「走るコンピューター」を生む2010年シーズン
開幕から4戦が終わって、開幕直後よりも、もう少し今年の状況が見えてきたように思えた。
■週末の作業の進め方:金曜日
レース中の燃料補給が禁止になって、マシンのホイールベースや、決勝の戦い方は変化した。一方、週末の作業の進め方は、昨年から大きくは変わっていないようだ。その流れはだいたいこんな様子だ。
金曜日午前のP1は、新たな部品の実験と評価や空力などのセットアップなどが主体で、天候がドライなら、セッション終了後に返却が義務付けられている硬い側のプライムタイヤでの走行となる。
午後のP2は、決勝のレースの一部を想定したロングランをして、硬い側のプライムタイヤと柔らかい側のオプションタイヤの両方で走行する。ここで両方のタイヤの連続走行によるデグラデーション(性能低下)がどれくらいかを見極めて、決勝はどっちのタイヤをメインに使うかを決める材料にしている。
その作業のしかたは、プライムでロングランをして、途中燃料を抜いて軽い状態にしてオプションを装着して予選アタック風の走りを行い、そのあと燃料を積んでオプションでのロングランを行うパターンが一般的になってきている。
ペナルティにも関わらず4位でフィニッシュした中国GPでのアロンソ |
ところが、フェラーリは他とは異なるパターンをとっている。もっぱら決勝重視でロングランを中心に行っている。それは、土日のマシンの動向のお手本のようだ。フェラーリのF10は、予選で圧倒的な速さを見せない。反面、決勝では好ペースを見せる。それは、アロンソの開幕戦優勝だけでなく、第4戦中国GPでの(天候の影響もあったものの)、フライングでドライブスルーペナルティを受けても4位でフィニッシュという点からもうかがえる。
一方、このP2をマシントラブルやコースアウトなどで走れないと、決勝に向けての準備不足という大きな悪影響を受けてしまうことになる。このP2が終わると、週末の天候や風向きも予測して、決勝に向けたギヤ比を決定する。この決定と申告にもとづいて、土曜日の朝からギヤ比は変更できなくなる。とくに風が強く、長いストレートで追い風か、向かい風か、という点が、初日と2日目以降で入れ替わるようだと、最高速とギヤ比の関係がうまく合わなくなる可能性がある。
■週末の作業の進め方:土曜日
土曜日午前のP3は、さらにロングランを始める。ドライコンディションが続いたなら、路面状態も初日よりもよくなり、さらに詳細なロングランとタイヤのデータの確認ができるはず。また、初日の走行結果からもう少しセットアップをつきつめたいとか、セットアップの方向性を変えてみたいということも行う。
そして通常は、最後にオプションタイヤで予選アタックを想定した走りを入れてくる。一方、コースアウトやマシントラブルで、初日のP2を充分に走れなかったチームは、やり残した仕事をこなしながらの作業となり、わずか60分のセッションはとてもあわただしい。
フリー走行が雨がちになると、雨用のタイヤでの走行も必要となる。1週末で1人のドライバーが使える雨用のタイヤは、インターミディエイト4セット、ウェット3セットと決められている。予選・決勝が雨と予想された場合、フリー走行で雨用タイヤを試したい反面、予選・決勝に新品や状態のよい雨用タイヤを残すために、温存策も採りたい。こうした想いと行動の中、第2戦のオーストラリアでのP3では、ルノーのクビサがインターミディエイト1セットを犠牲にしても、雨に賭けた走りとセットアップを探っていた。結果、決勝は2位にとなり、賭は大成功だった。
開幕4連戦の中でルノーR30のパフォーマンスは、開幕前のテストのときよりも向上していた。それでも、週末に順当なコンディションが続けば、表彰台は厳しいマシンだった。だが、雨で状況が変化するときに起死回生を狙う戦いぶりは見事だった。これは、一昨年の日本GPでも、アロンソとルノーがやった戦いぶりに似ていた。
ルノーは技術部門のトップだったパット・シモンズが昨年チームから離れたが(一昨年のシンガポールGPでのピケによる故意のクラッシュ問題の責任を取る形での辞任)、そのチャンスを徹底的に活かす戦い方は、アラン・パーメイン以下シモンズの部下だったスタッフが忠実に受け継いでいた。しかも、クビサもルノー時代のアロンソと同様なチャンスを活かす高い集中力のドライビングを見せた。あえてインターミディエイトをP3で1セット犠牲にしても、上手く戦えばそれで得られるものがいかに大きいかという、面白さを見せてくれた。
■予選
予選はQ1、Q2、Q3の3段階のアタック形式のままだが、Q1で7台が落ちる中、ドライのままのコンディションが続くと、新規参入の3チーム6台がそれらを占めることが多かった。ところが、第3戦のマレーシアGPではフェラーリの2台と、ハミルトンがQ1敗退を喫し、バトンはQ1でコースアウトしてしまい、Q2を走れないという状況になった。これもまた、興味深い状況だった。
このマレーシアGPは、日曜日までずっと雨がらみの予報だった。しかも、毎日のようにスコールがあった。すると、上位チームは、Q1、Q2、Q3を戦い、さらに決勝も考えると、メインに使うタイヤを温存したかった。そこで、Q1は1回のアタックで済まそうとし、それは他車が走って路面状態がある程度よくなったところで行いたい。さらに、マレーシアのQ1では、変わりやすい天候の中で、フェラーリとマクラーレンは最初の雨を通り雨として、すぐに止むと判断した。ところが、これが降り続いて激しくなった。結果、タイヤを温存したいという想いと、気象予報を重視した結果が、Q1敗退という大きな打撃となってしまった。
一方、ミドルクラス以下のチームはタイヤ温存よりも、Q1開始から動いて生き残り合戦をすることが常で、これが功を奏した。また、上位チームでも「バンカー」と呼ばれる早めに1度「保険」となるタイムを出す慎重策を採ることが上手く行った。おそらく、天候が変わりやすいスパなどでは、マクラーレンもフェラーリもQ1から早めにバンカーを出すところが見られるだろう。
路面の変化に素早く対応してマレーシアのポールを得たウェバー |
このマレーシアGPのQ3は、ウェバーがエンジニアと路面の変化をいち早く察知して、最後にウエットからインターミディエイトに換えてポールポジションを獲得するという絶妙な判断を見せた。今年のQ3は、燃料搭載量の縛りがなくなったため、マシンとドライバーの絶対的な速さが見られる。反面、その順位付けがはっきりして、毎回同じような予選結果になりがちになる。天候の変化は、ドライバーと担当エンジニアの的確な判断力、知恵、勇気、度胸、技の要素が見えて、面白さを与えてくれる。これは、決勝でもそうだった。
■決勝
レース中の燃料補給禁止によって、決勝はレース距離を走りきれる燃料を満載した重い状態からスタートする。そのため、昨年のように、Q3進出勢がグリッドに着く際に、ピットレーンを通過して周回を重ねることで、燃料重量を減らすという技もほとんど見られなくなった。「ほとんど」としたのは、決勝が雨になりそうだと判断したときには、ドライよりも燃費が多少楽になるので、昨年までと同様にその分の燃料と重量を減らすための走行が見られたから。
スタート時の燃料搭載量は、コースと燃費によって変動はあるが150kgほどになるという。ドライコンディションでこの重さを背負って走り出すには、序盤は硬めのプライムで行き、燃料が軽くなってからは柔らかめのオプションで行くというのが筋と思える。
ところが、実際にはスタートでオプションを選択するパターンも多い。Q3進出勢は、予選でグリッド確定した時のタイヤをスタートで装着するというルールがあるため、必然的にオプションでのスタートという面もある。だが理由はそれだけではなく、温まりとグリップ力の発揮が速いのを活かして、スタートと序盤でのダッシュ力に期待してオプションを装着するという戦略もあった。
今年のレギュレーションではピットストップの作業時間が短く、燃料の重量とラップタイムによる影響も全車ほぼ同じように変化していくため、ピットストップ戦略で順位を変えることが難しくなっている。さらに、マシンが抱える重さとタイヤ以外、状況が大きく変わるものが少ないため、追い抜きの要素が減ってしまっている。
そこで、スタート直後にダッシュをかけて、なるべく前に出ておきたいという考えだ。もしも、オプションタイヤが短時間で際立った速さがだせるけどその性能のよいところもすぐになくなってしまうという性格が強ければ、オプションタイヤで一発勝負をしかけられる反面、長く使うとタイムがガタ落ちするというリスクも背負うことになり、レース展開はオーバテイクも増えるだろう。
もともと、決勝中にプライムとオプションの2種類の両方のタイヤを使うルールは、こうしたレース展開の面白さが増えることを期待してのものだった。だが、ブリヂストンのタイヤは、極めて高性能・高品質なため、オプションでも速さと高い性能の持続性を両立している。このため、当初レギュレーションで期待した展開は少ない。反面、燃料が重いスタート直後はダルな走りになるのを抑えて、かなりエキサイティングな走りを実現してくれてもいる。
ドライバーは、刻々と変化していく燃料重量とマシンの状態を体で感じ取りつつ、最適な走りをしている。そのため、より知的に走りの組み立てができるドライバーに有利となっているようだ。さらに、予選のところでも書いたように、天候の変化という要素が加わると、より面白い展開になった。
オーストラリアGPでは、バトンがいち早く路面状況を読んでインターミディエイトからオプションに変更。これが勝敗を大きく左右した。また、中国GPでは序盤の雨とセイフティカー導入に、大半がインターミディエイトへ交換する中、ロスベルク、バトン、クビサ、ペトロフはオプションのままコース上に残った。その後再びセイフティカーが入ってもこの4人とそれぞれの担当エンジニアは他の動きに付和雷同せず、信念を押し通した。これが勝負のターニングポイントとなり、バトンが2勝目、ロスベルク3位、クビサ5位、ペトロフも初入賞の7位になった。ここでも、ドライバーと担当エンジニアの的確な判断力、知恵、勇気、度胸、技の要素が見えた。
昨年までのF1は、決勝を3回ほどの短距離走に分けて、その中で予選並みのハイペースを並べる、ドライバーには体力勝負、エンジニアはピット戦略の知恵の勝負という分担のようなところが見えた。今年のF1は昨年までと比べると一見地味な決勝展開に見えるが、その陰にはドライバーとエンジニアの共同作業と、ともに知的な戦いをしている点も垣間見えて、新たな面白さもでてきているように思う。
そして、この戦い方は、ピットストップをしなかった、あるいはピットストップで燃料補給をしなかった時代の戦い方にも似ているように思える。かつてニキ・ラウダやアラン・プロストはその正確な走りと状況分析に基づいた戦い方でチャンピオンになり、「走るコンピューター」とも称された。今年からのF1は、現代の「走るコンピューター」を生む戦いなのかもしれない。
中国GPでFダクトを投入したメルセデスGP |
■ヨーロッパで新規再スタート
開幕4戦は、飛行機の移動ばかりでマシンの大きな改修はできなかった。だが、次のスペインGPで大部分のチームがアップデートを予定している。これによって、上位、中段、新規参入のそれぞれのグループで勢力図がまた入れ替わるかもしれない。さらには、グループを超えた勢力図の入れ替えもあるかもしれない。
マクラーレンが始めたリヤウイングのフラップに気流を導くFダクトも、ザウバー、メルセデスに続いて導入する所が出るかもしれない。このFダクトについては前回記したが、あれは早計だった。実際には、ドライバーが操作しているようだ。だが、その操作のしかた、空気力学的な仕組みと得られる効果については諸説あるようで、詳細が分かるようになるにはもう少し時間が必要なようだ。
メルセデスでは復帰したシューマッハーが苦戦している。だが、その原因はシャシーにあったとして、スペインGPからシューマッハー用のシャシーを開幕前のテストで使っていたものに戻すという。加えて、2台ともホイールベースを延長して、前後の重量配分とそれによるタイヤの性能の出し方を改善するという。
シューマッハーが目覚めるのか、それとも若い勢力にふたたび破れてしまうのか?バトンが昨年同様逃げ切るのか?ベッテルがやはり昨年同様、マシンに信頼性を得て猛追を開始するのか?アロンソは?マッサは?ウェバーは?ハミルトンは?ロスベルクは?クビサは?新人の中では誰が頭角を現すのか?その中で小林は?差が埋まりつつある新規参入チームの中ではどこが前に出るのか?などなど……ヨーロッパに戻るF1は新規再スタート状態で、また新たな興味をかきたててくれそうだ。
■URL
FIA(英文)
http://www.fia.com/
The Official Formula 1 Website(F1公式サイト、英文)
http://www.formula1.com/
■バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/f1_ogutan/
(Text:小倉茂徳)
2010年 4月 30日