【連載】橋本洋平の「GAZOO Racing 86/BRZ Race」奮闘記
第37回:1年半ぶりにつかんだ勝利。優勝をたぐりよせた2つのラッキーとは?
2017年10月11日 00:00
昨年の岡山大会以来の優勝
運も実力のうちというが、今回ほど運を感じたレースもない。運を引き寄せる実力がついたということか!? いきなりだが、GAZOO Racing 86/BRZ Race 第8戦菅生において、遂に、ようやく今シーズン初優勝を飾ることができた。これまでご協力いただきました皆様、そしてこのページを読み続けてくれた皆様、今まで本当にありがとうございます! 昨年の岡山大会で優勝して以来およそ1年半。それ以降ギリギリ勝てずだったり、気分も順位も沈んでもうやめてしまいたくなることもあったが、ここまで続けてきて本当によかった。初勝利した時以上に嬉しい、それが正直なところだ。一体なぜ運を引き寄せられたのか? それを振り返ってみたい。
優勝できたとはいえ、菅生ラウンドに対してそれほどプラスの材料を持ち合わせていなかった。前回の富士ではなんとか6位入賞を果たしたが、トップとの差は歴然。一発の速さはなく、明るいニュースとしてはロングランのタイムダウンが少ないということだけだったからだ。富士のレースを終えた後にインカービデオを振り返れば、相変わらず予選一発でタイムを出すことはできておらず、トラフィックに引っかかってばかり。決勝中はブリヂストン「POTENZA RE-71R」の持ち味を生かし、予選に迫るタイムで周回できてはいたが、それだってトップと比べてみれば同等かそれ以下。だからこそ少しでもよい方向へと改善しようと、今回は菅生に事前テストに出掛けた。
レースウイークの月曜日。プロフェッショナルクラスに参戦している佐々木雅弘選手とともに菅生でテストを行なうと、久々の菅生で舞い上がっているのか、イケイケなドライビングを繰り返してクルマが暴れまわっていると佐々木選手から忠告をいただく。足まわりのリセッティングの必要があることを感じてはいたが、それ以前にもう少し静かに高速コーナーを駆け抜けなければタイムは出ないと指導されることが多かった。その上で冷静に足まわりを見つめてみれば、富士セッティングのままではリアのバンプタッチまでの時間が早く、そこでオーバーステアを誘発しているのだと知らされる。リアスプリングのプリロードをいつもよりも多めにかけて走り出せば、たしかにクルマは落ち着き、これなら安心して高速コーナーへと飛び込むことができそうな雰囲気に。
しかし、後にニュータイヤを入れて予選シミュレーションをしてみるが、タイムは上がることなく終わってしまった。結果として何もせずにユーズドタイヤで走ったタイムが一番速かったというダメダメな流れ。周囲の分析によれば、新品タイヤの使い方が上手くないらしい。横方向にばかりタイヤを使い、トラクションを活かせていないことが明らかになった。予選のトラフィックに引っかかることはもちろん、タイヤの使い方もまだまだ課題なのだということが明らかになった。それだけでも菅生の事前テストは意味があったのかもしれない。
レースウイーク金曜日。ふたたび菅生に訪れて走り出せばスムーズな流れ。周囲のタイムと比べてもそれほどわるくはなかったのだ。結果、公式練習中のタイムは全体の2番手。もしかしたら……、そんなスケベ根性が出てきた。それはトップグループが装着していたタイヤの大半がニュータイヤだったからだ。こちらは月曜日に使ったタイヤ。新品を入れて走ればもっとタイムは出ていただろうから、十分な手応えだったのだ。
けれども土曜日の本番は朝からちょっとしたアクシデントがあった。それはメディカルチェックで引っ掛かりそうになってしまったのだ。メディカルチェックでは握力や血圧の計測があるのだが、血圧が高すぎると言われてしまったのだ。いつもは上が120で下が80くらいなのだが、この時は上が168もあったのだ。医師から「興奮していますか?」なんて聞かれたが、いくら好調だからといってそんなことはない。「月末でバタバタだったもので、睡眠が1時間半くらいなんですが」と答えたら、「きっとそのせいですね、十分休んでくださいね」と忠告を受け、事なきを得た。オッサンレーサー、そろそろ無理がきかない身体になりつつあるようだ。
“1台あたりのスペース約82m”の予選
こうして雲行きが怪しい感じで始まった土曜日。すると、予選もまた苦戦を強いられた。今回はエントリー台数が45台。クラブマンシリーズは参戦台数が多い場合、2組に分けて予選が行なわれるが、台数がそれほど多くないのでそんな組分けがない。菅生は1周約3.7km。そこに45台が一斉に入れば、1台あたりのスペースは約82mという計算になる。高速道路よりも遥かに速いペースで走るにも関わらず、車間距離は100mに満たないのだ。いかに混雑を避けてタイムアタックをするか。これが勝負どころとなる。そこで20分間の予選の大半をピットで待機し、予選アタックを終えてピットに戻ってくるクルマが出始めたらピットアウトしようという作戦に出た。
ドキドキしながらの待機時間はおよそ10分。ピットを離れてコースインしてみると、コース上にはまだまだクルマが多く存在している。自分の居場所を確保してアタックを開始してみると、肝心なところでスロー走行をしているクルマに引っかかってしまう。そこで諦め、タイヤのクーリングを行ないふたたびアタックするが、2回目もまた満足なアタックができずにいた。この時点で順位は7番手。前日の手応えとはまるで違う結果にかなり焦っていた。
けれどもここで諦めるわけにはいかない。残り2分でふたたびコントロールラインを通過してアタックを開始。横方向ばかりを使わず、あくまでトラクション重視で慎重に走って何とか1周をまとめることに成功。すると、練習時で一度も記録したことのないタイムを出すことに成功した。だが、タイヤのオイシイところを使うことができず、結果は全体の4番手。2列目スタートという結果に終わってしまった。わるくはないが、前日の2番手からすればかなり残念。何とかして表彰台を、それだけが目標だった。
2つのラッキーで勝ち取った勝利
睡眠をシッカリと取り、メディカルチェックをふたたび受けて上が140という数値を確認した(まだまだ高いが……)ことでやや安心した日曜日の決勝。スターティンググリッドにつくと、知ってはいたがいつもとは違う環境に身が引き締まった。それは菅生のスターティンググリッドはかなりの下り坂であり、シッカリとサイドブレーキを引いていないとズルリと前に出てしまいそうだったからだ。平地のスタートでは最近サイドブレーキを引いて構えることをしていなかったのだが、今回ばかりは慎重にサイドブレーキの力を借りる必要がありそうだ。
慎重に回転を上げてレッドシグナルの消灯を待つ。いつもと同じように、スタートで抜こうなんてスケベ根性を出さずにしようと心掛けてスタートすると、周囲のクルマよりも蹴り出しがかなりよい印象があった。スタートはイン側だったからもしかしたら抜けるかも! そう思って1コーナーに飛び込むと、難なく3位へと順位アップ! これで前について行けばまだまだチャンスがありそうだ。順調にポジションをキープして行くと、1周目の最終コーナーでペースカーが入っていた。セーフティカーの導入である。後続で大クラッシュがあったようで、そこから2周に渡ってスロー走行が続いた。心拍数がかなり上がっていた状況だっただけに、これはかなり助かった。冷静さを取り戻せたことはいまの身体の状況からすればかなり有難い。これがラッキーの1つめだ。
だが、セーフティカーが解除となり、再スタートが切られた時にかなり失敗してしまった。トップ2台からかなり遅れてコントロールラインを通過。背後に迫るライバルをブロックしながら走ることになってしまったのだ。ここからトップ集団に追いつくには、トップ2台がバトルしてくれるしかない状況だが、そんな様子はなく淡々と周回を重ねている。これはかなりキツイ。こちらも負けじとRE-71Rの持ち味であるロングランのよさを活かし、予選より速いタイムを連発するが、それでも差はなかなか縮まることはない。
けれども、数周した後にトップ2台に対して次々にドライブスルーペナルティが出され、ライバルは1台ずつ戦線離脱。はじめは何が起きているのか状況が飲み込めずにいたが、どうやらフライングの判定だった模様。そんなこんなでトップに躍り出ることになってしまったのだ。これがラッキーの2つめである。
完全に棚から牡丹餅状態でトップを手にしたが、そこから先がかなり苦戦した。背後から迫るライバルがとにかく速く、毎ラップ最終コーナーからピタリと後ろにつかれ、ある時はコントロールライン上で前に出られるほどの争いが始まってしまったのだ。仕方なくブロックラインを通るが、これがなかなか難しい。1コーナーでインを取り、なんとか通過するが、2コーナーではラインがクロスしてインを刺されることもしばしば。なんでこんなにストレートが遅いのか? 最終コーナーの速さがなかったこと、ドライバーがデブなこと、さまざまな要因が頭に浮かぶ。そういえば最近ダイエットせず、体重は75kgにもなっていたっけか。日ごろの節制をやめ、暴飲暴食を再開してしまった自分をこの時ばかりは反省した。
そして、事前に行なったパワーチェックのことも気になっていた。同じレボリューションメンテナンスで戦う佐々木選手のクルマが前回の富士でエンジンブローし、エンジンを載せ換えたことをきっかけにシャシーダイナモでパワーチェックをしたのだが、その時に僕のエンジンが当たりでもなく、ハズレでもないフツウのエンジンだと知ってしまったのだ。レース中にそれを知らされた時のことがフラッシュバックする。ハズレじゃないなら十分だとその時に話した記憶はあるが、この時ばかりはフツウじゃ困る。頼むからチェッカーまでこのまま行ってくれ!
こんな感じで、最後の数ラップは心臓も血管も張り裂けそうな状態で何とかトップチェッカーを受けることに成功した。誰もが棚から牡丹餅だと思うレース展開だったが、そうそう簡単に手にした勝利ではなかった。だからこそ本当に嬉しかったし、本当に楽しいレースだった。この調子で残る2戦も少しでも上に行けるように全力を尽くしたいと思う。