ホンダ「フィット シャトル」開発責任者 人見康平氏

「単にフィットのワゴンにはしたくなかった」

 

人見氏(右)

──「フィット シャトル」(以下シャトル)のプロジェクトはいつごろ始まったのでしょう?

 半年前に出した「フィット ハイブリット」とほぼ同じ頃に、まったく違うチームでスタートしています。フィットのセンタータンクレイアウトやハイブリットシステムを使って、もっと車種のバリエーションを拡げて、お客様の期待に応えるクルマを増やそうという思いで始めました。

──どういうクルマにしようと思ったのでしょうか?

 “スモールカー”としてはフィットがあり、そこそこ台数が出て、多くの方にご愛用いただいているし、業界内で見てもいい位置にいると認識していました。が、そのひとつ上の“コンパクトカー”に入る車種というのは、インサイトが売れている時期でもありましたが、台数的にはプリウスに完敗で、ホンダの中に適当なものがなかったので、それを作ろうと考えました。

 実はそこにはお客様がたくさんいるし、「オッデセイ」や「シビック」のユーザーが次に買い替えるときに、フィットのひとつ上のクルマを買いたいお客様に対して用意ができていないことになります(もちろんフィットを買っていただいても大丈夫なのですが)。シビックも3ナンバーになったので、それに代わるクルマがないとやっていけない、あったほうがいいと考えました。

 もちろんホンダのお客様を大事にしたいし、他社のお客様を獲得したいという気持ちもありました。そこに向けて商品を拡充すべきとの思いでスタートしました。

フィット シャトル ハイブリッド(手前)とフィット ハイブリッド

──フィットはBセグメント、シャトルはCセグメントという認識でしょうか?

 気持ちとしてはそうですね。名前には「フィット」と付いていますが、ひとつ上の、明らかにフィットとは違うグレードのクルマにしたい、単にフィットのワゴンにはしたくない、という気持ちでつくりました。

 お客様の気持ちとしては、単に“フィットのワゴンが出た”というと、フィットのユーザーと同じような気持ちになって、ちょっと広くなったくらいで、どちらが本物だかわからなくなるかもしれません。

 そうではなくて、クラスを分けることで、違うクルマなんですよと。

 スモールカーではなく、このクルマを選ぶ気持ちを大事にしたいし、それからずっとフィットを乗り継いで、少し上級のクルマに乗りたいというときに、やはりクラスが違うことを実感してもらえるようにしたいと考えました。

シビック シャトル

──車名も“フィット ワゴン”ではなく、「シャトル」の名を復活させていますね?

 たとえば「ゴルフ」だと、ゴルフと「ゴルフ ワゴン」では違うクルマというイメージがありますよね? ところが日本では、フィット ワゴンだと、どうしてもフィットの中のひとつの、ちょっと広いクルマみたいなイメージになります。そこでシャトルの名前を使いました。

 いろいろ名前の候補はありましたが、スペースシャトルのように人と荷物を載せて遠くに、普段は通勤に使うけど、土日は気分を変えて、ちょっと遠くに旅行に行ったり、大きな買い物をしたり、そういう喜びというか、ちょっと贅沢な気分を味わっていただければとの思いからです。それもハイブリットのように最新のシステムを積んだクルマで快適に乗っていただければと。

 けっしてクールシャトル便やシャトルバスの意味ではありません(笑)。広告代理店に「シャトル」のイメージ調べてもらったら、往復とか行き来などの意味で使われていることが多いようですが、やはりスペースシャトルの力強いイメージが強いようです。

 シビックでもシャトルの名前は高く評価されていたようで、じゃあ大丈夫だということで、遠慮なく使うことにしました。

──お調べになったんですね?(笑)

 社内で「シャトル」とつけるとイメージがわるいのでは?と言われて調べました。若い人はシビック シャトルを知らないだろうし、まもなくスペースシャトルも終わるし(笑)。

 クルマがよくても名前がわるいと言われたくないので、お客様に失礼のないように、プライドを持てる名前にしたいと思って、かなり調べてもらいました。愛着を持ってもらうためにも、やはり名前も大事です。

──フィットとの価格差は微妙なところですね? 安いのか、高いのか……

 ずっとフィットをやってきた人間からすると、正直な話、価格差は大きいのではないかと思っています。スモールカーの発想で作っていたら、もっと安くできたはずで、最初はそうするべきだと思っていました。

 でも、実はそうではない。コンパクトカーにはコンパクトカーの物差しが必要で、たとえフィットに付けると無駄なものでも、それはコンパクトカーでは必要な部分です。

 その点、フィットから見ると高く感じられますが、プリウスを基準に考えると、安くて装備も十分に付いています。あまりフィットとシャトルを比べるべきではなく、やると矛盾を感じる部分もあります。両車の開発メンバーは全員違うので、そこはよかったのですが、私自身も自分の中でコンパクトカーとスモールカーの区別が上手くつかず、無駄だと思ったことに対して、担当者から「これが大事なんだ」といわれて納得したという時期もありました。販売店からも、「フィットの大きい版なんて売れない」と言われたこともありました。これまで「フィットで十分」と言って、コンパクトカーのユーザーを誘導してきましたからね。

 でも本当はコンパクトカーに乗りたいお客様が必ずいて、その人たちのこだわりの期待に応えるクルマを用意しないといけないと思っています。

──これは無駄だ、これはいらないと思った部分は、たとえばどこでしょう?

 スタイリングでいうと、フィットより18cmも伸ばした鼻の長さです。フィットというのは1mm単位で縮めてきて、あの長さを実現したクルマです。衝突して、55km/hでぶつかったときに、その1mmは必要かどうかというくらいのクリアランスを、「衝突ストロークだから必要だ」と言って確保し、その中でいろいろ配置したので、1mmも無駄にしてないのです。積むメカニズムは同じなので、フィットのあの中でもできるのに、それを18cmも伸ばすなんて。でも伸ばすのが、コンパクトカーのデザインとしては大事だというわけです。

 それは我々の「MM思想」()に反するともいわれましたが、MM思想というのは、人間を最大にするという意味です。スポーツカーであればスペースの確保ではなく、スポーティな気持ちをMAXにするのがMM思想です。

 ホンダはスモールカーをいっぱい作ってきたので、MM思想というと“人の面積を拡大してメカを小さくするという”スペースのことばかりに目が向きがちです。スモールカーではたしかにそうかもしれないけど、コンパクトカーではちょっと違います。やはりプライドや所有する満足感といった部分を引き上げないと、お客様の期待に応えられない。

 フィットをやっている人間からすると、18cmも伸ばしやがって、となるわけですが(笑)。やはりリアとのバランスを考えると、フロントはフィットのように丸くなく、まっすぐ斜めにスラントしている形が美しいわけです。

 さらに、外装にも内装にも加飾を付けて、意味あるのかと思える部分にもリングを付けているのですが、もちろんわざわざ金型を起こす必要があるわけです。そこに何の意味があるのかというのは、フィットのユーザーには分かりません。販売店にも分からないし、私も最初はそう思いました。

 でも、シャトルのチームはこれが大事だと言うのです。内装にも防音材を多用していて、あんなに必要あるのかと思うところですが、その無駄がコンパクトカーには大切で、無駄ではなく価値なのです。

※「MM思想」のMMは、マン・マキシマム、メカ・ミニマムの略。エンジンなどのメカニズムを最小限に納、室内を広くするコンセプト。

スタイリングや防音にもこだわった

 

──インテリアについても、フィットと違いが少なからず感じられますね?

 内装については、以前アコードのプロジェクトリーダーだった人物に託しました。彼はフィニッシュの違いが大事な要素で、形を変えなくても質感は出せるというのです。

 メーターの色も、白のほうが高級感があるのですが、LEDの単価はオレンジよりも白のほうが若干高いし、オレンジのほうがスポーティでいいということで、我々もこれまで使っていました。

 ところが、メーターを白にしてメッキのリングを付けたら全然違うクルマに仕上がったのです。

──人材の起用を決めたのはどなたでしょう?

 役員、室長などマネージャークラスの人間が、クルマのコンセプトに合う人材を集めてくれました。フィットのときとまったく違うチームだからこそ、内装も乗り心地もうまく作り分けることができたと思います。

 燃費については、すぐにアイデアが出たわけではなく、最初、目標を30km/Lに設定したときには、「(フィットよりも)こんなに大きくしたのに、何を言うんですか?」と言われましたけどね(笑)

 新しいメンバーには、このクルマの燃費を30km/Lにすることを使命として、モチベーションを高く持ってもらいました。

──そして最終的にフィットと同等の燃費を達成することができましたね?

 車両重量が70kgぐらいは間違いなく増えてしまうし、装備も増やしているので、さらに重くなります。大きくなった分、空力もわるくなるし、タイヤも乗り心地の確保のために太くしています。リアを踏ん張らせようとすると、どうしても乗り心地は固くなってしまう。タイヤの幅を10mm増やすことは、燃費にとってはマイナスです。それでもやらなければいけない。

 まあ、最初はあまり30km/Lのつらさがわかっていなかったというのもありますが(笑)、でも「30km/L」と言えないと意味がない。大きくして燃費がわるくなるのは言い訳にすぎず、お客様の気持ちに反します。そう考えると、モチベーションにもなるし、達成したときの喜びも、苦しいほうが大きいものです。

 30km/Lじゃないとハイブリット車ではない。それは私ではなくて、お客様が望んでいること。だから30km/Lという目標は変えようがないというと、みんな理解してくれました。やってみてだめだったら実力なのであきらめるけど、最初から目標値を変える理由にはなりません。目標値というのは、我々自身がノルマをどう守れるかというところから決めることもあるだけど、今回はそうではなく、使う側の人の気持ちで決めなければいけないこともあります。

 実際には、なかなか目標値が出ず苦労したのですが、出たときにはみんな心から喜んでいました。本当にギリギリでした。

──目標値を達成できたポイントは?

 燃費をよくするための要素は、車体、ハイブリットシステム、エンジンという3つに大きく分けられます。

 車体が大きくなれば、空気抵抗も大きくなりますが、造形を全面的に見直し、風洞を使って、空気の流れがよくなるようルーフのラインを作っています。でも荷物が入らないといけないので、ルーフをあまり下に落とすわけにはいかない。本当は5度~10度くらいでピークから落としていくのがもっとも空力には好都合なのですが、それをやると自転車を入れようといっていたのに、入らなくなる。

 本当はもっと空力をよくすることはできるけど、使い勝手を殺してはいけない。そこは譲れないので、難しいところでした。その中で少しでも空力がよくなるよう、アンダーカバーを改良したり、いらない穴は全部埋めていくなど本当に地道な作業を繰り返しました。

 その次に考えたのが、ブレーキのように引きずっているものを減らしていく作業です。エンジンについては、ピストンのコーティングを変えてフリクションを減らしたり、本当に0.1km/Lとか、0.05km/Lとか、0.02km/Lなど、少しずつの積み重ねです。0.02km/Lというと20mなので、東京から横浜まで走って、車4台分ぐらいの差ですけどね(笑)

 それからハイブリットシステムそのものについては電力消費を見直しました。マツダの「スカイアクティブ」のようなものであれば、使うガソリンを減らすことこそ重要で、逆に言うとそれ以外に方法はなく、ウチももちろんそれはやっていますが、ハイブリッドでは、いかに回収するかも大事。捨てるエネルギーを回収して次の燃費として使うのがハイブリットシステムなので、それを動力源として電池にためるわけです。ということは、使う電力を減らすことは、燃費をよくすることと同じ意味になります。

 そこで無駄に使っている電気はないかということで、全部を見直しました。もちろんリアコンビランプにLEDを使うといったものは当然ですが、フューエルポンプが意外に使っていることに着目しました。制御するのは難しいけれど、モーターで走っているときには不要なので、できるだけカットするようにしました。

 ひとつで「これだ!」という決め手はありませんが、少しずつ節電して、30km/Lまで引き上げたわけです。

──ハイブリッドのタイヤの銘柄も変わっていますね?

 何社か競合しましたが、フィットハイブリットの輸出仕様に使っていてつながりもありましたし、考え方を理解してもらっていたミシュランを採用しました。

 タイヤというのは、いくつか最初に持ってきてもらい、何回も当たりをつけてやり取りして作り上げるのですが、ミシュランは1個目に持ってきたタイヤがよかったのです。今回は開発期間が短く、もう少し時間があれば他社でもできたと思うのですが、ポテンシャルが高く、ベースのでき上がっているミシュランを使うことにしました。ただし、私たちの要望もかなり高いのですが、値段もなかなかよかったです(笑)

──リアサスペンションのキャンバーを増やした理由は?

 メインはリアのオーバーハングに対してです。ホイールベースを変えなかったので、リアのオーバーハングという難しいところに荷物を積むことになり、それはもっとも車体の安定性というか、ハンドルを切ったあとの収斂性などに効いてしまうのではないかと思ったのです。インサイトでも苦労したと聞いていたので、ポテンシャルを上げておこうということで、このようにしました。でも逆に重量配分を考えると、もとがフロントヘビーなので、結果的によかったのかもしれないですね。

 フィット ハイブリットもベース車よりも乗り心地がいいし、シャトルはフィット ハイブリットよりもよいくらいですから、オーバーハングに積んで正解だったかなくらいの印象で、モーメントがぴったり合ったような感じです。

 スポーティな運転さえしなければ、普通に乗るには落ち着いていて、そんなにダンピングも跳ねないし、ピッチングも後ろが重くなったせいで相殺されて、逆によくなっています。最初からそうなるとは思ってなかったので、ポテンシャルは確保しておかないと最後にどうにもならなくなるので、キャンバーとタイヤの幅だけは増やしておくことにしました。

 ただし、タイヤの幅はもちろん、キャンバーも転がり抵抗を考えるとマイナスで、燃費にいいことはひとつもありません。それでも0.1km/Lとか0.2km/Lを改善するために乗り心地をわるくさせてはだめで、まずは気持ちよく走れるようにし、そこから燃費を考えたのです。

──初期受注では、ハイブリットが86%にも達したとのことですが?

 訴求のしかたでハイブリッドを前面に出したというのもあると思いますが、想像以上にハイブリットというものへのお客様の期待度は大きいようですね。当初は7:3くらいを想定していたフィットですら、半年たった今でも、5:5に近いほどハイブリット率が高いのです。お客様も、今から10年乗ろうと思ったら、どうせなら少々高くても新しい(カテゴリーの)クルマに乗ろうと思うのかもしれないですね。

 フィットはもともと1.3リッターのベーシックカーで、それで半々だとしたら、シャトルのように少し上の位置づけのクルマでは、どちらがメインかというと、7:3や8:2でハイブリッド比率か高くなるというのは、ごく自然なことかもしれません。

──ある評論家の方から、ハイブリット一本で行ったほうがよかったのではないかと言われたそうですね?

 確かにそのほうが効率はいいのかもしれませんが、私はハイブリットでクルマを売っていこうというつもりはありません。クルマのライフスタイルとか使い勝手に応じてクルマを作るのです。その中でひとつのチョイスとしてハイブリットがあるべきではないかと考えています。フィット系では、そういう作り方をしてきました。ハイブリットだから買って欲しいというのではなく、動力源のひとつとして、ちょっと値段は高くなりますが、選んでいただけるのならありがたいと思っています。

 また、使い勝手についてハイブリットとガソリンでほとんど変わらないことも分かっていただけるとありがたいです。ハイブリットだと何か制約が生じるようなことにはしたくなかったのです。

 そして、たとえ比率が低かろうと、ちゃんとよいベースがあって、さらにハイブリットが選べるという形にしたかった。昔のガソリンとディーゼルがあった時代から、たとえばパジェロあたりも、そういう中でディーゼルのほうが選ばれていた、そういう感じではないかと思います。

 燃費志向型のクルマだったらハイブリッド一本で行くのが正解でしょう。もちろん燃費は大事ですが、このクルマは普段の使い勝手を大事にしていて、その中でハイブリッドというのが選択肢としてあると。仮に売れなくて、ハイブリットのほうが圧倒的に売れたとしても、ガソリン車を出す意味はそこにあると思っています。

 でも、この比率がずっと続くと、いずれ将来的にはハイブリッド一本になる可能性はなくはありませんけどね(笑)

(編集部:田中真一郎 )
2011年 8月 26日