【トルコGP】
ブロウンGPとレッドブルの激しい戦い
鍵を握ったのは“風”

 タイヤがうまく機能せず、グリップしない。ハードタイヤのほうがソフトタイヤよりも速い? こんな奇妙な状況が金曜日のフリー走行で頻発した。

特殊な路面と気温でタイヤ選択が困難に
 主な原因は、サーキットの路面だった。イスタンブールパークサーキットは、年間のレース開催数が極めて少ない。しかも、前日の木曜日に雨が降ったこともあり、路面の上に土埃などの汚れがかなり乗っていた。路面は薄く土がかぶったような色で、ところによってはディフューザーから出てくる気流で、車体の下から土埃が巻き上げられるシーンも見られた。

 レーシングタイヤは、走行を重ねる事で路面にタイヤのラバーが着き、それでよりグリップ力を高めていく。だが、この状況ではタイヤのラバーが路面に載るという通常の段階まで達しなかった。しかも路面温度は30度から40度の間、つまりハード、ソフトの2種類のタイヤがよく機能する温度の中間で推移した。温度がもう少しどちらかに偏れば、どちらかのタイヤがよりよさそうだ、となるはずだった。

刻々と変わるイスタンブールパークの路面と風が、今回の鍵を握った

 金曜日のフリー走行は、主に新たな部品の評価やセットアップの調整を行うが、最も重要になるのは、午後のP2でのタイヤの評価となる。今回のドライタイヤは、ハードとソフトの2種類のコンパウンドだ。ところが、冒頭のような状況になり、予選と決勝でどちらのタイヤをメインにするのか絞り込みにくい状況になってしまった。これは大部分のチームにとって戦略を決める上で悩みのタネになった。

 土曜日、午前のフリー走行P3は、まだハードのほうが速かった。しかし、路面状態がよくなり始めたことと、路面温度が39度から41度になったこともあり、ハードタイヤとソフトタイヤとの差がごくわずかになった。

 前日よりも風が弱くなったことで、マシンのバランスと挙動もよくなった。今年は空力性能に大幅な制限が加えられたが、このように風による影響を受けやすい点からも、F1マシンはまだ非常に空力に依存しているのが分かる。

 多くのチームは、このセッションで前日のフリー走行でできなかった予選と決勝のセットアップを最終確認し、タイヤ選択と戦略組み立てのためのデータを集めた。そのため、60分のセッションは大忙しになった。

速さを取り戻しつつあるトヨタとフェラーリ

レッドブル、ブロウンに絡むフェラーリとトヨタ
 午後の予選は路面温度が44~45度とよりよい条件になった。走行ライン上の路面の状態がかなりよくなり、タイムは向上していった。タイヤは、ソフトのほうがハードよりもわずかだが速くなり、より常識的な状態になった。しかし、路面はまだ好転していく途中であり、周回数と走行台数が増えるほど路面がどんどんよくなる。そのため、予選は限られた時間の中でも、後半にアタック走行をする方が有利となり、事実上は大部分が1アタックの勝負だった。

 予選は、Q1からレッドブル勢とブロウンGP勢との戦いになった。Q1のトップ4はベッテル、バトン、バリチェロ、ウェバー。Q2はフェラーリ勢とトヨタのトゥルーリがトップに絡み、ベッテル、トゥルーリ、バトン、マッサ、ライコネン、バリチェロの順になった。

 このQ2は燃料搭載量が少ない状態でのマシン本来の速さと仕上がりを見る目安になる。トップのベッテルから13番手のグロックまでが1秒以内の僅差で、今年のF1マシンの性能差が少ないことをあらためて知ることができた。

 また、グロックはアタックに失敗して13番手になったが、前回のモナコGPで低迷したトヨタTF109が、イレギュラーな市街地コースから通常のサーキットに来て速さを取り戻したことも確認できた。TF109はリアウイングの翼端板など、積極的な改良も功を奏したようだ。また、フェラーリのF60も徐々に速さをつけてきている。

 Q3は、決勝のスタート時を含めた燃料を搭載してのアタックとなる。重くなった車体で、高速からのフルブレーキングと高速コーナリングのあるこのコースでは、ソフトタイヤには厳しい。ハードタイヤで周回を重ねながらアタックに入るのか? それとも、ソフトタイヤで1回のアタックに賭けるのか? 答えは、ソフトタイヤだった。トップ4はベッテル、バトン、バリチェロ、ウェバーで、ベッテルとバトンの差は0.1秒も開いていた。

ベッテルは予選を完全制覇。だが直後にはブロウンGPがいる

 ベッテルはQ1、Q2 、Q3ですべてトップを獲る予選完全制覇を達成し、新ディフューザーやより軽いカーボンコンポジット(カーボンファイバーを主にした複合素材)によるギアボックスを得たレッドブルRB5の速さを際立たせた。

 だが、Q3のタイム差は、ベッテルの燃料搭載量が少ないことをうかがわせた。また、初日にはマシンバランスがよくなかったブロウンGP勢は、走行を重ねるごとによいバランスを見つけていくという、「いつもの」パターンに入っていた。

 決勝で有利なのはレッドブルか? ブロウンGPか? この2チームにとって、決勝での展開上、すぐ後ろのフェラーリ勢は不安材料だった。F60はそこそこの速さを取り戻しているうえ、前に出られるとKERSによって追い抜きが極めて困難となる。すると、フェラーリ勢のペースにつきあうことになり、レース戦略を崩されてしまうことになる。

 予選後、決勝スタート時の車両重量が発表された。

 ベッテル=649kg
 バトン=655.5kg
 バリチェロ=652.5kg
 ウェバー=656kg

 やはりベッテルは燃料の搭載量が少なめだった。そして、その戦略と思惑が見えた。ベッテルはポールポジションから15周目のピットストップまでにバトンに対して十分なリードを奪うことで、有利な展開に持ち込むというものだった。

 スタート位置の路面状態は、ポールポジションのベッテルを含めた奇数順位側が走行ライン上で有利。逆にバトンら偶数順位側が、走行ラインの外側の汚れた路面で不利。スタートダッシュに賭けたいベッテルにとって、絶好のチャンスだった。スタート直前、アロンソとコバライネン以外は全車ハードタイヤを選択。ソフトではタイヤへの負担が大きいという判断からだ。

スタートを制したベッテル

空力マシンRB5の弱点
 フォーメーションラップからグリッドに戻ったとき、バトンはノーズを右に向けて止めた。スタートですぐによい路面の側に寄せるぞ、ベッテルの前に出て戦略を崩してやるぞという意思表示をはっきりと見せていた。シグナルが変わるまでのわずかな時間にも、ベッテルとバトン、レッドブルとブロウンGPの激しい闘争心が激突していた。

 シグナルが変わると、ベッテルが前で1コーナーに飛び込んだ。バトンも続く。だが、バリチェロは大きく遅れて中段グループに飲み込まれる。バリチェロの優勝の可能性はほぼゼロになってしまった。

 ベッテルにとって理想的な展開になった。だが、オープニングラップのターン9と10の連続コーナーで安定を失い、トップの座をバトンに明け渡してしまった。次のラップでもベッテルは同じターン9と10のところで安定を失いかけた。なんとか2番手は維持できたが、バトンにリードを許すことになった。

 ベッテルとレッドブルの戦略を打ち砕いたのは、風だった。スタート直後、このターン9と10の区間は追い風だった。これは、前日までの向かい風とは逆だった。向かい風では、車体のスピードはわずかに落ちるが、ウイングなどの空力部品に当たる気流の速度は、車体の走行スピードに風速が加算されて、よりダウンフォースを発生して、安定性を増すことになる。逆に追い風になると、空力部品に当たる気流の速度は、車体の走行スピードから追い風の分だけスピードを減らすことになる。しかも、予選から決勝のスタートまではセットアップは変えられないルールがある。

 すると、ターン9と10の区間で、ベッテルは前日よりもダウンフォースによる安定性が減った状態で走っていたことになる。なぜベッテルだけがミスしたのか? それは、空力の鬼才といわれるエイドリアン・ニューウィーと流体力学のスペシャリストであるジェフ・ウィリスによって生み出されたレッドブルRB5が、空力性能を深く追求したゆえの弱点だったのかもしれない。

バトンの前に出ることができないベッテル

3回ピットストップに賭けたベッテル
 ベッテルは、3回ピットストップの作戦を採っていた。より軽い燃料搭載量でタイヤへの負担を減らして、その分ハイペースで飛ばす。イスタンブールパークは、ピットレーンの時速100kmの制限速度区間が短く、そこの通過にともなうロスタイムも12.6秒と短い。なので、計算上では3回ストップでも有利に展開できることになる。ただし、それで勝つためには、ベッテルはバトンよりも速いラップを重ねる必要がある。バトンよりも1回多いピットレーン通過によるロスタイム分とピット作業分の時間を稼がないといけないからだ。ところが、現状はバトンの後ろで、ペースも抑えられてしまった。

 「(ピットストップ戦略を)2回に変えようかとも考えた」と、ベッテルの心が一瞬揺らいだが、初志貫徹、そのまま唯一の3回ストップの作戦を継続した。

 15周目、ベッテルは予定通り1回目のピットに入り、16周分の燃料を搭載した。一方、バトンは17周目に1回目のピットストップを行い、26周分の燃料を搭載した。しかも、バトンはベッテルの前でコースに復帰した。またしてもベッテルにとって不利な状況になった。

 1回目のピットストップによる燃料搭載量で、バトンのマシンはベッテルよりも25kgほど重かった。計算上ではベッテルはバトンよりも1秒近く速く走れるし、走らなければならない。だが、同じハードタイヤながら、ベッテルはバトンより0.8秒速いラップが限界だった。しかも、バトンに接近ができたものの追い抜くまでには至らなかった。

 バトンの後ろでバトンのペースにあわせると、ピットストップ回数が多いベッテルには不利になる。ここでバトンの後ろにいる時間が長いほど、バトンに優勝のためのよいカードを振り込み、ベッテルは自分の首を真綿で徐々に絞められることになる。

 ベッテルは予定よりも2周早い29周目に、2回目のピットストップに向かった。だが、その前に5周に渡ってバトンの後ろにいたことが、勝敗をはっきりと分けてしまった。ベッテルはチームメイトのウェバーにも10秒先行された。ウェバーは2回ストップの戦略で、3回ストップのベッテルにとって、ウェバーに対して2位を確保するには少なくとも18秒のリードが必要だった。このままでは、トップ2人にトラブルがなければ、ベッテルの3位以下は確定的になった。

イギリスGPは“ご近所対決”の第2幕
 終盤ベッテルはウェバーを激しく追い上げて、2位を奪おうとした。だが、今年のF1は8基のエンジンで全17戦を戦わなければならず、ギアボックスは4戦連続して使わないとペナルティを科せられる。レッドブルRB5は駆動系にトラブルが多いという不安を抱えている。ベッテルの行動はエキサイティングだったが、ウェバーとチームにとっては駆動系への負担を増すことになり、このレースの2位と3位だけでなく、次戦以降への不安を増すことになった。チームが無線で「マシンをいたわれ」と、事実上「追うのをやめろ」いう指示をしたのは、当然だった。

 一方、バトンは終始トップで十分なリードを稼ぎ、残り10周はマシンをいたわってペースを大幅に落とす事もできた。バトンはマシンに負担をかけないスムーズなドライビングでも定評がある上、このペースダウンは次の地元イギリスGPに向けても有利に進める材料にしている。

 ブロウンGP対レッドブル。次のイギリスGPは地元での戦いとなる。しかも、この2チームは、互いにサーキットを挟んで反対方向に車で15分のところに本拠をかまえる。シルバーストンはトルコに続く高速コース。GP001とRB5、バトン、ベッテル、ウェバー、バリチェロによる、最速の座をめぐるバトルの第2幕となる。

またしても勝利はバトンの手に母国開催のGPに、イギリスの国旗を描いたヘルメットで挑むバトン(左)。ベッテルの逆襲はあるのか

URL
FIA(英文)
http://www.fia.com/
The Official Formula 1 Website(F1公式サイト、英文)
http://www.formula1.com/

バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/f1_ogutan/

(Text:小倉茂徳)
2009年6月19日