F1は夏休みでもレースはハイシーズン

 前回の掲載直後に開催されたハンガリーGPから、ほぼひと月が過ぎてしまった。かなり前のことになったような感じだが、ここで少し振り返りたいと思う。

ハンガリーGPでバトンの担当スタッフたちはみごとな判断を下した

強さが増したマクラーレン
 ハンガリーGPの決勝は、夏のハンガロリンクらしからぬ冷涼な気候の中、濡れた路面からドライ方向へと変わる状況で、またしてもジェンソン・バトンが圧倒的な強さを見せて優勝した。ウェットタイヤか、ドライタイヤか? その判断が難しい状況で、バトンの担当スタッフたちは常に先手を取るみごとな判断をする。そして、バトンは持ち前の繊細なマシンコントロールで、難しいコンディションで安定した強さを見せる。これがハンガリーでもはっきりと出ていた。

 バトンは、やはり冷涼でウェットがらみとなった2006年のハンガリーGPでも初優勝している。だが、あのときは上位勢がほぼ総崩れになっての優勝だった。あの当時のバトンのマシンでは、通常のコンディションで優勝争いをできる状況になかった。だが、今回は完璧なレースをしての勝利だった。この結果により、マクラーレンにとってドイツGPでのルイス・ハミルトンとともに2連勝を飾ることとなり、マクラーレン「MP4-26」の性能がさらに向上したことも示した。

 レッドブルはここに来て連敗だが、ハンガリーでのベッテルは2位に入り、2連覇への布石を着実に置いた。難しい状況では無理せず確実にポイントを稼ぐやり方が、歴代チャンピオンに共通する王道である。一方、ウェバーは5位になってしまい、ベッテルとの差が開いてしまった。いずれにせよ、レッドブルはこの2戦で「RB7」の優位性にやや陰りが出てきている。これは先述のマクラーレン「MP4-26」やフェラーリ「F150°イタリア」の戦闘力向上によるものだろう。エイドリアン・ニューウィーをはじめとしたレッドブルの技術スタッフには、よい「目覚まし」となっただろう。

 フェラーリは「F150°イタリア」の戦闘力向上がはっきりと見える。だが、レッドブルとマクラーレンに対してまだ足りない。「まだあきらめない」とフェルナンド・アロンソもチームも言うが、開発継続なのか来年用マシンに作業を傾注するのか、そろそろ判断を迫られるときだろう。

 小林可夢偉とセルヒオ・ペレスのザウバーチームは、決勝での戦略が上手かった。レース巧者で、難しいコンディションのハンガリーGPはチャンスになるはずだった。だが実際は「策士策に溺れる」という状況で、判断すべてが裏目に出てしまった。

ジェンソン・バトンレッドブルとマクラーレンに対して戦闘力不足が否めないフェラーリ「F150°イタリア」判断すべてが裏目に出てしまったザウバーチーム・小林可夢偉

夏休みも頭は働く
 ハンガリーGPが終わって、次のベルギーGP決勝まで4週間。

 この間にF1チームは2週間の夏休みをとった。この休業は協定に基づき、強制的にとるものだ。この間はファクトリーはシャットアウトされ、エンジニアはコンピューターも持ち出せないと言う。それでも、エンジニアが頭の中で思考を巡らせることは規制できない。おそらく多くのエンジニアやデザイナーは頭の中で思いついたアイディアを、ファクトリー再開とともに今年の後半戦用のマシンや来年のマシンの作業に反映させていくに違いない。

 古い話になってしまうが、ロータスは1970年代にグラウンドエフェクトを導入して、F1と自動車の空力に大きな技術革新をもたらし、圧倒的な勝利を収めた。グラウンドエフェクトは、ピーター・ライトが長年温めていたアイデアを、トニー・ラッド、マーティン・オグルヴィーラルフ・ベラミー、トニー・サウズゲイトらとともに実現したものだが、「こういうマシンが欲しい、そのためにはどうあるべき」という、大筋の指針と要求案を出したのはコリン・チャップマンだった。

 チャップマンは、この指針と要求案を休暇先から戻る飛行機の中で著わしたと言う。休暇といっても、頭の中はレーシングカーを速く走らせることで一杯だったことが想像できる。チャップマンも現代のデザイナーやエンジニアも、これは同じだろう。だからこそ彼等はF1に身を置き、レギュレーションの規制が強くなって劇的なゲインが得にくくなっても、何か新しいものを創って、ライバルに追いつき追い越そうとする技術競争をするのだろう。

レッドブル勢は再びライバルの引き離しにかかるか

 とくにイギリス、ドイツ、ハンガリーでの結果も受けて、レッドブルは再びライバルを引き離そうとするだろう。対するマクラーレンはさらに差を詰めようとするだろう。フェラーリは今年か来年か、どちらに注力するのだろうか。ザウバーは前回の戦略上の反省点をどう分析して、改善してくるのだろう。改善といえば、ハンガリーGPで火災事故を起こしたルノーも、独自の前方排気により車体内部を通る排気管と、その周囲のボディーの冷却改善と耐熱対策も必至である。

 これらの成果は、早ければ今週末のベルギーGP、あるいはイタリアGP以降に出てくるのではないだろうか。

F1は夏休みでもレースはハイシーズン
 F1は夏休みだったが、私は休みではなかった。元来モータースポーツ全般が好きなので、嬉しい大忙しだった。今回はほかのレースにも触れてみようと思う。

 8月は国内ではツインリンクもてぎでF3とフォーミュラ・ニッポンがあった。

 F3は大雨で赤旗中断後にウェットで再開、そして翌日は真夏の太陽の下でという、大きく異なるコンディションでの2戦となり、Cクラス、Nクラスの2クラスのドライバーたちがそれぞれハイレベルな接戦を展開した。フォーミュラ・ニッポンも極めてエキサイティングなレースとなり、チーム・インパルのJ.P.オリベイラがポール・トゥ・ウィンでトムス勢の連勝をついに止めた。

 また、今季初参戦のルボーセチームと嵯峨宏紀は、ピットストップのトラブルで最下位になってしまったが、日曜日朝のフリー走行で5番手、レースでも好位置を走行した。ルーキーチームとルーキードライバーは苦戦を続けていたが、ファクトリーの地元であるもてぎで着実なステップアップを見せた。

 SUPER GTは、夏の鈴鹿ラウンドがあった。鈴鹿1000km以来の伝統の一戦になるわけだが、今年はその歴史に残るような名勝負だった。終盤にウェットからスリックで走れるようになると、さらにバトルが激しくなった。とくにロニー・クインタレッリのオーバーテイクショーは圧巻だった。

 フォーミュラ・ニッポンは、鈴鹿、オートポリス、ツインリンクもてぎで二輪レースとの共催だった。おかげで国内のスーパーバイク、600、GP-2というカテゴリーを見ることができた。「エキサイティング!」この一言である。バトルは面白く、何よりも体とバイク1つで高速疾走する姿や、コーナーでみごとなバランスを取りながら走る姿は感動的だ。チャンスがあれば、ぜひ一度サーキットで観戦することをおすすめする。テレビでは分からないスピード感や迫力を体感できるはずだ。

フォーミュラ・ニッポン第4戦で優勝を果たしたチーム・インパルのJ.P.オリベイラルボーセチームと嵯峨宏紀は着実なステップアップを見せた

ツインリンクもてぎの90度コーナーは、追い抜きポイントまたはクラッシュ多発の難所どちらになるか

インディーカーは佐藤琢磨が急成長
 アメリカのインディーカーでは、佐藤琢磨がエドモントンでポールポジションを獲得。これで今季2回目だが、前回のアイオワではオーバルコースで、今回のエドモントンではロードコース。オールラウンドな速さが出せるようになった。これは大きな成長である。レースでもトップを走ることが増え、ミッドオハイオでは4位になった。

 昨年のインディーカー初挑戦のころは、ロードコース用のマシンでもF1と比べたらはるかに曲がらないアンダーステアぶりに苦しんでいた。だが、これも昨年前半には克服した様子だった。さらに昨年はクラッシュに遭遇するケースもあり、これは経験が少ないドライバーに典型的なケースだった。だが、今年の佐藤は徐々にクラッシュに巻き込まれない位置に自然とつけられるようになり、勝負勘も見せ始めている。アメリカにいる仲間たちからも、佐藤の急成長ぶりに高い評価と期待の声がより多く寄せられるようになった。

 そのインディーカーレースは、9月17日にツインリンクもてぎで決勝を迎える。今回は震災でダメージを受けたオーバルではなく、コースの大部分を再舗装したロードコースで行われる。ラップタイムだけを見ればインディーカーはフォーミュラ・ニッポンにかなわないだろう。だが、インディーカーはフォーミュラではありえないような格闘技のようなバトルがある。ツインリンクもてぎの追い抜きポイントとして有名な、バックストレートエンドの90度コーナーは、オーバーテイクポイントになるのか、それともトロントのターン3のようにクラッシュ多発の難所となるのか。いずれにせよインディーカーの激しいレースがみられるはず。そのなかで、大きく成長した佐藤の戦いも楽しみなところだ。

 さらには、武藤英紀もインディ・ジャパンでのスポット参戦に向けて活動しており、先日のフォーミュラ・ニッポンでもスポット参戦して、路面が大幅補修されたツインリンクもてぎのロードコースをかなり学習していた。参戦がかなえば武藤の戦いも注目である。

 残念だがインディ・ジャパンは今年が最後となる。ラストを飾る名レースになることを期待したい。

インディーカーで急成長を見せる佐藤琢磨武藤英紀のインディ・ジャパン・スポット参戦にも期待したい
ホンダ 中本修平氏

日本への不安・落胆と期待
 10月2日にはやはりツインリンクもてぎで、モトGPが開催される。だが、ホンダのケーシー・ストーナー、ヤマハのホルへ・ロレンソ、ドゥカティのヴァレンティーノ・ロッシらが日本行きに反対し続けている。理由は、福島の原子力発電所の問題による放射性物質への懸念だと言う。

 これに対し、FIM(国際モーターサイクリスト)は独立した専門機関にツインリンクもてぎにある施設の放射性物質の調査を行わせた。結果は、健康への影響はないレベルというものだった。だが、このトップライダーたちはまだ見解を変えていない。

 さらにそこに、イギリスなどから、今年のモトGPが鈴鹿で開催される可能性を示唆するホンダの中本修平氏の発言が報じられた。本当にこんな無責任なことを言ったのか? 信じられないという思いと同時に、とても情けない思いになった。

 FIMは独自に調査期間を派遣し安全を宣言した。モビリティランド(ツインリンクもてぎ)のスタッフたちは、地震で各所に及んだダメージから、ロードコース再舗装も含めて大変な仕事を短期間で完了した。さらに、放射性物質に関するさまざまな情報を手に関係各国の大使館や政府に安全性をねばり強く説明し、渡航規制のレベルの低減や撤廃を実現してきた。

 これはツインリンクもてぎの営業上の問題だけではない。被災地である栃木県や北関東、東北への活性化と活力のためでもある。同時に、国内外での日本への放射性物質にかかわる風評被害を広めないための努力でもあったはず。さらに、人々への勇気と楽しさをもたらすためでもある。だからこそ、ツインリンクもてぎでの開催が重要なはず。

 中本氏はホンダのワークスチームのトップであり、ツインリンクもてぎも鈴鹿サーキットも海外の人たちから見れば「ホンダのコース」という認識である。そんな立場の人物がどうして鈴鹿での代替開催を示唆してしまうのだろう? ツインリンクもてぎでの開催に向けて努力を重ねてきた人々のことや、放射性物質への言われのない風評被害に対抗しようとする人々のことを考えたのだろうか?

 ベルギーのサッカーリーグで活躍するGK・川島永嗣選手は、相手チームのサポーターによる「カワシマ、フクシマ」というヤジに激しく抗議し、相手側に反省と認識の改善を促した。日本人として、人として、本当に誇らしい。半面、中本氏の発言報道が事実なら、氏だけでなく先人たちが創造してきたウイングマークの誇りと栄光を汚しているホンダワークスにも、日本人として、人として、憤りを通り越して哀れに思うだけである。

 一方、FIMが統括するトライアルのワールドチャンピオンシップは8月20日、21日にツインリンクもてぎで開催され、チャンピオンシップを争うトップライダーたちは全員が参加し、美しい自然の中の難コースに挑んだ。このトライアルに参加した選手たちを、その妙技だけでなく、スピリットにも心から賞賛したい。

 F1でも、バーニー・エクレストンは鈴鹿でのF1開催を支持する公式会見を、ドイツGPで行った。その席上には小林可夢偉も出席した。その後エクレストンは、震災被災地の人々を日本GPに招待するという構想も語っている。これについてはもうすぐ具体的な発表が行われるだろう(編集部注:8月25日にモビリティランドから正式発表が行われた)。エクレストンは、カネとビジネスのイメージが報道されがちだが、レースとその楽しさに対して熱い思いがある人物でもあるのだ。

 ツインリンクもてぎで、ある男性から声をかけられた。聞けば地震による津波で家などすべて流されてしまったが、気分転換のためにフォーミュラ・ニッポンにきたのだと言う。その顔は明るく穏やかな微笑みがあった。フォーミュラ・ニッポンは9月に宮城県の菅生で行われる。インディ・ジャパン、モトGP、F1日本GP、WTCCと、日本のモータースポーツ開催はまだハイシーズンが続く。こうしたレースが多くの人たちの希望と活力につながればと思う。そして世界に対して、日本が安全でしっかりしていることを示すものになればと願う。

 チャンスがあったらぜひサーキットにお越しください。きっと気分転換や楽しい発見ができると思います。

URL
FIA(英文)
http://www.fia.com/
The Official Formula 1 Website(F1公式サイト、英文)
http://www.formula1.com/

バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/f1_ogutan/

(Text:小倉茂徳)
2011年 8月 26日