エンジン排気規制のから騒ぎ

 前回の掲載から今回まで、F1はヨーロッパGP、イギリスGP、ドイツGPの3戦が行われた。その間に色々なことがあった。その中からいくつかのことを取り上げてみたいと思う。

 ヨーロッパGPの段階で、FIA(国際自動車連盟)は全チームに対してエンジンの排気について段階的な規制を導入することを通達した。それは次の2項目だった。

・ヨーロッパGPでは、予選と決勝を同一のエンジンマップで走ること。
・イギリスGPからは、ドライバーがアクセルペダルを戻した際、エンジンのスロットル開度が1万2000rpmのときの20%、1万8000rpmのときの10%でなければならない。

 今年のF1では、多くのチームが排気ガスを利用してディフューザーや車体の底面を流れる気流を改善し、車体の底で発生するダウンフォース量を高める方法を採用している。そして、ブレーキングなどでドライバーがアクセルペダルを戻しても、エンジンをコントロールするプログラム(マップ)で排気ガスが出続けるようにしている。この排気ガスを利用する方法はコーナーへの進入から通過、脱出まで、ダウンフォースを一定のレベルに保ち、通過速度を上げる効果をもたらす。これは安全のためにコーナリングスピードをあまり上げたくないFIAの思惑とは相反する。FIAはこの排気システムを「可動空力不可物」として違法なものと判断した。

 FIAの措置は段階的で、ヨーロッパGPでは予選と決勝でのエンジンマップを同一とさせることで、まず予選段階での排気ガスの利用に制限を加えた。そしてイギリスGPでは、より厳しい制限を設けた。が、現実は一筋縄にはいかなかった。

 上記のように規制は導入されたが、ルノーから規制通りのスロットル開度ではエンジンの信頼性が維持できないとされ、ルノーには全開時の50%にまで譲歩することになった。すると、他チームがこれに反発。結果、当初の規制通りでイギリスGPは戦われた。FIAは規制をそのまま適用することを文書で発表し、さらに「全チームの同意があれば、規制をイギリスGP前の段階(=つまりヨーロッパGPの時点のもの)にドイツGPから戻してもよい」という文言も添えていた。これを受けて全チームが合意し、ドイツGPからは予選と決勝でのエンジンマッピング変更は禁止になったものの、ドライバーがアクセルペダルをもどしても排気ガスが出続けて、その排気ガスを利用した車体底面でのダウンフォース量増大は残ることになった。

 シルバーストーンでの4日間はこの件で話がいったりきたりだったが、結果としてはほぼ元通りという「から騒ぎ」になってしまった。名劇作家ウィリアム・シェイクスピアの生誕地ストラットフォード・アポン・エイヴォンにもほど近いシルバーストーンならではのことと、笑っていられない面もある。


求められる強い意思決定と協調
 車体の底面でダウンフォースを発生させるのに、排気ガスでそれを補助する技は、1980年代前半からあった。そして、ドライバーがアクセルペダルを戻しても排気ガスが一定量出続けるようにして、排気ガス量の多寡をなくしてダウンフォース発生量の変化を防ぐようになったのは、昨年あたりからだった。つまり、ヨーロッパGP、イギリスGPでFIAが規制しようとした技術は昨年からあり、FIAはそれまでは比較的寛容な態度だった。しかし、ここにきて方針を変え、取り締まるようになった。さらにイギリスではチーム側の主張に揺れ動き、結果「全チームの合意」のもとに、ヨーロッパGPの段階まで規制を戻してしまった。

 今回のFIAの規制導入には無理もあった。現在のF1の規定ではエンジンは開幕の段階ですでに変更できないからだ。そのため、規定によりエンジンの設計や材質は変更できないのに、急にエンジンに関する規定を変更されても対応できないという理由も通りやすい。規制するなら、2通りの方法が考えられる。

 開幕前なら一定範囲内のエンジン変更を許可して、その変更内容を詳細に監督する。しかし、これはすでに過ぎてしまったこと。開幕後ならシーズン終わりまでそのままとし、シーズン終了後に対応するしかない。結果として、この方法となったわけだ。ちなみに8月の夏休みはファクトリーを完全休業にする期間が設定されているため、そこでの変更対応も不可能だったのだ。

 ヨーロッパGPからイギリスGPへ、そしてイギリスGPでのドタバタとから騒ぎは、F1にとって決してプラスではなかった。ここで必要なのは、FIAの毅然とした判断とありようだったように思われる。そのためには、技術分野でもう少し専門のアドバイスを与える人材が必要だろう。FIAにはその関連団体として「FIA インスティテュート」という研究機関があり、そこには優れた技術者が多くいる。これまでは安全や医療の分野の専門家が多かったが、最近では元フェラーリのF1エンジン責任者であるジル・シモンも加わった。こうした機関や人物を活用して、よりすばやく新たな技術に対して可否を判断するプロセスにしたほうがよいだろう。

 また、参戦チームも我田引水な独自の利益誘導型の判断ではなく、このスポーツ全体がどうあるべきか、将来的な展望に立った判断と協力をすべきだろう。そうすれば、チームの技術分野の代表で構成されるテクニカル・ワーキング・グループも、より機能するようになるだろう。

 実際、ル・マン24時間レースを運営するACO(フランス西部自動車クラブ)は、新たなレギュレーション策定の際に、エントラントの声を聞くことは無論のこと、専門の技術者たちを集めその助言や判断を仰いでいる。結果、かなり優れたレギュレーションと運用になっている。

 NASCARでも元GMレーシングのエンジニアなど、必要なところに必要な助言ができる人物を配置して、より一枚岩の判断ができるようになっている。スポーツの公平性やスポーツエンターテインメントとしての面白さを考えれば、競技やルールを統括する側が右往左往するのは信頼と人気を失うことにつながるので、避けた方がよい。FIAもまた、より確固たる判断ができる体制とプロセス作りが必要だろう。そして、チームも参戦メーカーも、目先のことよりも今後のこと、より中・長期的なことを重視するときなのではないだろうか。

伝統と国際化の間で
 F1はかつてヨーロッパの伝統的なスポーツだった。その歴史は1906年のフランスGPまでさかのぼる。そして、チーム内で順位を操作したり、エースによりよい結果を出させるために他を犠牲にしたりするチームオーダーは、当然のことだった。エースを勝たせるために他を犠牲にするという考え方は、自転車のロードレースなど他の競技にも残っている。「伝統」という観点からすると当然のことであろう。

 一方、近年のF1はまさに世界的なスポーティングイベントに成長している。欧米文化圏のヨーロッパ、南北アメリカ大陸、オーストラリアはもとより、中東、東南アジア、極東、さらにはインドやロシアまで広がろうとしている。

 すると、ヨーロッパの伝統では可だったことが、否になる恐れも出てくる。チームオーダーはその一例になる可能性もある。イギリスGPでは、終盤に2位のベッテルに対して、3位のウェバーが激しく追いたてた。そして残り数周のところで、チームからウェバーに対して「ギャップ(差)を維持せよ」という指示が出た。つまり、バトルをするなというものだった。

 一方、同じ週末にカナダのトロントで開催されたインディカーでは、終盤にダリオ・フランキティとスコット・ディクソンのターゲットチップ・ガナッシチームによる激しいバトルとなった。フランキティにすれば確実にポイントリーダーになるチャンスだったが、チームはリ・スタートの際に「リ・スタートはスマートにやろう」(=つまり、互いに当たるな)」と指示するだけにとどめて、あとは放任していた。

 先ほどの「伝統」で考えればレッドブルチームの判断は可であり、まさに正統である。一方、スポーツエンターテインメント性を重視し、ヨーロッパの伝統を無視できる立場からすると、ターゲットチップ・ガナッシチームの最後まで自由にバトルをさせたことが可であり、レッドブルチームの判断は否となるだろう。もしも、インディカーでディクソンに対して「ギャップを維持しろ」と無線で指示を出したら大ブーイングだっただろうし、NASCARなら観客からもっと激しい反応があったかもしれない。

 F1は今年から、チームオーダー禁止の条項をレギュレーションから削除した。そのためチームオーダーをすることは合法である。伝統と国際化、F1は今後どちらに進み、どちらを重視するのだろうか。これによってこの問題の「可」「否」の判断は異なるだろう。

 ただ、イギリスGPの段階ではまだシーズン折り返し前であり、ベッテルがポイントで大量リードを稼いでいたことを考えれば、レッドブルの2人のバトルを最後まで見てみたかった気もする。そして、同様の声をいくつかの国と地域からも聞いた。さらにはヨーロッパ圏内からもチームオーダーに対する懸念を示す声もあった。


フェラーリの躍進
 イギリスGPは、フェラーリのアロンソが優勝した。

 フェラーリにとっては1951年のシルバーストーンで開催されたイギリスGPで優勝して以降、まる60年目の勝利になった。1951年のイギリスGPでの勝利は、ワールドチャンピオンシップ戦となったF1でのフェラーリの初優勝だった。かつてはアルファ ロメオのワークスチームも務めたスクーデリア・フェラーリによるアルファ ロメオを破っての勝利だった。この勝利にエンツォ・フェラーリは「まるで母親を殺したようなものだ」という有名な言葉を残した。

 歴史的なことはさておき、アロンソは卓越したドライビングで、刻々と変化する路面にもとても上手く対応していた。チームも最善の選択と戦略でアロンソの戦いを支えた。一方で、アロンソに最適なタイミングでピットストップをさせるべく、マッサはタイヤの性能が落ちてもコース上にとどまり、ピットを開けるようにしていた。まさに総力を結集しての勝利だった。

 排気ガスの空力への規制によって、イギリスGPでは多くのチームが影響を受け、レッドブル、フェラーリ、マクラーレンの差が縮まったようにみえた。マクラーレンはむしろ悪影響を受けたようだった。一方、フェラーリはさほど影響を受けたように見えなかった。むしろF150°イタリアの性能は着実に上がったようだ。このことはドイツGPでも伺えた。

 「これからは、あらゆるところでリスクを冒さなければ」とアロンソは言う。リスクを冒してでも、最善を獲得するという決意の現れである。半面、イギリスGPではフェラーリのアロンソに、ドイツGPではマクラーレンのハミルトンに敗れたことで、レッドブルはこの2敗が「目覚ましとなった」とクリスチャン・ホーナー代表は言う。

 上位3チームの戦いは以前よりも接近している。ハンガリーGPを終えると、8月末のベルギーGPまでF1は夏休みに入る。ベルギーGP以降の後半戦で流れがどうなるのか? 興味深いところである。


日本人の活躍と日本の活力
 小林可夢偉は、ザウバーのマシンの最大限を引き出していることが分かる。残念ながら今のザウバーのマシンにトップを争う実力はなく、もう少しマシンの性能が上がればと思うところだ。が、それは望めない注文だろう。

それでも、小林自身は決勝での類稀な勝負強さを見せる。ヨーロッパGPとイギリスGPでは入賞が途切れたが、ドイツGPでは入賞路線にもどってポイントを稼いでいる。ちなみに、鈴鹿サーキットでは小林可夢偉が入賞するたびに、その獲得ポイントと同じ数の親子ペアを日本GPに招待するキャンペーンを行っている。鈴鹿サーキットが悲鳴をあげるくらい、小林にはより上位で入賞を重ねてポイントを稼いでほしいものである。キャンペーンの詳細は、鈴鹿サーキットのWebサイト(http://www.suzukacircuit.jp/f1/event/point.html)で確認されたい。

 小林はドイツGPで、バーニー・エクレストンによる今年の日本GPが正常に開催されるという発表にも同席した。この発表は、F1のみならず日本で開催される国際イベントへの安全性と、日本の活力を国内外に広くアピールする、極めて重要なものだった。こうした場で、小林は日本の代表として出席し、その大役を果たしていた。小林はその走りもトップクラスであるだけでなく、存在もまたF1界で常に注目されるトップドライバーの1人になっていることを付記しておきたい。

 F1では小林が善戦し、インディカーでも佐藤琢磨がオーバルコースのアイオワに続いて、ロードコースのエドモントンでもポールポジションを獲得。着実にインディカードライバーとしての足場を固め、成長している。日本人が海外で活躍することは、どれだけ私たちの希望になることか。今はとてもよく分かる思いだ。

 同時に国内レースも活気を取り戻している。フォーミュラ・ニッポンは8月第1週の6日、7日にツインリンクもてぎで第4戦を迎える。ツインリンクもてぎも直接震災の影響を受け、施設を修復した。このフォーミュラ・ニッポンが国内トップカテゴリーで最初のイベントとなる。もてぎ周辺や茨城県も、3月の地震による被害があったところ。北関東で開催されるフォーミュラ・ニッポンもまた、日本に活気をあたえてくれることを期待したい。

URL
FIA(英文)
http://www.fia.com/
The Official Formula 1 Website(F1公式サイト、英文)
http://www.formula1.com/

バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/f1_ogutan/

(Text:小倉茂徳)
2011年 7月 29日