキングしてもノーズダイブする感覚もなく、姿勢変化が極めて小さく抑えられているのも特徴だ。このあたりは、先にドライブしたA-LineタイプSとの大きな違いである。

 現行WRX STIのセダンをベースとするSシリーズを心待ちにしていた人も少なくないことだろう。そんな彼らの期待を裏切らない完成度を、S206は見せつけてくれる仕上がりだった。大雨の中ではあったが、このクルマをドライブして、どうして発売前に受注が集まり、そしてほどなく完売してしまったか、なんとなく分かったような気がする。

 すでに完売となると、果たしてこの試乗記が何かのお役に立てるのかという気もするところだが、今年の7月3日にWRX STI spec Cの4ドアが新たに追加された。現行WRX STIシリーズとしては、最後のバリエーション追加になると思われるが、STIにWRXの開発PGM(プロジェクト・ゼネラルマネージャー)である森宏志氏が移籍したこともあり、WRXをベースとしたさらなるSTIコンプリートカーの登場に期待したいと思う。


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http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/

2012年 9月 20日