【連載】橋本洋平の「GAZOO Racing 86/BRZ Race」奮闘記

第20回:明暗を分けた1000分の1秒、初のペナルティを受けた第7戦富士

1000分の1秒の大切さを知るにはメタボなオッサンに聞くと善い

 海外にはこんな言葉があるそうだ。「1年の大切さを知るには、落第した学生に聞くと善いでしょう。1カ月の大切さを知るには、未熟児を生んだ母親に聞くと善いでしょう。(中略)。10分の1秒の大切さを知るには、オリンピックで銀メダルに終わった人に聞くと善いでしょう……」。ならば、1000分の1秒の大切さを知るには僕に聞くと善い。まばたきよりも遥かに短い、たった1000分の1秒という時間で人生を狂わせてしまった、現在厄年真っ只中のメタボなオッサンアマチュアレーサーの言葉を聞いて欲しい。

 やりようによっては勝てたとまわりから言われている前回の十勝でのレース。本当にそうならば、弱点はどこだったのか? 冷静に分析する必要がある。現在、GAZOO Racingの公式サイトにおいて、ラッキーにも上位3台のインカービデオが閲覧可能だ。だからそれを何度も見返し、一体何がダメだったのかをハッキリさせたかった。ちなみに分かったことは、トップに立っている時点で自分の走りができていないこと、バトル中にもう少し相手のラインをブロックすべきだったことなどなど、ハッキリ言えば僕のドライビングが至らないことばかりだった。

 けれども、わるいことはそれだけじゃない。言い訳をしたくはないが、やはりクルマにも問題があったのだ。平たく言ってしまえば、ストレートがライバルよりも遅い。これは我が師匠と慕っているプロクラス参戦中のレーシングドライバーであり、レッスンプロもこなす佐々木雅弘選手(「POTENZA RE-05D」を履き第7戦富士のプロクラスでみごと優勝。おめでとうございます!)も指摘しているから間違いない。原因はおそらくシフトアップが遅いこと。1年以上もオーバーホールせずに走ってきたため、ライバルがやっている全開シフトはもちろん、普通のシフトアップでさえ入りにくくて速さを失っている始末である。

 原因がハッキリとしたことでようやくミッションオーバーホールする決心がついた。他のドライバーは2~3戦に1回はオーバーホールしていると聞くから、遅すぎる判断だったが、目先の諭吉さまがいうことをきかなかったのだから仕方なし。いまさら感は否めないが、早速バラしてもらうことに。

 なんと、前回行ったギアやシンクロの交換だけで元通りになる可能性は低く、ハウジング自体も交換しなければならない重症ぶりで、修理には新品を購入するのと同等の値段になるとの回答がガレージから入った。詳細を聞けば、フォークの支持部にブッシュが打ち込まれており、そこが痛めつけられてガタが出ているとのこと。ブッシュ単品での販売はされておらず、ハウジング交換が必要になるのだ。結果として出費は新品のトランスミッションを購入するのに近い金額になってしまったが、オーバーホールのほうが数万円安いため、新品の購入は見送った。

今回トランスミッションをオーバーホールすることにしたのだが、我がトランスミッションはハウジングを交換しなければならないほど重症だったのでした

 これでいよいよ完璧な状態かと思えたが、まだまだ問題はある。それは2戦でダメになってしまうLSDである。中古パーツを買いあさってこれまで凌いでいたが、実は同様のことをやっているエントラントが多いらしく、中古パーツ自体が出てこない状態に。そこで前回の記事で「どなたか譲っていただけませんか?」と書いたのだが、ラッキーにもそれを読んだ読者の方から無償で提供していただけたのだ。代わりと言ってはなんだが、その方が経営されている会社のステッカーをクルマに貼り付けることに。遠方の方でご挨拶もできない状態ではあったが、この場をお借りしてお礼をしたい。本当にありがとうございました!

 というわけで、これで準備万端。だが、今回はさらに僕を後押ししてくれる関係各位がさらにいた。アルパインスターズ(http://www.spk-cuspa.jp/alpinestars/)のレーシングギアをご提供いただいたのだ。協賛各社のロゴをプリントし、まるでプロのレーシングドライバーのようで恐縮だが、これだけでも気分が高まるというもの。この姿で表彰台のテッペンに立てるように努力したいものだ。

LSDをご提供いただいた方が経営されている会社のステッカーを貼らせていただいた。「ACCESS」がそれです!
アルパインスターズのレーシングギアもご提供いただくことに。ちょっと立派になり過ぎて似合っていない!?

 さらにさらに、TRD(トヨタテクノクラフト)の「スポーツドライブロガー」(http://trdparts.jp/release/2014_drive-logger.html)をモニター装着させていただくことに。これはクルマの走行状況をデータ化し、プレイステーション3のレースゲーム「グランツーリスモ6」で再現できるというもの。走っているところを外からリプレイできるというお楽しみ機能や、データロガーとしての機能もあり、プロドライバーとの比較なども可能になっている。

 今回は練習走行中に記録したデータを、86レースのドライビングアドバイザーである影山正彦選手の走りと比較した。これはGAZOO Racing 86/BRZ Raceに参加中で、スポーツドライブロガーを装着した選手であれば無償で得られる特典とのこと。今回はウエットでの走りの比較を行っていただき、ギア選択の違いや、各コーナーのボトムスピードなどの違いを明確にしていただいた。ウエットの走りは、まだまだといった感じであることが分かり、かなり勉強になった。これは次戦の鈴鹿でも試してみたいものだ。

GAZOO Racing 86/BRZ Raceに参加する選手であれば、影山正彦選手からスポーツドライブロガー(8万6000円)のレクチャーを無償で受けられる。いや、これはかなり勉強になりました
スポーツドライブロガーのデータをもとに作られた練習走行時の動画
スポーツドライブロガーのデータをもとに作られたデータロガーの動画。影山正彦選手の走りと比較(青い線が筆者、赤い線が影山さん。データは同じ日に取得したもので、タイムは筆者が勝っているものの、これは路面コンディションが違うため。参考程度にご覧いただきたい

トヨタ、走行データをUSBメモリに転送する86用「スポーツドライブロガー」
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/20140402_642464.html

「CAN-Gateway ECU」改め86(ハチロク)用「スポーツドライブロガー」を体験してみた
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/20140522_649733.html

高橋敏也のトヨタ「86(ハチロク)」繁盛記 その13:「スポーツドライブロガー取り付け、プラス・ワン!」
http://car.watch.impress.co.jp/docs/longtermreview/86/20140605_651620.html

高橋敏也のトヨタ「86(ハチロク)」繁盛記 その15:「富士スピードウェイへの道、前編」
http://car.watch.impress.co.jp/docs/longtermreview/86/20140818_662398.html

高橋敏也のトヨタ「86(ハチロク)」繁盛記 その16:「富士スピードウェイへの道、後編」
http://car.watch.impress.co.jp/docs/longtermreview/86/20140926_664186.html

予選ではトップと1000分の1秒差で2位に

 こうして万全の状況で迎えた富士スピードウェイの予選。だが、天候は曇りながら、前日からの雨が路面に残るという悪条件。今回は参加台数が多いために、予選は2組に分けて行われた。筆者は2組目で、1組目が走ることでラインが乾く可能性が高いからラッキーだ。こんな後押しもあるならば、遂にポールポジションが取れるかもしれない。

 やる気に満ちたアタックラップが始まった。新たなトランスミッションはアクセル全開のままでシフトアップが可能。以前のようにシフトアップの度に失速する感じはまったくなく、グイグイとスピードを重ねて行く感覚に溢れている。さらに、同じくらいのペースのクルマを前に行かせることで、セクター2の後半や、ストレートの途中まではスリップストリームを使えている感覚もあった。これならば!

 だが、結果は残念ながら1組目のトップに追いつくことができず。その差はナント1000分の1秒差……。残念ながら、セカンドグリッドからのスタートとなってしまったのだ。以前行われた富士のレースではトップと1000分の25秒差ということもあったが、それよりもかなり悔やまれる結果に、僕も周囲のみんなも落胆してしまったのだ。

 ダイエットを頑張れば……、昨日の晩飯をもう少し抑えておけば……。この時ばかりはくだらぬタラレバのオンパレード。自分の運気の持っていない加減を恨んだのは言うまでもない。やはり厄年だから???

接触によるペナルティ

 翌日に行われた決勝レースは、またしても曇天。深夜に降った雨が路面上に残り、僕がスタートするイン側の路面は、他のレースがいくら行われても完璧には乾かないように見えていた。万事休すか。いや、やってみなければ分からない!

 前回の十勝でスタートを決め、トップで1コーナーに入って以来、スタートには自信がついた。今回もまた同じようにやれば……。レッドシグナルの消灯を冷静に待つ。そしてスタートが切られると、今回も絶妙なスタートダッシュに成功! ポールポジションのクルマに並びかけ、さらに僕の方が前に出たことに気づいた。だが、1コーナーでのブレーキングで突っ込み過ぎ、続くコーナーの進入ではポールポジションのクルマに差し替えされる状態に。その後はダンゴ状態でヘアピンへと進入。が、そこでもまたミスしてしまい、3位まで順位を落としてしまったのだ。そこからは淡々とした時間が流れていた。トップは一人旅状態。2番手争いは十勝でもやり合った小野田貴俊選手とつかず離れず。4位以降はかなり後方に引き離したように見えた。

スタートダッシュに成功するも、1コーナーでのブレーキングで突っ込み過ぎのミス。その後もミスを続け3位まで順位を落としてしまった

 ピタリと小野田選手の後ろをマークしながら、たまにエンジンの温度上昇を心配してラインを外しながら走るという状況。チャンスがあればオーバーテイクしたいところだが、そこまでには至らぬやきもきした走りが続く。

 そんな時に事件は起きた。最終コーナー進入時に、オーバーテイクする気はまったくなかったのだが、少しは小野田選手に伺うそぶりをしておこうかとイン側に少しラインを変えてコーナーに入った。だが、そこで2台のラインはクロスしてしまい、僕の左フロントタイヤと小野田選手の右リアタイヤがヒット。結果として小野田選手をスピンさせてしまったのだ。これは本当に申し訳ない事態。「スピンしないでくれ!」と心の中で叫んでいたが、接触した時のタイミングが絶妙だったらしく、あっという間に小野田選手は視界から消えてしまったのだ。

 その後は2番手を単独で走り切りチェッカーを受けたが、当然ながら接触についてはペナルティが課され、ゴール時間に30秒プラスされて10位という正式結果が伝えられた。

 ゴール後すぐに小野田選手に謝罪。彼はその場で許してくれたが、改めてここでもお詫びしたい。今回の一件は僕のドライブミス。本当にすみませんでした。チャンピオン争いがかかっている大切な1戦を台なしにしてしまったことをお詫びします。

 こんな一件があったからこそ、僕は今シリーズ最終戦の鈴鹿に出場しようか悩んでいる。シリーズ3位が確定し、チャンピオン争いをするわけでもない人間が、トップ2人の邪魔をする可能性があるからだ。しかし、ラスト1戦だからこそそんな2人に挑戦し、まだ見ぬ優勝を何とか手に入れてみたい気もする。3位も2位も2回ずつ味わい、残るは優勝だからこそ、鈴鹿に参戦したい思いは強い。

 たった1000分の1秒差で始まったレースは、今もなお心の中で続いている。

僕の左フロントタイヤと小野田選手の右リアタイヤがヒットし、小野田選手には大変ご迷惑をおかけしました。こんなにご迷惑をおかけしてしまったが、最終戦となる第8戦鈴鹿(11月7日~8日)では改めて胸を借りるつもりで優勝を目指したい

Photo:高橋 学

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。走りのクルマからエコカー、そしてチューニングカーやタイヤまでを幅広くインプレッションしている。レースは速さを争うものからエコラン大会まで好成績を収める。また、ドライビングレッスンのインストラクターなども行っている。現在の愛車は18年落ちの日産R32スカイラインGT-R Vスペックとトヨタ86 Racing。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。