DCTから生まれた7速MT

ポルシェ「911」(991型)

 乗用車で世界初となったポルシェ「911」(991型)の7速MTは、独ZFがすでに生産している7速DCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション。ポルシェでは「PDK」と呼ぶ)をベースに開発されたものだ。そのため75%ほどの部品はDCTと共用、もしくは、ほぼ同じ部品が使用されているという。

 MT化によって大きく変わるのは3つの部分だ。1つは、DCTの特徴でもある2つのクラッチが、通常のMTに使う1つのクラッチになっていること。2つめは、奇数段と偶数段の駆動力を伝えるDCTならではの二重構造のメインのインプットシャフトが、これもMT用の普通のシャフトになっていること。そして最後がDCTでシフトチェンジを行う油圧のユニットが廃され、手動で変速を行うための機構が搭載されていることだ。

 DCTの場合、変速作業は油圧アクチュエーターが担う。しかし、ZFの7速MTでは、変速に必要な動きはドライバーの手の力を用いる。油圧やモーターの力は使用しない。シフトノブにつながるワイヤーなどで、直接、変速作業が行われるのだ。ベースはDCTであるが、その変速方法は、いわゆる伝統的なMTと何も変わらないのだ。

7速MT7速DCT(PDK)7速PDKと7速MTはモジュラー設計で75%の部品を共用する

DCT用のギア配置に対応するための工夫
 ZFの7速MTは、DCTからMT化されたとはいえ、変更部分は25%ほどで、ギアの配列はDCT用のままとなっている。通常のMTでは、1速ギアの隣は2速、3速の隣は4速というようにギアを配列することで、H型のシフトパターンを成立させている。

 しかし、手動でのシフトチェンジを想定していないDCTのギア配列では、そのままMT化してしまうと、一般的なHパターンとは異なった、6速-4速、R(後進)-2速、3速-1速、5速-7速のような配列になってしまうのだ。それでは、誰も運転することはできない。

 そこでZFでは、DCT用のギア配列のままでも、ドライバー側に求める操作は従来通りでよいようになる機構を開発した。それがMeKoSa(英語表記:MeCoSa=Mechanically
Converted Shifting Actuation)である。

 通常のMTでは、駆動力を伝えるギア選択にシフトフォークを利用する。ZFの7速MTも同様で、4本のシャフトがあって、それぞれにシフトフォークが設置されている。変速を行うときは、狙ったギアにシフトフォークを動かすという作業が行われている。この作業をDCTは油圧ユニットが行い、7速MTは手動で行うのだ。

7速PDKのギア配列PDKのギア配列をそのままMTにすると、シフトレバーが一般的なHパターンにならないため、「MeKoSa」で“変換”する

 MeKoSaの特徴は1回のシフトノブの変速操作に対して、2つのシフトフォークを動かすところにある。

 たとえば1速から2速へのシフトアップのとき、従来のMTは、ドライバー側のシフトノブの動き(1速から2速への縦の動き)に連動して、シフトフォークが1速ギアから抜けて、1速と同じシャフト上にある隣の2速ギアに移動する。

 しかし、DCT用のギア配列を持つ7速は、そのまま動かすと1速の隣は3速。そこで、1速ギアからシフトフォークが抜けたら、それと連動して、別のシャフト上にある2速ギア用のシフトフォークが動き出す。そしてドライバー側のシフトノブが2速ポジションに入ると同時に、シフトフォークも2速ギアに収まる。この動きは、どのシャフトを動かし、どれをフリーにするかという、メカニカル的なコントロール。いわばカラクリだ。

 そしてドライバー側のシフトノブを1速-2速のゲート位置から、3速-4速のゲート位置に横に動かすと、その動きがMeKoSaに伝わり、動くシフトフォーク&シャフトが変更されるのだ。

7速MTのシフトレバー。一般的なHパターンになっている

硬質な手応えは、さすがポルシェのMT
 今回の取材にあわせて、短い時間ではあるが新しいポルシェ911の7速MTを試乗する機会を得た。

 まず、驚いたのはクラッチ・ペダル。いかにも! という重さで、「普通のクルマではない高性能車に乗るんだ」という心構えを要求するかのごとくだ。シフトノブの操作フィールは、ゴツゴツとしたもの。硬質な抵抗を乗り越えるような、わずかな力が要求される。しかし、変速フィールは、MTとして、当然のごとくダイレクトそのもの。DCTベースだからというネガティブなものは一切感じることはなかった。

 ちなみに、このシフトのフィールは、トランスミッション本体だけでも変化するし、シフトノブの作りや、その先のワイヤーやリンク類でも演出を作り出すことができる。つまり、これも細心の配慮が払われてポルシェ風味にチューニングされたものなのだ。

 また、7速もの多段ギアは運転時に選択に迷いがでるかと思えば、実のところそれほどではなかった。トップの7速には5速か6速からしか入らないからだ。高速道路など、速度が高まって5速に入れた後に、はじめて7速の出番がある。そして7速はあくまでも燃費を稼ぐためのクルージングギア。つまり高速巡航時だけのものと考えれば、街乗りやワインディングなどでは普通の6速と変わらなかったのだ。

CarテクノロジーWatch バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/tech/


(鈴木ケンイチ )
2012年 7月 20日