評価を上げたバトン、落としたハミルトン

 前回からここまで、F1はモナコGPとカナダGPを終えた。マシンの勢力図は大きく変わることはなかった。6月は来年のマシンの設計作業が本格化する時期であり、そしてドライバーも来年に向けた動きが活発化する時期でもある。そんな中、モナコとカナダではドライバーへの評価や勢力図に動きが出てきていた。

チーム内での評価が上がったバトン
 マクラーレンは、昨年からルイス・ハミルトンとジェンソン・バトンのコンビである。ハミルトンは2008年、バトンは2009年のチャンピオンで、昨年のバトン加入時からこの2人の立場と待遇は同じ、ジョイントナンバーワンとされた。だが、実際はハミルトンが優先される体制と多くの人たちは見ている。

 ハミルトンは、レーシングカートを操っていた少年時代からマクラーレンが大切育成してきたドライバーであった。2007年にはF1ルーキーだったハミルトンと、ルノーですでに2度のチャンピオンになったフェルナンド・アロンソのラインアップにした。このときもジョイントナンバーワン待遇としたが、両雄並び立たずとなった。結局、チャンピオン経験者のアロンソがチームを離脱し、新人のハミルトンが残った。と言うより、ハミルトンを採ったとも言える状況だった。ハミルトンはチームの期待に応えて2008年にチャンピオンを獲得した。マクラーレンは、ハミルトンが事実上のエースという体制になっていた。

 今年に入って、来年以降の体制について話題にのぼる際にも「ハミルトンが残留」という大前提の話題が多かった。一方、バトンは離脱の話題が多く、フェラーリなどが取り沙汰された。

 ところが、モナコとカナダを終えた時点で、話題と立場は逆転。バトンが残留、ハミルトンが離脱の方向になり始めている。

 バトンはモナコで終盤の赤旗中断の時点でトップ3にいた。しかもベッテル、アロンソと激しく争い、タイヤ交換回数からとても有利な立場にいた。赤旗中断によって、タイヤを交換ができたことでベッテルは優勝できたが、これがなければ優勝争いはアロンソとバトンの一騎打ちだっただろう。赤旗で状況が変化すると、バトンは着実にトップ3を確保し、ライバルの出方を見て戦う方法に切り替えた。これでポイントをしっかり稼いだのである。

 カナダでのバトンはペナルディで大きく順位を落とした。しかし、目まぐるしく変わる状況を味方につけるように、着実に順位を上げた。そして最後にはトップのベッテルにハイペースで追い立ててプレッシャーをかけた。これに動じたベッテルは、ドライビングミスで2位に転落。好機をつかんでそれを活かし切ったバトンのみごとな勝利だった。

 着実にポイントを稼ぎ、勝負所を逃さない。バトンは王座を獲る戦い方をしっかり身につけている。チームにとってとても魅力的なドライバーだし、引き止めたくなるのも当然だろう。

評価を落としたハミルトン
 一方、ハミルトンはチームでの評価を大きく落としてしまった。中国GPではベッテルを追い上げて優勝し、速さで輝きを見せた。だが、モナコとカナダでは熱くなったときのハミルトンのわるいところばかりが出てしまった。

 モナコでは2人をクラッシュに追い込んでしまい、ペナルティを受けた。このペナルティを受けたことについて、レース後に英国のメディアに対してスチュワードが人種差別に基づく判定をしたととれる暴言を吐いてしまった。これは大間違いであった。スチュワードに謝罪し、FIAにも謝罪文を提出したことでことなきを得たが、自分の立場をわきまえない、不用意な発言だった。

 カナダでもハミルトンの荒れたレースの仕方は変わらなかった。スタート直後にはウェバーと接触。ウェバーをスピンさせた。レース序盤ではストレートでバトンと接触。バトンは無事だったが、ハミルトン自身はマシンにダメージを受けてリタイアとなった。この対ウェバー、対バトンのケースとも、わずかなチャンスがあれば追い抜いて前に出たいというレーサーの本能が出たものだった。上手く行けば、果敢な走りとして評価されたかもしれない。

 だが、どちらのケースも失敗だった。「ドアが開いて、そこに空間があったとしても、その空間は自分が充分に入れる余地があったのか? それを冷静に判断しなければならない」。サー・ジャッキー・スチュワートは、以前あった接触のケースについて、そのドライバーの落ち度をこう指摘していた。カナダでのハミルトンも、まさに同じように言われそうな状況だった。ハミルトンもF1のプロモーターであるバーニー・エクレストンも、カナダでのハミルトンの行為を追い抜きのためとして正統化し、擁護した。だが、以前の別の接触事故の際にサー・ジャック・ブラバムは筆者にこう指摘してくれた。

 「俺たちの時代は互いに信頼しあって、最後の一線は引き合っていた。じゃないと必ず誰かが死ぬか、大怪我で病院送りだったからな。カーボンファイバーだかなんだか知らいないが、安全性が高まったら平気でこんなことをするんだな。今のドライバーは不幸だな!」(筆者意訳)。

 死ぬことはないにしても、ドライバーの評価は下がってしまうだろう。チームは速くても荒いレースでノーポイントのドライバーより、着実にポイントを稼いでくれてランキングを上げてくれるドライバーの方がよいのだから。スポンサーの見識とイメージにも泥を塗りかねない発言も相まって、ハミルトンのチーム内での立場は悪化しているようだ。

 さらにハミルトンは非公式ながら、レッドブルチームのクリスティアン・ホーナー代表と話をしたことも報じられた。これは、長年育ててきて、自由に戦わせてきたマクラーレンとメルセデスにとっては快いことではないだろう。こうなると、残留引きとめもなくなるかもしれない。だが、それはハミルトンにとって不利になるに違いない。残留工作があればレッドブルに移るにしても「残留の意向を蹴ってでも来たのだから」と、有利な契約条件が突きつけられる。だが、「どうぞご自由に移籍を」という状況では例えレッドブルに移ったとしても、ベッテルのナンバー2にされてしまうだろう。

 ヨーロッパGP以降、夏のレースでハミルトンは頑張らないと厳しい状況になる。そして頑張りすぎてやりすぎると、もっと厳しい状況になりかねない。持ち前の速さに、冷静さが求められるだろう。

評価が高まる小林
 小林可夢偉の評価はどんどん高まっている。モナコでは終盤トップ5を争っていた。赤旗中断でのタイヤ交換で、ウェバーに逆転のチャンスがめぐったが、それでもハミルトンを抑えての5位入賞。トップ6は、ウェバーと小林以外全員がチャンピオン経験者。マシンはレッドブル、フェラーリ、マクラーレンで、戦闘力で劣るザウバーで戦ったことを考えれば、小林の速さと巧さがはっきりしていた。

 カナダでも小林は7位入賞。開幕戦でのリアウイングの些細な製造ミスによる失格がなければ、今季全戦入賞である。

 着実に上位を走れる小林は来季への注目株となるだろう。これを裏付けるように、ザウバーチームのペーター・ザウバー代表は「来季も小林中心の体制で行きたい」と公言し、小林の引き留めの意向をはっきりと内外に示している。

 ザウバーチームはよい人が多く、居心地はよいかもしれない。しかし小林のキャリアを考えれば、上位チームでチャンスを広げるほうがよりベターな選択だろう。情に流されずよりよいチャンスを得るためにも、小林とそのマネージメントは力量の見せどころだ。

 少なくとも今言えることは、小林は着実にトップドライバーへの道を進んでいるということである。

カナダで見せた皇帝復活
 昨年現役に復活したミハエル・シューマッハは、苦戦が続いてきた。予選や決勝でニコ・ロズベルグに負けることもしばしばだった。だが、カナダGP決勝でのウェバーとのバトルはみごとだった。

 マシンの基本性能ではウェバーが有利だった。だが、シューマッハはヘアピンの立ち上がりで盛んにバックミラーでウェバーの動きをチェックした。そして、路面の乾いた部分をキープ。これで、追い抜きをしかけるウェバーは片輪を濡れた路面に出さざるをえず、ブレーキングで不利にさせられていた。このいやらしいまでに順位をキープする姿勢は、フェラーリでの黄金時代によくみられたもので、「赤い皇帝」復活を感じさせた。本人も乗りに乗ってバトルをしていたことが伺えた。実際、レース後のコメントでもこのバトルにはとても満足していたようだ。

 半面、再び問題となるのはメルセデスのマシンの弱さである。予選である程度戦えても、決勝ではタイヤを酷使してしまい、ロズベルグもシューマッハも苦戦してしまう。だが、メルセデスチームは今年のマシンの開発は見切りをつけ、来年のマシンへと技術力を傾注しようとしている。ロズベルグとシューマッハの苦戦は続いてしまうのだろうか。

ウェバー、マッサ
 来年への動きは、先述のようにハミルトンの動きがカギになりそうだ。そして、そこに小林の存在も大きくなっている。そうした中で、トップチームでの来年の契約をまだ決定していないのがウェバーとマッサである。ウェバーは不運が続いた。マッサもマシンの不振に苦しんだ。2人とも優れたドライバーである。だが、同じマシンに乗るのがベッテルとアロンソという、別格の速さと巧さを備えたドライバーなのが不幸である。この2人の動き次第で、来年のドライバーの就職活動はより大きく動くかもしれない。

勢力図は変わるか?
 モナコとカナダでは、マクラーレンとフェラーリがレッドブルとの差をつめた。だが、これはコースの特殊性に助けられた部分もあった。しかも、まだレッドブルRB7が優位なのは変わりない。

 FIAは、ヨーロッパGPからブロウンディフューザーやルノーのサイドポンツーン前端への排気ガスを吹き付ける方法を制限すると言う。ドライバーがスロットルペダルを戻しても、排気管から排気がアイドリング状態を超える勢いで出し続けることで、空力性能を上げてダウンフォースを稼いでいたのだが、この排気が勢いよく出続けることを規制するというのだ。そして、イギリスGPからは排気管の位置にも規制を加え、ブロウンディフューザーやルノー式の排気管の位置にできないようにすると言う。

 この排気管と排気ガスを利用した空力への規制で、マシンの勢力図はどう変わるだろう? 大きく入れ替わるのか、それともモナコで見たように自動車としての基本性能でも高いレッドブルがやはり優位のままなのか? 興味深いところである。

 このほか、FIAとチーム側は新たなエンジン規定について、それぞれが2013年または2014年から導入とし、互いに若干異なる案を出している。2013年導入なら、本来なら昨年末に細部まで決まっているべきことだった。これについては、まもなく結論が出るだろうし、出さないと2014年導入すら間に合わなくなる。来月はこのことについてお話できるかもしれない。

URL
FIA(英文)
http://www.fia.com/
The Official Formula 1 Website(F1公式サイト、英文)
http://www.formula1.com/

バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/f1_ogutan/

(Text:小倉茂徳)
2011年 6月 24日