【ヨーロッパGP】
改良マシンが活躍
バリチェロ感動の復活

 ヨーロッパGPの舞台であるヴァレンシアのコースは、港湾地域の公道を利用したもの。2007年のヨットレースのアメリカスカップ開催にともない、港湾地域の再開発とともに、サーキットへの転用も念頭にいれた道路整備が行われた。

 全長5419mのコースは、左11、右14の計25のコーナーがあるが、大部分がタイトなコーナーであり、事実上はカナダのモントリオールと同様にストレートとタイトコーナーが連続するストップ・アンド・ゴー型のコースになっている。カナダと異なる点は、サーキット利用を考えた道路設計だったため、コースアウトした際のランオフエリアがより豊富にとられている点だ。コース幅も最小で14mと広い。

 しかし、実際には走行ラインが限られているため、コース上での追い抜きが難しく、スターティンググリッドを決める予選結果がとても重要になる。

ヴァレンシアは公道コースだが、サーキットとしての使用を考慮して道路が整備されている

マクラーレンはショートホイールベース車を投入
 ハンガリーGPからヨーロッパGPまで、F1は1カ月のインターバルがあった。そのうち2週間は工場が閉鎖され、強制的に夏休みを取る協定があった。平等に休みを取るだけでなく、コスト削減にも結び付けるものだった。それでも、ヨーロッパGPに改良版のマシンを投入してきたチームもあった。

 マクラーレンは、ハミルトン車に新たなシャシー(No.5)を投入。フロントサスペンションのアームの角度を変えることで、ホイールベースを7.5cm短縮してきた。これによって、重量配分がよりフロント寄りになり、フロントタイヤへの接地荷重が増える。結果、フロントタイヤがより機能して、コーナーで車体の向きを変えやすくなる。

 今年のF1用タイヤは溝のないスリックになったが、外形サイズは溝付き時代と変わらない。溝付きからスリックにしたことで接地面積が増えたのだが、フロントタイヤとリアタイヤの接地面積の割合を比べると、スリックにしたことで、フロントタイヤの接地面積がリアタイヤよりも相対的に増え、接地圧が減っていた。

 そのため、前後のタイヤのバランスを取り、フロントタイヤの機能を引き出すには、フロントタイヤの幅をやや狭くするか、フロントタイヤの接地圧を増やすしかない。ブリヂストンはフロントタイヤの幅の変更を提案していたのだが、溝付きタイヤ時代のサイズで空力開発をし終えていたチーム側が反対した。そこで、チーム側は重量配分を前寄りにすることで、対応しようとした。

ショートホイールベース車を投入したマクラーレン

 マクラーレンは、金曜日にこのショートホイールベース車をテストとして走らせた。これは、ベルギーGP対策用のものだった。フロントタイヤの位置を後ろにしたことで、フロントアクスル(フロントタイヤの中心線)も後ろに移った。このフロントアクスルは、ノーズの長さを制限するオーバーハングの長さや、バージボードの規制エリアなどを規定するレギュレーションの基準線になっている。そのため、ショートホイールベース化にともない、ノーズやバージボードなども新設計されていた。

 ハミルトンは、金曜日に好調な走りを見せたが、午後のP2でハーフスピン、コース脇の側壁にノーズを擦ってしまった。テスト的な投入だったためにスペア部品がなく、マクラーレンチームはハミルトンの午後の走行を早々に切り上げてしまった。一方、ショートホイールベース車が好調なことから、ハミルトンにはそのまま決勝までこのマシンを使わせることにし、イギリスのファクトリーから追加のスペアパーツを土曜日の朝までに緊急輸送した。

これはゴール後のバリチェロだが、サイドポンツーン前端の垂直フェンスが見える

KERSをあきらめたBMW、好調仕様に戻したブロウンGP
 BMWザウバーも大幅な改良をしてきた。KERS搭載を完全にあきらめたことで、KERSを積まないこと前提にした新設計シャシー(クビサがNo.8、ハイドフェルトがNo.7)を投入した。このモノコックは約5kg軽量化され、バラスト搭載による重量配分調整がしやすくなったと言う。また、サイドポンツーンやエンジンカバーのフィンの形状も変更して、空力性能を高めた。

 ブロウンGPは、イギリス、ドイツ、ハンガリーでの不振から脱出すべく、好調だったトルコGP以前のものとの比較検討をしてきた。今回のBGP001は、フロントウイングの翼端板がイギリスGP以前のものに戻されていた。また、サイドポンツーン前端外側に垂直フェンスを増設して、気流がサイドポンツーン外面に沿って車体後部まで流れやすくしている。この改良が功を奏し、とくにバリチェロは金曜日から好調だった。

 フェラーリは、マッサの代役としてミハエル・シューマッハーの復帰に動いたが、シューマッハーは2007年型のマシンで自主テストをしたところ、2月にバイクのクラッシュで負傷した首が痛み、参戦不可能となってしまった。

 そこで、代役としてテストドライバーのルカ・バドエルを起用した。バドエルにとって実戦は1999年の日本GP以来だったが、マシン開発で長年貢献してきたバドエルへのボーナス的な起用だった。「フェラーリでレースをするという夢がかなった」とバドエルも上機嫌だった。若手ではなくベテランのスポット参戦という起用には、ブラジルで急速な回復を見せているマッサにとっても「シートは安泰」と安心させる効果も狙ったようだ。フェラーリチームは、バドエルに大きな期待を抱かず、そのぶんコンストラクターズ3位確保のための期待と重圧が、よりライコネンにかかることになった。フェラーリは、新たなディフューザーを投入し、バドエルにはNo.280の新シャシーを与えた。

久々の実戦となったバドエル

 バトンを追うレッドブル勢は、今回は不振だった。ウェバーは「なぜだか分からない」と言うほど、マシンに手こずった。ベッテルは、土曜日午前のフリー走行(P3)でエンジントラブルが発生。第3セクターの大部分に大量のオイルをこぼしたため、1時間のセッションは26分間の赤旗で中断された。これによって、全チームが予選・決勝前の最後のセッションを充分に使えなくなってしまった。公道からサーキットへ、路面にタイヤのラバーが載ることで、路面状態はどんどん変化していく。そのなかでP3が半分しか走れなかったことで、予選はぶっつけ本番のようになった。

決勝でも改良マシンが活躍
 予選では改良版マシンの効果が出た。BMWザウバーは、ハイドフェルトが11番手、クビサが10番手につけた。フロントウイングなどに改良を施したフォースインディアもスーティルが12番手になり、他車によってアタックラップがフルにできなかったというフィジケラも16番手につけた。

 ライコネンは6番手で、バトンとバリチェロはそれぞれ5番手と3番手につけた。そしてフロントロウは、ポールポジションがハミルトン、2番手がライコネンとマクラーレンが独占した。

 一方、ピケに代わってGP2からF1に昇格したルノーのロマン・グロージャンは14番手と無難にまとめた。トヨタはトゥルーリが18番手、グロックが14番手と、滑りやすい路面からグリップが増してくる路面変化に苦しんでいた。中嶋は、Q1でエンジンが不調になり、マシンを止めた。これで17番手に沈んでしまった。

 このヴァレンシアのコースは、1コーナーの半径が緩いので、実質的な“1コーナー”はコース図上では2コーナーとなる。そこまではかなり距離があるから、KERS搭載車が有利となる。

 マクラーレン勢がフロントロウを占めたため、グリッド上位勢の注目は6番手のライコネンになった。ライコネンより前のバリチェロ、ベッテル、バトンは、できることなら2コーナーまでライコネンを抑えたいところだ。さもないと、このコースでは追い抜きがより難しくなる。

 スタートでマクラーレン2台が他を引き離す。ライコネンもKERSで加速するが、バリチェロが3番手を守った。一方、バトンは出遅れ、8番手に落ちる。オープニングラップで、ブエミとグロックが接触。さらに、グロージャンとトゥルーリも軽く接触した。これでグロジャン、ブエミ、グロックがピットストップを行った。

 トップを行くハミルトンはハイペースで、16周目にピットストップを行う直前には、2番手のコバライネンに7秒あまりの大量リードを奪った。これでレースの主導権を握り始めていた。次の17周目にはコバライネンもピットに向かった。

 コバライネンに抑えられていたバリチェロは、前が開けたことでペースを上げ、2周にわたってファステストラップを連発。20周目に1回目のピットストップを行った。ハイペースでラップしたおかかげで、バリチェロはハミルトンとコバライネンの間の2番手で復帰できた。

 この16周から20周の間に上位勢はほとんど1回目のピットストップを行い、バリチェロ以外はほとんどがスタート後の順位に戻った。例外だったのがベッテルで、燃料補給装置のトラブルで燃料補給のピットストップをやりなおしたあげくに、エンジントラブルにより23周でリタイヤしてしまった。

ハミルトン vs バリチェロ
 「今日は勝ちにいく」と公言していたバリチェロは、復調したBGP001の性能を引き出してハミルトンを攻めた。

 トップのハミルトンは、スーパーソフトタイヤとMP4/24の性能をフルに引き出して逃げようとする。しかし、ハイペース走行は、リアタイヤへの負担を大きくした。対するバリチェロはやや硬いソフトタイヤで徐々にタイムを縮め、ハミルトンとの差を4秒以内にとどめていた。

 リアタイヤが厳しいハミルトンは、37周目にピットに向かった。ハミルトンはこれ以上ラップタイムを落として、リードを削りたくなかった。だが、チームにはハミルトンを予定どおりあと2、3周走らせ、先にコバライネンを入れる考えがあった。チームは、ハミルトンからのピットに入るという連絡が聞こえていなかった。そして、ハミルトンに走行継続を指示したが、そのときハミルトンはピットロードに入った後だった。ピットはハミルトンのタイヤを準備していなかったため、ピット作業が13.4秒もかかってしまった。ここでバリチェロはペースをさらに上げ、40周目に2度目のピットストップを行った。

 バリチェロはトップを守ったままコースに復帰。今度は、追われるバリチェロがスーパーソフトタイヤ、追うハミルトンがソフトタイヤと立場が逆転した。しかし、バリチェロはリードを守り抜いた。

7位でもポイント差を広げたバトン
 バリチェロとハミルトンと同様に、バトンも2回目のピットストップに向けて、ウェバーを追い上げた。バトンはオープニングラップでコーナーをショートカットしたため、ペナルティを受けないようにウェバーを前に出させていた。しかし、マシンに手を焼くウェバーに、好調のバトンは抑えられていた。

 31周目にフィジケラがピットに入ると、前が開けたバトンはペースを上げ、ウェバーとの差を詰め始めた。そして、ピットからはバトンに対して、「抜けるところがあればウェバーを抜け」と指示も出た。レッドブルチームは、ウェバーに対して「バトンが抜こうとしているぞ」と警報を発した。だが、39周目にピットから出てきたコバライネンがウェバーの前に入ってしまった。コバライネンはピットアウト後でペースが遅かった。

 これでウェバーはバトンにさらに詰め寄られただけでなく、ピットイン前の軽くなったマシンでのスパートができなくなってしまった。結果、バトンは、31周目に2.5秒あったウェバーの差を41周目には0.4秒までに縮めることに成功した。

 バトンは、42周目に2回目のピットに入り、チームは6秒の静止時間という完璧な作業でバトンを送りだした。ウェバーも次の43周目にピットに入ったのだが、8.2秒もかかってしまった。しかも、バトンのアウトラップは1分43秒8というハイペースだった。これでウェバーはバトンだけでなく、クビサにも抜かれて9位に転落した。ベッテルがリタイヤ、ウェバーが9位ノーポイントになったことで、バトンは7位でも2点リードを広げることになった。これは、残りのレース数を考えると貴重なポイントになった。

サーキットの全員がバリチェロを祝福
 バリチェロはトップを守りぬいてゴールした。2004年中国GP以来の5年ぶりの優勝だった。「マッサのおかげだ」とバリチェロは言った。

 今回バリチェロは、ヘルメットの上をマッサのカラーにし、“早くサーキットで会おう”とマッサへのメッセージも書き込んでいた。バリチェロとマッサは同じサンパウロ出身でとても仲がよい。バリチェロ車から落ちたスプリングがマッサに当たった事故は、とても皮肉な出来事だった。バリチェロとマッサは互いに連絡をとりあい、昨年このヴァレンシアで勝った経験をもとに、マッサはバリチェロにコースの攻略方法を伝授していた。

 だが、バリチェロ自身の速さとがんばりのおかげであることも事実だった。バリチェロはシューマッハーのサポート役を強制されるフェラーリを飛び出し、勝つつもりでホンダにやってきた。

 しかし、2シーズンにわたって、まともに走らないマシンに苦しめられた。さらには、昨年12月から今年の開幕直前まで、チームが参戦できるかどうかという不安も経験した。この間に、バリチェロは37歳という年齢だけで「終わった存在」「引退すべき」など、メディアから袋叩きにされ、それに耐えていた。

 ゴール後、パルクフェルメに戻ってきたバリチェロを、チームの隔てをなく、全員が祝福した。愛すべき好漢ルーベンスの復活と、ベテランがまだやれるところをアピールしたことが、感動を呼んだからだ。

 2位にはハミルトン、3位にはフェラーリの全期待を担ったライコネンが入った。

バリチェロはヘルメットにマッサへのメッセージを書き込んでレースに挑んだ

スパはF1屈指の難コース
 ヴァレンシアでの感動をそこそこに、全チームはすぐにベルギーへの長旅に向かった。スパ・フランコルシャンサーキットは、高速、中速、低速のコーナーのアップダウンと長いスレートが組み合わされ、F1開催コースの中では鈴鹿と並んで最も難しいと言われる。

 そこでは、マシンの総合性能が問われるため、ストップ・アンド・ゴー型のコースで好調だったマクラーレン、フェラーリ、BMWザウバー、フォースインディアの実力が見えてくるはず。高地の気候のためニュルブルクリンク同様に低温や雨も多く、ブロウンGPが本当に復調したかも確認できるだろう。

 一方、高速、中速コーナーではレッドブルが息を吹き返す可能性も高い。そして、なによりも、このコースはドライバーのテクニックと体力と度胸を試すので、ドライバーによる激しい戦いが見られるだろう。

URL
FIA(英文)
http://www.fia.com/
The Official Formula 1 Website(F1公式サイト、英文)
http://www.formula1.com/

バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/f1_ogutan/

(Text:小倉茂徳)
2009年8月28日