空力以外の強さを見せたレッドブル
アイスランドの火山噴火による航空便の混乱で、F1チームが中国からヨーロッパにもどるのは、予定より少し遅れたところが多かった。それでも、スペインGPにはかなりのアップデートが持ち込まれた。これでレッドブル勢の速さに予選で対抗できるマシンが出てくるのか?と期待されたのだが……。
現実は、予選でもレッドブルの優勢は変わらず、決勝でもスペイン、モナコでのウェバーが連勝。モナコでは1-2と圧勝し、RB6がオールラウンドに速く、優位にあることも示してくれた。
■レッドブルの強さ
レッドブルRB6は、マクラーレンのようなFダクトもなく、フェラーリの気流制御を狙ったフロントホイールもない。RB6を市販車の新車カタログにたとえると、“目玉アイテム”が少ない、地味なクルマになるかもしれない。反面、奇をてらったギミックは少ないが、真面目に作られたクルマになるのかもしれない。
RB6はとても良くできていて、ムダをできる限り排除した設計に見える。最大の特徴は、空力性能を重視した車体と言われる。まさにそのとおりで、とくにリヤ付近は興味深い。リヤタイヤ前のフロアに開けられたエアスクープもどのような役割と効果をもったものなのか? これは、実験をしてみないと分からないが、おそらくリヤタイヤとディフューザーへ向かう気流との関係をよりよいものにするのだろう。
エンジンの排気口も、実戦仕様のRB6はとても低い位置に移した。これで、コークボトルと呼ばれるリヤタイヤの間の絞り込んだ部分に、高温の排気を出そうとしている。気流は物体の表面に沿って流れようとするが、その物体の表面の形状が急激に変化すると、気流は剥がれてしまい、悪質な乱流となりやすくなる。高温の気流は、この物体に沿って流れようとする効果がより強くなる傾向がある。すると、剥がれにくくなって、乱流になりにくい。
RB6の排気口が開いているコークボトル部も、車体の断面積が急激に細く絞り込まれる部分。しかも、ここの気流がディフューザー上部やリヤウイングへの気流に影響し、これらの効果にも密接にかかわってくるはず。この部分のフロア近くに排気口を設けただけでも、気流を丁寧に流そうという設計者の思いがうかがえる。そこに昨年のRB5からプルロッド式リヤサスペンションにしたことで、ロッドを細くして気流をさらに乱したくないという考えがあった。
RB6は各部の気流をひとつひとつ丁寧に扱い、そこから得られる小さな効果の集大成で他のマシンに優っているように思える。
反面、スペインGPでのベッテルのブレーキトラブルは興味深いものだった。左前のブレーキディスクが割れてしまったという。これは、ハミルトンを追う中で、左のブレーキディスクの温度が許容レベルを上回ってしまったようだ。直後のモナコはブレーキの冷却に厳しいこともあり、この問題に対策したディスクを装着していた。
もしも、バトルで気流の乱れた中にいてブレーキへの冷却気流が不足したというのなら、これもフロントのブレーキディスクの冷却ダクトが必要最小限の設計になっていたことをうかがわせる。フロントのブレーキ冷却ダクトは、フロントタイヤ内側から、車体後方に向かう気流を乱しやすく、できる限り最小限にしたい。ここでも、徹底的につきつめた設計をしているのだろう。
■空力だけじゃないレッドブルの武器
エイドリアン・ニューウィーによるマシンは、このRB6も含めて空力性能の良さが武器だと思われてきた。反面、サスペンションや重量配分など自動車本来の性能によってタイヤのグリップを引き出す、メカニカルグリップでは弱点があると思われがちだったからだ。モナコのコースは低速コーナーばかりで、このメカニカルグリップが重要になるので、RB6もここで弱点を出すだろうとも思われた。
ところが、RB6はモナコでも1-2フィニッシュしてみせた。このことは、RB6がメカニカルグリップでも優れていて、単に空力性能だけでなく、極めて素姓が良いマシンであることを示していた。これには、他のチームも驚き、焦燥感を抱いたかもしれない。
このRB6の強さには、ベッテルとウェバーという2人のドライバーの良さもある。ベッテルはすでにその才能の高さを見せているが、ここへきてウェバーも安定して速く、強いところを見せるようになった。
この2人の強さには、パートナーであるエンジニアの存在も忘れてはならないだろう。とくにウェバーのエンジニア、シャロン・ピルビームは雨のマレーシア予選Q3で、ウェバーにインターミディエイトを装着してポールを獲得させるなど、的確な判断を見せた。マシンのセットアップ技術も優れている。ピルビームは、元F1のデザイナーで、現在もル・マンカーや、ロータス・エリーゼなどのスポーツキットなどを設計開発している、マイク・ピルビームの息子。「私の息子は凄いだろう!」とメールがきたが、親子2代立派なレース技術者である。父から子へというのは、ドライバーの世界では目立ってきているが、エンジニアやチーム関係者もまた実力のある2世の時代となっているのである。
レッドブルは序盤戦のもろさもだんだんと少なくして、速さをレース結果に着実に結びつけている。このままでいけば、今季最強のマシンになりそうなのだが。
■フェラーリがFダクト導入
このレッドブルにストップをかけたい立場なのが、フェラーリとマクラーレンだった。
フェラーリはF10にマクラーレン式のFダクトを付けてきた。これは、スペインGPでの車載カメラ映像と無線交信内容で明らかになった。アロンソもマッサも左手をハンドルから少し離して、手の甲をコクピット内壁に近付けていた。写真などで確認すると、その部分には丸い小さなトラペンットの先のような部分があり、これを手で塞いでいたようだ。こうすると、コクピット内部につけられたパイプの中を空気が通り、その空気がリヤウイングのフラップの背面に出るという。操作するタイミングはストレートやコーナーの出口など、スピードを稼ぎたいときだった。マッサへの無線では、「コーナーではストールさせるな」と注意を促す指示もあった。
ここから考えると、以前筆者が書いた内容は違っていたということになる。筆者の以前の記事では、気流をフラップの背面に沿って流すことで、ダウンフォースを増すものではないか? と考えていた。だが現実は逆で、気流を出してウイングとフラップの下面を流れる気流を途中で止めて剥がしてしまう(ストールさせる)ことで、ウイングとフラップのキャンバー(反り)を小さくしたのと同様にして、ダウンフォースを減らすもののようだ。
ウイングはダウンフォースを発生することによって、必然的に空気抵抗が生まれる。しかも、ダウンフォースの発生量に応じて、この空気抵抗の発生量も変化する。そこで、ダウンフォース量を減らすことで、空気抵抗量を減らして、スピードを稼ごうというのだろう。ちなみにザウバーC29も、創始者のマクラーレンに次いでこの方式を装着しており、その操作は小林やデ・ラ・ロサの左手がなにかを塞ごうとする動きで分かる。一方、本家のマクラーレンの操作は、まだ正確なところがわからない。
フェラーリは、序盤戦でエンジンにトラブルが見つかったが、それも改良申請が通り、スペイン以後問題目立った問題は出ていない。どこにトラブルがあったのか公式には発表されなかったが、現代のF1エンジンで設計が最も難しい部分でもある、ニューマチックバルブの部分と言われている。
アロンソはモナコで初日から攻めた走りをしていたが、2日目のフリー走行でクラッシュし、決勝はピットスタートになってしまった。クラッシュした区間は、路面の舗装が変わってグリップが変化するところで、急な登り坂からほぼ平坦になって垂直荷重が弱くなる区間でもある。しかも、そこで左にステアリングをきらなければならず、リヤのグリップが失われれば、アロンソのように右側のガードレールの餌食になる。単なる凡ミスではなく、限界を攻めた故のクラッシュだったのだろう。だがその代償は優勝戦線からの脱落として高くついてしまった。
最終ラップの最終コーナーでアロンソは、前のハミルトンを「抜くな」とチームから指示されたという。レギュレーションには、セーフティカー周回のままレースを終える時は、セーフティカーがピットに戻るが、「追い抜きなしでゴールする」という条文が、何年も前から残っていた。たしかに紛らわしい状況ではあり、FIAも後にこの最終周のセーフティカーに関するレギュレーションの見直しを約束したが、フェラーリはレギュレーションをよく読みこんで理解していた。ここに、経験が長い、レース巧者ぶりを見せた。
■マクラーレンはエラー防止、メルセデスはシャーシー改良の効果に期待
マクラーレンMP4/25は、レッドブルを阻止する最有力候補である。ストレートスピードは、ザウバーC29と双璧の速さで、ラップタイムもかなりよい。
だが、スペインでのハミルトンのホイールトラブル、モナコでのバトンのオーバーヒートなど、トラブルが続いている。ホイールの問題は正確な原因はわからないが、チームはホイールナットの締め付け不足の可能性も考え、ホイールガンを作動させるエアボンベのレギュレーター(圧力調整装置)をチェックしたという。
バトンのケースは、ピットからグリッドに行く際に、左側のサイドポンツーンの冷却ダクトの蓋を外し忘れていたという。左側は冷却要求がより高い側で、これが原因で内部が過熱。スタートまでに対策したが手遅れで、リタイヤになってしまった。マクラーレンは、MP4/25の改良と共に、エラーの防止にもより力を入れるという。これが上手くいけば、ふたたびレッドブル勢との差をつめられるかもしれない。
メルセデスGPは、スペインでW01を大幅な改良を施してきた。フロントサスペンションのアームの角度を変えることで、フロントタイヤの位置を5cmほど前に動かしたという。これによってフロントタイヤへの重量配分を増し、フロントタイヤをより機能させるとう。また、マシンの挙動も改善されるという。なお、モナコでは曲がりくねったコースで素早く車体の向きを変えられるように、短いホイールベースの改修前型に戻した。
シューマッハは、このアップデート型サスペンションで成績が向上し始めた。が、ロズベルグはマシンにちょっと不慣れなところを見せた。マシンの特性を少し変えてドライバーの好き嫌いが出ることはよくあること。これをエンジニアがどうドライバーの好みにするのか、ドライバーがどう対処するのか、まだこれからだろう。
W01は、以前ここで予想したとおり、エアインダクションボックスの形も変えてきた。中央の板状の部分がロール構造なので、ここの設計は変更できないが、その周囲のエアインダクション部分は、変更可能なボディ部品だった。改修型は、吸気口が左右に分かれ、やや後ろになった。よく見ると、中央の板状のロール構造と吸気口のとの間には隙間があり、ロール構造の表面を流れる遅くて乱れた気流を避けて、より気流をとり入れるようになっている。後方に移したのは、エアインダクションボックスの容積や長さを変えることで、エンジンのトルク発生カーブをよりよいものにしようとしたのではないか? という説もある。この吸気口は、上下でも二分割されていて、下側はギヤボックスなどの冷却装置への気流用と思われる。
■侮れないルノー
4強チームを脅かす存在として、ルノーR29が浮上してきている。一見、昨年のマシンからの発展型であまり期待はできないような形だったが、地道に改良を加えたことで、戦闘力を増してきている。
しかし、クビサは、まだ過度の期待は禁物という。これはとても正しい評価で、実際のところ4強が崩れたときに表彰台を狙えるマシンというところだろう。だが、着実に強さを増している点は、評価できる。また、クビサの速さと勝負強さと、チームの勝負所を見逃さない戦い方は特筆に値する。ペトロフも荒削りなところはあるが、結果に結びつけている。今後のアップデート次第だが、荒れた展開の時は要チェックだろう。
ザウバーは、序盤はマシンの信頼性不足で苦しんだ。また、慢性的な資金難なままだ。フォースインディアからジェームズ・キーがテクニカルディレクターとして着任したが、その効果が出るのはシーズン後半だろう。
このほかのチームも、そのチームなりにアップデートを行っていたし、新興チームはやっと3チームが完走して、互いにバトルもできるようになってきている。その中で、ロータスは、開発作業を来年のマシンに集中させるという。イスパニアは、ダラーラとの提携関係を終了し、今後はジェフ・ウィリスを中心とした開発体制に移りながら、あらたな提携先も模索するという。
シーズンはまだ前半の途中。しかも今年は19戦もある。上位、中位、新興チームの中で、さらなる動きもまた出てくるはず。
まずは、今週末のトルコGPが、また新たな局面の始まりになる。
■URL
FIA(英文)
http://www.fia.com/
The Official Formula 1 Website(F1公式サイト、英文)
http://www.formula1.com/
■バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/f1_ogutan/
(Text:小倉茂徳)
2010年 5月 28日