【モナコGP】
マシンとドライバーの素性が現れるコース
バトンとブロウンGPを止めるのは?

 第67回モナコGPは、木曜日のフリー走行から日曜日の決勝までドライコンディションで行われた。そのなかで、ブロウンGPが改めてBGP001の素性の良さと強さを見せつけた。

自動車本来の性能が試されるモナコ
 今年のモナコGPは、例年と事情が少し異なっていた。昨年までは、車体に小さな翼やフィンを追加して、空気抵抗が増加してもより多くのダウンフォースを稼ぐという、モナコ専用仕様が多かった。モナコは市街地コースで、曲がりくねっているため、できるかぎりダウンフォースを増やして、車体とタイヤを路面に押しつけたかった。

 しかも、海岸付近のトンネルからプールまでの区間以外は比較的低速で、空力抵抗が増えてもあまり問題とはならない。むしろ低速区間で空力装置の効きが落ちるのを、翼を増やしたり、ウイングのフラップを立てたりすることで補おうとしていた。

市街地の公道をコースとするモナコGP。空力に頼れないため、自動車本来の性能とドライバーの腕が重要になる

 ところが、今年のレギュレーションでは、前後のタイヤの間には翼やフィンが着けられないことになっているので、昨年のように追加の部品でダウンフォースを増やす手段が封じられている。すると、ウイングなど既存の部品でダウンフォースを増やすしかなく、これでは去年までのようなダウンフォースは得られない。

 さらに、モナコは市街地の公道とあって、路面は水はけを良くするために中央が高くなって路肩が低くなるキャンバーがついている。これに対応するため、いつも以上に車高を高くセットしなければならない。つまり路面と車体の底の間隔が広がり、ダウンフォースを発生させる効果も弱くなる。

 結果、タイヤの性能を引き出し、良いところを長もちさせ、路面をしっかりとらえて、キビキビと加速、減速、旋回をするには、サスペンションや重量配分といった、自動車本来の性能がより重要となる。

 F1としては特殊な条件のコースで、空力性能規制で自動車本来の機能と性能がよりフォーカスされる状況でも、BGP001は予選から速かった。とくにQ3では、バトンが1番手、バリチェロが3番手を獲得。フェラーリのライコネンが2番手に入ったが、予選後発表された重量から、ブロウンGP勢はライコネンや4番手に迫ってきたベッテルよりも燃料搭載量が多いことが分かり、やはりBGP001が優勢なことを物語っていた。ただし、スタートダッシュでうまく前に出てブロウンGP勢を抑え込めば、ライコネンもベッテルも優勝への活路がありそうだった。モナコはそれだけ抜きにくいコースだからだ。

バトン、バリチェロのブラウンGP勢1-2でスタート

バトン独走
 しかし、決勝はスタートからブロウンGP勢の優勢は変わらなかった。バトンがトップ、バリチェロが2番手となり、それにライコネンとベッテルが続いた。ブロウンGPの2台はスーパーソフトタイヤでスタートし、そのダッシュ力をうまく利用していた。

 しかし、すぐにバトンとバリチェロの間が広がりはじめた。5周目あたりには、バリチェロはタイヤにグレイニング(粒状のめくれ摩耗)ができて、グリップ力が落ちていた。バリチェロはレース後、これが起きた原因を「バトンに接近しすぎたから」と分析していた。つまり、先行するバトン車の起こした乱気流と、気圧の薄いエリアに入って走行した事で、バリチェロ車は前後のウイングが生み出すダウンフォースのバランスが崩れて、タイヤに負担をかけてしまったと言うのだ。

 これは、バリチェロにとっては災難であり、その後ろにいるライコネンとベッテルにはもっと災難だった。というのも、バトンはどんどんリードを広げて有利になる反面、バリチェロに抑えられているライコネンとベッテルはブロウンGP勢よりも早めにピットストップするのが必至で、より戦略上の選択の幅が狭まり、厳しくなっていくからだ。

 ベッテルはさらに厳しい問題も抱えていた。ベッテルもスーパーソフトタイヤと約11周分ほどの軽い燃料搭載量でスタートしたのだが、リアタイヤの消耗が激しく、苦しんでしまったのだ。結果、10周目にピットストップ。この直前でベッテルはロズベルク、マッサ、コバライネンに抜かれて、大きく順位を落としていた。ベッテルはピットアウトしてまもない14周目に1コーナーでクラッシュ。これでレースを終えた。

ベッテルのリタイヤ後はライコネンがバリチェロに抑え込まれた

 今回レッドブルは、他チームと同様のダブルデッカーと呼ばれる上下2段構造のディフューザーを投入してきた。しかし、空力の効きが弱いモナコではその効果はさほど活かせなかったようだ。むしろ、旋回性能を高めるセッティングによって、マシンは軽いオーバーステア傾向になっていたようだ。すると、リアタイヤが路面と擦れ合うことが多くなり、痛みやすくなる。

 また、モナコのコースは公道であるため、夜間は一般道路に戻る。これで土曜日の走行で路面に載ったタイヤのラバー(ゴム)が一般車の走行で剥がされてしまい、日曜日のスタート直後の路面状態は理想的ではなくなっている。これでグリップレベルが落ちるだけでなく、そこで飛ばすとタイヤがより消耗しやすくなる。モナコによくあるトラブルにベッテルは敗れた。

 バリチェロに抑えられたライコネン同様、序盤ベッテルがスローペースだったことで、マッサもロズベルクもバトンを追う権利を失っていた。結果、バトンは、1回目のピットストップを17周目に行うが、トップでコースに復帰。バトンにとって唯一の脅威はバリチェロだけだった。

 バリチェロは、バトンより1周前の16周にピットに入った。これは、スタート前の燃料搭載量から考えると、数周早いピットストップだった。だが、これでやや硬いソフトタイヤに換えたことで、序盤のスーパーソフトタイヤでの遅れによるダメージを最小限にとどめた。これが2位を確実にはしたが、バトンに追いつくことはできなかった。

バトンとBGP001、完璧な組み合わせ

ドライバーの腕も如実に表れる
 バトンは完璧な走りとレース展開をしていた。バトンとBGP001の組み合わせは、またしてもタイヤの消耗を最小限にとどめ、タイヤの性能の良いところを長く引き出して走っていた。BGP001は、空力の効きが悪いモナコでもバランスの良さが光り、シケインの縁石に乗ってもバウンドせず、着地した瞬間に上下動が収束。ダンパーをはじめとしたサスペンションもよく、自動車として理想的な動きだった。これではタイヤへの負担は小さいはず。バリチェロは、あまり作用しないはずの空力が、バトンに接近したことでバランスを崩すという、マイナスの方向に作用したのが不運だった。

 バトンのドライビングもまた、優勝の大きな要因だった。バトンは、2000年のF1デビュー以来、マシンに恵まれなかった。壊れやすいエンジン、不安定きわまりないシャシー、それでもマシンをだましだまし走らせて入賞させ、荒れた展開なら優勝すら勝ち取った。マシンとタイヤに負担をかけず、スムーズかつ繊細な操縦で速いという、もともと高いドライビングテクニックがあったところに、今年はよいマシンがめぐってきた。まさに人車一体での勝利だった。

 モナコのコースはまた、空力がより効かなくなったことで、よりドライバーの腕の要素が強く出るようになった。中でも、フォースインディアのフィジケラは圧巻の走りだった。52周目のピットストップでスーパーソフトを装着したフィジケラは、1分16~17秒台の好ペースで周回。終盤になって路面にふたたびラバーが載ったことで、スーパーソフトにはやや走りやすくなったという点もある。だが、フィジケラは、このペースを26周も維持したままゴールまで走り切ってしまったのだ。バトンを除く多くのドライバーがスーパーソフトで苦労し、これほどのハイペースを長い周回維持できなかった。

 フィジケラは、1994年のモナコGP前座のF3で優勝。モナコのコースは知り尽くしている。しかも、若い時からの速さとテクニックに、経験による円熟ぶりが加わっていた。入賞にはひとつ及ばぬ9位だったが、マシンの性能差を考えれば、ここまで高い順位でゴールしたのはドライバーの技量のおかげだったと言える。

相性のよいトルコでフェラーリ復調?
 モナコでのバトンは本当に完璧だったのだが、最後にモナコGPの歴史と伝統を変えるミスを犯していた。モナコGPでは、ウィナーがウィニングラップのあとロイヤルボックス前に停車し、そこで大公陛下から祝福されるのが伝統だ。だが、バトンはいつもどおりピットレーンの車検場にマシンを入れてしまい、そこから自分の足で走ってロイヤルボックスに向かった。「僕はパーキングが不得意でね」と笑い飛ばすほど、バトンには余裕があった。

 強い。バトンには全てがうまく運んでいる。マシンもよく、ライバルは後方で互いにバトルしている間に、どんどん遅れて行ってくれた。とくにフェラーリは、これでバトンに挑むチャンスを失った。しかし、F60は着実に復調しているようで、マシンの基本的な性能も上がっていることが、タイムからもうかがえた。レッドブルも、新デフューザーの効果は活かせなかったが、フリー走行などで高速区間でその効果も計測できたはず。これは、テストができない今年のF1では、今後への有効なデータになるはずだ。

 6戦5勝。バトンとブロウンGPの組み合わせは強い。だが、次のトルコGPからまた通常のサーキットに戻る。ここで多くのチームは、スペインに続くアップデートを持ち込む。

 イスタンブールのサーキットの歴代ウィナーは、2005年ライコネン(当時はマクラーレン)、2006~2008年マッサと、現フェラーリのドライバーで占められている。とくにマッサはここで毎年ポール・トゥ・ウィンを決めて、自信も持っている。復調傾向のフェラーリF60の性能がもう少し上がれば、そしてチームがより堅実に機能すれば、フェラーリがブロウンGPとバトンの連勝を止めるかもしれない。

 モナコではやや不発だったレッドブルRB5のアップデートマシンも、空力性能が出しやすいトルコでは実力を発揮しやすいはず。ベッテルとウェバーのコンビも、打倒ブロウンGPを目指してくるだろう。さらには、ルノー、BMWザウバー、トヨタも復調を目指している。次のトルコGPは、夏場の中盤戦から後半戦への勢力図を占う、重要な戦いになる。

URL
FIA(英文)
http://www.fia.com/
The Official Formula 1 Website(F1公式サイト、英文)
http://www.formula1.com/

バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/f1_ogutan/

(Text:小倉茂徳)
2009年6月3日