チャンピオン候補たちの精神的重圧との戦い
■厳しい2連戦
今年のF1は、ブラジルからアブダビへと長距離移動の2周連続開催となった。これは、移動する人達にとってとても厳しいものになった。さらに、アロンソ、ウェバー、ベッテルの4人のチャンピオン候補にとっては、より厳しいものになったに違いない。
シーズン終盤になっても、チャンピオン候補が4人もいる状況はきわめてまれであり、とても豪華な状況だった。だが、戦う当事者たちにとっては、精神的に巨大な重圧がのしかかっただろう。
以前、ネルソン・ピケによる「勝ち方」の話を書いた。それは、1987年のチャンピオン争いの中でピケが、「『勝ち方』を知っているかが重要なんだ」と言ったことだ。彼が言った「勝ち方」とは、レースで優勝できるようになるまでの経験とノウハウと、さらにその次に求められるチャンピオンになるための経験とノウハウのことだった。そして、この経験とノウハウの中には、勝つことへの精神的重圧と向き合う術も込められていた。
実際、チャンピオンになるには、大変なプレッシャーがかかるという。サー・ジャッキー・スチュワートは、エマーソン・フィッティパルディとのチャンピオン争いで、胃潰瘍になった。ピケは3度のチャンピオン獲得とも、精神的には厳しかったと語ってくれた。ただ、どのドライバーも、その苦しみを一切に表に出さない。それを出した瞬間に、弱点をさらしたことになり、そこからライバルに揺さぶりをかけられるからだ。さらには、自ら弱点を認めた瞬間に、精神的な張りが緩んでしまい、重圧に対して自ら負けてしまう不安があるからだろう。
実際、ピケの場合、1987年の3度目のチャンピオン獲得は、この年のイモラでの大クラッシュの後遺症だった不眠もあって、本当に厳しい戦いだった。ピケはチームの中でもごく少数にしかこのことを打ち明けていなかった。さもないと、ピケ vs マンセルでチームが二分した状況で、マンセルとその派閥に有利な材料を提供することになりかねなかったからだ。筆者は、かなり速い段階でピケの状況を知ってしまったのだが、約束に従ってピケがこのことを公言するまで誰にも話さなかった。ピケがこのことを公言したのは、日本GPでマンセルがクラシュし、ピケの3度目のチャンピオン獲得が決まったときだった。その時の表情と声には、多大な重圧から解放された安堵感がにじみ出ていた。
今年の4人のチャンピオン候補にも、それぞれの立場で様々な精神的重圧がかかったことだろう。
ウェバーはポイントリーダーとして、そして最速のマシンをもつものとして、本来なら楽な立場でいられたはずだった。だが、終盤に入ってアロンソの猛追を受けてしまった。そして、韓国では自らのミスにより無得点となり、アロンソにランキングトップを明け渡してしまった。さらに、ブラジルでは2位に入ったものの、ベッテル1位、アロンソ3位という、ウェバーにとっては最悪の結果になってしまった。もし、これが最終戦のアブダビでも繰り返されたら、アロンソのチャンピオンが確定していたからだ。さらに悪いことに、最終戦でのウェバーは精彩を欠き、8位フィニッシュどまりになってしまった。
アロンソは、シーズン後半からのフェラーリのマシン改善が決まり始め、終盤に入って猛チャージができるようになった。イタリアからブラジルまでの5戦で3勝し、2回の2位を獲得している。この見事な追い上げぶりは、フェラーリの技術スタッフたちの頑張りもあるが、やはり2度「勝ち方」を知ったアロンソの強さが見えた。
しかし、最も重要な局面であった最終戦を7位で終え、ほぼ手中にしていたチャンピオンを失ってしまった。敗因は、ピットストップのタイミングによるところが大きく、しかもすでにピットストップを済ませていたペトロフの後ろでコースに復帰したことだった。
このピットストップの判断が、ピット側なのか、ドライバー側なのかは明確にされていないが、今ピットに入ると、どこでコース復帰し、その前後に誰がいるかなど、判断するのはピット側の役割となる。クリス・ダイアらシューマッハー時代からのスタッフもいるし、2007年にはライコネンとチャンピオンも獲得している。だが、やはり王座獲得の重圧がフェラーリチーム側に大きくのしかったようにも思える。
フェラーリの場合、イタリアを挙げての応援を受ける分、その重圧も他のチームをしのぐものがある。そのため、あえてフェラーリのドライバーになることを避ける人もいるほどだ。実際、今回の敗北でも、イタリアでは大臣がフェラーリチームを糾弾する発言をするほどだった。
ハミルトンの場合、終盤もっとも精神的に楽な戦いができただろう。勝つしかないし、勝っても他の3人の結果次第でしかなく、目標を絞り込みやすかったはずだからだ。だが、マクラーレンのマシンは、改良を重ねたが、勝てるマシンにはなれなかった。
勝つしかないという点では、ベッテルもそうだった。そして、ラスト2戦を2連勝してみせた。ベッテルにもチャンピオンに向けた多大なプレッシャーがかかっていただろう。だが、追う立場で、優勝しかないという状況が、より目標を絞り込みやすくし、ウェバーやアロンソより精神的な立場を楽にしたのだろう。
しかも、ベッテルには並はずれた集中力の高さがあり、彼本来の速さがレッドブルのマシンの速さを存分に引き出していた。偉大なる大逆転だったが、勝つべくして、勝ったともいえるチャンピオン獲得だった。
精神的な重圧でいえば、レッドブルチームの首脳陣もまた莫大なものを感じていただろう。マシンは圧倒的な速さを持っていた。これで王座を獲れなければ、チームの采配力が問われるのは目に見えていた。トルコではドライバー同士が接触する失態もあった。
だが、ブラジルGPでまずコンストラクターズチャンピオンを獲得。さらに最終戦ではベッテルがチャンピオンとなった。多大な資金力はあったとはいえ、メーカー直系のワークスチームでないレッドブルがチャンピオンになったことは快挙だった。
また、エイドリアン・ニューウィーにとっても意味深い勝利だったに違いない。ウィリアムズ時代にはチャンピオンなっても、テクニカルディレクターにパトリック・ヘッドがいた。マクラーレン時代にはチーフデザイナーのニール・オートリーがいた。勝っても、経験豊富なベテランの補佐があったからと言われ続けていた。ニューウィーのレッドブル加入は、自分1人でも王座を獲れることを示すためのチャレンジだった。
そして、そのチャンレンジに勝利したのである。RB6はニューウィーお得意のエアロダイナミクスで優れていたことはもちろんだが、全速度域でタイヤをうまく使いこなせるマシンで、自動車としての基本から優れている今年のベストF1マシンだった。
■来年への期待
今年の戦いは終わり、ベッテルが23歳と134日で史上最年少ワールドチャンピオンとなった。今後の活躍にはより期待が集まるだろう。今季後半には、速さを抑えて堅実な走りと戦いする方法も実践し始め、王者の戦い方を身につけてはじめていることが伺えた。来年もまたトップコンテンダーとなるだろう。来年以降、また追われる立場で、より複雑な状況と立場で王座争いを征したら、ベッテルは歴史に残る王者の道を歩むかもしれない。
一方、敗れたとはいえ、アロンソの戦いも見事だった。チャンピオン奪還のためにフェラーリに呼ばれて、加入1年目でチームをここまで戦える組織にしてしまった。シューマッハーを倒して王者となったアロンソは、シューマッハーと同じかそれ以上のことをフェラーリでやろうとしているように思える。あとは、フェラーリがどこまでそれに応えられるかだろう。
終盤戦で落ち込んでしまったウェバーは、精神的な重圧との戦いの厳しさを改めて知ったことだろう。ウェバーの立場から見れば、「自分はチームで冷遇されている」という思いと不満でいっぱいだったはず。だが、ここで見方を変えれば、冷遇されてもここまで戦えた、ということにもなる。そして、なぜ終盤うまくいかなかったのかという点を分析し、反面教師にすれば、来季はより強いマーク・ウェバーとして戻ってこれるだろう。
同様に、敗れたマクラーレン勢も、マシンを含めた敗因を分析し、それを糧にすることで、来年はよりよいところに戻れるだろう。また、シーズン後半に急上昇してきたルノーもまた、期待大である。さらには、資金難で苦しい戦いながらも、善戦した小林可夢偉とザウバーにも、来季は資金も入りそうで、ジェームズ・キーを中心とした新体制でのマシンもできるので期待ができそうだ。
「私は敗北を恐れない」とは、グレアム・ヒルの言葉である。それは、敗北によって、より強くなれるからだという。
勝っても負けても、ひとりひとりにさらなる成長があるだろう。だからこそ、このスポーツの魅力があるのだと思う。
ダニエル・リカルド |
■さらなる成長と期待へ
アブダビGPが終了した2日後には、ルーキードライバーを集めた合同テストが行われた。そして、その週末にはマカオで第57回マカオGPも開催され有望なドライバーたちが集まった。
ルーキーテストでは、2日間ともレッドブルのダニエル・リカルドがトップだった。RB6の速さもあるが、その性能をうまく引き出したリカルドは立派だった。ちなみに、彼の名字はRicciardoと書くのだが、本人いわく「リカルドと読む」のだそうである。
今年の英国F3チャンピオンで、やはりレッドブルの支援を受けるジャン・エリック・ヴェルニュはトロロッソのマシンでルーキーテストを受け、さらにマカオGPにも参戦してきた。「今朝6時にマカオについたから疲れ切ってるよ」と、走行初日に言っていたヴェルニュは、マカオでは本来の速さは出しきれなかった。だが、着実に結果を出すところに、力強さが見えた。
マカオでは、ウィリアムズのサードドライバーのバルッテリ・ボッタスの速さと強さも光った。また、マシントラブルで22番手スタートになりながら8位入賞を果たしたロベルト・メルヒと、やはりマシントラブルで26番手スタートになりながら12位でゴールしたアレクサンドレ・インペラトーリの気迫に満ちた追い上げも見事だった。インペラトーリは、スタート直後に後続から追突され、曲がったリヤウイングと左リヤサスペンションでのバトルだっただけに、圧巻だった。さらには、クラッシュしたものの初参戦でトップを狙ったダニエル・アプトの闘争心も素晴らしいものがあった。
日本勢は苦戦したものの、山内英揮が21番手スタートから13位まで追い上げた。また、関口雄飛は予選レースで上位勢と互角のセクタータイムをたたき出していた。そのセクターは山側のセクター2で、ドライバーの技が輝く区間でもある。関口は、存在感のある速さを見せてくれた。若く才能のあるドライバーたちが数多くいる、たのもしい時代であることを実感できた。
反面、F1の問題点や課題もまた見えてきた。
マカオGP史上初の2連覇を果たしたエドアルド・モルタラは、その将来について「F1がすべてではない」といった。詳しく聞くと、F1は多額の持参金が必要とされ、それでも下位チームに入ればそこで終わってしまうという。トップチームには空きシートがほとんどないのも現状である。モルタラの意見は正論だった。
また、昨年のこのモルタラと激しいトップ争いをして2位になったジャン・カール・ヴェネもインディ・ライツに行ってしまった。優れた才能を受け止めきれないF1。そして、多額の資金を必要とする現在のF1チームと、F1の興行の現状。実際、いくつかのGP開催地が多額の開催費用をまかなうことが難しくなっている。だが、まだチーム側はあまり問題視していないようである。それには、憂慮をせざるをえない。このことは、いずれまた書こうと思う。
いずれにせよ、今は新たなチャンピオンを祝福し、新たな才能たちの成功を祈りたい。そして、1997年から超高性能なタイヤを安定して、平等に供給してきたブリヂストンのF1での活動を、誇りをもって称えたい。
■URL
FIA(英文)
http://www.fia.com/
The Official Formula 1 Website(F1公式サイト、英文)
http://www.formula1.com/
■バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/f1_ogutan/
(Text:小倉茂徳)
2010年 11月 26日