グランプリウィークエンド直前! 緊急企画
F1日本GPが100倍楽しくなるガイド【1】

小倉茂徳の「日本GP、ここに注目!」

撮影:奥川浩彦(2007年F1日本GP)

  いよいよF1日本GPが3日後に近付いてきた。Car WatchではGPウィークエンドに向けて、F1をもっと楽しむための企画を連日お届けする。

  先陣を切るのは、フジテレビ721のF1解説でもおなじみのジャーナリスト、我らが“おぐたん”こと小倉茂徳氏。ドライバー、チーム、サーキットのそれぞれの側面から、日本GPの見どころを語っていただく。



富士が最終決戦の舞台に
   日本GPを目前にして、今年のF1の戦況が大きく動き出した。そして、日本GPはとても重要な局面になりそうだ。

  F1史上初のナイトレースとなったシンガポールGPは、もの凄い展開だった。ルノーのフェルナンド・アロンソが15番手スタートから大逆転で今季初優勝を獲得。ウィリアムズのニコ・ロスベルグが2位。ルイス・ハミルトンが3位だった。一方、ハミルトンに1点差まで迫っていたフェリペ・マッサは13位。チャンピオン争いに絡んでいたキミ・ライコネンも15位、ロバート・クビカも11位と無得点に終わってしまった。

  結果、ドライバーズランキングは、トップのハミルトンが84点、2番手マッサが77点、3番手クビカが64点、4番手ライコネンが57点、5番手ニック・ハイドフェルトが56点となった。残りは日本GPを含めて3戦。3連勝で稼げる点数は30点。チャンピオン候補は、ハミルトンから30点以内のこの5人に絞られた。クビッカ以降の3人については、ハミルトンとマッサが上位に入り続けると、逆転ができない。すると、ハミルトンとマッサの一騎打ちと言っても良い状況になる。

  この王座をかけた最終対決の第1回戦が10月12日の日本GPになる。ハミルトンは、富士で勝って、初のチャンピオンに王座をかけたい。マッサも富士で勝って、初のチャンピオン獲得に向けた戦いを、再び有利に戻し、地元での最終戦ブラジルGPでの王座獲得に望みをつなげたい。

F1にとって、まだ「未知の領域」が残る富士
   このハミルトン対マッサ、マクラーレン対フェラーリの富士スピードウェイでの戦いは、簡単に言ってしまえば、マクラーレンのマシンとタイヤの組み合わせのほうが富士には合っているようで、ハミルトン優勢となる。でも、これは単純のように思える。むしろF1開催2年目の富士ではまだ分からない要素や不確定な要素があり過ぎて、予測が付きにくいのが現実だと思う。 

  昨年の日本GPは、コース改修後の初のF1開催だったが、初日の走行以外はすべて雨で、土曜日の午前のフリー走行は雨と霧でほとんど走れないほどだった。そのため、雨のウェット状況でのデータは豊富に蓄積できたはずだが、ドライコンディションでのデータは、路面もドライバーもマシンも完全な状態ではなかった金曜日のものしかない。

  そのため、今年の走行がドライ主体になると、予選、決勝とも、前年の金曜日と今年の金曜日の走行データから予測したセットアップをつきとめるしかない。もちろん各チームとも最新の機材と、博士や修士といった優れた頭脳や経験豊富な人材が集まっているから、かなりのレベルまでマシンのセットアップを決めてしまうだろう。

  でも、ドライコンディションが3日間続くとしたら、予選からは全チームが「未知の領域」に突入していくことになる。そうなると、決勝で思わぬ状況や、有利不利が分かれるかもしれない。

  富士スピードウェイでの日本GPに用意される晴天用タイヤは、4種類あるうちの中間のミディアムとソフトの2種類になる。細かく言うと、昨年よりも進化しているけれども、投入されるタイヤの種類は昨年と同様だ。ちなみに、昨年のドライだった金曜日の走行では、午前のP1ではフェラーリ勢、午後のP2ではマクラーレン勢が優勢だった。

  今年の状況から見ると、予選まではタイヤを上手くあたためてグリップを早く得やすいマクラーレンが優勢の傾向が強い。でも、マッサはライコネンよりもタイヤを温めることが上手く、予選ではマクラーレンに対抗できる力を持っている。

  決勝がドライだと分からない状況になるが、晴れて路面温度が上がってくれると、フェラーリにも希望が出てくるはず。しかし、肌寒い曇りや雨上がりで、路面温度が低いとマクラーレンが有利になると思われる。

チーム能力はマクラーレン有利
   モータースポーツは、マシンという道具が勝敗を左右するファクターが大きい。最近では、競泳やスキーのジャンプ競技やアルペン競技でもウェアが勝敗に関わっているという話題があった。だが、モータースポーツほどではないだろう。しかも、マシンを自作して戦うF1は、マシンが勝敗を左右する要素が、ほかのモータースポーツよりも大きい。

  ところが矛盾するようだが、ここに人間の介在する要素もまた大きくなる。勝つためには優れたマシンが必要だが、その性能をすべて引き出す走りができるドライバーの能力は絶対欠かせない。人車一体の走りを可能にするセットアップを行うエンジニアの力も必須条件だ。レースでマシンとタイヤの最適なところを長持ちさせて優位に立つ戦略を企画立案し、これを確実に実行するチームの能力もまた必要だ。

  この点から見ると、現状ではマクラーレンが有利だといえる。今年のマクラーレンは、マシンが優れているだけでなく、レース展開や状況に合わせて戦略を柔軟に調整することで、好結果を出している。また、ドライバーはマシンの性能と、戦略の利点を十分に引き出している。特に、ハミルトンはこのすべての点で長けている。

  一方、フェラーリは、先述の予選での不利がある。マッサはそのアグレッシブなドライビングスタイルと抜群の集中力でこの不利を何度も補ってきた。ただ、チームのほうにも何度か問題が出ている。イギリスGPでは、変化する天候に戦略が対応できず惨敗。ヨーロッパGPとシンガポールGPでは、ピットストップのミスでレースを台無しにしてしまっていた。

マッサとハミルトン、フェラーリとマクラーレンの激闘
   ここから富士での戦いに興味深い点が増えてくる。

   マッサはこれまで、ミハエル・シューマッハーのNo.2扱いで、昨年ライコネンが加入しても、周囲の見方は2流扱いだった。しかし、マッサ自身はその速さを武器にトップドライバーとしての評価を確立したい。

  実際、その集中力が決まったときは、まさに完璧な走りで、誰も寄せ付けない速さで勝ってみせる。シンガポールでも、ピットストップでのアクシデントで順位を大幅に落とすまでは、完璧だった。しかも、最近のマッサはドライバーとしてさらに成長し、ただ速さと勝ちを求める激しい走りだけではなく、状況に合わせて最善の結果を選び出すという、歴代チャンピオンが取ってきた「王道」も歩み始めている。

  このマッサとディフェンディングチャンピオンの足を引っ張っているとして、フェラーリチームが批判を受け始めている。とくに、今季からチーム監督になったステファノ・ドメニカリはその批判の矢面に立っている。

  フェラーリは、昨年でジャン・トッドがチーム監督から退陣。戦略家でテクニカル・ディレクターだったロス・ブロウンもホンダへ移籍した。皇帝と呼ばれたシューマッハーが引退して、フェラーリの陣容は大きく変わった。

  ドメニカリは新たな体制を構築しようとしている最中だ。ただ、現場にトッドやシューマッハーがひんぱんに来ては、横から口を出してくる。これではチーム監督の立場も形無しだ。ドメニカリは、ボローニャ大学で商学と経済学を修めた後フェラーリに加入し、もっぱらレース部門を歩んできた「生え抜き」のエリートだ。しかも、シューマッハーがF1で君臨していたときには、レースチームの実戦面を統括するスポーティング・ディレクターとして活躍もしてきた。つまり、現場をよく知る人材なのだ。

  マッサは、名実ともにトップドライバーの評価を確立するため、ドメニカリは新体制のフェラーリチームのために、ともに王座を獲得したい。その望みをつなげて、状況を好転させるためにも、富士での日本GPは絶対に落とせない戦いとなる。

  他方、ハミルトンは昨年の日本GPで優勝し、極めて優位な立場に立っていた。しかし、続く中国、ブラジルで連敗し、最後にライコネンに王座を持っていかれていた。さらに昨年は、チーム内でフェルナンド・アロンソとの確執が生じ、一部には昨年の善戦も優遇されてのもので実力ではないと揶揄された。ハミルトンも今年こそ王座をとって、自分が強いことをはっきりとさせたい。そのためにも、富士で2連勝してチャンピンに王手をかけたい。

  マクラーレンも、今年アロンソとの契約を解除してハミルトンを確保したことで批判を受けた。この批判に対して、ハミルトンが王座になることで、自分達の決断が正しかったことを証明したい。

  コンストラクターズチャンピオンシップでも、マクラーレンはシンガポールGPでトップになった。日本ではフェラーリとの差を広げようとするだろう。チャンピオンを獲得することで、昨年のスパイ問題スキャンダルからも完全に決別できる。もちろんフェラーリはそれに対抗して再逆転を狙ってくる。

3番手、4番手争いや日本勢からも目が離せない
   トップ2チームと2人のドライバーによるチャンピオン争いは、それぞれの夢や意地が交錯して、戦いをより激しいものにする。

  そこに、この王座争いを追うドライバーやチームが、それぞれの立場での戦いをしながら絡んでくる。

  ドライバーズチャンピオンシップでは、立場は厳しいとはいえ、クビカとハイドフェルドにも王座の可能性がある。同様にフェラーリのライコネンにも可能性がある。ハミルトンとマッサの結果次第だが、富士はこの3人にとって王座への最後の望みをかけた戦いになる。

  コンストラクターズチャンピオンシップでは、BMWザウバーが120点で、マクラーレンとフェラーリに迫っている。高速区間が得意なマシンF1.08を持つBMWザウバーは、富士の高速区間を利用して、好結果につなげたいところだろう。

  その次の4番手争いは、ルノー、トヨタ、トロ・ロッソが接近戦となっている。ルノーはトヨタの地元で差を付けたいし、トヨタは地元でルノーとの順位を逆転したい。トロ・ロッソも、このところの好調を維持して、ルノーとトヨタとの差を詰めたいはず。この3チームは、ドライ路面では高速区間で上位勢に遅れを取るかもしれない。しかし、最終のコーナリング区間では速さを見せるはず。

  また、昨年のように予選から決勝まで雨になれば、ウェット用のセットを選択することで速さを得て、トップ勢を脅かす存在になることも可能だ。同様な傾向はウィリアムズにも見られる。ドライでは苦戦かもしれないが、ウェットになればウイングの働きを強くして、マシンの安定をより得る方向で強さを出せるはず。ウィリアムズチームは、フランク・ウィリアムズ代表以下、チームの結束力が強い。そして、「勝つこと」「結果を出すこと」にことさら強い思いを抱く、純粋なレース屋チーム。現在は、自動車メーカーの資本参加を受けないため財政面で楽ではないが、日本でも大規模なメーカー系チームを相手に善戦をしようと、仕掛けてくるだろう。中嶋一貴にとっても、ニコ・ロスベルグとの差を詰めるチャンスだ。

雨もポイントに
   富士山麓にある富士スピードウェイは風光明媚だが、富士でのレースは、ベルギーのスパ、ドイツのニュルブルクリンクと並んで、雨の要素が避けられない。この3つのサーキットがともに、高原や山岳地帯にあり、天候が不安定なうえ、雨の雨量も微妙に変化し続ける。

  この雨量が変化し続けるのは、ドライバーにとって、とても厄介だ。コーナーでのブレーキングやコーナリングの限界がつかみにくくなってしまい、ミスにつながりやすいからだ。そのため、雨になればレース展開や順位が大きく変わることになる。雨のイタリアGPでトロ・ロッソのセバスチャン・ベッテルが初優勝したが、こうした展開も可能かもしれない。

  そして、この雨による不確定条件が、チャンピオン争いや、ランキング争いに大きな変動を加えるかもしれない。残り3戦となって、無得点や順位を大きく落とすことは、とてもとても大きなダメージになってしまうからだ。

  冷たい雨のレース観戦は体力的には厳しいけれど、面白い展開も期待できるはず。とくに富士スピードウェイの路面は水はけがよい設計で、昨年の終盤のようにウェットでも激しいバトルが見られる可能性が高い。

  日本GPは、晴れでも雨でも激しい戦いになることはほぼ間違いない。昨年不評だった観客の皆さんへの対応も、今年は改善策がとられている。物事に完璧はありえないが、どこまで快適観戦を提供できるか、富士スピードウェイもまた、今後へ掛けたチャレンジをする。楽しく、快適なレースになることを期待したい。

  願わくば、山岳地帯に付き物の雨の後の霧による走行中止だけは避けたいものだが、これは天に祈るしかないか……

URL
FIA(英文)
http://www.fia.com/
F1 2008 JAPANESE GP in FUJI SPEEDWAY
http://www.fujispeedway.jp/


(Text:小倉茂徳、Photo:奥川浩彦)
2008年10月9日