【連載】橋本洋平の「GAZOO Racing 86/BRZ Race」奮闘記

第4回:カラーリングを一新し、2014年もおっさん参加します!

折れかかった心を復活させてくれた86レース村の仲間たち

「レースなんてもう辞めちゃいなよ。いい歳なんだから」。言葉の強弱はあれ、僕のことをよく知る友人たちは同様の文句を並べてくる。冷静に考えればそれも間違いじゃない。アラフォーを迎えた人間が、クルマ好きの若者と同じようなことをやっているのだから……。

 今からおよそ1年前。僕は2013年から始まったトヨタ「86(ハチロク)」とスバル「BRZ」のワンメイクレース「GAZOO Racing 86/BRZ Race」にどうしても参戦したいという気持ちだけで、無謀にも頭金5万円の84回払いで86を購入した。月々の支払は4万7000円弱。金利は90万円にもなる7年に渡るローンの旅がスタートしたのだ。購入後もレース用パーツにヘルメットをはじめとするレーシングギアの購入、さらにはレースのための参加費&遠征費等々、さまざまな費用がかかった。カードだリボ払いだとあらゆる支払い手段に手を出し、自分でも冷や汗混じりで生活していたことを思い出す。

 だから参戦体制だって満足いくものではなかった。メカニックをお願いすることも難しく、サーキットでクルマをイジるのは基本的に自分だけ。車載のパンタジャッキでタイヤやブレーキパッドを交換していると、まわりからは呆れられたこともあった。その姿を見て「可哀想なヤツがいる!(笑)」と手伝ってくれた人々がいたこと、一生忘れません!

2013年の「GAZOO Racing 86/BRZ Race」に参戦した時のカラーリング。タイヤはブリヂストンのポテンザ「RE-11A 2.0」を装着

 その甲斐あって2013年のレースはまずまずの滑り出し。開幕戦の富士でポイントをゲットし、第2戦の菅生では予選2番手、決勝4番手というプライベーターにしては上出来すぎる結果が残せた。しかし、そんな幸運はいつまでも続かない。鈴鹿戦では決勝レース前にガソリンを入れ忘れるという前代未聞のミスを犯し、6位で走行中にガス欠リタイア。最終戦のツインリンクもてぎでは、デフトラブルのせいか電子制御が入りまくって8位から30位まで後退。混戦に巻き込まれて軽く接触もしてしまい、板金代が発生するという負のスパイラルが始まった。

 だから冒頭の友人達の言葉が出てくるのだ。「いい歳したオヤジが何やってんだ」。言われて当然の言葉である。たった4戦とはいえ、いい時もあったのだから、これで終わりにしてすべてを清算してしまうのもアリ。クルマを高値で売り抜いてしまえば、今なら穏やかな生活に戻れるかもしれない……。

2013年末に行われた「トヨタ ガズーレーシング フェスティバル」でのひとコマ。業界の大先輩である木下隆之選手からの激励などによって2014年も再びサーキットへ行きたい! そう思うようになったのであります

 そんな折れかけた心を復活させてくれたのが、2013年末に行われた「トヨタ ガズーレーシング フェスティバル」内の模擬レースだった。プロのレーシングドライバーと86レーサーがチームとなり、模擬レースを戦うというこのレース。組んだのは業界の大先輩にしてGAZOO Racingのドライバーである木下隆之選手だった。「オマエのクルマは凹んでて汚い! それにレースに出ようというのにユーズドタイヤとは……。オレも舐められたもんだなぁ」とイジられまくってしまった。だが、こんなひとコマがあるのも86レースに参加していたからこそ。辛い思いをすることがあるレースの世界に首を突っ込んでいれば、こんな楽しいひと時もある。

 “86レース村”でのありがたき協力者たち。そしてプロドライバーの木下さんからの激励。クルマ好き、そしてレース好きからしてこれほど幸せな環境はない。2014年も再びサーキットへ行きたい! そんな思いが日増しに高まってきた。

 その思いに各方面からご賛同いただき、今シーズンも参戦することが決定した。カラーリングも新たに再出発である。今回のカラーリングは映画「ワイルドスピード」の劇用車のラッピングを担当したアートファクトリーが施してくれたもの。かなりイケてます! ただしクルマは昨年同様のものであり、ローンの残りも減ったとはいえあと72回……。相変わらずの辛い状況ではあるが、再び走れる幸せを感じつつ、開幕戦が行われるツインリンクもてぎへと向かった。

カラーリングを一新した我が86。外装デザインおよびラッピングは、映画「ワイルドスピード」の劇用車のラッピングを担当したアートファクトリーが施してくれたもの。Car Watchのロゴもバッチリ目立っている

タイヤはポテンザ「RE-11A 3.0」に進化

 今シーズン変化したことといえば、昨年から装着していたブリヂストンタイヤが進化したところだ。これまで装着していたのはポテンザブランドの「RE-11A 2.0」というタイヤだったが、今年から新たに「RE-11A 3.0」がラインアップに加わることに。ドライグリップをさらに高め、コントロール性も増したというこのタイヤは、きっと新たなる武器となるに違いない。ただし2.0についても併売されるということを忘れてはいけない。どうやら特性が違うらしく、ステージや気温などの環境変化に合わせて使って欲しいというのがブリヂストンの考えだ。

 その感触を試すべく、練習走行で2.0と3.0の違いを見極めることにした。3.0を装着して走ってみると、これまで以上にグリップ感が高まっていることは明確だった。限界域の動きに幅が出てコントロール性が増しているところもポイント。ソフトなコンパウンドになった印象があり、タイムアップは間違いないと思わせる懐の深さがあった。また、「ステルスパターン」と呼ばれる外側のギザギザした部分の溝も狭められ、摩耗肌も改善されたことは見どころの1つ。これならソフトコンパウンドでも十分に戦えそうな気配がする。外気温もそれほど高くないこともあり、今回は3.0を装着して本戦に挑むことにした。

今年から新たに装着したポテンザ「RE-11A 3.0」(http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/20140325_641042.html)。ドライグリップとともに、コントロール性を高めたという
レギュレーション変更によって今季からフロントストラットタワーバーの装着が可能になったので、キャロッセ製をセレクト

 トピックはそれだけではない。今シーズンはレギュレーション変更があり、フロントストラットタワーバーの装着自由化、クラッチの自由化、そしてGPSロガーを搭載することが許されたのだ。

 そこで、タワーバーとクラッチに関してはキャロッセ(クスコ)にご協力をいただくことにした。ジムカーナ、ラリー、そしてサーキットまで幅広く競技車両を送り出す一方で、チューニングアイテムを数多くリリースしているクスコ。タワーバーとクラッチはすでに86用のラインアップが多く存在し、86レースに合わせたチョイスが行えることが協力依頼したきっかけだった。

 今回装着したストラットタワーバーは、エンジンルーム内にある左右のストラットタワーをまさに繋げることで剛性アップを果たすパーツ。クスコにはマスターシリンダーストッパー付きのストラットタワーバーも存在するが、それはレギュレーションでの装着が認められていないため今回は見送ることにした。だが、装着してみるとステアリングに対するインフォメーションが明らかに向上し、タイヤの限界域が探りやすくなるというメリットをもたらしてくれた。これを頼りにアタックに挑めば、よりよい成績に繋がりそうだ。クラッチについてはメタルタイプを選択したが、今回は開幕ギリギリで装着する時間がなく、次戦以降に持ち越しとなってしまった。メタルクラッチについては第2戦の菅生の時にでもその効果をお伝えしたい。

スペック プランニングのGPSロガー「M&S cam」
「M&S cam」で使うカメラはロールバーに固定

 GPSロガーはスペック プランニングの「M&S cam」(http://www.gps-nero.com/ms-cam.html)を選択した。フルハイビジョンカメラにGPS位置情報などをリンクさせ、走行映像にデータを載せることができるという高機能に惹かれたためだ。これにより走行の解析はもちろん、本連載でも走っている雰囲気をお伝えできればと考えている。今回は練習走行中のヒトコマを載せてみた。走りは失敗もあり、まとまりもないため参考にはならないが、ツインリンクもてぎのコースと、86の走行感覚が少しでも伝われば幸いだ。

 このほか、昨年同様ブレーキパッドはENDLESS、オイルはオメガ、ホイールはプロドライブにバックアップしていただくことに。また、車両メンテナンスはFAZZカーメンテナンスという体制だ。ご協力いただいた各社には感謝するばかりであります。

「M&S cam」で撮影した練習走行中の動画。ツインリンクもてぎのコースと86の走行感覚が伝われば幸いです

またしても悩まされた電子制御の介入

 こうして万全の体制で始まったツインリンクもてぎの開幕戦。ここから今季全10戦で行われる86&BRZレースがいよいよスタートする。第1選には67台ものエントリーがあり、今年もまた白熱したバトルが繰り広げられる。なお、昨年は約半数が予選落ちとなり、そのエントラントへ向けたコンソレーションレース(4周ほど)が開催されていたが、今年は決勝A&Bという振り分けが行われ、誰もが10周のレースを戦えるようになったところが大きく改善されたポイント。

 昨年はかなり盛況だった同レースだけに、今季は新たにさまざまなプロドライバーが参入してきたところも今季の面白さ。テレビや雑誌で出てくる一流ドライバー達もまた、このレースに注目しているところが嬉しい。パドックではそんなプロたちとの交流が持てるところも魅力の1つだろう。まあ、もちろんレースになれば憧れの対象じゃなくてライバルなんですけれど……。

空気圧は昨年に2.0で得た感触のよいポイントである温間2.1kg/cm2を狙い、冷間1.6kg/cm2スタート

 さて、そんな中で始まった予選。新たなるタイヤ、そして新たなる体制を武器に、どこまで戦えるかワクワクしていた。天候も晴れで、何も不安要素はない。一番はRE-11A 3.0がどれほどのハイパフォーマンスを示してくれるのか? ここが何より興味深いポイントである。空気圧設定に関してはあまりデータがないので、昨年に2.0で得た感触のよいポイントである温間2.1kg/cm2を狙い、冷間1.6kg/cm2スタートで行ってみることにした。

 確かな手応えと強烈な縦グリップで始まったアタックラップ。これはイケそうだという感触はヒシヒシと伝わってきた。僕の前には先輩である5号車の後藤比東至選手がいる。昨年の開幕戦では予選ポールポジションを獲得していただけに、この人の後ろなら間違いないと位置取りをしたのだ。

 だがしかし。5コーナー立ち上がりで昨年出た症状(電子制御の介入)が入ってしまった。本来レブリミッターは7500rpmで当たるのだが、僕のクルマは何故か7000rpmで当たり、その状態のまま加速しなくなってしまうのだ。それを改善しようとLSDが犯人だと考え、あまり走っていない中古のLSDを組んできたのに……。やっぱり新品じゃなきゃダメ?

 そのラップは諦め、仕切り直すことにした。タイヤが一番グリップし、水温も上がっていないクルマがフレッシュな1ラップ目のアタックは無駄に終わってしまった。けれども落ち込んでいる暇はないと再びアタックを開始。割とまとまったかに思えた我が84号車だったが、今度は最終コーナー立ち上がりで再び前述の症状が……。結果は予選A組9番手。決勝グリッドは18番手となってしまった。

 ちなみに今季はタイヤ戦争も激化。僕が装着するブリヂストンをはじめ計3社が新スペックタイヤを持ち込んでおり、予選結果は大混乱だったようだ。だが、アマチュアレーサーも参加できるナンバー付きのレースに対し、各タイヤメーカーが本気で開発を行ってくるこの環境は、86&BRZレースの大きな魅力。普通に考えればトップクラスのレーサーでしか味わえない“タイヤウォーズ”の真っ只中にいられることで、タイヤの進化を肌で感じられることが実に面白い。

 こうして、昨年から通しで見てもワーストグリッドになってしまった開幕戦。言い訳がましいが、ハッキリ言えばクルマの状態がわるすぎるからこんな状況に陥ったわけだ。今までならクルマを蹴飛ばしてやりたい気分になるところだったが、今年の僕はそんな荒々しい気分になることもなく、かといって心が折れるわけでもなかった。こうして無事にグリッドに並べたこと、そしてさまざまな人々の協力でレースに出場できること。それだけで十分だったのだ。

 そしてトラブルが改善されぬまま挑んだ決勝レースはウエットコンディション。結果としてレースは散々なものになった。懸念材料であった電子制御介入問題は頻発しズルズルと後退。データもなく、なんとなく選んだ温間2.1kg/cm2という空気圧もまた選択ミスだったのかもしれない。順位は30位に終わってしまった。ご協力いただいた皆様、大変申し訳ありません!

 ただ、結果以上に満足感は高かった。昨年知り合ったレース仲間との再会、プロドライバー達にいただいた数々のアドバイス。タイヤメーカー担当者との真剣な話し合い。そのどれもが今は幸せなひと時だったと感じるのだ。レースに関わるすべての人々とともに得られた週末の貴重な時間を、今年もまた味わえることがただ嬉しかった。たかがナンバー付きのレースと笑う人もいるかもしれない。けれどもそこには真剣な世界から和やかなホビーレースとしての世界まで、あらゆるものが凝縮されている。だからこそ、無理をして今年もこの世界に戻ってきたいと思えたのだ。関わっていただいたすべての方々、本当にありがとうございました。

 けれども、だからといってレースを諦めるつもりは毛頭ない。トラブルを改善するべく再びテストを行い、次こそは万全の体制で挑みたいと考えている。「オッサン、もうやめとけ」と言うなかれ! あと9戦、どこかで一花咲かせてやろうと無謀な挑戦はまだまだ続くのである。

レース終了後、公道走行前に車検が行われるのもナンバー付きレースならではの光景
レース用にセットした空気圧は公道走行では低すぎる場合があるので、公道走行前に指定空気圧にする
公道を走行する際は牽引フックをちゃんと外しましょう
レース中にちょっとした接触はつきもの。接触のたびにエアバッグが展開してはレースにならないため、レース時はシフト前にあるカプラー(写真左)を外してエアバッグの機能をOFFにする(OFFにすると写真右のようにエアバッグ警告灯が点灯する)。レース後の車検ではちゃんとカプラーを戻しているかどうかもチェックされる

Photo:高橋 学

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。走りのクルマからエコカー、そしてチューニングカーやタイヤまでを幅広くインプレッションしている。レースは速さを争うものからエコラン大会まで好成績を収める。また、ドライビングレッスンのインストラクターなども行っている。現在の愛車は18年落ちの日産R32スカイラインGT-R Vスペックとトヨタ86 Racing。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。