【日本GP/中国GP】
見えたルノーとマクラーレンの進化
チャンピオン争いは最終戦へ

 

  日本GP開催前の時点で、ドライバーズランキングトップのルイス・ハミルトン84点。2番手フェリペ・マッサ77点。3番手ロバート・クビサ64点。4番手ライコネンが57点、5番手ニック・ハイドフェルトが56点。チャンピオン候補は、ハミルトンから30点以内のこの5人に絞られた。クビサ以降の3人については、ハミルトンとマッサが上位に入り続けると、逆転ができないため、日本GPは、事実上ハミルトンとマッサの一騎打ちでのチャンピオン争いになるはずだった。

予選でのタイヤの使い方が明暗を分けた日本GP
  改修された富士スピードウェイでの日本GPは今年で2年目を迎えた。土・日曜日が雨で荒れた前年とは異なり、今年は土曜日午前のフリー走行が小雨に見舞われただけで、おおむねよい天気に恵まれた。

  だが、この土曜日午前のフリー走行は、通常予選に向けた最終調整をするためのものだが、これがウェットコンディションになったため、予選への対応が万全ではないチームやドライバーも出てしまった。

  また、今年の富士スピードウェイは、国内レースなどで使い込まれたことで、路面がやや粗くなり、タイヤのグリップはとてもよいものの、タイヤの消耗を加速する傾向があった。「消耗」という言葉を使ったが、これには表面が削れてなくなる「磨耗」も含まれるが、「磨耗」という点ではブリヂストンのタイヤはレース距離の半分を走り切れるものだった。一方、「タイヤの性能」という点では、周回を重ねるたびに落ち込みが大きくなった。

  日本GPには、4種類あるドライタイヤのうち、ソフトとミディアムの2種類が供給された。ソフトが柔らかいほうで、ミディアムが固いほうとなる。ソフトタイヤはグリップ性能は高いが、性能の落ち込みがより大きいことは当然だった。だが、土曜日のフリー走行でドライコンディションでの予選対応ができなかったため、予選でのソフトタイヤの使い方で明暗が分かれた。

マッサの失敗とホンダの苦悩

  チャンピオンを争うハミルトンは、上手く対応してポールポジションを獲得。ライコネンと、ヘイキ・コバライネンも上手く対応した。だが、フェリペ・マッサは大失敗してしまった。

  トップ10を決める予選Q3セッションでマッサは2回のタイムアタックをした。1回目は、タイヤの性能低下を心配して、1周目のウォームアップを慎重に行ったところ、タイヤの温まり不足でコース前半の第1セクターでタイムが上がらなかった。

  そこで、2度目のタイムアタックではタイヤのウォームアップを積極的に行なった。第1セクター、第2セクターでのタイムは悪くなかった。だが、最終区間の第3セクターでタイヤの性能が大幅に低下してしまった。この第3セクターは、コーナーが連続する上り坂区間でタイヤのグリップ性能がとても欲しいところ。ここでタイヤ性能が落ちることは、予選のタイムアタックでは致命的だった。マッサは5番手になり、窮地に陥ってしまった。

  マッサと同様に最終区間でのタイヤ性能に苦しむドライバーは多かった。また、ホンダはマシンがタイヤの性能を引き出せず、タイヤを激しく磨耗させてしまう最悪の状況になっていた。

  今回ブリヂストンは、FIAと共同で「Make Cars Green」というキャンペーンを展開した。これは自動車ユーザーに向けて、より環境によい自動車の利用の仕方を提言でするもので、タイヤの空気圧を適正にするだけでも燃費性能が向上するなど、知恵とヒントを授けている。ブリヂストンはこれに呼応して、ドライタイヤの溝すべてグリーンの色を塗った。これはすべて丁寧に手塗りされ、通常の柔らかい側のタイヤに入れる白線のためのマーカーメーカーも、今回のグリーン線のために特色のマーカーを製造した。まさに日本的な、細やかな配慮とサービスの成果だった。そして、このグリーン線は、観戦する側にとっても大きな恩恵をもたらしてくれた。それは、グリーンの線の消え方で、タイヤの磨耗状態がよりわかりやすくなったことだ。

  このタイヤのおかげで、ホンダのRA108はミディアムでもソフトでも短時間で溝が薄くなっていくのが分かった。とくにソフト側の磨耗は異常なほど激しかった。自動車はタイヤの性能を引き出し、その性能をできるかぎり長く維持できるようにする。レーシングカーはこの機能をより追求したもので、サスペンション、空気力学、重量配分などもこのためにあると言ってよいほど。RA108のタイヤは、ホンダチームのマシンに対する苦悩を現わしていた。

  一方、トヨタは比較的好調だった。ティモ・グロックは初めて走る富士でも8番手トップ10入りを果たした。「フリー走行ではマシンをセットするもので、タイムや順位は気にしていない」と断言したヤルノ・トゥルーリも、予選では大きく順位を上げて7番手に来た。トヨタチームとしては、もうあと2つ順位を上げたかったところだとのことだった。

  中嶋一貴は、チームから決勝での安定した走りと、フリー走行での的確なセットアップ能力を高く評価されてきた。一方で、予選でのタイムアタックを課題とされてきた。しかし、今回は現役ドライバーで最も予選アタックが上手いとされるニコ・ロスベルクを上回る予選タイムをたたきだした。中嶋14番手、ロスベルク15番手だったが、富士にウィリアムズFW30のマシン特性は合わず、この予選順位は2人のドライバーの頑張りによるところが大きかった。

アロンソとルノーが盛り上げた決勝


  日曜日の決勝は、予報どおりの晴れではなく、曇りとなった。気温と路面温度は予想を下回った。ハミルトンとマッサは、チャンピオン争いという巨大な重圧の中でのスタートだった。ハミルトンはスタートで一瞬出遅れた。トップを獲ろうとする思いで、ハミルトンはイン側を通り1コーナーへのブレーキを大きく遅らせた。だが、減速が不十分で大きくアウトに膨らみ、後続は大混乱になった。これでハミルトンもマッサも順位を落とし、マッサは2周目のシケインでハミルトンに接触。ハミルトンはスタートでの件、マッサも2周目の接触でドライブスルーペナルティを受けて、優勝戦線から脱落。チャンピオン争いが残り2戦に託されることが確実になった。

 

スタート直後の1コーナー。ハミルトンが混乱を引き起こした
 

  混乱をうまく利用したのが、BMWザウバーのクビサとルノーのフェルナンド・アロンソだった。アロンソとルノーチームは、上位入賞の作戦から、即座に優勝狙いへと作戦を変更し、対クビサの戦略をとった。そして、1回目のピットストップでの燃料補給時間を短くすることで、クビサの前に出てリードを広げ、2回目のピットストップのための時間を稼いでトップを維持する作戦を立案した。

 

  アロンソは作戦どおりのハイペースで飛ばした。ルノーチームもエンジニアは正確な情報収集と分析に基づいた戦略立案と指示を行い、メカニックたちは確実なピットストップ作業を行なった。ルノーチームは、土曜日の朝も雨の中、濡れながら何度もピットストップ練習を繰り返していたが、この努力が報われた。 

  アロンソにとって今季のルノー復帰以来、2度目の優勝となった。2005、2006年にアロンソがチャンピオンになったときのアロンソ担当エンジニアは、2007年にウィリアムズに移籍していた。そのため、アロンソは今季新たなエンジニアとコンビを組んだ。今季開幕当初ルノーのマシンR28は戦闘力が低かった。

  元王者アロンソは自分がチームを立て直すという意欲があり、その要求も厳しかった。この要求に対して新たなパートナーとなった担当エンジニアのデビッド・グリーンウッドもよく応えてきた。これが日本GPでの優勝につながった。表彰台には優勝チームの代表も上がるが、ルノーチームはアロンソの担当エンジニアを送った。これは、アロンソがグリーンウッドを勝つための真のパートナーとして認めたことを広く知らせることでもあったはずだ。

  「現時点では極めて難しいが、数字上可能性がある以上、チャンピオン獲得のために努力する」とBMWザウバーのマリオ・タイセン博士は、水曜日に行なわれたBMWのイベントで集まったファンに語っていた。この言葉どおり、クビサは2位となり、チャンピオン獲得の可能性をより現実的なものにしてしまった。前半はアロンソとのトップ争い、後半はライコネンと2位争いと、クビサは2人のチャンピオン経験者とも互角の戦いをし、その成長ぶりもアピールできた。

  ハミルトンとマッサは大きなプレッシャーに押しつぶされ、マッサは2点を取ったものの、ハミルトンは0点。この2人には、不甲斐ないレースになってしまった。だが、勝利への貪欲な姿勢を見せたアロンソとルノーチームは、チャンピオンとはかくあるべきという手本を示し、日本GPを素晴らしいレースにしてくれた。トヨタは、表彰台の目標は果たせなかったが、トゥルーリが5位に入り、昨年までの苦戦から立ち直ったことを示せた。

成功した富士の大カイゼン

チェッカー後、帰路に着く人々
  予選もレースも面白い展開で、昨年のウェットコンディションでは分からなかった、富士スピードウェイの魅力と恐ろしさが、今年のドライコンディションではっきりした。

  富士スピードウェイの改修設計をしたヘルマン・ティルケは、ドライバーにとっていくつかワナをしかけていた。そのひとつが、曲がりくねった第3セクターだ。ここは、単に曲がりくねった登り区間ではなく、傾斜が微妙に変化するため、タイヤとマシンのバランスと限界がつかみにくく、タイムロスをしやすい。予選ではここでソフトタイヤの性能低下が大きくなったドライバーが、大いに苦しむことになった。

  また、この第3セクターを含めて全体にわたってコース幅が広いため追い抜きがしやすく、迫力のあるバトルと追い抜き画楽しめた。

  一方、1コーナーは、ゆるい下りでブレーキングするため、非常に難しいワナとなっていた。フリー走行で入念にチェックしてしたにもかかわらず、スタートであせったハミルトンはこのワナにはまってしまった。それでも1コーナーも大迫力のバトルが見られた。昨年は見通しが悪く問題となり、今回改修されたCスタンドは、絶好の観戦ポイントになったはずだ。

  昨年はバスの運行支障に代表される観客への不都合があったが、今年は大きなトラブルもなく、笑顔で帰られるお客さんが多かった。日曜日もレース後の場内からの車両の出方もスムーズで、SUPER GTよりもすみやかに、退場していた。バスと公共交通機関による観戦は、自動車での移動と比べると、自由度に制限があるが、「帰りの運転の心配がないから、安心して飲みながら楽しく観戦できた」という声も聞いた。

  富士スピードウェイも昨年の問題点から、数多くの対策をしてきた。人と車両の導線を分けてスムーズな場内を移動を実現するために、大きな横断歩道橋が架けられ、それだけでも莫大な費用をかけていた。スタッフたちも「モータースポーツが好き」「F1が好き」という人たちが集まっていた。私も場内放送の実況を土曜日と日曜日に担当させていただいたが、そこに集まっていたスタッフたちもこうした情熱を持った人たちだった。そして、「より楽しく観戦していただきたい」という思いだった。

  サーキット周辺の地域の人たちも日本GPへの理解度が高まり、「昨年はせっかくきた皆さんにタイヘンな思いをさせてしまったけど、今年は上手く行って、楽しんでいってくれるとよいですね」という声も聞かれた。ちょうど、80年代末から90年代初頭の、F1が定着し始めた頃の鈴鹿周辺とよく似た雰囲気になってきていた。

  来年から、日本GPは鈴鹿と富士の隔年交互開催となる。異なる特性のサーキットに異なる観戦手段もあり、日本GPの将来はファンにとって選択肢が増えることになった。

中国GPで進化したマクラーレン、チャンピオン争いは最終戦へ
   日本GPの決勝が終わると、チームの機材はあわただしく中国に向けて発送された。マシンなど主要な機材は、シンガポール-日本-中国と転戦する。コース毎の対応部品は、事前に発送したものと、日本、中国への追加発送となる。日本GPではマクラーレンが大量の追加部品を週末に持ち込んでいた。ここに「最後まで徹底的に戦う」というマクラーレンの完璧主義的な意思の強さが示されていた。そして、その思いは中国GPで結実した。

  予選でハミルトンはほぼ完璧なラップでポールポジションを獲得。一方、フェラーリ勢はタイヤの性能をうまく引き出せなかった。日本での2位で三つ巴のチャンピオン争いに持ち込んだクビサも、マシンのバランスがうまく取れず予選12番手に後退。この時点で、チャンピオン争いからほぼ脱落した。

  決勝でもハミルトンとマクラーレンの速さは別格だった。フェラーリ勢はマシンの性能で完敗だった。「ハード側のタイヤはグリップが乏しかったので、ソフト側を多用するしかなかった」というマッサ。ここに中国GPでのフェラーリの苦境が出ていた。今季のフェラーリF2008はタイヤに優しく長持ちさせられため、決勝は得意だが、タイヤのウォームアップ性が弱点とされた。今回も同様の性格を持っていた。

  対するマクラーレンのMP4-23は、タイヤへやや厳しく、タイヤの消耗が早くなりがちだが、タイヤのウォームアップ特性がよく、予選は得意とされてきた。だが、中国GPでのマクラーレンMP4-23は、タイヤのウォームアップ性能など、よいところはそのままに、弱点だったタイヤの消耗を克服し、フェラーリとほぼ互角にまで持ち込んでいた。結果、グリップ感が乏しいとされたハード側のタイヤをうまく使いこなすことに成功し、決勝でもハミルトンはハイペースを維持できた。

  最終局面に来て、マクラーレンはマシンの弱点を克服し、フェラーリに優位にたっている。チャンピオン争いは、ハミルトン優位で11月2日の最終戦ブラジルGPに持ち越しになった。

  移動日数を考えると、実質作業日数は1週間か10日程度。フェラーリは挽回策を見つけられるか? マクラーレンが引き離すのか?

  マッサは地元サンパウロで、得意なインテルラゴスサーキットで逆転チャンピオンを獲得できるのか? だがマッサが地元優勝しても、ハミルトンが5位以上に入ればハミルトンが史上最年少チャンピオンとなる。ハミルトンがこのプレッシャーに耐えられるか? それぞれに試練と壁があり、日本では深夜となってしまうが、必見の最終決戦になるはずだ。

URL
FIA(英文)
http://www.fia.com/
日本GP(英文)
http://www.fia.com/en-GB/sport/championships/f1/japan/Pages/circuit.aspx
中国GP(英文)
http://www.fia.com/en-GB/sport/championships/f1/china/Pages/circuit.aspx

【2008年10月10日】笠原一輝の「F1観戦の味方、ライブタイミングの楽しみ方」

(Text:小倉茂徳 Photo:奥川浩彦)
2008年10月20日