ペブルビーチ・コンクール・デレガンス

(Photo by 荒川正幸)

 毎年、日本のお盆休みの頃の週末、カリフォルニアの北、サンフランシスコの下の海岸沿いにあるモントレーという町の周辺で、ヒストリックカーのイベントがいくつか同時に開催されます。コンクールやショー、レースにオークション……ヒストリックなクルマが好きな人にとっては、モントレー周辺は夢のような場所に変わります。

 私がこの時期にこちらを訪れたのは、4年ぶり4度目。今年はペブルビーチで開催されたコンクール・デレガンスや、ラグナセカサーキットで行われたヒストリックカーレースを見てきました。

 まずはコンクール・デレガンスから。アメリカでも有数のペブルビーチ・リゾートで開催されたコンクール・デレガンスは、ヒストリックカーのコンクール=コンクール・デレガンスの他に、ドライビングイベントの「ツール・デレガンス」、この手のクルマ好きに響くような絵やアンティークグッズなどを展示/販売している「レトロオート」、そしてコンクールに登場するような最上級のクラシックカーが集まるオークションの4つが、主なイベントになっています。施設内にはプレミアムブランドもブースを出し、近年はここでニューモデルやコンセプトカーを初披露するメーカーもあるから、目が離せない。

 しかし、やはりここは、まるでオートモービル・ミュージアムのような会場で見るヒストリックカーたちが主役です。ペブルビーチ・ゴルフ・リンクスの18番ホールの芝上に、55グループに分かれた231台の貴重なモデルたちが並びました。その風景は何とも美しく、特別な場所であると感じられます。生まれた時代も国も、また育った場所もさまざまな1台1台がオープンスペースで静かなオーラを放って、私の足を止めようとするのです。好みのタイプはあるにせよ、時間が許す限り貴重なモデルたちを1台ずつ見てまわりたいという気持ちになります。

今年の Best of the Showに輝いた、Mercedes Benz 680s Saoutchik cabriolet(1928年)(Photo by 荒川正幸)
各部門で選ばれたモデルが1台ずつ表彰台で表彰される様子(Photo by 荒川正幸)

 

Gran Turismo Trophy 2012は、Ferrari 500 Mondial Pinin Farina Coupe(1954年)でした(Photo by 荒川正幸)

 その一方でここはコンクール会場、これらを43名の権威ある審査員が審査し、賞を付けていく様子にもしばしば出くわし、その様子を眺めているのも楽しい。ちなみに審査員の中には日産自動車チーフ・クリエイティブ・オフィサーの中村史郎氏、「グランツーリスモ」の生みの親、山内一典氏ら日本人もいらっしゃいます。そしてここで審査されるモデルたちはただ古いだけでなく、クルマのヒストリーが明らかなモデルも多いようです(それが大前提かもしれません)。動物に例えたら失礼かもしれませんが、ドックショーで血統書付の犬が審査されているみたいな感じとも言えそう。

 また100歳以上もしくはそれに近い年齢のクルマも多く、この日この場所に居るクルマたちがこれまでどんな時を経てここにやって来たのかを思うと、感慨深くジーンときます。そして奇跡の産物のようにも思えてなりません。

審査員の審査風景審査員の山内さんとカーデザイナーの児玉さん

 このコンクールの特徴や魅力について、審査員の山内さんにお話をうかがってみたところ、山内さんは3つの側面があると言います。「1つは、もちろんこれはコンクールで、流通するクラシックカーにアワードを与えて、その価値=値段をオーソライズする権威付けの場所」。

 「2つめは、これは近年になって急激に変化してきたところですが、自動車メーカー、とりわけ高級車・スポーツカーメーカーにとっての新車発表の場所。モーターショーではなく、ここで新車を発表するプレミアム・ブランドは増えましたよね」。

 「3つめが、自動車にかかわり、クルマを愛する人たちのサロン的な場所。ペブルビーチではメーカーの垣根を越えて、クルマ好きの人たちの交流がありますね。美しいペブルビーチの地場が生み出す、甘くて開放的な気分がそうさせるんだと思います。他にはなかなか同じような場所を思いつきません」。

 クルマを愛する人たちのサロン……我々はそれをクルマと一緒に眺めているわけです。実は、ペブルビーチはクルマを見るだけではなく、訪れるゲストたちのファッションも非常に興味深い。私はどちらを見ようか、常にキョロキョロしてしまいます。

敷地内で開催されていたオークションの様子入場料は250ドル! もしも1ドルが120円だったら3万円!? 必然的に来場者も絞られているのではないかと思いました

 さらに山内さんは続けます。「並んでいるクラシックカーは毎年違った顔ぶれですが、それらを見て、いつもため息が出るのは“自動車という芸術”についての大半の表現、試みや実験は、もう70年ぐらい前に、すべて偉大な先達が行っていたんだな、ということです」。

 「内外装のデザインの洗練の度合いは凄まじいものですし、現代のクルマよりモダンなデザイン、未来的な表現、前衛的な造形、あらゆることが遙か昔に、もうすべてトライされていたんだ、ということが分かって、現代のクルマについて、あーでもない、こーでもない、と言っていた私は自身の無知を恥じました。クラシックカーって、単に古いクルマだと思っていたんですが、そうではなかったんですよね。そこには過去だけじゃなくて、クルマの未来への夢が満載されていた。モーターショーに行って、新しいクルマの提案を見るのも刺激を受けますが、ペブルビーチで受ける刺激というのは、その何倍もありそうな気がします」。

 デザイン性が高いのは外観のみならず、私もメーターパネルやシート、ドアトリムまで今見ても新鮮なデザインに魅了されることもしばしば。写真を撮ってもきりがありません。1950年製アルファ ロメオ 6Cの内装は、クルマでもこんなデザインが存在するのかと感心しました。

アルファ ロメオ 6C 2500 SS ツーリング・クーペ(1950年)。ボディーのデザインもさることながら、インテリアのお洒落さは今年の私の第1位。ステアリングのデザインをはじめ、ドアトリムに配置されたドアを閉めるためのチェーン、そしてサイドポケットはクラッチバックのようなデザインであり、葉っぱをモチーフにしているかのようなカタチもとても素敵!
フェラーリ 212 エクスポート ツーリング ベルリネッタ(1951年)ベンツ プリンス ハインリヒ(1908年)。この2日前に行われたツール・ド・エレガンスでも走行を披露していましたAC部門。手前のモデルはAC エース ロードスター(1960年)
アメリカン・スポーツ・カスタム部の1台、ヴィンス ガードナー スチュードベーカー “バブルトップ”(1947年)
Norman Timbs Emil Diedt Roadster(1948年)。メカニカル・エンジニアはNorman E. Timbs。2年をかけて造られたこのモデルのボディーは、Emil Diedtによってアルミで製作され、Auto UnionのType CやMercedes-Benz W25などに影響を与えたのだそうです
ジャガー XK120 ロードスター(1949年)は、ジャガーによってつくられた最初の左ハンドル車なのだそうですフェラーリ コンペティション部門。フェラーリ 410 スポーツ スカリエッティ スパイダー(1956年)(手前)フェラーリ 375 プラス ピニン ファリーナ カブリオレ(1955年)は、ベルギーの王様、King Leopold IIの2台目のフェラーリとして作られたのだそうですが、巡り巡って現在はイリノイ州の方がオーナーでした

 

ハンドルを握っているのは、スターリング・モス

 そんなクルマたち、芝生の上に並ぶ前々日には、その多くのモデルが実際に走行を披露するツール・ド・エレガンスが行われます。走行が可能であることを示すことで、評価が上がるのだそうです。カリフォルニアの西海岸を北から南へと走るルート1号線=PCH(Pacific Coast Highway)を走り、アメリカ人も1度は訪れたい街として有名なカーメルの町に、クルマたちは立ち寄ります。

 カーメルはアートショップやファッションなどさまざまなお店が建ち並ぶ目抜き通りがあり、有名ブランドショップも出店しているのですが、個性的ながらもトーンに統一感のあるお店の1軒1軒が何とも可愛らしい。クルマはその目抜き通りに列を成します。ペブルビーチは入場料を払う必要がありますが、カーメルの町中で見るのはタダ。それを知ってか知らぬか、夏休みシーズンでもあるこの時期の町には多くの人が集まり、クルマを見物していました。

 オークションはペブルビーチでも開催されますが、モントレーの町にあるホテルでも何となく通りかかった歩行者でも様子を覗き見することもできます。参加者や関係者、そしてこのイベントに訪れる人たちで周辺のホテルも町中のレストランも賑わい、この数日は独特の空気に包まれていました。次回はラグナセカのレースやイベントを紹介します。

飯田裕子のCar Life Diary バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/cld/

(飯田裕子 )
2012年 9月 21日