【連載】橋本洋平の「GAZOO Racing 86/BRZ Race」奮闘記

第19回:残り3周で夢潰えるも、堂々の2位に入賞した第6戦十勝

メンテナンスって大事なんですネ

 次こそは……。前回のオートポリス戦で自己最高位の2位をゲットすることに成功したことで、以前よりも欲深くなってきた今日このごろ。少しでも上を目指すには何が必要なのか? もう一度冷静に考えてみようと思った。

 これは言い訳になってしまうが、我が84号車は他車に比べてかなりお疲れ気味なことは否めない。走行距離は3万3000kmに達し、満足のいくメンテナンスを行えていないのだからそれも仕方ない。それを裏付けたのが、ほぼ直線ばかりのオートポリス・セクター1。優勝した車両に対し、そこでコンマ9秒もの大差を付けられたことでヘタリがハッキリした。つまり、エンジンパワーが明らかになく、さらにシフトアップの時間もかなりかかっている。

 本来ならエンジン交換、さらにトランスミッションもオーバーホールしたいところだが、予算の問題でそこまで手を出すわけにはいかない。オートポリスで優勝し、現在ポイントリーダーの遠藤選手によると「イグニッションコイルやプラグは2戦に1度の割合で新品交換しています」とのこと。大金をかけてエンジン交換する前に、やれることはありそうだ。

 シフトについてはクラッチのレリーズシリンダーとクラッチホースがまず怪しいとなった。素早いクラッチ操作が伝わらず、駆動が切れずにシフトするから入らない可能性があるというのだ。トランスミッションに手を付ける前に、そこもやってみようと交換することに。さらに、発進時に異音が出ていた左リアのドライブシャフトインボードジョイントも新品にした。

 ハッキリ言ってイチかバチかの小変更。けれども、新たな我が愛車に乗ってみると、街乗りの段階からしてトルクフル! クラッチのキレもよくなったし、見違えるようになったのだ。細かいところが成績に響くワンメイク車両は、やはり日ごろのメンテナンスが重要なのだと改めて知ったのでありました。

やれるところからリフレッシュしようということで、クーラントはTCL ADVANCEに変更。クーラントは水よりも冷却性能が劣るのが常だが、これは水と同等の冷却性能を誇る逸品。これがあってエンジンパワーが出たのかもしれない
写真左からクラッチのレリーズシリンダーとクラッチホース、イグニションコイル、プラグ、ドライブシャフトインボードジョイント。こちらも新品に交換

 ここまで整備したら、あとはレースまでクルマを温存しておきたくなるのが人情ってもの。そこで、今回はTRD(トヨタテクノクラフト)が新たに展開した車両の輸送サービスを利用してみることにしたのだ。これは、神奈川県横浜市港北区にあるTRDから、十勝スピードウェイのピットまでクルマを陸送してくれるもので、往復の値段は16万円! 正直に言えば高いのか安いのかは微妙なところだが、昨年のようにフェリーを利用して、それ以外の部分を自走することを考えると、ほぼ同等の料金。移動にかかる拘束時間を考えれば、むしろ安いのかもしれない。

 ただ、人間がどう移動するかが問題。輸送されるクルマの中に潜むわけにもいかず、やはり飛行機で移動するというのが当然の選択。今回は家族が持っていた飛行機のマイルがあったため、それを当てにしてやり過ごしたが、それがなければ輸送サービスを利用する決断は下せなかった。いずれにしても北海道遠征は大変だ。ただ、これでクルマだけでなく、体力が衰えているオッサンドライバーの体力も温存することができたのは言うまでもない。

今回は自走せず、TRDの輸送サービスを利用。とすると人間はどうするとなるわけだが、家族が持っていた飛行機のマイルをありがたく使わせていただいた。十勝までついてきてくれた嫁さんに心から礼を伝えたい

 こうして、できる限りの万全な体制をさらに後押ししてくれたのが、現在サポートしていただいているブレーキメーカーのENDLESSである。現在プロクラスに出場中の我が師匠である佐々木雅弘選手が、ENDLESSとタッグを組んで新たなブレーキパッドの開発を進めたというのだ。「これをぜひとも十勝で試して!」と自信満々で佐々木選手がピットまで新作ブレーキパッドを持ってきてくれたのだから鬼に金棒だ。

我が師匠・佐々木雅弘選手がENDLESSの新作ブレーキパッドを持参してくれた。本当にありがとうございます!

 今までからすれば雲泥の差といえるほどの完璧な体制で乗り込んだ十勝スピードウェイ。走り出せば確かにクルマは蘇っていることが体感できる。スピードのノリがいいし、エンジン音も何だか元気よく聞こえてくるほどなのだから。もしかしたら北海道の外気温が低かったからかもしれないが、気分は上々。これならイケるかもしれないとやる気に満ちてきた。

 そして、新たなブレーキパッドも好感触。ABSが介入しにくく、コントロール性に優れていることがこのブレーキパッドのポイントだ。ブレーキ踏力は以前の倍以上必要になったが、自分の右足で最後まで制動を細かく操れるところがイイと感じた。

第6戦十勝スピードウェイのフリー走行時の様子

「トップは誰?」「オマエだよ!」

 あらゆるチェックポイントがあった練習走行ではあるが、今回はそれほど多く時間を費やすことはしなかった。さらっと走ってトップクラスのタイムが出たこと。さらにはクルマを温存させておきたいということ。今回は輸送の関係でトルセンLSDのスペアを持って行くことができなかったため、あまり走行距離を稼ぎたくないという思いもあった。そこで、今回はセッティングをアレコレやることなく、若干のアライメント変更をするだけで予選に向かうことを決意した。

 すると、その作戦が功を奏したのか、予選はそれなりに上手くまとまった。順位と、後続との差をチェックしようとピットに戻ると、メカニックは「0.7秒くらい離れているね」と答えてきた。そこで間髪入れず「トップは誰?」と問うと、「オマエだよ!(笑)」との返答が……。ややニンマリしてしまったが、予選の残り時間は5分。まだまだ逆転される可能性があるから油断はできない。「とりあえず4輪の内圧を揃えて! もう一発行ってくるから!」とお願いして、ピットを後にした。

 実は現在装着しているブリヂストン「POTENZA RE-71R」は、周回を重ねてもタイムが刻める特性がある。新品一発じゃなければタイムが出せなかったプロクラス仕様のタイヤとは違い、何度でもアタックをできるところが嬉しいポイント。だから、最後の最後まで諦めることはできないし、ライバルも同じことを思って連続周回しているから、うかうかできない。

 丁寧にインラップをこなして再アタック! だが、複合の4~5コーナーで3から4速へとシフトアップする時にギアが入らず、そこで諦めることに。ピットに戻ってみると、450号車の小野田選手にトップを奪われたとのこと。タラレバを言っても仕方がないが、搭載しているデータロガー上ではアタックを諦めた時点でベストラップよりも速いことが確認できていただけに、悔やまれてならない。トランスミッションもまだ1回しかオーバーホールしたことがないから、そろそろ考えねばならないかもしれない。

予選後に十勝の片隅で行われたクスコ・オートテスト・プロフェッショナルエキシビジョンというイベントに参加させていただいた。スラロームあり、車庫入れあり、さらに最後にはスピンターンして枠内に止める必要ありというこのプログラムは、ジムカーナにさらなるお楽しみが加わった感覚でかなり面白かった。今後このオートテストは、JAFのテストで盛り込まれるのだとか。僕の結果は……聞かないでください(笑)。とりあえず完走だけできてホッ

小野田選手とのクリーンな戦い

 とはいえ、決勝グリッドは最前列。まだまだ諦める位置じゃない。前回のスタートでは、ゼロ発進からの蹴り出しこそライバルより優れていたものの、その後にエンジン回転がドロップして失速していることが確認できている。半クラッチを以前よりも多めにして、回転ドロップを抑えることを心掛け、いよいよスタートだ。

 すると、蹴り出しも抜群! エンジン回転も落ちることなく、トップの小野田選手に並べるほどのスタートダッシュをキメることができた。人生でおそらく一番うまくいったスタートだ。結果、1コーナーではインを突くことに成功した。スプリントレースでトップに立つなんて何年ぶりだろう? 今までは相手に合わせて走っていればなんとなく時が過ぎたが、今回ばかりはそうはいかない。ちょっとドキドキ、でもやや満足感の高い、そんな時間が経過して行く。

決勝のスタートシーンから1コーナーまで。人生で一番うまくいったスタートによりトップの小野田選手を交わすことに成功!

 だが、2番手の小野田選手はピタリと真後ろでマーク。ポイントリーダーの305号車・遠藤選手もそれに続いている。遠藤選手が小野田選手を突いてくれれば、ラクな展開になるのに、なんて甘い考えも頭によぎったのだが、そんな時に限って遠藤選手のクルマはトランスミッションが3速に入りにくい症状が出て失速して行く。

 こうなれば後は小野田選手との一騎打ち。ハラハラドキドキの連続で、後で小野田選手と話せば、「トップを走ること慣れてないでしょ(笑)」と言われるほど、チグハグな走りが所々で見られたという。

終始小野田選手との一騎打ちが続く

 そんな走りのせいで、どうもブレーキに負担をかけるような走りになっていたようだ。一発でブレーキングを終わらせてコーナーへアプローチすればいいものの、ダラダラと長めにブレーキを踏んだことでブレーキ温度を高めてしまい、フロントブレーキをフェードさせてしまったようだ。結果としてリアブレーキは、ABSが介入しているとはいえロック気味になり、オーバーステアに悩まされ、レース中盤には1コーナーでインを突かれる始末。けれどもこの時は小野田選手がオーバーランして、順位を取り戻すことができた。

 だが、11周目の2コーナー進入でふたたびインを突かれ、5コーナーあたりまでサイドバイサイドを続けたが、2位に落ちてしまった。14周に渡るレースはそのままチェッカーとなり、結果はオートポリスと変わらず2位ということになってしまった。

惜しくも2位に終わったが、2戦連続で2位になることができた。段々シャンパンファイトも板についてきたかも!?

 ただ、そのバトルは終始クリーンだったから満足だ。小野田選手と僕との間にはほとんど空間がなかったが、互いのボディーには一切傷を増やすことなく戦うことができたのだ。だからこそレースは充実感が高く、例え2位だったとしてもすがすがしい気分だった。

 けれども残念無念。やり切るだけやり切ったつもりだったのに、やはり優勝することができなかったことは実に悔しい。ご協力いただいている皆様、今回も不甲斐ない成績で申し訳ございません! しかし、レース終盤まではトップを走っていたということで、今回はお許しください。

 そんなわけで、今回もまだまだだということを思い知らされた。トップで走ることの難しさ。そして、その状況での精神にタフさが足りないこともよーく理解できた。オッサン、まだまだであります。

レース直後に小野田選手と。結果は残念だったが、クリーンな戦いができたのですがすがしい気分

今後の課題

 そしてブレーキについては使い方、さらには見直しが必要かもしれない。よりハイグリップの「POTENZA RE-05D」を装着している佐々木選手が決勝を戦っても、そんな症状は出ないというのだ。ただ、佐々木選手が乗る86は最新型であり、僕の1型とはABSの制御が違っているということが判明している。1型のABS制御は荒く、前述した状況でリアロックの時間が長いらしい。最新型のABSを移植するのか、はたまたブレーキパッドを見直すのか、さまざまな検討が必要だろう。

 さらには、ミッションオーバーホールの時期が通り越していることも分かった。今回ミッショントラブルで成績が振るわなかった遠藤選手のクルマだって、今年の前半に一度オーバーホールをしているというのだ。1年以上バラしていない我が愛車は、トランスミッションが入りにくく、それでストレートスピードを失っているし、予選での失敗にも繋がっている。

 実はいま、GAZOO RacingのWebサイト(http://gazooracing.com/pages/gallery/movie/index.html#JKL2S_XecLo/2)でトップ3のレース中のオンボード映像が公開されている。他の選手と比べてみると分かるが、僕のシフト操作はバカ丁寧すぎるほどなのだ。これでトランスミッションのヘタリを誤魔化していたのだが、代わりに速さを失っている。これもまた、要改善! 帰ったらオーバーホールだ。

 さらに、トルセンLSDも距離を重ねているから、もう新品交換するしかない。どなたか新車から外したようなLSDをお持ちではないでしょうか? 譲っていただけたら幸いなのですが……。なにせ新品で買うと、機械式LSDが買えてしまう値段なもので。もしそんな方がいたら、編集部までご連絡いただければ幸いです。

 こうして益々エスカレートしてきた僕のレース。次こそは……が合言葉だが、残すは富士、鈴鹿の2戦のみ。シリーズチャンピオンの夢は消えたが、何とかしてテッペンに立ちたい。まだまだ諦めることなく、全力で戦いたいと思いますので、今後とも応援よろしくお願いします!

Photo:高橋 学

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。走りのクルマからエコカー、そしてチューニングカーやタイヤまでを幅広くインプレッションしている。レースは速さを争うものからエコラン大会まで好成績を収める。また、ドライビングレッスンのインストラクターなども行っている。現在の愛車は18年落ちの日産R32スカイラインGT-R Vスペックとトヨタ86 Racing。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。