大原雄介のカーエレWatch

Active Safety(6)

 画像認識からレーダーに続いて、なぜか今回は再び画像認識に戻ったりするが、今回はちょっと毛色の違う話でナイトビジョンシステムの話をご紹介したいと思う。

 自動車向けにナイトビジョンという名称が日本で広まったのは、もともと本田技研工業が2004年8月に発表した「インテリジェンス・ナイトビジョンシステム」からではないかと思う。肝心のホンダは2008年~2010年の「レジェンド」に装備したものの、その後が続かないでいるが、最近では高級車を中心に装備する車が(特に国外で)増えてきている。

 もともとは、Nocto Vision(Nocto:ラテン語の夜)とかImage Intensifier(画像増倍装置)、Star Light Scope(星明りで見えるスコープ)などの用語の方が一般的だったし、日本語では「暗視装置」というのが普通だったが、自動車向けはすでにNight Visionで普通に通用するようで、Wikipediaにもこんな項目があるくらいだから、もうナイトビジョンで構わないだろう。

 ナイトビジョンの原理は簡単で、通常の可視光以外に近赤外線領域まで見えるようにしたカメラで前方を表示する、である。これで済ませてもいいのだが、折角なのでもう少しきちんと説明したい。

 図1は電磁波のスペクトルをまとめたものである。電磁気学的には光も電波も、もっと言えばX線とかガンマ線は波長が違うだけで同じものある。ただし光は目で見えても電波やX線は見えない。これは、例えば音波は耳で聞き取れるが、超音波は聞き取れず、その代わり振動の形で体感できるのと近い。要するに人間の感覚器官は非常に狭い範囲の周波数しか感知できないということだが、これはそれはさておく。

図1

 このスペクトルのうち、我々の眼が捉えられる、いわゆる「可視光」というのは、スペクトル全体の中でごく僅か、波長で言えば400~700nm程度の範囲のものでしかない。人間の目の場合、波長の長いほうが赤く、短いほうは青というか濃い紫として認識されることになる。この範囲から外れる部分に関しては、波長の長い方は「赤の外」にあるから赤外線、逆に短い方は「紫の外」にあるから紫外線という訳だ。

 赤外線に関しては、さらに厳密に言うと

・近赤外線:750nm~1.4μm
・短波長赤外線:1.4~3μm
・中波長赤外線:3~8μm
・長波長赤外線(熱赤外線):8~15μm
・遠赤外線:15μm~1mm

などと分類される。要するに近赤外線というのは、不可視ではあるが、通常の赤色の可視光に比較的近い波長の光だと考えればよい。

 さて、この近赤外線は人間の目では見ることはできないが、これは単に人間の目がそういうつくりになっているだけの話で、例えばマムシやハブ、ニシキヘビなどはピット器官という感覚細胞で赤外線を感じられる(単に感じるだけではなく、映像としてみることができるらしい)し、逆にモンシロチョウとかミツバチは紫外線を感知できるそうである。別にこうした動物や昆虫だけでなく、いわゆるTVカメラなども、やはり赤外線を感知することができる。この性質を利用して暗闇でも視界を確保できるようにしたものが、「暗視装置」の始まりである。

 この暗視装置、最初に使われたのはまたしても軍事向けである。第2次世界大戦中真っ只中の1939年にドイツ軍がパンター戦車に搭載した「Nacht Jager」が最初のものだが、すぐにソビエト軍も同等のものを装備したし、さらに個人用の暗視装置なんてものも開発された。

 当時のことだから、撮影そのものは撮像管という真空管方式で、この撮像管に近赤外線領域まで感知できるようにしたものが使われた。で、表示もやっぱり真空管方式(要するにブラウン管)であるが、当時のことだから白黒である。要するに可視光領域だろうが近赤外線領域だろうがお構いなしに撮影して、それを表示するというものである。

 「赤外線だと色はどうなる?」という話に関しては、白黒映像だから色もへったくれもない。こうした暗視装置はしばしば緑色の映像で記憶されるが、これは緑色が「人間の感知できるスペクトルのちょうど真ん中あたり」(図1で550nmあたりが緑になっているのがお分かりだろうか?)ということで、それが見やすいから緑色に表示しているだけ(つまり白黒ではなく緑黒)で、別に赤外線領域は緑に見えるとという訳ではない。

 さて、初期の暗視装置は感度がわるかったので、遠距離を見渡すためには明るくしないといけなかった。このため、赤外線を出すサーチライトと併用して見るという仕組みになっている。これをアクティブ型と呼ぶ。イメージとしては、感度の低いカメラで暗いところを撮影するためにはフラッシュを焚かないといけないようなものだ。

 ただその後、撮影管の改良(光電子増倍管と呼ばれる、入力してきた光を増幅する真空管が発明された事が大きい)などにより、サーチライトを使わなくても星明かり程度の明るさがあれば、見渡すことが可能になった。この方式はパッシブ方式と呼ばれる。Star Light Scopeと呼ばれるものは、このパッシブ方式の暗視装置を指している。このパッシブ方式は1960年代に登場、ベトナム戦争などに投入されている。

 これについでMCP(MicroChannel Plate)と呼ばれる新しいセンサー方式が1970年代末に開発され、これを応用した第2・第3世代の暗視装置が1980~2000年にかけて出現するようになった。実は現在も軍用の暗視装置はこのMCPを使ったものが少なくないし、他にもX線とかイオン、紫外線などの検出にMCPは応用されている。

 さて、こうした暗視装置はあまりに高性能なこともあって、未だに輸入出規制が掛けられており、例えば米軍が利用している「AN/PVS-14」とか、これを国内でライセンス生産した陸上自衛隊向けの「JGVS-V8」の場合、価格そのものも高い(例えば平成22年度における平成月別契約情報/随意契約[基準以上]を見ると、1172台で8億2942万4400円になっているので、1台あたり70万7700円である)うえ、個人には販売してくれない。なので、これをそのまま車に使うことはできない。

 ところが最近はこうした高価な暗視装置を使わなくても、比較的簡単に赤外線を捕らえる事ができるようになった。それはデジタルカメラに使われるCCDあるいはCMOSセンサーである。CCDの場合は300~800nm付近の波長で感度があり、ものによっては1μm(104Å)付近まで感度を保つものがある。CMOSセンサーも同じで、こちらも1.1μm付近まで感度がある。

 実は通常のデジタルカメラの場合、こうしたセンサーをそのまま使うと赤外線領域まで撮影できてしまい、目で見た映像と違うものが撮影されてしまう。これを防ぐため、通常はセンサーとレンズの間に赤外線フィルタを挟み、700nmより長い波長の光を減衰させることで赤外線領域をカットしている。ただ完全にカットし切れないため、例えばリモコンの赤外線LEDの光を撮影したりできる(Photo01、02)。

Photo01:筆者宅のクーラーのリモコン。穴の開いている場所に赤外線LEDが仕込まれているが、勿論目では見えない
Photo02:ボタンを押すと、こんな具合に点灯しているのが撮影できる。が、もちろん目では見えない

 逆に言えば、この赤外線フィルタを外してしまえば、普通に赤外線領域の撮影ができることになる。しかもご存知の通り最近のCMOS/CCDセンサーの感度向上や価格低減の勢いはすさまじく、さすがに軍用の暗視装置ほどではないにせよ(そこまでの能力はそもそも要らない)、前方数十mの監視には利用できるほど性能がよくなってきた。

 ということで、やっと話は車に戻る。比較的簡単にナイトビジョンのシステムを車に搭載できる環境が整ってきたため、自動車にこれを搭載しようという機運が高まってきている。先に書いたホンダのレジェンドはかなり先駆的な例に入るが、最近ではヨーロッパの高級車がこれを搭載するようになってきている。こちらの動画は米Car and Driver誌がメルセデス・ベンツ「CL550」、アウディ「A8L」、BMW「750i」の3車種のナイトビジョンの性能を比較した際のものだが、他にもサードパーティーから後追いの形で搭載できる製品(例えばThermalVideo.comのFLIR PathfindIRはデモ動画 http://www.youtube.com/watch?v=9y3kSvrXYmA も上がっている)などもある。

 こうしたナイトビジョンのメリットはいくつかある。まずメーカーの観点からすれば、とりあえず必要となる要素技術は既に確立しており、別に新規の技術的な開発要素は無い。ホンダのようなインテリジェンスシステムはともかく、Car and Driver誌のテストに出てくるような「ただ前方を表示するだけ」のものでよければ、実装は非常に簡単である。

 一方ユーザーの側からのメリットは何か? といえば、夜間などにおける視界の拡大が挙げられる。そもそも暗視装置のメリットにも繋がる話だが、赤外線まで視野を広げることで何が嬉しいかといえば、熱の情報を視覚として取り入れられるからである。先に示したホンダのプレスリリースをご覧いただくと分かるのだが、夜間で対向車があったりすると、その対向車のヘッドライトに幻惑されてしまい、前方を歩く歩行者が非常に認識しにくい。ところが赤外線領域まで視野を広げた場合、歩行者自身から発せられる熱が赤外線の形で取り込めるし、また視野を広げたことで相対的にヘッドライトの光がそれほどまぶしくなくなっているため、背後の情報なども見やすくなっている。

 また、変な話かもしれないがアクティブ型のナイトビジョンの場合、法規制に引っかからないというメリットもある。これは国によって違う話であるが、大体どこの国であってもヘッドライトの光度の最高値やその向きなどは厳しく定められている。これは当たり前の話で、対向車を幻惑してはならないように配慮した結果であるが、この結果として遠くまで見通せる様な大出力のヘッドライトは搭載できない。

 ところが赤外線ヘッドライトはほとんどの国で規制範囲外だし、実際人間が赤外線ヘッドライトで幻惑されることは無いから、遠くまで届くような配置・出力のヘッドライトを搭載することが可能になる。これは、夜間であっても遠くまで見通すことができる暗視装置を作れるという意味になる。実際、例えば2002年にトヨタが米国で発売したレクサス「LX470」と「ランドクルーザー・シグナス」には、こうしたアクティブ型ナイトビジョンがオプションで搭載されている。

 こうしたナイトビジョンは、Active Safety(1)(2)でご紹介したカメラ方式の衝突回避ソリューションに簡単に組み合わせることができる。というか、単に前方表示だけでよければ、赤外線フィルタを外したCCDカメラを1個追加して、あとはカーナビなりインフォテイメントスクリーンなりにその画像を表示するだけでいいから簡単である。

 ただそこから一歩踏み出して、画像認識を加味した衝突回避まで進めるためにはちょっと手間がかかる。これは従来のカメラベースの画像認識は専ら可視光を対象にしていたことと関係する。つまり赤外線領域まで広げてしまうと、ものの見え方が変わることになる。

 一例を挙げれば、前走車のエクゾーストからは当然熱い排気ガスが出てくるから、赤外線領域ではこのエクゾースト付近が輝いて見えてしまうことになる。したがってこうした輝きを除外する、という処理は当然に必要になる。ただ、単なる前方表示ではやはり運転の集中しにくくなるわけで、本来は赤外線領域まで使って前方の障害物や歩行者などを検知、これを情報の形で示してくれるほうが好ましい。

 ここまで統合した一例がBMWのナイト・ビジョンで赤外線カメラを使って遠くの障害物などを検知、それをディスプレイに情報として示してくれる。BMWによるコマーシャル動画はこちら。ただここまで統合するには、ソフトウェア側でのさらなる処理が必要である。結果としてこのBMWナイト・ビジョンのオプション価格が32万円(BMW 550i向けの価格設定)になるのも無理かならぬところ。

 そんなわけでまだ広く普及するという域には達していないものの、通常の画像認識方式の普及が一段落したら、次はナイトビジョン機能の普及が始まるだろうと見られている。

【お詫びと訂正】電磁波の記述に誤解を招く部分があったため、修正しました。

大原雄介