レッドブルがはらむ“強さ”と“弱さ”

 長距離移動の序盤3戦が終わって、F1はヨーロッパ大陸に戻った。トルコ、スペインと各チームはさらなるアップデートをもちこんできた。それで勢力図は少し変動も出た。だが、レッドブルRB7の圧倒的な速さは変わらなかった。

レッドブルの強さと弱点
 レッドブルRB7は、前年のRB6と同様に優れた空力効率を備えている。言いかえると、ライバルと同等かそれ以上のダウンフォースを、より小さい空気抵抗で発生しているということになる。さらにRB6以来、レッドブルのマシンは単なる空力マシンではなく、自動車としての素姓も優れている。それは優れたサスペンションによって、空力の効きが弱くなる低速区間でもタイヤを上手く機能させているということである。これは、タイヤの性能変化とラップタイムの関係でも読みとれた。

 決勝でバトルになると、順位を守るためにマシンとタイヤに無理を強いるため、タイヤの性能低下が早くなる。追い上げとバトルが多いウェバーがベッテルよりもタイヤ消耗が早くなるところにもうかがえる。一方、バトルのないフリー走行では、ベッテルもウェバーもタイヤの性能低下が他のチームよりも遅く、タイヤを長持ちさせている。開幕からスペインGPまで、供給されたドライタイヤはプライムがハード、オプションがソフトだったが、いずれもレッドブルは他チームよりもタイヤの性能低下を遅くさせることに成功していた。しかも速いラップタイムをたたき出しながらのものだった。こうなると、他チームは大幅なマシン改善を実現しない限り、レッドブルRB7に追いつき追い越すのは難しいだろう。しかも、後述するように現実は厳しい。

 だが、レッドブルにも弱点はある。序盤戦で不運に遭っていたウェバーがトルコGPでは2位に入り、今季初のレッドブル1-2フィニッシュを実現した。さらにウェバーはスペインGPでポールポジションを獲得。やっと、何かがかみ合い、実力を発揮するようになってきた。これは、ウェバーにはとてもよいことで、チームにとってもよいことのはず。だが、これはチームとって危険もはらんでいる。

 それはスペインGPの予選でもうかがえた。Q3、決勝へのタイヤを温存する必要からレッドブルチームは1回のアタックだけにしようとしていた。実際、他チームとは1秒前後引き離し、1回のアタックで充分だった。しかし、ウェバーにトップタイムを獲られたベッテルが渋々2回目のアタックを諦めるようなシーンもみられた。そして、ウェバーはベッテルがコクピットから降りて2回目のアタックを諦めるまで、コクピットに残って「やるなら、こっちもやるぞ」という対決姿勢をうかがわせていた。

ベッテルとウェバーの関係は昨年同様に緊張感が生まれるかもしれない

 ベッテルにとって、そしてF1でトップを争うドライバーすべてにとって、チームを自分中心の体制にしたいものだし、チームメイトは「ナンバーツー」の扱いにしたいもの。序盤戦でウェバーが不運に遭っていた間はベッテルにとって居心地のよいチームだったはず。半面、ウェバーが本来の速さを取り戻し始めて、スペインGPの予選Q3のようなことが起きると、俄然嫌な感じになる。反対にウェバーにとっては、不運から解き放たれて実力が発揮できるようになれば、自分も同等の扱いをされるべきとなり、結果、ベッテルとウェバーの関係は昨年同様に緊張感が生まれるはず。

 さらにウェバーがベッテルとの得点差を縮めると、緊張感がより高まる。1988年のマクラーレンMP4/4・ホンダ同様に圧倒的な速さを誇る今のRB7・ルノーならどちらかがチャンピオンになれるだろう。だが、最悪の場合チームを二分する嫌な雰囲気になってしまうかもしれない。レッドブルのチームの力が分散されたとき、もしも他のチームがマシンの性能を上げられるのであれば、そこにつけ入るチャンスが生まれるかもしれない。1988年にマクラーレンが16戦15勝をし、イタリアで唯一勝ち星を落とした。それには細かな理由があった。だが、あの時点でプロストとセナが激しくチャンピオンを争う中で、チームの勢力が二分された雰囲気になっていたことは事実であった。

 そしてレッドブルにはもう1つKERSという弱点がある。このことは前回に記した通りで、プライベートチームであることと、おそらく車体の基本設計にかかわることから大きな改善策が見い出せないのかもしれない。これはシーズンが進むにつれて、ライバルが差を縮める材料にできるかもしれない。

速さを増したメルセデスでは、総じてシューマッハよりもロズベルグが速さを見せる

追うチーム
 レッドブルに迫る筆頭は、やはりマクラーレンだった。トルコGPではやや消極的なアップデート投入で、ハミルトンの4位が最上位だったが、スペインGPではさらにアップデートを投入し、ハミルトンが最後までトップのベッテルに肉薄してみせた。しかし、予選、決勝ともまだレッドブルに追いつけないのが現状である。

 逆にメルセデス、フェラーリがアップデートで速さを増し、マクラーレンにさらに迫ってきている。メルセデスは総じてロズベルグがシューマッハよりも速い。スペインGPではシューマッハが6位、ロズベルグが7位だったが、ロズベルグはDRSの不調という不利があった。だが、チームの体制はジョイントナンバーワンかシューマッハ優位のようだ。確かにシューマッハは偉大で尊敬すべきチャンピオンである。だが、チームは成績向上を目指すなら、現実に目を向けるべき時にきているかもしれない。

風洞実験における計測データの誤りを発見し、改善を図ったフェラーリは巻き返しを図れるか

 フェラーリは、トルコ、スペインで着実にF150°イタリアの性能を上げてきている。トルコGPではアロンソが今季初の3位表彰台にたどりついた。スペインGPでも予選でアロンソがハミルトンに次ぐ4番手に入り、無線でマシンに満足だというコメントもしていた。だが、まだ決定的な速さが足りない。フェラーリは開発段階での風洞の計測データに誤りがあったことを発見し、改善している。これで風洞実験結果と実車で起きる現実との狂いが補正されるだろう。さらにフェラーリは、モナコGPを前にテクニカルディレクターのアルド・コスタの解任を発表。後任には昨年マクラーレンから加入したパット・フライが就任すると言う。


ペトロフ、ハイドフェルドとも着実に入賞しはじめたロータス・ルノー

 ルノーは、ハイドフェルドが序盤戦の不運から解放されつつあり、ペトロフとともに着実に入賞をするようになっている。だが、予選、決勝とも、もう1つ速さがほしいところだろう。トルコGPのP1(フリー走行1回目)では、雨の水しぶきで、ルノーのサイドポンツーン前に出される排気ガスと、それがサイドポンツーンの外側と下面への気流に影響を与えていることが見えた。

 ただし、これはスロットルペダルを戻しても、排気ガスが排気管から出続けるようにし、排気ガス量を大きく変化させないことでダウンフォース量も大きく変化させないようにしている様子もうかがえた。この排気ガスの空力への利用は他のチームもやっていることだが、こうして目に見える状況になったことから、FIAはスペインGPで動きをみせた。最終的にはモナコGP後の話し合いで、是か非かを決めるようである。これが否とされると、ルノーは他チームよりも大きな不利をこうむるかもしれない。

厳しい現実の壁
 マクラーレン、フェラーリ、メルセデス、ルノーにとって、打倒レッドブルが大命題だが、厳しい現実の壁がある。まず、コスト削減のためにエンジンやモノコックといった主要部品は「ホモロゲーション」とされ、設計変更できない。そのため、根本的な変更は極めて難しい。さらにテスト制限という壁もある。そのため、新たなアップデートを投入しても、P1やP2で試す程度となり、大胆なことを試しにくくなっている。FIAのジャン・トッド会長はシーズン中の限定的なテスト解禁の可能性を示唆したが、チームはコスト削減を理由にこれに否定的な態度をとった。一昨年のバジェットキャップ問題のときとはまったく逆の反応であったが、財政健全化の考えができるようになったと思う。

着実に入賞を重ねているザウバー

中段グル―プ
 中段グループでは、決勝の結果を見るとザウバーが着実に入賞を重ねている。小林可夢偉は第2戦マレーシアGPから第5戦スペインGPまで4戦連続で入賞を重ねている。ペレスは決勝で結果に結びつかないが、予選結果では小林をしのぐところも見せている。ドライバーは優れている。チームのモチベーションもある。あとは、チームのスポンサーが増えて、財的、人的リソースが増やせればというところだろう。

 ウィリアムズは序盤でよいところが無かったが、スペインGPでマルドナドがQ3(トップ10)に進出して見せた。だが、トルコGPの前の段階でチームは技術部門の体制変更を発表。テクニカルディレクターのサム・マイケルと空力責任者のジョン・トムリンソンが今季末をもって辞任することを発表。6月から、以前マクラーレンにいたマイク・コフランをチーフエンジニアとして迎え入れることも発表した。

 フェラーリのコスタも同様だが、担当のトップ人事を変えることで、マシンが速くなるのだろうか? 特にウィリアムズの場合、サム・マイケルは技術部門の最高責任者だったはずなのだが、現実には背後に株主の1人であるパトリック・ヘッドが控え、「雇われトップ」のような立場に見えた。そして、組織としての指揮系統を乱していないか? マイケルが自由な判断と指示ができていたのか疑問に思えた。確かにサー・フランク・ウィリアムズとパトリック・ヘッドのコンビはともにウィリアムズチームを創り上げ、トップチームにした偉大な経歴と実力があった。しかし、次の世代の育成と委譲という点では、あまり上手くなかったようだ。同様の問題は、F1そのものの運営をする人たちにもうかがえるが、このことはまたの機会に。

 ウィリアムズに加入するマイク・コフランは、2007年にマクラーレンのスパイ事件でF1を去ったが、その後もNASCARのマイケル・ウォルトリップレーシングのエンジニアや、イギリス軍の新型軍用車開発にも参画し、レースと技術の世界での経験を重ねてきている。コフランはもっぱら来年のマシン開発にあたるということだが、ここでも自由に活動できるようにしないと、今のマイケルと同じことになってしまいかねない。だが、資金調達のためにチームの株式を公開したことで、株主への結果が必要となり、判断や決定がより保守的となり、組織がより硬直化する不安もはらんでいる。

チーム・ロータスの躍進
 チーム・ロータスは、T128にアップデートを施すことでラップタイムを1秒速くするとしていた。実際、スペインGPでタイムが向上し、コバライネンは予選で15番手につけた。これで、昨年の新規参戦3チームからは抜け出し、中段チームの仲間に入り始めている。

 チーム・ロータスにとって、昨年のT127は参戦決定から開幕まで時間が限られた中で応急的に仕上げたマシンだった。だが、昨年の6月にT127の開発を辞めて、T128の開発を始めていた。T128はチーム・ロータスにとって初の「本格的に開発した戦うマシン」であり、スペインGPでやっとその実力が出たというところだろう。今後の状況では、中段チームをかき回す存在になれるかもしれない。

 昨年の新規参入3チームでは、HRTがさらに実力をつけ、予選でヴァージンレーシングに迫り、1台を蹴落とすまでになっている。決勝ではヴァージンレーシングがまだ優っているが、この2チームの戦いもより白熱している。

モータースポーツの“ハイシーズン”到来と観戦のお誘い
 さて、この記事が掲出される週末には第69回モナコGPと、初開催から100年を迎える第95回インディアナポリス500マイルレースが開催されます。そして6月11日、12日には第79回ル・マン24時間レースもひかえています。国内でもフォーミュラ・ニッポン、FCJ、F3が激しい戦いを繰り広げ、SUPER GTはセパンでのレースもあります。

 まさにモータースポーツの“ハイシーズン”到来で、F1とともにより広く、より多くのレースをお楽しみいただければと思います。できれば、ぜひサーキットへお越しください。テレビと違って見えない場面もあるでしょう。でも、テレビでは分からない、速さ、きらめき、音、迫力、臨場感がそこにはあります。

5月末から6月にかけて、多数のモータースポーツが開催され、いよいよモータースポーツのハイシーズンが到来する(写真は左からモナコGP、2010年ル・マン24時間レース、2010年SUPER GTセパン)

URL
FIA(英文)
http://www.fia.com/
The Official Formula 1 Website(F1公式サイト、英文)
http://www.formula1.com/

バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/f1_ogutan/

(Text:小倉茂徳)
2011年 5月 27日