【連載】橋本洋平の「GAZOO Racing 86/BRZ Race」奮闘記

第1回:アラフォー親父が86/BRZワンメイクレースに参戦します

 個人的な話で大変恐縮だが、今年39歳になる僕は身体の衰えを最近感じている。お腹はポッコリで腰痛は悪化。さらには老眼が早くも始まってきた。まさにアラフォー世代真っ只中なのだ。

 だが、事態はそれだけに収まらず。一番厄介に感じているのがドライビングスキルの低下だ。免許を取得したころからサーキットで走り込みを行い、ピーク時にはプロドライバーだって怖くないとまで思い込むほどにイケていたドライビングが、徐々に低下し始めてしまったのだ。仕事で訪れることがあるサーキット試乗会やチューニングカーの試乗時に、パッと乗って一発でタイムを刻むことができなくなってきた。

 このままではマズイ。何らかの対策を打つべきだ。問題は身体を鍛えることなのか? それともドライビングをもう一度見直すべきなのか? そんなことを薄ぼんやりと考えているとき、ナンバー付きのトヨタ「86」によるレースが始まるとの噂を聞きつけたのだ。話題のスポーツカーで、いつかは手に入れてやろうと画策していた、あの86。そのクルマでレースができるなんて……。このクルマなら何とか手が届く範疇だし、前述した身体のこともあるし、いっちょやってみるか! と、TRD(トヨタテクノクラフト)から「86Racing」というレース専用車両が発表されたと同時に、ディーラーに駆け込んだのである。

鬼の頭金5万円・84回払いで「86Racing」を購入!

 2012年10月末、ディーラーには86Racingに関する資料はたったの1枚しか置いていなかった。それによればレースに出るにはこの車両が必要と書いてあるだけ。一応装備品が羅列されているが、ロールケージと4点式シートベルト、オイルクーラー、ブレーキ冷却ダクト、牽引フックといった専用装備が目新しいものの、見た目は鉄チンホイールだし、エアコンはマニュアルだし、オーディオは当然のように付いてない状態。後に知るのだが、ドリンクホルダーもトランクの内装もないのである。そんなクルマが乗り出しで約305万円だというのだから、一般的に考えればチト高い。けれども僕にとっては夢のようなクルマ。頭金5万円の84回払いで即決! 帰宅後に嫁さんに事後報告すると、雷が落ちてきましたが……。

 それから待つことおよそ4カ月。手元に来た86Racingは、知ってはいたが実にショボかった。ステアリングもシフトノブもウレタン製でちょっと滑りやすいし、ヘッドライトはハロゲンで視力の落ちたアラフォーにはチト怖い。だが、そこさえ気にしなければあとは何とかなりそうだ。エアコンの効きは他の86と変わらず。ドリンクホルダーは上級グレードのものをパーツ購入しているから大丈夫。オーディオがないのはスマホで対策! Bluetoothを利用して鳴るスピーカーも購入したから万全だ。これでテレビだってラジオだってOKだ。いざレースになれば簡単に外すことができ、重量アップも気にならない。ま、やせ我慢的な部分はありますが、86Racingでも日常生活は何とかなりそうなレベルにはあるというわけだ。

 その後、ノーマル状態で試乗してみると、基本的には標準の86と変わらない印象。鉄チンホイールの重さのせいか、バネ下の収まりがわるい部分があるところは気になるが、ロールケージの恩恵もあってその動きは確実に伝わってくる。おかげでワインディングでの走りも楽しめる。外観はショボイですけれどね。気をよくした僕は、そのままサーキットにも行ってみた。やはり走りは相変わらずだ。ただし問題発覚! ブレーキダクトを装着してはいるが、空気の抜けがほとんど期待できない鉄チンホイールによりブレーキはアッという間にフェード。やっぱりね、という結果ではあるが、早々にタイヤ&ホイールは変更したほうがよさそうだ。

外観はショボイけれど、ひとまず日常生活での用途に問題はなさそうだし、ワインディングでの走りも楽しめる86Racing。ただし鉄チンホイールによりブレーキに難アリ

VSCの“整備モード”って?

 そのテストでもう1つ面白いことが見えてきた。それはVSC(ビークルスタビリティコントロール)の制御である。86はVSCのボタンを長押しすることで制御が解除され、意のままに操ることが可能になっているが、実はそれが全解除とはなっていないことを発見したのだ。ボタン長押しでも一部の制御が残り、クルマを曲げる制御だけが残されている雰囲気なのだ。おそらくリアのイン側のブレーキをターンインの時にかけて、アンダーステアを抑制。コーナーからの立ち上がり時にも少しだけイン側のブレーキをかけることでLSD効果を出している。

 そのことが発覚したのは“整備モード”を体験したからだ。整備モードとは裏技的な操作方法なのだが、VSCをフル解除することで、整備テスター上でエラーが出ないようにするものらしい。それに入れる方法は以下の通り。

①サイドブレーキを下した状態でクラッチとブレーキを同時に踏み込みエンジンをスタート
②サイドブレーキを上げ、クラッチとブレーキをリリース
③ブレーキを2回以上踏み込み、最後は踏みっぱなし
④サイドブレーキを2回以上上げ下げして最後は引きっぱなし
⑤ブレーキを2回以上踏み込む

 これでメーター内のVSCランプが2つ点灯すれば整備モードに入ったことになる。

 この操作を行って整備モードに入れると、クルマは曲がりにくくなりステアリング操舵量は増加する。ブレーキングによって狙い通りにクルマの向きを変えやすいような感覚もあるが、無駄な動きは多い。ウェットのレースで曲がりすぎてしまうような状況では使えそうだ。ま、本当かどうかはレース本番で試してみなければ分かりませんけれどね。

 けれどもイマドキのVSC制御がここまできていることを改めて体感できたことは貴重。そもそもスタビリティをコントロールすることができるアイテムだが、普段の走りにも確実に影響を及ぼしているのだ。こんなことが理解できただけでもアドバンテージになったり……しないかな?

群馬県はG’SPiCEの門を叩いてみた

群馬県渋川市にある「G’SPiCE」さんにメンテナンスを依頼。G’SPiCEワークスカー(62号車)もGAZOO Racing 86/BRZ Raceに出場します

 肝心のレースについては一筋縄では行かない雰囲気が見えてきた。それは納車されたとほぼ同時に行われたレギュレーション発表だ。86Racingを購入すれば、タイヤ&ホイール、そしてブレーキくらいを変更するだけでレースに参戦できると思っていた僕の勝手な予測とは違い、改造範囲がやや広めだったのだ。主に変更できる部分は車高調、ブッシュ、マウント類、クラッチ、エアクリーナー、オイルフィルターといったところ。これらすべてがトヨタのカスタマイズブランドであるTRD製が指定されている。もちろん、それらを装着しなくてもレースには出場できるようだが、少しでも上を狙うなら改造は必須条件だ。

 その後は悩みに悩んで右往左往。一時はレースを諦めてクルマを売ってしまうことも考えたが、前述した問題解決には至らない。そこで、切り札であるクレジットカードを限度額一杯まで使い切ることに……っていうのは、半分冗談で半分本気のお話。ブレーキはエンドレス、タイヤはブリヂストン、オイルはオメガなどの協賛をいただける見通しがついてきたが、それだけでレースカーは走らないのが現実なのであります。ふぅ、またもや借金が膨らんでいく~!

 だが、心を決めたからには突っ走るだけ! そこでTRD製パーツを投入するために門を叩いたのが、群馬県渋川市にある「G’SPiCE(http://www.netzgspice.com/)」だ。ここはヴィッツレースでチャンピオンを獲得した経験があるTRDのスポーツファクトリーで、そのノウハウは凄そうな雰囲気。店の前にはスポーツ系のクルマばかりが並び、奥には競技車両ばかりが整備を待っている。ネッツ群馬が母体と聞いていたから、ちょっとスポーティなカーディーラーくらいに思っていたが、ハッキリ言って中はレース屋さんなのである。

広いガレージを有するG’SPiCEさん。各種パーツも豊富に取り揃えていました

 そこでレース用パーツを投入となるのだが、これまたパーツ点数が多い。ブッシュ、マウント類の変更だけでも、エンジンマウント、ステアリングラックブッシュ、フロントロアアーム前後、ミッションマウント、デフマウント、メンバーブッシュ、リアアームブッシュ、ナックル付け根のブッシュ、アッパーリンク前のブッシュ、スタビリンクブッシュ等々。さらに前述した通り、車高調、クラッチ、エアクリーナー、オイルフィルターの交換も行うことに。作業は3日欲しいと言われるほどだった。

ノーマルサスペンション。これからTRDの車高調に変更~
アッパーマウントは純正流用
ほとんど使っていないのに交換となったノーマルサスペンションよ、さらば!
着々とサスペンションが組まれていきます
ミッションマウントに加え、各種ブッシュ類もどんどん交換されていきます
着々と作業が進む中、「ちょっと話が」と嫌な予感
その予感的中。フロントのブレーキローターにクラックが……。これでレース本番に望むわけにはいかないため、交換することとなりましたとさ

G’SPiCEワークスカー(62号車)のセッティングを一部参考に

 だが、組み付けだけでは終わらない。最終的なセッティングはここにお任せ状態。作業を担当してくれた長田さん曰く「ブッシュの打ち方1つでアライメントが変わりますし、アライメント調整だけでも性格はかなり変化します。どれが正解なのかは見えていませんが、このあたりにノウハウが出てくるんでしょうね」とのこと。さすがはワインメイクレース。奥はかなり深そうだ。

 セッティングについては、先行して走り込んでいるG’SPiCEワークスカーの62号車のものを一部参考にさせていただくことに。どんなベタベタ車高で登場するかと思ったら、車高はほぼノーマルと変わらない! 減衰力も40段調整のうち、上から10段戻しくらいがベストとのこと。ハードでガチガチなんていうものを想像していたから、これは意外な結果だった。

アライメントの調整も行ってもらえました
サーキット走行時の万が一に備え、バッテリー端子や、ブレーキ&クラッチのリザーバータンクのキャップをタイラップで固定
スポーツオイルフィルター、ラジエターキャップ、エアクリーナーもTRD製に交換

 組み上がったクルマを試乗してみると、意外にも乗り心地はよい。TRDの車高調に組み合わせるスプリングはフロント34.7N/m、リア57.3N/mとそれほどハードじゃない。だからこそ、街乗りも十分にこなすのだ。それでいてブッシュやマウント類を変更した結果は大きく、みごとなまでにリジッドなハンドリングを実現している。ライントレースの正確性はかなり高まったように感じる。その分ワンダリングなども受けやすいが、スポーティな雰囲気は満点だ。

 その感覚を助長しているのがハードなクラッチだ。半クラがチト難しいTRDのクラッチは、純正に比べて踏力は倍くらい必要なほどハード。マウント類が強化されたこともあり、駆動系の振動や音がダイレクトに入ってくるところもスパルタン! 普段乗りではやや扱いにくいが、レースカーだと思えばそれもまたよしである。

 と、ここまでの作業が終わったのは第1戦・富士スピードウェイの前々日。翌日はカッティングシートの貼り付けとバケットシートの組み込みを自宅で行い、そのまま富士の練習走行へ向けて出発せねば……。こんなドタバタ劇で果たしてどんな結果が待ち受けているのか? アラフォー親父の無謀なレース挑戦にご期待ください!

「まだまだ純正のエアクリーナーが使えるぜ~」とアラフォー親父。ノーマルのクリーナーは平日に使いたいと思います

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。走りのクルマからエコカー、そしてチューニングカーやタイヤまでを幅広くインプレッションしている。レースは速さを争うものからエコラン大会まで好成績を収める。また、ドライビングレッスンのインストラクターなども行っている。現在の愛車は18年落ちの日産R32スカイラインGT-R Vスペックとトヨタ86 Racing。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。