オグたん式「F1の読み方」
オフシーズンで気になったこと
(2013/1/25 00:00)
2013年になり、F1では新たな話題やニュースもあったが、ここで改めて特筆すべきと思えるものは多くなかった。そんな中で気になったことを今月は少し記してみようと思う。
メルセデスに新モータースポーツ部長
メルセデス・ベンツは、昨年退任したノルベルト・ハウクに代わり、トト・ウルフが後任のモータースポーツ部長に就任することを発表した。
ウルフは、オーストリア出身の元レーシングドライバーで、投資会社を経営。この投資会社を通してウルフは、2009年ウィリアムズF1チームがフランクフルト証券取引所で公開された株式を取得。その取得率は16%と言われた。これでウィリアムズF1チームの役員となったウルフは、昨年チームの執行役員にもなっていた。
今回ウルフはメルセデスのモータースポーツ部長として、F1だけでなくDTMなど同社のモータースポーツ活動全般を統括することになる。メルセデス・ベンツにとっても、ハウクに続いて同じドイツ語で意思疎通ができるオーストリア人のウルフは好都合な人材だろう。しかも、ウルフはフォーミュラやGT、ラリーにドライバーとして参戦した経験もあり、ドライバーや現場のことをよく知る立場でもある。
一方、ウルフの着任はF1ではちょっと複雑な面もある。と言うのも、ウルフはまだウィリアムズF1チームの株式を保持していている上、今回の着任にあわせてメルセデスAMG F1チームの株式もごく一部ながら取得しているからだ。
ウィリアムズでは、ウルフの今後は株式を保持するだけの立場になると言う。ウィリアムズはルノーエンジンユーザーで、そのエンジン供給決定についてはルノーの役員も出席したほど深い関係がある。株主に同じレースで競合する自動車メーカーのモータースポーツ部長がいるのは、ルノーにとって好ましい状況ではないだろう。だが、今ウルフに全面的に引き上げられてしまうと、せっかく上向きかけたチームの財政基盤にいくばくかの不安を招くことにもなりかねない。チームを率いていたアダム・パーもチームを離れ、ウィリアムズチームは経営上の上手い舵取りが求められそうだ。
他方、メルセデスにも心配してしまう。ウルフはハウクの後任としてその空席に上手く納まるはず。だが、一方のメルセデスAMG F1チームでは、ハウクが離任する以前の昨年10月に、元F1チャンピオンでオーストリア人のニキ・ラウダがの代表権のない名誉会長に就任している。
このチームはロス・ブロウン代表のもとに、技術部門でもボブ・ベル、アルド・コスタ、ジェフ・ウィリスと他チームなら技術部門のトップを引っ張れる人材がひしめいている。チームの運営と経営面でもCEOのニック・フライがいる上に、名誉会長にラウダ、メルセデスからのウルフと、指揮官がいっぱいいる状態だ。これは、1980年代前半にチャンピオンを取り逃したルノーチームや、1990年代終わりから2000年代初頭にかけてフォードのもとで大失敗に終わったジャガーレーシングのケースを思い起こしてしまう。いずれもトップになる人が多いために組織としてまとまりがない、船頭多くして……だった。
ルイス・ハミルトンは、新年早々にシュトゥットガルトのメルセデス・ベンツ本社も訪問し、新たな希望を膨らませている。ハミルトンとニコ・ロズベルグがともによい体制で戦えることを願うばかりだ。
偉大なチャンピオンによる警鐘
毎年1月は、イギリスのバーミンガムでオートスポーツ・インターナショナルショーが開催される。これは世界最大のモータースポーツショーで、レースチーム、部品メーカー、ウェアなどの関連企業、サーキット、大学などの教育機関、書店、出版社などなど、モータースポーツに関係するあらゆる団体が出展する華やかで充実したショーとなっている。また、一般入場デーにはメインステージで著名なドライバーやモータースポーツ関係者によるトークショーも行われ、人気を集めている。今回このトークショーにジョン・サーティーズが登場し、とても意義深い発言をした。
サーティーズは、2輪のグランプリで7回のワールドチャンピオンを獲得したあと自動車レースに転向。1964年にはF1でもフェラーリでワールドチャンピオンを獲得し、世界で唯一の2輪と4輪でワールドチャンピオンを獲得した人物として有名だ。また、1967年からホンダF1チームのドライバーとなり、チームの体制強化と同年のイタリアGPでの優勝にも貢献した。その後、独自のF1チームのオーナーとして1978年までF1に参戦していた。今回のサーティーズの発言は、現在のF1の問題点に警鐘を鳴らすものだった。
サーティーズは、チームが莫大な持参金を要求する現状を「恐ろしい」と表現し、自分の現役時代には持参金を払ったこともなく、自分がチームを率いた時はチーム運営もはるかに低コストな上、しぶしぶ持参金ドライバーを受け入れても必ず戦闘力のある(契約金を払う必要がある)ドライバーを組み合わせるようにしたと発言。現代のF1の高コスト化ゆえに、持参金のあるドライバーを優先し、実力あるドライバーをどんどん排除してしまう状況の問題点を指摘していた。
サーティーズはさらにドライバー育成についても提言をしていた。それは、F1にまできちんと直結したカテゴリーとシステムを整備し、そこでは上位ドライバーが無償でステップアップできるようにすべきとしていた。現在は、F3、GP3、フォーミュラ・ルノー3.5、オートGP、F2、GP2など、多数の下位フォーミュラが林立し、しかもF2は昨年で終わってしまった。また、育成のスカラシップがF1チームやスポンサー、自動車メーカーの単独によるもので、途中でキャリアの先行きが見えなくなるものもある。サーティーズの提言はこうした問題点を受けたものであった。
この下位フォーミュラ林立の問題については、FIAでフォーミュラの担当委員となったゲルハルト・ベルガーも昨年にその整理と整備の必要性を説いていた。サーティーズはスカラシップの理想像として、アメリカのインディカーのシステムを挙げていた。これはインディカーの下に、インディライツ、スターマツダシリーズ、USACの底辺シリーズまで続き、インディカーに向けてステップアップできる段階ができている。
ただ、厳密に言うと、これも不況の影響もあってインディライツで上位になってもインディカーにこられないドライバーもいる。ヨーロッパのレースよりも低コストであるアメリカでさえ、この現状であることを考えると、ヨーロッパはもっと厳しいことが改めてよく分かるし、何らかの対策と歯止めがF1をはじめすべてのフォーミュラに必要だということを改めて考えさせてくれた。
1月に入ってマルシャはティモ・グロックとの契約を解除した。グロックは経験と実力のあるドライバーだが、チームはその契約金を払う負担から逃れるために契約を解除したことを認めた。フォース・インディアはポール・ディレスタの残留は発表しているが、もう1人のドライバー決定については新車発表の後になると言う。
チームは昨年11月に増資による技術部門の強化を発表したが、現実的にはオーナーたちの財政難の影響が出ているのではないかと疑われている。グロックの前にも小林可夢偉、ヘイッキ・コバライネン、ペドロ・デ・ラ・ロサら実力のあるドライバーが次々とレギュラーシートを失う現在のF1が、いつまでその価値とステイタスを維持できるだろう。やはり危機感を抱かざるを得ない。
育成プログラムの弊害?
レッドブルはその広報誌「レッドブルティン」で、レッドブルのドライバー育成責任者のヘルムート・マルコ博士のインタビューを掲載。その中でマーク・ウェバーを非難する発言内容を掲載していた。毎年ウェバーはマシンの開発やセットアップでチームに多大な貢献をしてきているのに、なんの意図があってそれを掲載したのだろう? オープンな内容の広報誌という姿勢はとてもよいが、2013年に向けてドライバーの気持ちとチームの運営を考えたらこれはマイナスにならないか心配になってしまう。
伸び盛りの若手育成ドライバーを数多くかかえる中で、それらをF1に乗せてチャンス与えたいという考えも正しいとは思う。だが、そのために昨年のトロロッソのブエミとアルグエルスアリを突然シートから降したのに続いて、チーム貢献しているウェバーも排除したいのだろうか? もしそうだとしたら、これらはドライバー育成の弊害的な部分にも見えてしまう。
近年は、こうした育成中の若手にシートを与えるためや、昨年ヤルノ・トゥルーリが急に降されたように多額の持参金をもってきたドライバーを乗せるために、簡単にドライバーを排除してしまう。
だが、レースの主役はドライバーである。新たな才能の開花も必要だが、消耗品のような使い方ではドライバーだけでなく、シリーズ全体の魅力が損なわれないだろうか? 育成、起用、チームの財政と支出と経営、シリーズ全体での横並びでのコスト抑制、これらのうまいバランスが必要だ。
佐藤琢磨への期待と不安
F1以外に目を向けると、インディカーでは佐藤琢磨がA.J.フォイト・エンタープライゼズから今季参戦することが確定した。このチームはレーサーのA.J.フォイトが自らのレースチームとして1965年に設立した名門で、1998年にはケニー・ブラックがチャンピオンを獲得している。フォイトはインディ500に4勝しただけでなく、NASCARのデイトナ500、デイトナ24時間、ル・マン24時間でも優勝した伝説的ドライバーである。現役時代のフォイトのレーススタイルは常にスロットル全開で勝ちに行くファイターだった。このフォイトが佐藤を選んだ。
昨年のインディ500の最終ラップのターン1で、優勝をかけた果敢なオーバーテイクをしかけたことが、佐藤の起用につながったとフォイトは言う。あのとき日本やヨーロッパでは、佐藤の最後のアタックがクラッシュとなり、2位を失ったことへの落胆と非難の声もあった。だが、アメリカのインディカーの伝統を重んじる人たちからは、年に一度のインディ500で目前の優勝にすべてを賭けた佐藤のファイトと度胸を絶賛し、佐藤を真のインディカードライバーと認めた。
今回の起用は、佐藤はアメリカの伝説のレーサーからその後継者に指名されたようなものである。実際、近年のフォイトが選ぶ歴代ドライバーを見ると、先述のブラックやマイク・コンウェイなど積極果敢な走りをするドライバーが多い。佐藤もまたそれに優るとも劣らないファイターである。また同時に昨年の佐藤は戦略を駆使して最後尾スタートからトップ争いに食い込むなど、クレバーな走りも見せていた。オーバル、ロード、ストリートと、どのコースでもマシンが決まれば着実に上位を走り、インディカードライバーとして高い技量も身に着けている。
ただ、フォイトのチームは近年優勝から遠ざかっていることが心配だ。フォイトは偉大なドライバーだったのと同時に頑固なテキサス男でもある。そのため、極めてワンマンなチーム運営と采配をしがちで、これがマイナスであるという声もよく聞かれる。佐藤の声がチーム内で通り、それがプラスの方向に反映される体制ができればよいが、その声がかき消される状況では厳しくなってしまいかねない。これは不安材料だ。
ぜひ御大A.J.をさらに納得させる走りをして、佐藤自身の力でより声が通る体制を築きあげてほしいものだ。そうすれば、佐藤は偉大なA.J.フォイトの後継者として、昨年の築き上げた全米での高い人気をさらに不動のものにできるだろう。
ヨーロッパでの佐藤にも期待
今年、佐藤公哉がオートGPに参戦することになった。オートGPはもともとイタリア国内のF3000から発祥。現在はA1GPに使われていた車両によるレースとなり、車格や性能ではF1直下カテゴリーのGP2に近い。2001年にはフェリペ・マッサ、2010年にはロマン・グロジャンがこのシリーズのチャンピオンになるなど、オートGPはF1へのよいステップにもなっている。
佐藤は早くからフォーミュラBMWに参戦してヨーロッパでの戦いを経験。2008年には日本のFCJ(フォーミュラ・チャレンジ・ジャパン)でランキング2位を獲得。2009年、2010年に全日本F3で戦ったあと、2011年からはヨーロッパでのF3に戦いの場を戻した。昨年は、ドイツ国内のF3であるATS フォーミュラ3にロータスチームから参戦。3ポールポジションと4勝を挙げて、ランキング3位を獲得していた。また、2010年、2011年にはマカオGPにも参戦し、決勝は不運で好成績が残せなかったものの、フリー走行や予選では際立つ速さで注目を集めて存在だった。
今回佐藤が乗るチームは、1995年ユーロF3000チャンピオンだったビンチェンツォ・ソスピリが率いるユーロノバチームで、昨年のチームランキングも3位と好条件だ。ヨーロッパで戦う佐藤公哉の活躍に期待したい。
夢と希望があった東京オートサロン
1月はF1の話題は少なかったが、そのほかの話題や注目点はあった。
まず東京オートサロン2013は、特別デーの金曜日と一般デーの土曜日の両日にチケットを買って一般として入ってみた。1人の観客として、かなり混み合った会場の中で見えたのは、とても魅力的でクルマに活気が戻って来そうなイベントであるということだった。
とくに今年は会場が広くなり、従来のドレスアップ系の展示と最近増えたメーカーとモータースポーツ色の強い展示がうまく同居できるようになり、クルマを持つ、作る、乗って走らせる、走りを見るという、多方面の楽しさがしっかり出ていた。
中でもトヨタ「86」とスバル「BRZ」はかなりの展示台数にのぼり、さまざまな仕上がりを可能とする魅力的なベース車になることも示されていた。その中で特に気になったのは、トヨタブースに展示してあったTRD製作の「86 Racing」で、これはナンバー付き車両によるワンメイクレースやサーキットのスポーツ走行用に適した仕様だった。
86のRCグレードをベースに、ロールケージや前後の牽引フープといったサーキット走行に必要な装備を装着。さらにトルセンLSD、車体と同色の前後バンパー、電動格納ドアミラー、エアコンもついて、280万円はとても魅力的だった。これでワンメイクレースの参加者が増えることを期待したい。そして、サーキットのスポーツ走行でも後輪駆動ならではのスロットルワークでクルマを操る楽しさも体験できるだろう。
トヨタ、マツダ、日産は、WECやル・マン参戦車を出展するなど、レースと最新テクノロジーと環境の両立という点でも魅せてくれていた。また、日本自動車大学校(NATS)は、例年どおり学生さんたちが制作したカスタムカーやレース活動用車両を展示し、その熱心な学生さんたちはクルマとモータースポーツの未来への希望そのものだった。
このほか東京オートサロンの詳細については、Car Watchによるリポートリンク集があるので、こちらをご参照いただきたい。
シーズン開幕へ
1月はダカールラリーも行われ、元WRCチャンピオンで優勝候補のカルロス・サインツもリタイヤするなど、序盤からとても厳しく激しい戦いとなった。市販車クラスでも優勝候補だった三橋淳が前半で不運に見舞われてクラス優勝が絶望となり、さらにはリタイヤに終わってしまった。だが、同じトヨタ・ランドクルーザーチームのニコラ・ジボン/三浦昴組がクラス2位を獲得した。カミオンクラスでは、排気量10L以下の部門でチームスガワラの日野レンジャーが優勝。菅原親子と日野の「継続の力」を見せてくれた。
ダカールラリーは、南米の自然に挑むようになって広大で急峻な高山の斜面すべてが砂漠のステージになるなど、北アフリカでやっていたパリ・ダカールよりも難しいチャレンジが求められていることもさらによくわかった。そして、クルマを駆使して人間が極限に挑むことの素晴らしさと魅力も再確認させてくれた。
ダカールラリーの競技の結果や詳しい情報は下記で。
・公式サイト(英文):http://www.dakar.com/index_DAKus.html
・パリダカ日本事務局:http://www.paridaka-info.com/w/
さらに、この記事が掲出された週末には、第51回デイトナ24時間が開催される。これは夜間走行の時間が長い冬の24時間レースで、とても過酷なものとして知られる。また、近年はプロトタイプクラスをあえて空気抵抗の大きな独特な形のデイトナ・プロト車両とし、性能が拮抗して接戦ができるようにしている。
実際、2009年には24時間走ったゴール時点でトップのブルモス・ポルシェ・ライリーと2位のチップ・ガナッシ・レクサス・ライリーとの差が0.167秒差という、このレースの最僅差フィニッシュも記録されている。このDPクラスは不格好なものだったが、昨年からレギュレーションが変更されて、シボレー・コルベットプロトのように接戦ができる特性を残しながら見た目もよくなったマシンになっている。
市販車ベースのGT/GXクラスではポルシェ911やフェラーリF458、アウディR8、シボレー・コルベットなど多彩な車両が見られるが、今年からマツダ6 GX(アテンザ)も2段階過給ディーゼルターボのスカイアクティブDレーシングエンジンを搭載して初参戦する。これも注目だ。
ドライバーも耐久のベテランから、インディカーやNASCARのトップドライバーに、フェリペ・ナッセ、ブレンドン・ハートリーといったF1予備軍の有力な若手までバラエティに富んでいて、こちらも興味深い。
・デイトナ24時間・競技情報ページ:http://www.grand-am.com/events.aspx?eid=3463&sid=1
・デイトナ24時間・イベント情報ページ:http://www.daytonainternationalspeedway.com/Tickets-Events/Events/2013/Rolex-24-At-Daytona/Rolex-24-At-Daytona.aspx
このデイトナ24時間が終わると、F1の新車発表とテスト、さらにインディカーや国内レースのテストも始まる。そしてNASCARの開幕戦デイトナ500へと、本格的なシーズン開幕への動きが活発化してくる。
まだ寒い日が続くが、春はすぐそこに来ているようだ。