トヨタ「プリウスα」開発責任者 粥川宏氏
「プラスアルファのライフスタイルを楽しんでいただけるように」
震災の影響で冷え込む景気もどこへやら。プリウスαは、発売1カ月で5万台を超える受注をマークしたという。プリウスに「プラスアルファ」を加えたという同車の開発責任者である粥川宏氏に話をうかがった。
粥川氏(右) |
──まず、このクルマの開発の経緯について教えてください。
単純にプリウスを大きくするだけのクルマにはしたくなくて、開発もプリウスと半分くらいは並行して進めてきたうえで、こうしたスペース系のクルマの市場ニーズを調べ、どういう形であるべきか、どんなスペースが必要なのかということを決め、それをもとにパッケージングを煮詰めました。プリウスとしてどうかというより、このクルマとしてどうあるべきかを考えてきました。
──プリウスとの共通個所はどのあたりですか?
ドアハンドルとドアミラーは共通ですが、それ以外ではデザインにからむところはほとんど見当たりません。ボディパネルはいっさい違うし、内装もまったく違います。名前にプリウスと付いているし、プリウスとしての性格はしっかり持たせていますが、まったく別のクルマをつくってきたというのがこのクルマの生い立ちです。
──そもそもプリウスにワゴンというアイデアは、いつごろからあったのでしょうか?
私が始めたのは2006年です。その時点でマーケティングの中で、いかにハイブリッドをより多くのお客様に広げていくかを考えていました。燃費のいいクルマにたくさん乗っていただくことで、全体としてCO2関係の負荷を減らしていけるので。
プリウスは、50~60歳代の男性で、とくにセダンから乗り換える方が多いことから、我々が目指したのはそれ以外の層の方です。その中でも非常に多いのは、スペース系のクルマです。どの(年代の)市場を見ても、セダンよりもそちらが多くなっているので、それに属するクルマを用意すれば、今まで以上のお客様がハイブリッドに乗ってくれるのではないかと考えました。
ただし、高いものを出してもしかたない。レクサスでもいろいろなハイブリッドカーを揃えていますが、そうではなく手の届くハイブリッドというのがキーワードでした。
それはつまりプリウスのシステムを利用することになります。完全に同じにはできなかったけど、一部改良して、なるべく使っていこうということで進めました。そして、より多くのお客様に満足いただけるスペースの大きさはどのくらいなのかということを突き詰めてきたら、このクルマになりました。
──その結果、発売タイミングや、技術的に導入可能かどうかの開発の進捗などもあって、プリウスαはベースのプリウスに対して半世代ほど先を行くものになりました。
プリウスでは間に合っていない技術というのも当然入っています。バネ上制振制御はその最たるもので、とくにこのクルマはリアシートに人が乗る、つまり多人数で乗るということを重視したので、その中で乗り心地をもっとよくしなくてはいけない。さらに、前の人と後ろの席に乗っている人がちゃんと会話ができるくらい、車内がより静かであることをマスト要件としました。
プリウスと同じレベルのものをつくるのではなくて、もうひとつ先を目指したのです。スペースを増やしただけだと言われないよう、デザイン的にも、性能面でも先に行きたいと考えました。
──2009年にベースのプリウスが出て、その2年後にワゴン追加というスケジュールですね。
震災で若干遅れましたが、早い段階から、こういうステップで発売する予定はありました。システムの開発においても、このクルマのための開発を並行して一緒にやってもらっていたので、システムのカバーレンジとして、このクルマの車重、大きさに似合ったシステムになっているようにというところは、効率よくできたかなと思います。
──車名のαは「+α」(プラスアルファ)の意味に違いないと思いますが?
このクルマについて、開発当初から「ハイブリッド・プラスアルファ」という言葉をよく使っていました。それはプラスアルファのライフスタイルを楽しんでいただけるようにという意味です。
そのためにはプラスアルファのスペースが必要となります。クルマというのは突き詰めて考えると移動手段でありますが、クルマを持ったとたんに活動範囲が広がります。ただし、そこで人間だけ動くのではなくて、ある程度スペースがあればライフスタイルも一緒に動けるようになります。まさにそういうクルマにしたかったのです。
車名が決まったのは、デザイン等が完全に終わった去年のことです。海外では違う名前になってしまいましたが、最終的に国内では車名を「α」にできたことをうれしく思います。ちなみに北米ではバーサティリティの意味で「プリウスV」、欧州ではゴルフプラスなどのようにスペースを増やしたものをプラスと呼ぶので「プリウス プラス」としました。
──発売1カ月で受注が5万台を超えました。
実は僕もびっくりしています(笑) ただでさえ今の日本のマーケットは、お金を使うことを躊躇して、高いものを買おうという意識の働かない時期です。そんなタイミングでこれだけのお客様がオーダーしてくれるとは思いませんでした。
しかも、納期が遅れて1年以上かかるかもしれないということを、5月13日の発表の際にお詫びしたばかりですが、その後にもかなりの人がオーダーを入れてくれたというのは、本当にうれしいことです。でも我々としては申し訳なくて、少しでも早く納車できるよう、もっと生産能力を上げないといけないと思っています。
──どんな人がオーダーしているんですか?
まだ細かい解析はできていないのですが、プリウスからの買い替えのお客様でない方が圧倒的に多いようです。おそらくウィッシュクラスのミニバンに乗っている人がメインだと思われます。
──受注の比率は、7割が5人乗りで、「G」グレードしかない7人乗りは、やはり価格の部分で、比率としては小さくなっているようですね。
電池の供給量に当面は制約があるので、7人乗りはあえて「G」のみにしました。しかし、バランス的には7:3で狙いどおりながら、全体的のボリュームが大きくなったので、結果的に絶対数としては大きくなってしまいました。まさに「うれしい悲鳴」です。
将来的には7人乗りにも「S」グレードのような設定も用意していかなければならないと考えています。
プリウスαには5人乗り(左)と7人乗りが用意される。5人乗りはニッケル水素バッテリーを後軸前に、7人乗りはリチウムイオンバッテリーをセンターコンソール部に搭載する |
──一方で、ベースのプリウスにはあるレザーシート等を装備した上級仕様が設定されていません。
今回は見合わせましたが、将来的にニーズが強ければ考えていきます。もともと企画台数がそれほど多くないのが前提だったので、あまり種類を出すと1台あたりのコストが高くなってしまうので、当初は避けました。ただ、これだけ数が多くなるのであれば、考えてもいいかなと思います。
ちなみにアメリカでは合成皮革のソフトレザー仕様の用意があります。最近の北米では本革よりもむしろ合皮のほうが好まれていて、実際このクルマに向いてるのではないかと考えています。柔らかい触感で滑りにくいし、いちおうミニバンなので、お子様を乗せて汚しても掃除しやすいし、汚れは簡単に拭き取れるので、日本で展開するときも、こちらとするかもしれません。
──7人乗りだけの設定でもよかったのでは?
今回、5人乗りは「L」というかなり安いグレードも出しています。スペースは必要で、でも7人が乗れる必要がないというお客様には、そうした安いグレードを買っていただけるようにしました。
ニッケル電池を使うと、リチウム電池よりも若干安価にできるという事情はあるものですから、そのあたりを考慮しました。ニッケル電池は生産キャパシティも大きいし、またトヨタとしては初めてのリチウム電池のように、新しいものはステップを踏んで増やしていこう。そこは慎重に行くべきというのが、社内のトップを含めた考えです。
何も不具合が出ないようやってはいるつもりですが、一気に新しいものを増やすというのはリスクもあるので、もしも何か問題が出たときに大変なことになってしまいます。
──「バネ上制振制御」の採用のいきさつを教えて下さい。
僕がこのクルマにバネ上制振制御を入れようと思ったきっかけは、先行開発をやっている人間が、ある程度基礎技術ができていたので、それをハイブリッドに転用しようと考えたからです。インジェクションだとアクセルを踏んでいるときしか効かないところを、ハイブリッドであれば、モーターの反応の速さを上手に使って逐一制御できる点で好都合でした。さらに、このクルマにおける乗り心地をよくしたいという目的ともマッチしたので、採用に踏み切りました。
コストとしては、開発にかかったお金はありますが、部品としては何も追加していないので、クルマ単体ではお金はほとんどかからないことになります。ただし、開発費はけっこうかかっています(笑)
「バネ上制振制御」は、車体のリフト/ダイブに応じてモーターのトルクを制御することで、車両のピッチングを抑える |
──この技術がベースのプリウスにも入るのですか?
開発にけっこう時間がかかるので、すぐにプリウスに入るようなことはないでしょう。ソフトウェアなので、それが他の制御にどのような影響を与えるのかを全部つぶしていかなければならないので、すぐに展開できるものではありません。ただし、考え方としてはいつでも始められるので、市場の声を踏まえながら(開発を)進めていくものと思います。
──走りの印象はベースのプリウスとだいぶ違うように感じられました。
ワンランク上のクルマにしようと思ってつくりました。まず、サスペンションジオメトリーやリアのビームは共通のものを使っています。ただし、スプリングやショックアブソーバーは専用でチューニングします。
アッパーサポートについても、入力分離タイプをプリウスでは17インチ仕様にしか付けていなかったのですが、やはり使ってみるとよかったので、プリウスαでは全車に使っています。
あとはバネ上制振制御を入れたことで、減衰力を少し落として乗り心地に振ることができたり、ブッシュ、アッパーサポートなどのゴムも最適化するなどして、トータルで乗り心地はだいぶよくなったと思っています。ボディ剛性もプリウスの5~10%高く、ボディをしっかりさせると、そのぶん足まわりを少しやさしい方向に振れるので、それも効いていると思います。
また、いわゆるチープノイズ系の嫌な音をとことんつぶしていくという作業をしました。これらによりとてもカチッと締まった感じに仕上がっていると思いますが、それも聴覚的な乗り心地として効いているんじゃないかと思っています。
──サスペンションセッティングの方向性はどのようになっていますか? 16インチと17インチの違いはどんなところでしょう?
基本的にはタイヤの違いだけ、バネを共通として、ショックアブソーバーのみ若干変えています。それはタイヤの特性に合わせて変えているだけで、クルマの狙いのところは大きく違いません。
16インチも17インチもコンフォートに振ったセッティングとしています。クルマを扱いやすくて、動かしやすくて、乗り心地もフワフワではなく、きゅっと締まっているけど、カドが取れているというイメージのものを作りたいというのが我々の狙いでした。
結果的に17インチのほうが、タイヤのキャパシティが大きく操縦安定性に有利なので、その分を乗り心地に振ることができました。できあがったものは、17インチのほうがしっとり感がある、よりカドの取れた、狙いに近いものができたと思っています。17インチのほうをスポーティに振ろうという気はまったくありませんでした。
ショックアブソーバーは、タイヤに見合った微調整くらいのレベルで、大きな差をつけているわけではありません。減衰力もそう大きくは変わらず、逆にタイヤでがんばれるので、むしろ17インチのほうが低いくらいになっています。
あとはバネ上制振制御が微少なところをやってくれるもので、ショックアブソーバーは大きな入力のところをやればいいわけですから、必要以上に固くしなくてもよかったというのが、乗り心地がよくなった理由です。
──バッテリーの違いによる性能の差はありますか?
基本的には適合だけで、コンピュータの乗数やマップの差だけであり、ハードはまったく同じものを使っています。リチウム電池のほうが回生はやりやすいものの、容量は小さい。また、リチウム電池のほうが、ご存知のとおりギリギリまで電池を使えて、容量が増えるのですが、全体の容量を小さくし、ニッケル1.3に対しリチウム1ぐらいの差にして、能力に勝る部分はみんなコンパクト化に使ったので、けっきょく同じと考えていただいていいでしょう。乗ってもまず気づかないと思います。
──性能差はなくても、特性差はあるのではないですか?
特性差は制御側で調整しています。細かいことを見れば、回生のタイミングが若干動いているなどの部分はありますが、お客様には感じられないはずです。トータルでの燃費も動力性能も変わりません。ただし、開発は2通りやらなければならないので、同じ人間が倍の仕事をやったわけです。開発の人間はよく怒らずにやってくれたと思います(笑)
──電池の搭載位置がこれほど違うというのは、パッケージングの上では大変なことのように感じられます。
実は、重心はあまり変わらず、前後重量配分は6:4で変わらないのです。7人乗りはサードシートがリアタイヤより後ろにあるので、かなり後ろが重たくなります。そして、後ろにあった電池を前に持っていったので、重量配分はほとんど変わらず、結果的に運動性能に影響することもなく、足まわりも変えずにすみました。
普通であれば、スプリングやショックアブソーバーも変えなければならなかったところを、いじらずに済んだので、結果オーライですね。でもシステムの適合は確認しないといけないので、それはやはり倍の仕事を開発のメンバーにさせることになりました(笑)
5人乗りと7人乗りでは、バッテリーの種類や大きさだけでなく、搭載位置も異なる |
──下限と上限で車両重量に40kg差があるのに、カタログ記載のモード燃費がまったく同じになっているのはなぜですか?
同じ燃費値で国交省に届けることができるよう、当初から想定していましたから、全車同じイナーシャランクの枠内に収めることがマスト要件でした。
それもあってパノラマルーフを樹脂にするなど、最大の質量を抑え込む努力をしました。燃費だけではなく、坂道を上ることや動力性能も含め、プリウスのシステムで乗るときに、人がたくさん乗ったら動かないというのはまずいし、7人のクルマではパノラマルーフは付けられませんというのもしゃくだし、お客様が付けたいものは全部付けても大丈夫なようにしたかったので、とにかくマックスの質量を許容範囲に抑え込むよう努力しました。それをこのシステムの中で可能なところに抑え込むというのが大前提なので、そのための軽量化もかなりいろいろとやっています。
──粥川さんがお考えになるプリウスαの本命はどれですか?
難しいところですが、僕が選ぶなら、やはり7人乗りの17インチ仕様が、バランスは一番いいと思います。このクルマで狙ったしっとりとした乗り心地や、ハンドルのスムーズさ等は17インチのほうがよりきれいに出ていると思っています。
──開発時にイメージしたこのクルマの使われ方はどのようなものですか?
やはりファミリーです。7人乗りのほうは、たまにおじいちゃんやおばあちゃんも乗せますとか、友達が遊びに来たときに、いっしょにわいわい短距離のドライブに出かけたり、食事に行ったりといった感じですね。
5人乗りのほうは、基本的に今の時代は3~4人の家族という方が多いですから、ニーズとしてはまさにそこにあって、+αのスペースをご活用いただくことで、キャンプや山登り、あるいはスキューバダイビングなど、いろいろな遊びに便利に使っていただけるでしょう。床下の収納スペースであれば、物が転がらないので、ボールを放りこんでおくこともできます。また、これだけスペースがあれば、普通のプリウスでは積みにくい犬のケージを載せる際にも便利でしょう。
こんな感じで、お客様の趣味に合わせて使ってもらえればと思います。ただ、とにかくこのクルマはどのようにお使いいただいても、環境にやさしいクルマに乗るというライフスタイル、ひいては生き様や考え方を黙っていても主張できるクルマであると考えています。その意味では、たとえば高額な輸入車を愛用しているような方々にも、積極的に乗り替えていただけるのではないかという気がします。
(岡本幸一郎 )
2011年 8月 11日